鈴蘭の魔女の代替り

拝詩ルルー

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お忍びデート3

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「……氷菓子! 宝石みたいにキラッキラです!!」

(かき氷のフルーツトッピング!!)

 アルメダは瞳をキラキラと輝かせた。

 スカイブルー色のお皿の上には、小さくこんもりと盛られた削り氷の周りに、しっかり冷やされて一口大にカットされたマンゴーやベリー、パイナップル、キウイなどが可愛らしくトッピングされていた。仕上げにぐるりと甘いシロップがかけられている。

「最近、王都で話題の菓子なんだ。あまりにも評判だから、一度見に来たくてね……でも、このお店は女性ばかりだろう? 男一人では少々気恥ずかしくてね」

 サディクは、気恥ずかしそうに目線を落とした。

(……確かに、周りは女性客ばかりか、男女の組み合わせが多いかも……)

 アルメダはチラチラとさりげなく周りの様子を見回した。こちらの世界でも、流行りのスイーツのお店は、女性比率が高いようだ。


 アルメダは、サディクに連れられて大通り沿いにあるカフェに来ていた。
 氷菓子を提供する話題のお店ということもあり、店の外まで人が並んでいた。

 そんな行列も気にせず、サディクが堂々と店の中に入って行ったので、アルメダがびっくりして慌ててついて行くと、すでに予約がしてあったのか、すぐにテラス席に案内された。

 テラス席では、青空のような水色と白の大きなパラソルがいくつも差してあり、その下には真っ白なラウンドテーブルと椅子が並べてあった。
 アルメダたちが席の所に来ると、ウェイターが卒なく彼女の椅子を引いてくれた。


「アルメダに来てもらって正解だったな。ここまで喜んでくれるとは思わなかったよ」
「ふふふ。ありがとうございます!」

 こちらの世界で初めて食べたかき氷は、氷粒の大きさは少し荒めで、シャクシャクとした食感だ。盛りだくさんのフルーツと一緒に食べると、かなり食べ応えがあった。

「君は本当に美味しそうに食べるね」
「本当に美味しいんですよ! 砂漠で氷菓子を食べられるなんて思わなかったですし」
「今は、周りに氷魔術を扱える者がいるか、この店のような高級店に入れる者しか氷菓子を食べられないけど、いつかは一般庶民でも気軽に手が届くようにしたいんだ」
「それは素敵ですね!」
「水汲み人には悪いけど、もっと水や氷が手に入りやすくなって、手軽になればいいと思うし、水や氷の魔術師たちが誘拐されないようにしたいんだ。そうすれば、彼らも大手を振って堂々と魔術師として働けるだろう?」
「……そんなに誘拐事件って、多いんですか?」
「ここ最近は特にね。そうでなくても、毎年何人もの子供たちが誘拐されてるよ。だから、ますます水や氷魔術を使える子を隠すようになったんだ」
「どうしても守りたいってなったら、そうなっちゃいますよね……」
「人攫いへの規制を強めても、そもそも今の環境だと限度があるんだよね……しんみりさせちゃってごめんね。アルメダに見せたいものがあるから、そろそろ行こうか?」

 サディクは席から立ち上がると、アルメダをエスコートするように微笑んで手を差し出した。


***


「わぁ! すっごく綺麗です!!」
「うん。とても綺麗だ」

 アルメダとサディクは、オアシス・ガザルの湖上で、サハリア王国の夕日を眺めていた。
 手漕ぎのボートの上には二人きりだ。

 オアシス・ガザルにあたたかなオレンジ色の夕陽が反射し、世界は夕焼け色に染まった。いつもならローズ色の砂漠の砂も、王都ガザルの白く塗られた日干しレンガの家々も、ガザルの湖そのものも、夕焼け色一色になった。

 湖上には、他にもカップルらしき男女の二人組が、ぽつりぽつりとボートを浮かべていた。


「砂漠って、朝も夕方も夜も、とっても綺麗ですよね。どれもすごく雄大で、自分がちっぽけだなって感じるんですけど、だからこそずっと眺めていられるぐらい魅入っちゃいますね」
「そうだね。砂漠が広大な分、余計に自分の小ささを感じるよね。でも、なぜだか悪い気はしないね」

 アルメダがいつまでも瞳をキラキラさせて夕日を眺めていると、

「ふふっ。君は本当に楽しそうにはしゃぐね」

 サディクが、アルメダを見つめる。
 普段は淡いグレー色の彼の髪も、今は夕焼け色に染まっていた。

「何でも楽しもうって、決めたんです。美味しい物や素敵な景色もそうですけど、そこにたどり着くまでのことも、まるっと楽しもうって。サハリアまでの旅も暑かったり寒かったり、道も遠くて不便だったり、魔物だって出るし、大変なことばかりです。だからこそ、今の夕日を思いっきり楽しめるんです。それに、後から振り返ると、大変だったことも笑い話になってるんです」

 アルメダは、ボートから手を出して、ちゃぷりとオアシスの水の中に手を入れた。
 指の先の湖底の方は、ひと足先に夜空のような深い藍色に染まっていた。時々、ちろりとチョウチンアンコウのような小さい光を灯した魔魚や、鱗がキラリと光る魔魚がオアシスの闇の中を泳いでは消えていった。

「確かに、それはいい心構えだね。僕も頭の痛い会議を……うん、まだ僕には難易度が高いかな」
「ふふふっ。慣れですよ、慣れ。楽しもうって心に決めることは、自分で自由に決められますしね」
「自由に決める……」

 ぽつりと、サディクが呟く。藍色の瞳は、アルメダを見つめたままだ。

「そうです! 自分で自分のために自分をどうしたいのか決めるのは、自由ですよ」
「自由に決められる……」

 アルメダが夕日を嬉しそうに眺めているのを、サディクはぼんやりと眺めていた。


 夕日が完全に沈む前に、二人は朗らかに笑い合いおしゃべりしながら船着場に戻って来た。
 アルメダがサディクにエスコートされてボートを降りていると、何やら周囲が騒がしくなっていた。二人は反射的にそちらの方を振り向いていた。

「そこをどけっ!!」
「うわぁぁぁーん!!!」

 兵士たちに追われた男が物凄い勢いでこちらに近づいて来ていた。近くにいた人を邪魔だと突き飛ばし、跳ね除けて、猛然と船着場に突き進んで来る。
 その小脇には、泣き叫ぶ小さな子供を抱えていた。

「殿下、下がってください」
「っ!?」

 アルメダは非常事態を察知して、サディクの前に出ると、彼を覆うように結界を展開した。
 空間収納からは、ユグドラで買ってもらったミスリル製のショートソードを取り出す。

「テメェら、どきやがれっ!!!」

 人攫いが曲剣を振り回してこちらに突進してきた。ボートで逃げるつもりなのだろう。

(口寄せ、十一代目剣聖!)

 アルメダが心の中で呟くと、瞬時に身体強化魔術が自動でかかる感覚があった。

 アルメダは人攫いの剣を軽くいなすと、強く払うように男の足を引っ掛けた。
 同時に峰打ちで子供を抱えている方の腕を強打する。

「ぐっ……」

 緩んだ腕から子供を奪うと、人攫いから距離を取った。剣をかざして、近づかないように睨みつける。
 人攫いは体勢を崩してすっ転び、起きあがろうと地面でもがいていた。

「テメェ!」
「そこまでだ!!」

 人攫いが逆上してアルメダの方に飛び掛かろうとした瞬間、その隙を突いて兵士たちが男を取り押さえた。


「うっうぅ……」
「もう、大丈夫だよ」

 アルメダが子供を腕から降ろして、頭を優しく撫でて宥めていると、兵士が数人、近寄って来た。

「ご協力、感謝します……って、アルメダ教官!?」
「うん。後は任せちゃって大丈夫かな?」
「はっ! ……それにしても、こちらで何を?」

 兵士の一人が子供を保護すると、別の兵士が尋ねてきた。

「護衛任務ですよ」
「護衛……っ!? でっ……」
「今は私の名前は言わないでくれるかな?」

 兵士は驚愕の表情でサディクの方を振り返ると、開けた口もそのままに押し黙った。
 サディクは王太子らしい隙のない笑顔で、兵士たちを黙らせていた。

「それで、これは何だったのかな?」
「はっ! 水魔術師誘拐グループのアジトを取り押さえたのですが、一部犯人に逃げ出されてしまい……現在も、他の兵が別の犯人を追っています」
「分かった。すぐに作戦に戻ってくれ」
「「「はっ!」」」

 兵士たちはビシッと敬礼をし、保護した子供を連れて、足早に戻って行った。


「君は強いね。僕は守られてるだけで、情けなかったな……」

 兵士たちが見えなくなると、サディクは眉を下げてアルメダの方を振り向いた。

「そんなことないです。これは私の役割ですし、適材適所ですよ!」

 アルメダはわたわたと、両手を胸元で振って慌てた。

「それに、今日はサディクのいろんな一面を見れました。サディクはとても真面目で優しくて、この国の人たちを見る視線はとても暖かかったです。私なら、そんな優しい人に王様になって欲しいです」
「……そういう期待だったら、悪くはないね」

 泣き出しそうに、困りきったように顔をくしゃりとして、サディクはアルメダを見つめた。辺りは黄昏時で、徐々に空に藍色の暗がりが広がり、彼の表情もだんだんと見えづらくなっていた。

「サディク……?」

 不意に、サディクがアルメダを抱きしめた。ふわりと微かに、甘くて上品な香木の香りがした。
 一瞬だけ、ぎゅっとサディクの両腕に力が入る。そして、彼はパッとアルメダを解放した。

「今日はありがとう。名残惜しいけど、さすがにこれ以上はダメみたいだ」

 いつもの爽やかな王太子らしい笑顔だった。

 サディクはチラリとアルメダの斜め後方に視線を向けた。
 本物の護衛たちがチラチラとこちらの様子を窺っていたが、サディクの視線を見とめると、堂々と近づいて来た。

「女性を家まで送れなくて申し訳ない」
「……わっ、私は大丈夫ですよ」

 突然のことにアルメダは固まってしまっていたが、声をかけられて、やっと一拍遅れて再起動した。どうにかこうにか返事をする。

「……殿下、そろそろ」
「アルメダ、またね」
「殿下も、お気をつけて」

 サディクは護衛に囲まれて、王宮へと戻って行った。

 アルメダは、しばらく彼らの背中をぼけっと見送っていた。


(きゃ~~~~~っ!!!)

 彼らの姿が見えなくなると、アルメダは、カッカと熱くなっている両頬を手で押さえてしゃがみ込んだ。

(いっ、今の!! 何だったの!!? それに、何だか良い匂いがしたし……)

 アルメダは混乱していた。
 答えは分かり切ってはいるのだが、いきなりの抱擁だったので、頭の中で情報が錯綜して整理しきれない状態だ。

 その後、アルメダは混乱してプスプスと煙をあげる頭を抱えて、鉄竜の鱗の拠点へと戻って行った。帰り方は、自分の足がどうにか覚えてくれていたので、ほぼ自動だった。


「……あ、この服、どうしよう?」

 アルメダは、鉄竜の鱗の拠点へ向かう帰り道、夜風に当たって急に熱が冷めたのか、冷静になった。
 思い出したかのように王宮で着せられた服を見て、途方に暮れるしかなかった。


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◆関連作品

『砂漠の詩』
『雨の回廊』編の過去編スピンオフです。

『冒険者を辞めたら天職でした 〜パーティーを追放された凄腕治癒師は、大聖者と崇められる〜』
『冒険者パーティーを追放された凄腕治癒師を拾いました』編のスピンオフです。

『ジャスティンと魔法少女のステッキ』
『魔法少女』編のスピンオフです。

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