鈴蘭の魔女の代替り

拝詩ルルー

文字の大きさ
上 下
151 / 347

剣術指南

しおりを挟む
 サハリア王国の王宮の敷地内には、兵士の訓練場がある。
 高い塀に囲まれた訓練場には、整然と兵士たちが並んでいた。

 彼らの前には、教官の他、レヴィと、レイが変身した姿のアルメダが並んで立っていた。
 訓練場の端では、ダズがアッバスと一緒にその様子を眺めていた。

「……ということで、ダズ第七王子殿下が、旅の途中で出会った手練れの剣士に、剣術の指南役をしばらく務めてもらうことになった。レヴィは二年目以降の上級兵や士官に、アルメダは新兵の剣術指南に当たってもらう。皆、よく学ぶように!」
「はっ!」

 教官の説明の後、総勢八十名の兵士たちが、きりりと敬礼をした。


「アルメダ!」
「はいっ!」

 新しい指南役の紹介が終わると、ダズにちょいちょいと手招きをして呼ばれ、アルメダは小走りで彼に近寄った。

「もし、しつこく言い寄ってくるような奴がいたら、すぐに言え。こっちで相応の対応をさせてもらう」

 ダズが内緒の相談をするように、アルメダの耳元で囁いた。

「襲われそうになったら、十一代目剣聖だっけか? ガツンとお見舞いしてやれ……とにかく、指南役は兵士に舐められたら負けだ。少しやり過ぎぐらいでちょうどいい」
「分かりました」

 アルメダはハキハキと答えて頷いた。


 兵士たちは、ダズ第七王子殿下とアルメダの親密そうな雰囲気に、早くもがっくりと肩を落としている者が何人かいた——もちろん、これもダズたちの策略の一つだ——アルメダを兵士たちの毒牙から守り、ルーファスに叱られないためにも、必要なことなのだ。


「アルメダ、訓練の時間です。行きましょうか」
「う、うん」

 レヴィは、アルメダを呼びに来たかと思うと、彼女の肩に腕を回して、訓練へと促した。

((レヴィーーーッ!! それは、やり過ぎだぁ!!!))

 ダズとアッバスは、声にならない声で叫んだ。

「……あいつ、作戦をちゃんと分かってるのか……??」
「人型になったのは初めてだから、加減が分かってないんだ、あいつは!!」

 アッバスとダズは、こそこそと話し合った。


 早くも、ダズ第七王子殿下と新しい指南役の三角関係模様を目撃してしまった兵士たちは、ある者はスキャンダルの匂いにギラリと目を光らせ、ある者は「アルメダ遊び人説」の期待に胸を膨らませ、そしてまたある者は「訓練にそんなもの、持ち込むなよ」と引いていた。


***


「……すげぇ。ダズ殿下が連れてきたことはあるな……」

 古参兵の一人が、ごくりと唾を呑んだ。

 上級兵の剣術訓練では、すでにレヴィが十人抜きをしていた。
 完璧に打ち負かした後には、指南役らしく的確に長所・短所・改善点を淡々と伝えてくるためか、負けた兵士も呆然とただただレヴィの説明を聞いていた。

「次は誰ですか?」

 レヴィが、まだ試合をしていない上級兵たちの方を振り向いた。
 真面目そうな面立ちは涼やかで、まだまだ余裕がありそうだ。

「まだいけるのかよ……」
「……息一つ乱れてねぇな……」

 上級兵たちが、新たな鬼教官に出会った瞬間であった。


***


「おっと、すまねぇ……ぎゃっ!!」
「気をつけなさい」
「「「「「「おおっ!」」」」」」

 アルメダは、わざと彼女に寄り掛かろうとしていた兵士をするりと躱わすと、軽く足を掛けて投げ飛ばしていた。——本日、すでに三度目である。

(……十一代目様が優秀すぎる。トドメを刺したがるのは難点だけど……)

 昨日、レイは鉄竜の鱗の拠点で、猛特訓をさせられた。——十一代目剣聖の体術を使った、痴漢撃退訓練である。
 暗部だった十一代目剣聖は、もちろん体術も修めていた。それは、いつ何時、敵に襲われても、ほぼ自動で反応して、機械的に反撃できるほど、洗練されていた。

 鉄竜の鱗メンバーが痴漢役で、時間や場所を問わず急にレイに襲いかかるのだが、レイが瞬時に十一代目剣聖を口寄せして、それに対抗する、という訓練だった。
 口寄せ時間は一瞬のため、レイの負荷も少なめだ。

 もし万が一、ダズもアッバスもレヴィもいない時に襲われた場合を想定した訓練だったが、早くもその成果が現れていた。

 アルメダが軽々と反撃していく度、新兵たちからどよめきが起こった。
 だんだんと、アルメダが只者ではないと、新兵たちは認識し始めていた。


「さぁ、訓練を始めましょうか」

 アルメダはにこりと笑って、開始の合図をした。


***


 レイたちは、鉄竜の鱗の拠点の中庭に、大判の絨毯を敷いて、本日の訓練について反省会を開いていた。

「初日にしては、評判は上々だな。まさか、レヴィが四十人全員を倒しちまうのは想定外だったが……」
「まだまだいけましたよ」
「いや、あのくらいで勘弁してやってくれ……」

 レヴィは、ダズの期待通り、中堅や古参の兵士を完膚なきまでに打ち負かした。
 ある程度実力があり、訓練にも慣れてダレていた彼らにとって、恐ろしく強い新しい指南役は、良い刺激になったようだ。

「レヴィも淡々としてるから、余計に恐ろしいみたいで、『鬼教官誕生だ!』って、兵士たちが震え上がってたぞ」

 アッバスが半分笑いながら、兵士たちの噂話を披露してくれた。

「よしっ。この調子で、他の部隊にもテコ入れするか。軍部と相談だな」

 ダズはいたずらを思いついたかのように、赤い瞳をキラキラさせて、次の犠牲者についての相談を決めていた。


「アルメダの方も評判良かったぞ」

 ダズは、今度はレイの方を振り向いた。

「そうなんですね。良かったです」
「剣筋が良くて見本にもなるし、指導も的確だったからな」

 アッバスもにっこりと、レイの指導を褒めた。

「十七代目様のおかげです。口寄せすると、なぜか分かるんです」
「不思議だよな~。口寄せ魔術でそんなことまで分かるのか」

 レイは本日はもうお疲れなのか、失礼を承知で、ごろりと横になっていた——体力は、やっぱりまだまだお子様なのだ。
 子猫サイズの琥珀がレイの背中に乗って、マッサージするように踏み踏みしてくれている。

「それに、特訓の成果も出てたな」

 ダズが両方の眉を下げて、苦笑した。

「……まさか訓練中に、堂々とアルメダに手出ししようとするとはな……」

 アッバスは、兵士たちに呆れ返っていた。

「本っ当に、特訓しといて良かったです……」

 レイは、ムスッとして頬を膨らませた。

「まぁ、触られずに、全員のしたんだろ?」
「そうですけど……あまりいい気はしません!」
「後であいつらには、厳重注意と、ペナルティを課しとくからな。さらに酷くなるようなら言ってくれ。俺たちが近くにいるなら、すぐに助けを呼んでくれて構わない」
「……分かりました」

 レイはごろりと仰向けに寝転がった。
 琥珀もぴょんっと跳ねて、レイのお腹側に回る。

 レイは唇を尖らせながらも、ぐりぐりと琥珀の顔周りを撫でて、ちょっぴり憂さ晴らしだ。
 琥珀はゴロゴロと鳴いて、かまってもらえて嬉しそうだ。

「筋肉痛の方は大丈夫か? 明日はクリフの方だろう?」

 ダズは、寝転がるレイを覗き込んだ。

「う~ん……以前に比べたら、マシです。今日は午前の訓練だけでしたし。早めに休めば、明日は大丈夫かもです」
「じゃあ、今日は早めに休んでくれ」
「は~い」

 レイたちが中庭でリラックスしていると、

「お客様だよー!」

 と、シャマラが中庭に客人を連れて入って来た。


「やあ。第七王子と新しい剣の指南役が恋仲だって噂を聞いたんだけど、どういうことかな?」

 妙にきらきらしい笑顔のルーファスが、早くも噂を聞きつけて、鉄竜の鱗の拠点に現れた。

「「…………っ!!?」」
「あ、ルーファス!」
「お疲れさまです」

 にこやかに挨拶をするレイとレヴィをよそに、ダズとアッバスは「マズいっ!!」といった表情で、氷像のように凍りついていた。


しおりを挟む
◆関連作品

『砂漠の詩』
『雨の回廊』編の過去編スピンオフです。

『冒険者を辞めたら天職でした 〜パーティーを追放された凄腕治癒師は、大聖者と崇められる〜』
『冒険者パーティーを追放された凄腕治癒師を拾いました』編のスピンオフです。

『ジャスティンと魔法少女のステッキ』
『魔法少女』編のスピンオフです。

あなたにおすすめの小説

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

私の入る余地なんてないことはわかってる。だけど……。

さくしゃ
恋愛
キャロルは知っていた。 許嫁であるリオンと、親友のサンが互いを想い合っていることを。 幼い頃からずっと想ってきたリオン、失いたくない大切な親友であるサン。キャロルは苦悩の末に、リオンへの想いを封じ、身を引くと決めていた——はずだった。 (ああ、もう、) やり過ごせると思ってた。でも、そんなことを言われたら。 (ずるいよ……) リオンはサンのことだけを見ていると思っていた。けれど——違った。 こんな私なんかのことを。 友情と恋情の狭間で揺れ動くキャロル、リオン、サンの想い。 彼らが最後に選ぶ答えとは——? ⚠️好みが非常に分かれる作品となっております。

夫の隠し子を見付けたので、溺愛してみた。

辺野夏子
恋愛
セファイア王国王女アリエノールは八歳の時、王命を受けエメレット伯爵家に嫁いだ。それから十年、ずっと仮面夫婦のままだ。アリエノールは先天性の病のため、残りの寿命はあとわずか。日々を穏やかに過ごしているけれど、このままでは生きた証がないまま短い命を散らしてしまう。そんなある日、アリエノールの元に一人の子供が現れた。夫であるカシウスに生き写しな見た目の子供は「この家の子供になりにきた」と宣言する。これは夫の隠し子に間違いないと、アリエノールは継母としてその子を育てることにするのだが……堅物で不器用な夫と、余命わずかで卑屈になっていた妻がお互いの真実に気が付くまでの話。

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界で婚活したら、とんでもないのが釣れちゃった?!

家具付
恋愛
五年前に、異世界に落っこちてしまった少女スナゴ。受け入れてくれた村にすっかりなじんだ頃、近隣の村の若い人々が集まる婚活に誘われる。一度は行ってみるべきという勧めを受けて行ってみたそこで出会ったのは……? 多種多様な獣人が暮らす異世界でおくる、のんびりほのぼのな求婚ライフ!の、はずだったのに。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

処理中です...