鈴蘭の魔女の代替り

拝詩ルルー

文字の大きさ
上 下
150 / 347

鉄竜の鱗2

しおりを挟む
 鉄竜の鱗の拠点の中庭に、大きな絨毯が敷かれ、宴席が設けられた。

 砂漠の国らしい色鮮やかなクッションとローテーブルが置かれ、男性陣は胡座をかいて、女性陣は横坐りになって、絨毯の上に座って飲み食いするらしい。

 今夜のメインは、魔魚の鍋焼きだ。
 三角帽子な鍋蓋を開けると、ニンニクとスパイスの香りがふわりと広がり、玉ねぎやブラックオリーブ、パプリカと一緒に煮込まれた白身魚が、ほかほかと湯気をあげていた。

 サイドには、キュウリやトマト、紫玉ねぎ、香菜が細かくみじん切りにされたサラダが彩りを添えていた。オリーブオイルと塩とレモン、スパイスを好みでかけて食べるようだ。
 スパイスで味付けされた羊肉の串焼きも、いくつも用意されていて、香ばしい香りが漂っている。

 籠いっぱいの薄べったいパンも、たくさん置いてあり、この後にも、まだデザートが控えているそうだ。

 大人たちはエールで、レイはミントティーで乾杯だ。

「レイの王宮勤めについてなんだが、早速、明後日からはどうだ? 明後日は兵の訓練の方で、明々後日はクリフの助手だ。筋肉痛が大変だっていうのなら、初めは三、四日に一度の割合で、剣の指南をお願いしたい」

 ダズは豪快にエールを煽ると、レイに確認した。

「それなら、大丈夫かと思います」

 レイはこくりと了承した。初めて食べる魔魚に、早くも舌鼓を打っている。しっとりとした肉質で、変なクセや臭みもないから、バクバクと食べられる。

「レヴィの方は、できればほぼ毎日、兵の訓練の方に来て欲しい。もし、レイの護衛を優先したいなら、それでも構わないが……」

 ダズにしては珍しく、躊躇いがちに尋ねた。

「レイ、どうします?」
「レヴィが訓練の方に行きたいなら、そうしてもらって構わないけど……大丈夫かな?」

 レイとレヴィは顔を見合わせた。

「ルーファスには『攫われないように』って言われてるけど、ここは王都だし、治安はどうなんだろう……?」

「心配なら、レイが俺の助手をする日は、俺がレヴィの代わりに護衛役をやろう。魔術研究所内をレヴィが彷徨いていたら、目立つだろうし」
「確かに、そうですね」

 レイが首を捻っていると、クリフから助け舟が出た。

 いくらあまり目立たないとはいえ、レヴィは見た目からして剣士向けの体格をしている。そんな人物が魔術師ばかりがいる魔術研究所に出入りすれば、変に目立ってしまうだろう。

「それなら、レイが助手の日はよろしくお願いします。ダズ、レイの護衛の日と休みの日以外でしたら、訓練に参加できますよ」
「分かった。ありがとう。レヴィには、中堅や古参の兵士や士官の相手を頼む。奴らの自慢の鼻をへし折って、目を覚させてやれ。あいつら、最近ダレてきてるらしいからな」
「分かりました」

 ダズの依頼に、レヴィは淡々と頷いた。

「……彼はそんなに強いのか?」

 アッバスは訝しげに、ダズに問いかけた。

「歴代剣聖の剣技が全て使える。さらに、王宮の剣術指南役と同じ所を的確に指摘された。指導もできるぞ。アッバスも、一度見てもらえ」
「ほぉ。ダズがそんなに褒めるのも珍しいな」

 アッバスは興味深く、レヴィの方を見つめた。

「早速、お願いできるか?」
「……今は、食事中ですよ?」

 アッバスは少し酔っ払っているのか、それとも、剣については熱中するタチなのか、早くもレヴィに剣の指南をお願いした。

 一方で、お食事中のレヴィは、ちょっぴり迷惑そうだ。

「やるんだったら、庭の端の方でやって!」

 カタリーナはしっ、しっ、と手を振った。お酒が回っているのか、頬に赤みがさしている。

「ほら、カタリーナからも許可が出たぞ」
「……レイ、私のデザートも取っておいてください……」
「うん。分かった……おおっ!」

 レヴィは、アッバスに引きずられながらも、しっかりとデザートだけは確保していた。

 レイは軽く頷くと、レヴィの皿に、この地方独特のチーズケーキを取り分けた。びろびろ~んと伸びるチーズに、レイの目は釘付けになった。


***


「……早く終わらせましょう……」

 レヴィが木刀を持ち、静かに口にした。

「随分、扱いが雑じゃないか?」
「私には、デザートが待ってます」
「……俺は、デザートのクナーファに負けたのか……」

 アッバスは、口先を尖らせてそんな軽口を叩きながらも、くるりと片手で木刀を回して、構えの姿勢をとった。

 一拍置いた後、どちらからともなく、剣の打ち合いが始まった。


「んっ! このデザート、サクサクしてるのに、シロップが効いてて、美味しいです!」
「……レイちゃん、レヴィさん頑張ってるから、応援してあげて……」

 クナーファをリスのように頬張るレイを、シャマラはつんと指先で突いて、レヴィの健闘を教えてあげていた。だが、そんなシャマラの手にも、しっかりとデザートは握られていた。


 しばらくすると、打ち合いは終わり、いつの間にか、レヴィとアッバスは固く握手を交わしていた。

「アッバスは、タンク役ですか? 剣の癖に『まずは受ける』、『まずは様子を見る』所があります。大事なことですが、様子を見すぎて、タイミングを逃している所がいくつかありました。撃つべき時、攻撃すべきタイミングを感じとって、しっかり体が動くように訓練しましょうか」

「王宮の指南役にも、同じことを言われたな……」

 アッバスは、レヴィの指摘に苦笑いを浮かべた。

「なっ。的確だろ? しかも、完璧に打ち負かしてくる」
「……ああ、本当だ」
「この調子で、上級兵全員をぶっ叩いてもらう予定だ」

 ダズが、アッバスの肩に肘を置くと、いたずらっぽくにやりと笑った。

「ああ、良い薬になりそうだ」

 アッバスも同じようなにやりとした笑顔で、宴席に戻って行くレヴィの背中を見つめた。


「レイー! 終わりましたよ!」
「うん、お疲れさま! このデザート、すごく美味しいよ!」
「……レイはずるいです」

 レヴィは、少し拗ねたように唇を尖らせた。


***


「そういえば、兵の訓練の時は、レイは姿を変えて来るんだったな」

 ダズは宴席に戻って胡座をかいて座ると、思い出したかのように尋ねた。

「そうですね」

 レイが笑顔で頷いた。デザートもお腹いっぱい食べられて、満腹満足で、ほこほこの笑顔だ。

「なっ……こんなに幼いのに、変身魔術を……!?」
「へーっ!? どんな姿になるの!?」

 アッバスは目を丸くし、シャマラは興味津々といった感じでレイを見つめた。

「こんな姿です! この姿の時は、『アルメダ』って呼んでくださいね!」

 レイは自信満々に、アルメダの姿に変身した。
 生まれて初めての巨乳に、レイのテンションは鰻登りなのだ。

 アルメダの姿は、女性にしては背は高いが、スタイルが良く、レイの元の柔らかい雰囲気もあって、とても女性らしい。
 色黒の肌と、ウェーブがかった黒髪、ツンと目尻の上がったエメラルドグリーンの猫目は、そこに艶やかな魅力を足している。

「「おおーっ!」」

 シャマラとアッバスの声が重なった。

「いいね! 素敵!!」

 シャマラは、瞳をキラキラと輝かせて褒めてくれた。

「……これは、マズイな……」

 逆に、アッバスは複雑な表情で考え込んでしまった。

「えっ!? どっちなんですか!?」

 二人の正反対の意見に、レイは困惑した。

「えーっ! セクシーで綺麗なお姉さんじゃん!」
「いや、兵士は男ばかりだぞ。その中にこの子が入ってみろ……」
「あっ……」

(((((余計な虫が付く!!!)))))

 鉄竜の鱗メンバーの思いは一致した。

「レイ、今からでもその姿を変更しないか!? フォレストエイプでもいいんだぞ!?」
「えっ!? 嫌ですよ! しかも、フォレストエイプは、ダズもみんなもダメだって言ってたじゃないですか!」
「いや、その姿で剣術指南してみろ、俺がルーファスに殺されるっ!!」
「ルーファスは、そんなことしないですよ!!」

 急に縋りついてきたダズに、レイはたじろいだ。

「やめろ。女性を襲っているようにしか見えないぞ」

 さすがにクリフが、ダズの肩を押さえて止めに入った。

「だけどよー! これじゃあ、俺たちがルーファスに叱られるぞ!」
「……ダズとアッバスで、防波堤になるんだ。それしかない……」

 クリフは銀縁眼鏡をクイッと上げて、合理的な戦略を打ち出した。

「はぁ!? 俺もなのか!? ……それにしても、ルーファスって誰なんだ?」
「レイの世話役の光竜だ! レイのことについては、めちゃくちゃ恐ろしいぞ!」
「……光竜……」

 アッバスは「光竜」と聞いて、くらりとよろめいた。
 竜は大抵B~Sランクの高ランク魔物だ。討伐は数十人~数百人単位の兵士や手練れの冒険者で行われる。狙われたら、ひとたまりもない。


 その日の夜遅くまで、男性陣の間で、レイ、ことアルメダ防衛のためのフォーメーション会議が行われたのだった。


しおりを挟む
◆関連作品

『砂漠の詩』
『雨の回廊』編の過去編スピンオフです。

『冒険者を辞めたら天職でした 〜パーティーを追放された凄腕治癒師は、大聖者と崇められる〜』
『冒険者パーティーを追放された凄腕治癒師を拾いました』編のスピンオフです。

『ジャスティンと魔法少女のステッキ』
『魔法少女』編のスピンオフです。

あなたにおすすめの小説

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

私の入る余地なんてないことはわかってる。だけど……。

さくしゃ
恋愛
キャロルは知っていた。 許嫁であるリオンと、親友のサンが互いを想い合っていることを。 幼い頃からずっと想ってきたリオン、失いたくない大切な親友であるサン。キャロルは苦悩の末に、リオンへの想いを封じ、身を引くと決めていた——はずだった。 (ああ、もう、) やり過ごせると思ってた。でも、そんなことを言われたら。 (ずるいよ……) リオンはサンのことだけを見ていると思っていた。けれど——違った。 こんな私なんかのことを。 友情と恋情の狭間で揺れ動くキャロル、リオン、サンの想い。 彼らが最後に選ぶ答えとは——? ⚠️好みが非常に分かれる作品となっております。

夫の隠し子を見付けたので、溺愛してみた。

辺野夏子
恋愛
セファイア王国王女アリエノールは八歳の時、王命を受けエメレット伯爵家に嫁いだ。それから十年、ずっと仮面夫婦のままだ。アリエノールは先天性の病のため、残りの寿命はあとわずか。日々を穏やかに過ごしているけれど、このままでは生きた証がないまま短い命を散らしてしまう。そんなある日、アリエノールの元に一人の子供が現れた。夫であるカシウスに生き写しな見た目の子供は「この家の子供になりにきた」と宣言する。これは夫の隠し子に間違いないと、アリエノールは継母としてその子を育てることにするのだが……堅物で不器用な夫と、余命わずかで卑屈になっていた妻がお互いの真実に気が付くまでの話。

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界で婚活したら、とんでもないのが釣れちゃった?!

家具付
恋愛
五年前に、異世界に落っこちてしまった少女スナゴ。受け入れてくれた村にすっかりなじんだ頃、近隣の村の若い人々が集まる婚活に誘われる。一度は行ってみるべきという勧めを受けて行ってみたそこで出会ったのは……? 多種多様な獣人が暮らす異世界でおくる、のんびりほのぼのな求婚ライフ!の、はずだったのに。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

処理中です...