鈴蘭の魔女の代替り

拝詩ルルー

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閑話 ツンデレ

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「……レイ、助けてくれ……俺はもうダメだ……だが、他の二人だけは……ぐふっ」

 ダズはそう苦しげに言い残すと、助けを求めるかのように片腕を伸ばしたまま、ばたりと倒れ込んだ。

「ダズ!? 急にどうしたんですか!? 大丈夫ですか!?」

 レイは、宿の廊下で急に具合が悪そうに倒れ伏したダズに、慌てて駆け寄り、軽く揺さぶって声掛けをした。

「レイ、レヴィが大変なんだ。すぐに来てくれ」
「クリフ、眼鏡はどうしたんですか? それは私じゃなくて、この宿にある壺です」

 クリフは宿の廊下に置いてある壺に、真剣な面持ちで話しかけていた。
 レイは一瞬、あんまりなことにポカンとしてしまったが、冷静に指摘をした。

「俺は眼鏡を外すことで奴の攻撃を躱し、正気を保ってるんだ」
「奴からの攻撃? はたから見てると行動が正気じゃないです。何が起こってるんですか!?」
「とにかく、すぐに男部屋に来てくれ」

 クリフに誘われるがまま、レイは男部屋へと向かった。

「ああっ! ルーファス! 大丈夫ですか!?」

 男部屋に入ると、真っ先に倒れ伏しているルーファスが目に入った。レイは慌てて、床に転がっているルーファスの元に駆け寄った。

「レイ……ここは危ないから……早く逃げるんだ……」

 ルーファスは薄らと開けた目でレイを見ると、掠れた声で彼女に逃げるよう諭した。

「ルーファスまで……一体、何が……」
「とにかく、レヴィの奇行を止めてくれ! 全ての原因は、あいつなんだ!」
「クリフ、まずは眼鏡をかけて、ご自身の奇行を止めてください。それはダズの長剣です。私ではないです」

 レイは、壁に立てかけられているダズの長剣に一生懸命話しかけているクリフに対し、冷静にツッコミを入れた。


 レイとクリフが、ダズとルーファスを彼らのベッドまで運んで看病していると、レヴィが男部屋に戻って来た。

「あ、レイ」
「レヴィ、どうしたの? みんなに何があったの?」
「みんなには、私の新技の練習に付き合ってもらいました」

 レヴィはちょっぴり嬉しそうな、ほくほくと誇らしげな表情で報告してきた。

「新技の練習?」

 レイは怪訝そうな表情で尋ね返した。

「レイがスナギツネさん型の誘惑の魔物に、打ち負かされていたでしょう? あれほど強力な技は、今までのどのご主人様も持ち合わせてはいなかったのです。私が習得できれば、レイも口寄せ魔術で使えるようになります。そうすれば、お役に立てるかと」

「私、スナギツネさん型の誘惑の魔物に負けたっけ? おやつ袋を取られたこと?」
「違います。ツンデレです」

 レヴィは胸を張って自信満々に、新技名を言い放った。

「ツン……デレ」

 レイは絶句した。

「そうです。あれはきっと立派な精神系統の技です。あれだけレイの心を完膚なきまでに打ち負かしつつも、好かれるという、何とも恐ろしい技です。おそらく、魅了スキルのたぐいでしょう」
「…………」

 あまりのことにレイが固まっていると、クリフが補足説明を始めた。

「ダズは始め、全然気づかなかったんだ。こいつは結構大雑把で鈍い所があるから、レヴィは具合が悪いんだろうと考えてたみたいなんだ。全てを悟った時、積りに積もった『なんだか気持ち悪い』が爆発して、ああなった」

 いつもの銀縁眼鏡を装備したクリフは、しっかりとダズの方を指差した。

 ダズはベッドの上で仰向けに横になり、両手をへその上のあたりに重ね、安静にして休んでいる。額から目元を覆うように濡れタオルが置かれ、非常に具合が悪そうだ。

「それから、一番まともにこの『ツンデレ』なる技を食らったのは、ルーファスだ。根が真面目すぎるのも考えものだな。さらに、優しすぎて無理をし過ぎるきらいがある」

 クリフはフッとルーファスの方に目をやったが、もはや見てられないと言わんばかりに視線を逸らした。残念そうに首を小さく横に振っている。

 ルーファスは自身のベッドの上で、まるで悪夢に魘されているかのように、うんうんと苦しげに唸っている。助けを求めるかのように伸ばされた腕は、中空を彷徨っている。

「ツンデレは元々、相手をかわいいな、とかカッコいいな、とか素敵だなって思ってるから効果があるんです。レヴィが、他の男性メンバーに対してやっても意味ないよ」

「そうだったんですね! だからみんな技が効いてるのに、変な感じだったんですね!」
「変な感じ?」
「なんだか具合が悪そうになりました」
「……別の意味で効いてるのね……」

 レイは呆れて呟いた。

「……それなら、これならみんなに効くということですね!」

 レヴィは、ポンッとレイの姿に変身した。ご丁寧に、ふんわりと可愛らしい白いワンピース姿だ。黒くて長いストレートの髪は、真っ赤なリボンでポニーテールにまとめられている。

 男性陣からは「おおっ」とどよめきの声が漏れた。すっかり伏せっていたはずの二人も、いつの間にか体を起こしていた。

「これなら許容範囲だ」
「かわいいからアリだな」
「確かに、こっちならかわいいから大丈夫だよ」

 口々に感想を言い合う男性陣に対し、レイは羞恥のあまり顔を真っ赤にしてぷるぷると震えだした。

 レヴィもレイの姿になるのは照れるのか、頬を淡く桜色に上気させて、もじもじし始めた——却って初々しくなっている。

(その姿で、みんなにツンデレを披露するつもりなの!?)

「……今後一切、ツンデレは禁止です……」

 レイは低い声で最善の決断を下した。

「そんな!!」
「えっ!?」
「なんで!?」
「なぜだっ!?」

 レヴィのツンデレに困っていたはずの男性陣からも、なぜだか非難の声が上がった。

「禁止ったら、禁止です!! もし次に私の姿でツンデレをしたら、しばらくレヴィは剣の姿に戻します!」
「!! ……分かりました。ツンデレの習得は諦めます」
「「「えぇーっ!」」」
「全く、どっちなんですか!? レヴィにツンデレをやめて欲しかったんでしょう!?」

 男性陣は怒れるレイに正座させられ、そのまま説教されることになった。

 こうしてレヴィのツンデレ奇行はおさまり、男部屋には平和が訪れた。


 その後、レイやカタリーナが、レヴィが一体どんなツンデレ行動をしたのかいくら尋ねても、ルーファスもダズもクリフも顔を青ざめさせて、口を貝のように閉ざし、何も教えてはくれなかった。


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◆関連作品

『砂漠の詩』
『雨の回廊』編の過去編スピンオフです。

『冒険者を辞めたら天職でした 〜パーティーを追放された凄腕治癒師は、大聖者と崇められる〜』
『冒険者パーティーを追放された凄腕治癒師を拾いました』編のスピンオフです。

『ジャスティンと魔法少女のステッキ』
『魔法少女』編のスピンオフです。

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