鈴蘭の魔女の代替り

拝詩ルルー

文字の大きさ
上 下
142 / 347

誘惑の魔物観光ツアー1

しおりを挟む
 誘惑の魔物は、ふかふかのぬいぐるみ型の魔物だ。
 魔物の中でも最弱で、唯一のFランク魔物だ。その愛くるしさから魔物たちのマスコットとして活躍しており、愛護団体までできている。

 誘惑の魔物は、住む地域によっていくつか種類に分かれている。

 一番多いのはくまさん型だ。くまさん型は世界中に生息していて、白、クリーム、ブラウン、グレー、ブラックなど、ベーシックな色味ながら、古来より多くのファンを魅了している。

 次に多いのはうさぎさん型だ。大陸の西側に多く生息している。
 うさぎさん型は一番色味が豊富で、白、ブラウン、グレー、ブラックのほか、ピンクや水色のうさぎさんや、ぶち柄のうさぎさんもいる。

 わんこ型は、大陸東の海に浮かぶ島国特有の種類だ。くるりと巻いた尻尾と、丸い麿眉毛が特徴だ。色は白、茶、黒の三色のみだ。

 大陸東の奥地には、熊猫さん型が生息している。滅多に見られない幻の誘惑の魔物で、白と黒の特徴的な模様をしている。

 そして、砂漠の国サハリアには、スナネコさん型が生息している。普通の猫とは少し違って、やや横長で扁平な顔をしていて愛嬌がある。ブラウン系の毛色にグレー系の縞模様のみだ。
 おっとりと純粋な性格のものが多い誘惑の魔物の中では珍しく、頭が良いものが多い。

 レイはセルバの森で誘惑の魔物に出会ってからは、彼らのファンだ。
 だって、カワイイは正義なのである。


***


「ダズ、サハリアには、スナネコさん型の誘惑の魔物がいると聞いたんですが……」

 レイが珍しく、やけに神妙な顔でダズに尋ねた。

「ああ、いるよ。砂漠の岩場に暮らしてて、通りがかった旅人や冒険者に水や食べ物を貢がせてるんだ。研究者が言うには、ツンデレな性格らしいぞ」

「ツンデレ……」

「ツンデレだ。気に食わないことがあると、引っ掻くらしいんだが、自分で引っ掻いときながら、相手が怪我すると、舐めて心配そうにするらしい……そんな誘惑の魔物だから、どうも軍は討伐したがらなくてな……さらに世界中から愛好家が一目見ようと観光によく来るから、地元に保護団体までできちまってな。最近では観光ツアーまでできてるよ」

 ダズは困ったように眉を下げて、ポリポリと頬を掻いた。

「スナネコさん観光ツアー……」
「いいですね」

 瞳をキラキラさせて期待しているレイに対し、レヴィは満面の笑顔で頷いた。
 人生というものを謳歌したいレヴィにとって、新しい体験は大歓迎なのだ。もちろん、スナネコさん型の誘惑の魔物観光ツアーも例外ではない。

 ダズは「スナネコじゃないからな、あくまでも魔物だからな」と苦笑した。

「せっかくだから、王都に行く前にツアーに連れてってやるよ」
「「やった!!」」

 レイとレヴィは声を合わせて喜んだ。


***


「わぁ! 結構、人が集まってますね!」

 レイは、朝早くから照りつける太陽に、目を細めた。

 本日のレイは、胸元に大きな刺繍が入った水色のロングワンピースを着込み、グレージュ色のマントを羽織っている。動きやすいように、長い黒髪はゆるりと三つ編みにして、カタリーナに綺麗なストールを巻いてもらった。
 足元はもちろん、アイザックの鱗のブーツだ。


 スナネコさん型の誘惑の魔物観光ツアーの参加者は、レイたちを含めて二十名だった。

 ツアーガイドは、メインガイドのお姉さんが一名と、サポートガイドの若者が二名だ。サポートガイドは荷物持ちのほか、砂漠には魔物も出没するため、護衛役も担っているようだ。

 出発前に誘惑の魔物用のおやつも買えるようで、レイとレヴィはワクワクと、それぞれ一袋ずつ購入していた。

(……たとえ観光客向けに割高だとしても、これだけは外せない!!)

 レイは心の中で、グッと拳を握った。
 おもいっきり観光ツアーを堪能する所存である。

 ダズはお忍びなので、薄いスカーフを頭に巻いて、目元以外は隠している。目立たない色味のマントも羽織った。
 砂漠の民は似たような格好の者が多いため、完璧に一般人に紛れ込んでいた。

 サハリア王国ではSランクパーティーのメンバーとして有名な、カタリーナとクリフも同様だ。

 いつもミスリルの部分鎧をまとっているカタリーナには珍しく、くるぶしまであるふんわりとしたロングワンピースだ。大胆な民族模様が入ったウールのマントをその上から羽織り、大判ストールを巻いて、目元以外を隠している。

 少しだけ見える日に焼けた健康的な肌と、目力の強いエキゾチックな黄金眼がチラリと覗いていて、スラリと背が高くスタイルも良いためか、観光客の中には彼女に見惚れる者も多かった。

 クリフも、幾何学模様のスカーフをターバン巻きにし、そこに、小さな魔石入りのアクセサリーを付けている。今日は、銀縁眼鏡はサングラスに代わっていた。
 おしゃれなのだが、ちょっと羽ぶりの良い遊び人か商人のような風貌に仕上がっている。

「改めて考えたら、スナネコさんツアーに出たことなかったな」
「近場にあって、却って行かないからね」

 観光客に紛れながら、ダズとカタリーナがおしゃべりをしていた。


「みなさん! ここから一時間ほど歩いた岩場に、スナネコさん型の誘惑の魔物の営巣地があります! 途中、魔物に出くわす可能性もありますので、みんなから離れないようにしてくださいね! それでは、出発します!!」

 ガイドのお姉さんが声を張り上げて、出発の合図をした。

「一時間!? 結構歩きますね」
「誘惑の魔物は、森の奥深くに住んでいるのが普通だからね。ここまで人の近くに住んでいるのは稀なことだよ」

 ルーファスは、逸れないように、レイの手をとって歩き出した。

 ルーファスは、細やかな砂漠の砂が髪に入り込まないように、淡い金髪をまとめて、薄手のスカーフを巻いている。青いウールのマントも見慣れないが、とても様になっている。

 ダズよりもずっと異国の王子様のような優しげな風貌なので、他の女性観光客たちが、ちらちらとルーファスを盗み見ては、溜め息を漏らしていた。

「私でもスナネコさん型の誘惑の魔物は見たことがないです。今日は楽しみです」

 レヴィはいつも以上に上機嫌だ。
 いつもながらに周囲から浮かず目立たず、既に現地の住民並みに馴染んでいる。さっきは、別の観光客にサポートガイドだと思われて、声をかけられていたほどだ。

「レヴィでも見たことが無いのか。まぁ、遠くから見てる分には、かわいい魔物だ」

 クリフがレイたち三人の後について歩き出した。

 淡いローズ色に染まった広大な砂漠を、レイたちはガイドについて歩き出した。


しおりを挟む
◆関連作品

『砂漠の詩』
『雨の回廊』編の過去編スピンオフです。

『冒険者を辞めたら天職でした 〜パーティーを追放された凄腕治癒師は、大聖者と崇められる〜』
『冒険者パーティーを追放された凄腕治癒師を拾いました』編のスピンオフです。

『ジャスティンと魔法少女のステッキ』
『魔法少女』編のスピンオフです。

あなたにおすすめの小説

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

私の入る余地なんてないことはわかってる。だけど……。

さくしゃ
恋愛
キャロルは知っていた。 許嫁であるリオンと、親友のサンが互いを想い合っていることを。 幼い頃からずっと想ってきたリオン、失いたくない大切な親友であるサン。キャロルは苦悩の末に、リオンへの想いを封じ、身を引くと決めていた——はずだった。 (ああ、もう、) やり過ごせると思ってた。でも、そんなことを言われたら。 (ずるいよ……) リオンはサンのことだけを見ていると思っていた。けれど——違った。 こんな私なんかのことを。 友情と恋情の狭間で揺れ動くキャロル、リオン、サンの想い。 彼らが最後に選ぶ答えとは——? ⚠️好みが非常に分かれる作品となっております。

夫の隠し子を見付けたので、溺愛してみた。

辺野夏子
恋愛
セファイア王国王女アリエノールは八歳の時、王命を受けエメレット伯爵家に嫁いだ。それから十年、ずっと仮面夫婦のままだ。アリエノールは先天性の病のため、残りの寿命はあとわずか。日々を穏やかに過ごしているけれど、このままでは生きた証がないまま短い命を散らしてしまう。そんなある日、アリエノールの元に一人の子供が現れた。夫であるカシウスに生き写しな見た目の子供は「この家の子供になりにきた」と宣言する。これは夫の隠し子に間違いないと、アリエノールは継母としてその子を育てることにするのだが……堅物で不器用な夫と、余命わずかで卑屈になっていた妻がお互いの真実に気が付くまでの話。

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界で婚活したら、とんでもないのが釣れちゃった?!

家具付
恋愛
五年前に、異世界に落っこちてしまった少女スナゴ。受け入れてくれた村にすっかりなじんだ頃、近隣の村の若い人々が集まる婚活に誘われる。一度は行ってみるべきという勧めを受けて行ってみたそこで出会ったのは……? 多種多様な獣人が暮らす異世界でおくる、のんびりほのぼのな求婚ライフ!の、はずだったのに。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

処理中です...