鈴蘭の魔女の代替り

拝詩ルルー

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最も自由な剣技

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 御者のおじさんが紹介してくれた宿は、見た目からして村の食堂だった。
 普段は食堂経営がメインのようで、宿の方は、近隣の村人や知り合いなどの限られた人しか泊めていないようだ。

「小さい村だと、なかなか宿が取れないこともあるからね。紹介してもらえると、ありがたいよー」
「ちょうど二部屋取れて良かったですね」
「それに、ご飯も美味しいらしいからね」
「楽しみです!」

 カタリーナとレイは、女部屋に荷物をおろすと、にこにこと一階の食堂に向かった。


「おっ、来たか!」

 ダズが、エール片手にレイたちの方を振り向いた。

「なんだよ、もう始めてるのかよ」

 カタリーナはどかりと、ダズの横に座った。
 レイも、ルーファスの隣に腰掛ける。

 テーブルの上には既に、エールと、チーズがたっぷりかかったかぼちゃのニョッキ、つまみ用の猪肉のハムが、真ん中に陣取っていた。

 二人が席に着くと、追加のエールと、レイ用のぶどうジュースが運ばれて来た。

「それでは……」
「「「「「「乾杯!」」」」」」

 カラーン、と小気味良く、木製ジョッキを打ちつける音が鳴り響いた。

「美味しい~!!」
「おじさんの言う通りだったね」

 ニョッキはチーズがとろとろに伸びて、かぼちゃの優しい甘みとマッチしていた。

 追加でやってきたゴロゴロとした手羽元と甘い冬キャベツのスープは、塩胡椒がよく効いていて、食欲をそそった。
 籠盛りのサツマイモのフォッカッチャも、ほくほくと甘みがあって、レイは幸せそうに頬張った。


「おや? あんたらが、ブラックハウンドを追っ払った冒険者かい?」

 隣の席で飲んでいた村のおじさんたちが、話しかけてきた。

「そうだよ」
「おかげで、明日には隣街に荷物が運べそうだ。まだしばらくは足止めかと思ってたけど、良かった。ありがとよ」

 恰幅のいいおじさんは、わっはっは、と陽気にエールのジョッキをかかげた。

「あんたらは、まだしばらく村にいるのかい?」

 ヒゲのおじさんが、チーズを摘みながら訊いてきた。

「いや、明日には次の街に行こうかと思ってる」

 クリフがしれっと答えていた。

「それなら、東の山沿いの村で、この時期、面白い祭りがやってるぞ」
「へぇ、どんな祭りなんだい?」

 カタリーナが興味深そうに相槌を打った。

「獣の祭りっていって、ガレッソって村でやってるんだが、祭り期間中に訪れると、自分が好きな動物に変身できるんだ」
「変身魔術なんて、上級魔術師でないと無理だからな。この辺だと、こぞってその祭りに行くぞ」

 おじさんたちはお酒がすすんでいるのか、赤ら顔でべらべらと喋っている。

「元に戻らなかったりとかは無いんですか?」

 魔術に興味津々のレイは、おじさんたちに尋ねた。

「それは聞いたことないな。人によっては数時間で戻る奴もいるし、次の日に戻る奴もいる」
「ただ、運が悪いと動物には変身しないぞ」
「へぇ~」
「何だか面白そうですね。ちょっと行ってみたいです!」

 レイが瞳を輝かせて、銀の不死鳥と鉄竜の鱗のメンバーを見回した。

「進行方向はそんなに外れてるわけじゃないから、寄って行ってもいいよ」

 カタリーナが快く頷いた。

「「やった!」」

 レイとレヴィが、同時に歓声を上げた。

「レヴィ、おまえもか……」

 ダズが呆れたような顔で、レヴィを見た。

「さすがに私も動物になったことはないので」

 レヴィはにこにこと答えていた。


***


 隣の席のおじさんたちが帰ると、クリフが防音結界を展開した。

「さて、急ぎだったから、ここまで何も訊かずに来たが……そろそろきちんと説明してもらおうか?」

 クリフは真面目な表情で、カタリーナと銀の不死鳥メンバーの顔を見まわした。

「あたしが先代魔王様に呼び出しされて、この子たちのほとぼりが冷めるまで、サハリアで保護してやれって言われたからだろ?」

 カタリーナが肩をすくめて、あっけらかんに言い放った。

「それはもう分かった。断れなかったことだろ。なら仕方ない」

 ダズも真面目な顔で頷いた。

「ここ百年はサハリアの王家に仕えているが、三大魔女を見たのは初めてだ。しかも、剣聖なんだろう? 史上初じゃないのか?」

 クリフがレイの方を向いた。

「三大魔女のご主人様は、レイが初めてですね。女性のご主人様もレイが初めてです」

 レヴィが淡々と口を挟んだ。

「やっぱり、剣聖は男性が多いんですね」

 レイが納得したように頷いた。

「ダズは当代剣聖と剣を交えるのを楽しみにしてたんだ。イケる口なら、是非、酒も酌み交わしたいとも言っていた」

 クリフは親指でぐいっと、ダズを指差した。

「わっ、私は、剣は、その、基礎だけで……お酒の方も、前に匂いだけで酔ってしまったんです!」
「そうだな、君にお酒は少し早そうだ」

 レイがあわあわと慌てて両手を目の前で振っていると、クリフは淡々と頷いていた。

「でも、剣ならレヴィができますよ」
「聖剣が、剣技を? 確かに、ギルドでは剣士として登録してるって言ってたな。どのくらいできるんだ?」

 ダズが少し疑うように、レヴィの目を覗き込むように尋ねた。

「歴代のご主人様の技でしたら、全て使えます。この姿も十七代目のご主人様の姿です」

 レヴィはにこりと微笑んだ。

「何ぃ!?」
「何だって!?」

 ダダンッ!!

 ダズとクリフは同時に立ち上がった。

 ダズは目を少年のようにキラキラと輝かせてレヴィを見つめ、クリフはまじまじとレヴィの顔を見つめていた。
 どちらも気になるポイントは違えど、レヴィに興味があるようだ。

「それなら、レヴィとなら、全ての剣聖と剣を交えることができるんだな!?」
「ダズ、うるさい。……非常に興味深い。他の剣聖の姿にもなれるのか!? これは歴史的発見になるぞ!」

 ギャーギャーと騒ぐメンバー二人に、カタリーナが「あんたたち、うっさいよ!」と叱りつけた。

「……それにしても、何でその子を選んだんだ? 魔術師だし、剣を扱えるようにはとても見えないな」

 ダズが唇を少し尖らせて、レヴィに尋ねた。

(……やっぱり、普通はそう思うよね! 私もそうだし……)

 レイも、改めてレヴィが自分を選んだ理由が聞きたくて、彼の方を向いた。

「そもそも私は、ご主人様に剣の腕前を求めてません。その時代で、最も私を上手く扱える方を選んでいます」
「……剣の腕は求めていない……?」
 
「レイは、今までのご主人様の中で最も力も剣の技術も持っていないです。ただし、最も私を上手く扱うことができます」
「……どういうことだ?」

 ダズが訝しげに片眉を上げた。

「剣の技術や力の強さは、今までのどのご主人様よりも弱いです。ただ、私を人型化し、それを維持できるほどの魔力を持っています。私は歴代のご主人様たちの技を全て使えますし、剣のこの体は、人間のような限界はありません。そして、レイは私を自由にしてくれます。私は私の自由意志でレイと共にいて、レイを助けています。もし、別の誰かなら、こんな風には仕えていなかったかもしれません」

 静かに訥々とつとつと語るレヴィには、何とも言い難い凄みがあった。

 ダズはごくりと唾を飲み込んだ。やっと、なぜ当代剣聖が最強と言われているのかを理解したようだった。

「歴代剣聖の中でも、最も自由な剣技だな」

 ダズが、ぽつりと呟いた。

「ふふっ。確かにそうですね」

 レヴィが珍しく声をあげて柔らかく笑った。
 レイとの関係性を「剣技」と表現されたのが、非常に気に入ったようだった。


***


「……ダズ、残念だったな」

 クリフは静かに声をかけた。

 宿の庭にある岩に座り込んで項垂れていたダズが、静かに振り向いた。大男が、ちんまりと縮こまっている姿には、どこか哀愁が漂っている。

「先代剣聖がいなくなってからは『魔剣レーヴァテインを探せ』、当代剣聖の告げが出てからは『剣聖を探せ』か……全く、俺のこの五年間を返して欲しいぜ……」

 ダズとクリフは、サハリア国王から密命を受けていた。
 Sランク冒険者のパーティーメンバーとして世界中を周り、魔剣レーヴァテインを手にいれるか、剣聖を探し出し、サハリア王国へ招致するのだ。

「俺は、彼女が剣聖で良かったと思っている。魔剣は浄化され、剣聖はどこの国のものにもならない……ユグドラ、管理者たちのものだ」

 クリフは遠くを見つめ、感慨にふけるように呟いた。

「はぁ……魔剣がフリーになったんだったら、剣士の俺にもチャンスがあるかもと期待したし、剣聖の告げが出てからは、せめて剣を交えて、酒でも酌み交わせないかと思ったが……あのお嬢ちゃんじゃなぁ……」

 どっちも無理だな……と、ダズは、カクリと肩を落とした。

「俺は、お前のことも心配してたんだぞ」
「は?」

 ダズは、クリフの方を見上げた。

「魔剣にお前が選ばれれば、魔剣の業をお前が背負うことになる。剣聖を招致するとなれば、下手をすれば、先代剣聖と同じような事故に遭う可能性も出てくる……これで良かったんだよ」

 クリフは静かにダズを見つめた。

「さらに、剣聖のバックには先代魔王がいるから手出しできねぇし、そもそも、あのお嬢ちゃんなら、絶対に剣聖だってバレねぇからな」

 ダズは「ゔぅ、親父に何て報告しよう……」と呟き、両手でバリバリと頭を掻いて、また項垂れた。


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◆関連作品

『砂漠の詩』
『雨の回廊』編の過去編スピンオフです。

『冒険者を辞めたら天職でした 〜パーティーを追放された凄腕治癒師は、大聖者と崇められる〜』
『冒険者パーティーを追放された凄腕治癒師を拾いました』編のスピンオフです。

『ジャスティンと魔法少女のステッキ』
『魔法少女』編のスピンオフです。

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