鈴蘭の魔女の代替り

拝詩ルルー

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ブラックハウンド

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「うん? 隣村への箱馬車が止まってる?」

 銀の不死鳥と鉄竜の鱗メンバーは、隣町へ向かう乗合馬車が停まっている場所にやって来た。
 箱馬車の横では、御者のおじさんが暇そうに木箱の上に座り込んでいた。

「ああ、街道に危険な魔物が出てな。悪いが、しばらく馬車は出せないんだ。ブラックハウンドの群れだ」

 おじさんが困り顔で教えてくれた。

「ブラックハウンドか……群れの規模によっては面倒だな」

 クリフが腕を組んで、渋い顔をした。

「……ブラックハウンド?」
「犬型の魔獣だね。一匹一匹はCランクで、そこまで大したことないんだけど、群れるからね。油断してると、危険な魔物だよ」

 レイがちらりとルーファスを見上げると、彼は丁寧に説明をしてくれた。

「あたしらが護衛に付くから、出してくんない?」

 カタリーナが、御者のおじさんの目線に合わせてしゃがみ込むと、交渉を始めた。

「おや? お姉さん方は冒険者かい?」
「そうだよ。この子らも含めて、全員で六人だ」
「ランクは?」
「Sだ」

 カタリーナが、バチリとウィンクを決めた。


***


「六本脚……」

 レイは初めて見る大きな馬に、目を丸くして見上げた。
 乗合の箱馬車に繋がれたその立派な馬は、モゴモゴと飼い葉を食んで、お食事中だ。

「ああ、ドラゴニアにはいないからね。ハーフスレイプニルだ」

 ルーファスは、大人しくお食事中の馬の背中を撫でた。

 この国、西ロルムで乗合の箱馬車を引く馬は、魔物のスレイプニルと農耕馬のハーフらしく、六本脚だ。魔物の血を引いてるためか、魔物に怖気付かない気の強さと頑丈さがあり、農耕馬の体力と落ち着いた性格も合わせ持っていて、扱いやすく、品種改良の研究が盛んなのだそうだ。

「半分魔物の血が入ってるからかな? 僕でもあまり怖がられないみたいだね」

 ルーファスは、淡い黄色の瞳をゆるめて、にこりと微笑んだ。

(確かに、ルーファスは光竜だから、馬は怖がる子が多いのかな……)

 レイは、嬉しそうに馬と触れ合うルーファスを、ほっこりとした気持ちで眺めていた。


「レイ、ルーファス! そろそろ出発だってさ」
「はいっ!」
「今、行きます」

 ここ数日、魔物のために隣町への便を出せなかったためか、Sランク冒険者パーティーが護衛に付くと聞きつけたからか、隣街へ行きたくても行けなかった人たちが集まってきていた。

 最終的には、行商人や郵便配達の荷馬車も含めると、隣町へ向かう馬車は三台にまで膨れ上がっていた。


「それでは、出発!!」

 先頭の乗合馬車の御者が声がけをすると、馬車がガラガラと音を立てて進み始めた。

 先頭の乗合馬車にはカタリーナとレイが乗り込み、最後尾の郵便馬車にはダズとクリフが乗り込んだ。ルーファスとレヴィは、真ん中の行商人の荷馬車に乗せてもらった。


「ブ、ブラックハウンドだ!!」

 草原地帯に入ると、馬車に並走して走るブラックハウンドの群れが現れた。

「だいたい十数頭ぐらいかな。ちょっと大きな群れだね」

 カタリーナがざっと目視で、ブラックハウンドの数を数えた。

(結構、大きい……)

 黒い毛並みのブラックハウンドは、レイの元の世界でいうボルゾイを一回りも二回りも大きくした狩猟犬のような魔物だ。
 ぎらりと光る牙が、その真っ赤な口元から覗いていて、ブラックハウンドを初めて見たレイは、ぶるりと小さく身震いをした。

「どっ、どうするんだい!!?」

 御者のおじさんが、半分震えながら叫んだ。

「このまま次の村まで引き連れてくのは迷惑だからね。一旦、ここで戦うよ! レイ、結界を張れるかい!?」
「張れます!!」
「それじゃあ、お願いしますよ!! 停車だぁ! 馬車、停車!!」

 御者のおじさんが声を張り上げ、ハーフスレイプニルの手綱を引いた。

 後列の馬車も同様に、馬車を止めようと御者たちが手綱を引いている。

 馬車の速度が落ちてきたので、レイは瞬時に、馬車の隊列全体を包む結界を展開した。

「ギャンッ!」
「ギャワン!!」
「おっと。あいつら、もう始めてるみたいだね」

 最後尾の馬車から魔弾が、すぐ後ろの馬車から矢が発射されるのが見えた。
 撃ち抜かれたブラックハウンドが、悲鳴をあげる。

 馬車が完全に止まると、カタリーナが悠々と馬車から降りた。

 ブラックハウンドたちも警戒して、牙を剥き出して低く唸り、後退っている。

 いつの間にか、御者のおじさんも棍棒を握りしめていた。

 カタリーナが曲刀を構えて駆け出すと、あっという間に、一頭、二頭と、ブラックハウンドの首が飛んだ。

(す、すごい!! いつの間に斬ったのか、全然分からなかった!)

 真ん中の馬車の屋根上には、ルーファスが乗り上げていて、弓でレヴィのサポートをしているようだ。

 最後尾では、ダズが大剣を振るってブラックハウンドを切り伏せ、クリフが取りこぼしに魔弾を浴びせていた。

「群れのボスが見えないね……」

 カタリーナが残念そうに呟く。
 彼女の前には、既に倒したブラックハウンドが折り重なっていた。


 ヴォォオーン!!

 少し離れた所から、ブラックハウンドの遠吠えがした。

「レイ、索敵だ!」
「はいっ! ……右奥から、大きい反応が近づいて来てます!」

 レイは探索魔術を馬車周辺に展開すると、素早く報告をした。

「この群れのボスだな。ここは任せた!」
「はいっ!」

 カタリーナが駆け足で、ボスの所まで向かう。
 レイも勇ましく返事をする。

「ひ、ひぇえ~!!」

 最大戦力のカタリーナがこの場を離れると聞いて、おじさんが棍棒を握りしめて、情けない声を上げた。

「私だって、ちゃんと戦えますよ! アイスバレット!!」
「ギャンッ!」

 レイは、こちらに飛び掛かろうとしていたブラックハウンドに、氷の礫を浴びせた。


「ふぅ~ん。これだけの群れを束ねてるだけあるね。なかなか立派なボスだ」

 青黒い毛並みで、他のブラックハウンドよりも、さらに大きい個体だ。低い唸り声を上げて、毛を大きく逆立て、カタリーナを威嚇している。

「だけど、ここで終いだっ!!」

 カタリーナが群れのボスの方へ駆け出すと、左右からブラックハウンドが飛び掛かってきた。
 どちらも曲刀で斬り伏せる。

 カタリーナが、他のブラックハウンドを相手にしている間に、今度はボスが牙をギラつかせて、彼女に襲いかかってきた。

「おらぁっ!!」
「グァンッ!!」

 バギッ!!
 バキバキバキ……

 カタリーナの左フックが、ボスの右頬に決まり、吹き飛んだ。
 近くの木に激突したボスの上に、衝撃で折れた木が倒れ込む。

 ボスが木の下から抜け出そうと頭をもたげた瞬間、カタリーナが一刀で、ボスの首を落としていた。

「残念だったね。武器を持ってる方が、あたしは弱いんだ。武器を壊さないように気をつかうからね」

 カタリーナが、肩から息を吐いて、呟いた。


「ボスも入れて、全部で十七頭か。そこそこの群れだったな」

 ダズは倒したブラックハウンドを数えて、溜め息をついた。

「確か、ブラックハウンドは毛皮が人気だったな。とりあえず、持っていくか」

 ブラックハウンドは、クリフがまとめて空間収納にしまっていった。

「全く、これだけの魔物に囲まれて……生きた心地がしなかったよ」
「これでまた安心して隣村と行き来ができるね」

 御者のおじさんや乗客は、ほっと安心したように、互いに話し合っていた。

「冒険者のねぇちゃん、すごかったな! ズバン、ズバンって!!」

 乗合馬車に乗っていた少年が、興奮気味に、カタリーナに話しかけた。

「あっはっは。坊やも練習すれば、できるようになるよ」
「本当!?」
「おいおい、カタリーナレベルになるには、相当な練習が必要だぞ」

 ダズは呆れてぼやいていた。


「それじゃあ、再出発だ!」

 全員の無事が確認されると、乗合馬車の御者のおじさんの掛け声で、馬車がまた動き出した。
 ガラガラと音を立てて、馬車が進み出す。


 陽が傾きかける頃には、一行は隣村にたどり着いた。

「悪いね。全員分、タダにしてもらって」
「こっちこそ、ありがとよ。無事にここまでたどり着けたのは、あんたたちのおかげだ」

 御者のおじさんが感謝から、両手でぎゅっと、カタリーナに握手をした。

「そうだ。あんたたち、もう暗くなってくるし、今日はこの村に泊まっていくだろう? 知り合いが宿をやってるんだ。紹介しようか?」
「いいのかい?」

 カタリーナがキラリと黄金眼を煌めかせた。

「助けてもらった礼だ。飯が美味くて、一階は食堂をやってるんだ」
「それはいいですね。よろしくお願いします」

 ルーファスも、おじさんに愛想良くお願いをしていた。


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◆関連作品

『砂漠の詩』
『雨の回廊』編の過去編スピンオフです。

『冒険者を辞めたら天職でした 〜パーティーを追放された凄腕治癒師は、大聖者と崇められる〜』
『冒険者パーティーを追放された凄腕治癒師を拾いました』編のスピンオフです。

『ジャスティンと魔法少女のステッキ』
『魔法少女』編のスピンオフです。

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