115 / 347
帰省
しおりを挟む
「ただいま~!」
「な~ん!」
レイと琥珀は元気良くユグドラに帰って来た。
「おう、おかえり。セルバに剣聖の調査隊が来てるんだってな」
ウィルフレッドが人好きするヘーゼルの瞳を緩めて、レイたちを歓迎した。
ぐりぐりとレイの頭を撫で、ヘアスタイルを乱されたくない彼女から、ペしりと振り払われていた。
「そうなんです。一週間ぐらいセルバに滞在するみたいで、その間、私と琥珀はお休みになりました」
「ああ、ゆっくりしていくといい。それから、今のうちにアニータさんに食いたいもんを伝えとけ。今夜の夕飯にでも作ってくれるぞ」
「やった! アニータさんのご飯!!」
「にゃにゃ」
レイは琥珀を抱っこすると、嬉しそうに食堂まで駆けて行った。
ユグドラのおかん、ことアニータさんに、食べたい夕飯メニューを伝えに行ったのだ。
ウィルフレッドは、その様子を微笑ましげに眺めていた。
***
「レイ、おかえり!」
「ニール、ただいまです!」
「な~ん」
レイが自分の部屋に戻ると、ニールが優雅に、レイの部屋の応接スペースでコーヒーを飲んでいた——ここは廊下で部屋が繋がっているレイと琥珀、ニール、レヴィの共有スペースになっているのだ。
ユグドラ支給のシンプルなテーブルと椅子のセットは、いつの間にか、ニールによっておしゃれ家具に替えられていた。
ミルメープルの艶と温もりのある木目の家具は、明るくてナチュラルな雰囲気だ。
椅子の座面と背面、ソファには揃いの淡いミントグリーンの上等な布張りがされており、ふっくらとしていて、座り心地が良さそうだ。
床の上にはふかふかの毛足の長いカーペットも敷かれている。
淡いグレー色のヘリボーン柄のウールの膝掛けが、椅子の背もたれにかけられていて、寒さ対策もバッチリだ。
いくつもポンポンと無造作に置かれているクッションの一つには、可愛らしい猫の顔が刺繍されている——ちょっぴり琥珀似だ。
全体的にナチュラルでぬくもり感のある、みんなで楽しく過ごすのにちょうど良さそうな雰囲気のインテリアだ。
「わぁ! かわいいですね! ……これは?」
「レイが気に入りそうなのに替えておいたよ」
絶世の美貌を持ち、少し尖った雰囲気のあるニールには、この家具たちは不釣り合いだ。
だからこそ、目尻に皺を寄せて心から嬉しそうに微笑むニールは、なんだか可愛らしく見えた。
「ありがとうございます! ……でも、いいんですか?」
「いいんだよ。俺専用の部屋も作ってもらったし、そのお礼だよ」
レイは早速、猫柄のクッションをギュッと抱え込んで、ぽふんっとソファに座った。膝掛けも自分の所に引き寄せて、ふわりと膝の上に広げている。
琥珀もおずおずとソファの上に登ると、くんくんと匂いを嗅いで、安全確認を始めた。
ニールは、レイが狙い通りにクッションも膝掛けも気に入ってくれたようだと、ますます笑みを深めていた。
***
「レイ、これらは?」
「たまには空間収納の中身を整理しようかと思いまして。便利だから、何でもかんでもしまっちゃうでしょう? だんだん、何があるか分からなくなってきちゃったんです」
レイは少し休んだ後、空間収納内の整理を始めた。
ここ最近ずっと気になっていて、まとまった休みが取れたらやろう、と考えていたことだ。
冒険のキャンプ道具や日用品、非常食がテーブルの上に次々と並べられていった。
「わぁ……この剣、襲撃者の返り血が付いてる……拭かないと」
レイが手にしたのは、聖鳳教会で襲撃者を返り討ちにした時に使ったショートソードだ。すぐに人が駆けつけて来てしまったため、慌てて空間収納に放り込んで、そのままだったのだ。
空間収納内は時間が止まるためか、まだ血は乾いておらず、レイは顔を顰めつつ、その血を拭った。
「おや? これは?」
ニールは、全体が錆びついたナイフを手に取った。興味深そうに顎に指を当て、しげしげと眺めている。
「あっ! それはフェンの青空市場で見つけたナイフです。たぶん、メルヴィンが作ったものだと思うので、研ぎ直してもらおうかと思ってたんです」
「……確かに、この意匠やつくりは、メルヴィンのナイフのようだね。こんなに錆びついてるのに、よく見つけたね?」
「レヴィが見つけたんです。レヴィは、剣やナイフについては詳しいんです」
「ふぅん。そうだ、これからメルヴィンと商談予定なんだけど、一緒に行く? 研ぎ直してもらうんでしょ?」
「いいんですか? お邪魔じゃないですか?」
「ナイフの研ぎの依頼ぐらい、なんて事ないよ。一緒に行こうか」
「はいっ!」
レイはニールとの初めてのお出掛けに、ルンルンと上機嫌にコートを羽織った。
レイが出掛けると分かるや否や、琥珀はレイに駆け上って、コートのフードの中に丸まって納まった。
***
「全く、雑な使い方しやがって。これじゃあナイフが泣いてるぜ」
メルヴィンは、職人の無骨な手で錆びついたナイフを持つと、苦い顔をして呟いた。
ニールとレイは、ユグドラの工房街にある武器防具店内で、木製の丸椅子に座り、その様子をじっと見つめていた。
「やはり、メルヴィンのナイフか。コレクターが多いから、それが研ぎ終わったら買い取ろうか? ……ざっとこんなぐらいかな?」
ニールは冷静に一つ頷くと、さらさらと紙に金額を書きだした。
「ごっ、五十万オーロ!!?」
レイは金額の桁の多さに驚いて、思わず二度見した。
(三千オーロで買ったものが、五十万オーロに!?)
「ちっ、随分錆びちまったからな、それっぽっちか……レイ、ミスリルは魔力連動金属だ。魔力を込めて打ったり研いだりすることで、ミスリル自身が成長するんだ」
「ミスリルが成長を……?」
メルヴィンの説明に、レイは目をぱちくりとさせた。
「そう。ミスリルは適切に魔力を込めて形成することで、非常に硬くなるんだ。腐食でボロボロになっても修復次第では元の状態に、いや、職人の腕が良ければ、それ以上に上等なものに仕上がることもあるんだよ」
ニールは、レイを見つめて、補足説明をしてくれた。
「ドワーフが打ったミスリルは硬いだけじゃなくて、しなやかさがあるのも特徴だ。形成しやすいし、折れにくくて、長く使える。レイ、こいつは俺に任せてくれ。ニールにさっきの倍の金額で買い取らせてやるよ」
メルヴィンは、じろりと挑戦するようにニールを睨め付けた。錆びついたナイフが、彼の職人心を刺激したようだ。
「フフフ……期待してますよ」
ニールは唇を三日月型にして、愉しそうに笑った。
***
数日後、ニールとレイは、ナイフが研ぎ終わったとメルヴィンから連絡を受けた。
工房街の武器防具店では、にやりと満足げに笑ったメルヴィンが待っていた。
ニールとレイが並んで丸椅子に座ると、木製のテーブルの上に上等な木箱が置かれた。
「さあ、研ぎ終わったぜ。見て驚くなよ?」
メルヴィンが鋼色の瞳を自信満々に細めると、木箱の蓋に手をかけた。
「「おおっ!」」
木箱の中には、ミスリルのナイフが鎮座していた。
ナイフは魔力の淡い光をその刀身にたたえていて、錆びていたとは思えないほどに研ぎ澄まされていた。
「素晴らしい出来だ。やはり、メルヴィンの初期の作品だったか。魔力の乗りも滑らかだな。いい品だ」
ニールは、白い手袋をした手でナイフを持つと、色鮮やかな黄金眼を煌めかせて、見入っていた。
「なにが初期の作品だ。俺はまだまだ現役だぞ」
メルヴィンは職人らしい太い腕を組むと、その鷲鼻から不満げに、ふんすっと息を吐いた。
「わぁ! とっても綺麗になりましたね!」
「前にレイにやったナイフの方が上等だぞ。こいつは俺がもっと若い時に作ったナイフだ。まだまだ作りが甘いな。研ぎ直したとはいえ、ボロは、ボロだ」
「……そうなんですね。とても綺麗ですし、そんな風には見えないんですが……」
レイは小首を傾げた。ナイフは新品のように綺麗になっているし、まだまだ十分使えそうに見えるのだ。
「レイ、どうする? 俺が買い取ろうか?」
ニールがレイの耳元で、低く艶っぽい声で囁いた。
「う~ん、いくらぐらいになりますか?」
「このぐらいで、どうかな?」
「わぁお!!」
ニールがさらさらと紙に金額をしたためると、レイは目をまん丸に見開いて、即答した。
***
結局、ニールは、ナイフをはじめの金額から倍の百万オーロで買い取った。
「メルヴィンの武器はコレクターが多いんだ。顧客にも何人かいてね。彼らなら、このナイフを大事にしてくれると思うよ」
ニールとレイは、並んでユグドラの樹へ歩いて帰っていた。
良い取引ができたからか、ニールはほくほくとした笑顔だ。
「ナイフ一本に、かなりのお値段ですよね?」
「これはメルヴィンが作って、本人が研ぎ直して、ミスリル自体が成長しているからね。滅多にないことだよ。大抵は、こうなる前に使い潰されることが多いな……おや?」
「む? どうしたんですか?」
ニールが空間収納から、メルヴィンのナイフを取り出した。
ナイフからは、ぽわりと小さな光が立ち昇っていた。だんだんとその光が集まって、人の形を象っていく。
「……珍しい。妖精の誕生だ」
「えっ!?」
ナイフと同じ鋼色の光が、一際強く光り輝いた。
レイたちが、その眩しさに瞑っていた目を開くと、そこには手のひらサイズの妖精の男の子が浮かんでいた。
ナイフの制作者のメルヴィンと同じ赤茶色の髪をしていて、ぱちりと開いた瞳とウスバカゲロウのような羽の色は鋼色だ。
「クシュンッ! げっ、さむ……」
妖精の子は、開口一番、大きなくしゃみをすると、鼻を啜った。生まれたてで仕方がないのだが、真冬の外で、シンプルすぎる貫頭衣だけの薄着だ。
「……とりあえず、これを巻いとけ」
ニールは呆れ顔で、空間収納からもこもこのタオルを取り出すと、雑に妖精の子に被せた。
「ありがと、おっさん! ぐふっ!!」
「ニール様だ。覚えておけ、小僧」
妖精の子は、生まれて間もなく、ニールのデコピンで沈められた。早くもこの世の階位の上下関係を叩き込まれたのだ。
その後、妖精の男の子——ライリーと名付けられた——は、バレット商会で奉公することになった。
ニール曰く、「ナイフの購入代金と同じ百万オーロ分ぐらいは、最低でも働いてもらう」だそうだ。商人として、厳しく躾けているらしい。
そして、件のナイフは、まだ誰にも売らずに、しばらくは手元に置いておくことにしたようだった。
「な~ん!」
レイと琥珀は元気良くユグドラに帰って来た。
「おう、おかえり。セルバに剣聖の調査隊が来てるんだってな」
ウィルフレッドが人好きするヘーゼルの瞳を緩めて、レイたちを歓迎した。
ぐりぐりとレイの頭を撫で、ヘアスタイルを乱されたくない彼女から、ペしりと振り払われていた。
「そうなんです。一週間ぐらいセルバに滞在するみたいで、その間、私と琥珀はお休みになりました」
「ああ、ゆっくりしていくといい。それから、今のうちにアニータさんに食いたいもんを伝えとけ。今夜の夕飯にでも作ってくれるぞ」
「やった! アニータさんのご飯!!」
「にゃにゃ」
レイは琥珀を抱っこすると、嬉しそうに食堂まで駆けて行った。
ユグドラのおかん、ことアニータさんに、食べたい夕飯メニューを伝えに行ったのだ。
ウィルフレッドは、その様子を微笑ましげに眺めていた。
***
「レイ、おかえり!」
「ニール、ただいまです!」
「な~ん」
レイが自分の部屋に戻ると、ニールが優雅に、レイの部屋の応接スペースでコーヒーを飲んでいた——ここは廊下で部屋が繋がっているレイと琥珀、ニール、レヴィの共有スペースになっているのだ。
ユグドラ支給のシンプルなテーブルと椅子のセットは、いつの間にか、ニールによっておしゃれ家具に替えられていた。
ミルメープルの艶と温もりのある木目の家具は、明るくてナチュラルな雰囲気だ。
椅子の座面と背面、ソファには揃いの淡いミントグリーンの上等な布張りがされており、ふっくらとしていて、座り心地が良さそうだ。
床の上にはふかふかの毛足の長いカーペットも敷かれている。
淡いグレー色のヘリボーン柄のウールの膝掛けが、椅子の背もたれにかけられていて、寒さ対策もバッチリだ。
いくつもポンポンと無造作に置かれているクッションの一つには、可愛らしい猫の顔が刺繍されている——ちょっぴり琥珀似だ。
全体的にナチュラルでぬくもり感のある、みんなで楽しく過ごすのにちょうど良さそうな雰囲気のインテリアだ。
「わぁ! かわいいですね! ……これは?」
「レイが気に入りそうなのに替えておいたよ」
絶世の美貌を持ち、少し尖った雰囲気のあるニールには、この家具たちは不釣り合いだ。
だからこそ、目尻に皺を寄せて心から嬉しそうに微笑むニールは、なんだか可愛らしく見えた。
「ありがとうございます! ……でも、いいんですか?」
「いいんだよ。俺専用の部屋も作ってもらったし、そのお礼だよ」
レイは早速、猫柄のクッションをギュッと抱え込んで、ぽふんっとソファに座った。膝掛けも自分の所に引き寄せて、ふわりと膝の上に広げている。
琥珀もおずおずとソファの上に登ると、くんくんと匂いを嗅いで、安全確認を始めた。
ニールは、レイが狙い通りにクッションも膝掛けも気に入ってくれたようだと、ますます笑みを深めていた。
***
「レイ、これらは?」
「たまには空間収納の中身を整理しようかと思いまして。便利だから、何でもかんでもしまっちゃうでしょう? だんだん、何があるか分からなくなってきちゃったんです」
レイは少し休んだ後、空間収納内の整理を始めた。
ここ最近ずっと気になっていて、まとまった休みが取れたらやろう、と考えていたことだ。
冒険のキャンプ道具や日用品、非常食がテーブルの上に次々と並べられていった。
「わぁ……この剣、襲撃者の返り血が付いてる……拭かないと」
レイが手にしたのは、聖鳳教会で襲撃者を返り討ちにした時に使ったショートソードだ。すぐに人が駆けつけて来てしまったため、慌てて空間収納に放り込んで、そのままだったのだ。
空間収納内は時間が止まるためか、まだ血は乾いておらず、レイは顔を顰めつつ、その血を拭った。
「おや? これは?」
ニールは、全体が錆びついたナイフを手に取った。興味深そうに顎に指を当て、しげしげと眺めている。
「あっ! それはフェンの青空市場で見つけたナイフです。たぶん、メルヴィンが作ったものだと思うので、研ぎ直してもらおうかと思ってたんです」
「……確かに、この意匠やつくりは、メルヴィンのナイフのようだね。こんなに錆びついてるのに、よく見つけたね?」
「レヴィが見つけたんです。レヴィは、剣やナイフについては詳しいんです」
「ふぅん。そうだ、これからメルヴィンと商談予定なんだけど、一緒に行く? 研ぎ直してもらうんでしょ?」
「いいんですか? お邪魔じゃないですか?」
「ナイフの研ぎの依頼ぐらい、なんて事ないよ。一緒に行こうか」
「はいっ!」
レイはニールとの初めてのお出掛けに、ルンルンと上機嫌にコートを羽織った。
レイが出掛けると分かるや否や、琥珀はレイに駆け上って、コートのフードの中に丸まって納まった。
***
「全く、雑な使い方しやがって。これじゃあナイフが泣いてるぜ」
メルヴィンは、職人の無骨な手で錆びついたナイフを持つと、苦い顔をして呟いた。
ニールとレイは、ユグドラの工房街にある武器防具店内で、木製の丸椅子に座り、その様子をじっと見つめていた。
「やはり、メルヴィンのナイフか。コレクターが多いから、それが研ぎ終わったら買い取ろうか? ……ざっとこんなぐらいかな?」
ニールは冷静に一つ頷くと、さらさらと紙に金額を書きだした。
「ごっ、五十万オーロ!!?」
レイは金額の桁の多さに驚いて、思わず二度見した。
(三千オーロで買ったものが、五十万オーロに!?)
「ちっ、随分錆びちまったからな、それっぽっちか……レイ、ミスリルは魔力連動金属だ。魔力を込めて打ったり研いだりすることで、ミスリル自身が成長するんだ」
「ミスリルが成長を……?」
メルヴィンの説明に、レイは目をぱちくりとさせた。
「そう。ミスリルは適切に魔力を込めて形成することで、非常に硬くなるんだ。腐食でボロボロになっても修復次第では元の状態に、いや、職人の腕が良ければ、それ以上に上等なものに仕上がることもあるんだよ」
ニールは、レイを見つめて、補足説明をしてくれた。
「ドワーフが打ったミスリルは硬いだけじゃなくて、しなやかさがあるのも特徴だ。形成しやすいし、折れにくくて、長く使える。レイ、こいつは俺に任せてくれ。ニールにさっきの倍の金額で買い取らせてやるよ」
メルヴィンは、じろりと挑戦するようにニールを睨め付けた。錆びついたナイフが、彼の職人心を刺激したようだ。
「フフフ……期待してますよ」
ニールは唇を三日月型にして、愉しそうに笑った。
***
数日後、ニールとレイは、ナイフが研ぎ終わったとメルヴィンから連絡を受けた。
工房街の武器防具店では、にやりと満足げに笑ったメルヴィンが待っていた。
ニールとレイが並んで丸椅子に座ると、木製のテーブルの上に上等な木箱が置かれた。
「さあ、研ぎ終わったぜ。見て驚くなよ?」
メルヴィンが鋼色の瞳を自信満々に細めると、木箱の蓋に手をかけた。
「「おおっ!」」
木箱の中には、ミスリルのナイフが鎮座していた。
ナイフは魔力の淡い光をその刀身にたたえていて、錆びていたとは思えないほどに研ぎ澄まされていた。
「素晴らしい出来だ。やはり、メルヴィンの初期の作品だったか。魔力の乗りも滑らかだな。いい品だ」
ニールは、白い手袋をした手でナイフを持つと、色鮮やかな黄金眼を煌めかせて、見入っていた。
「なにが初期の作品だ。俺はまだまだ現役だぞ」
メルヴィンは職人らしい太い腕を組むと、その鷲鼻から不満げに、ふんすっと息を吐いた。
「わぁ! とっても綺麗になりましたね!」
「前にレイにやったナイフの方が上等だぞ。こいつは俺がもっと若い時に作ったナイフだ。まだまだ作りが甘いな。研ぎ直したとはいえ、ボロは、ボロだ」
「……そうなんですね。とても綺麗ですし、そんな風には見えないんですが……」
レイは小首を傾げた。ナイフは新品のように綺麗になっているし、まだまだ十分使えそうに見えるのだ。
「レイ、どうする? 俺が買い取ろうか?」
ニールがレイの耳元で、低く艶っぽい声で囁いた。
「う~ん、いくらぐらいになりますか?」
「このぐらいで、どうかな?」
「わぁお!!」
ニールがさらさらと紙に金額をしたためると、レイは目をまん丸に見開いて、即答した。
***
結局、ニールは、ナイフをはじめの金額から倍の百万オーロで買い取った。
「メルヴィンの武器はコレクターが多いんだ。顧客にも何人かいてね。彼らなら、このナイフを大事にしてくれると思うよ」
ニールとレイは、並んでユグドラの樹へ歩いて帰っていた。
良い取引ができたからか、ニールはほくほくとした笑顔だ。
「ナイフ一本に、かなりのお値段ですよね?」
「これはメルヴィンが作って、本人が研ぎ直して、ミスリル自体が成長しているからね。滅多にないことだよ。大抵は、こうなる前に使い潰されることが多いな……おや?」
「む? どうしたんですか?」
ニールが空間収納から、メルヴィンのナイフを取り出した。
ナイフからは、ぽわりと小さな光が立ち昇っていた。だんだんとその光が集まって、人の形を象っていく。
「……珍しい。妖精の誕生だ」
「えっ!?」
ナイフと同じ鋼色の光が、一際強く光り輝いた。
レイたちが、その眩しさに瞑っていた目を開くと、そこには手のひらサイズの妖精の男の子が浮かんでいた。
ナイフの制作者のメルヴィンと同じ赤茶色の髪をしていて、ぱちりと開いた瞳とウスバカゲロウのような羽の色は鋼色だ。
「クシュンッ! げっ、さむ……」
妖精の子は、開口一番、大きなくしゃみをすると、鼻を啜った。生まれたてで仕方がないのだが、真冬の外で、シンプルすぎる貫頭衣だけの薄着だ。
「……とりあえず、これを巻いとけ」
ニールは呆れ顔で、空間収納からもこもこのタオルを取り出すと、雑に妖精の子に被せた。
「ありがと、おっさん! ぐふっ!!」
「ニール様だ。覚えておけ、小僧」
妖精の子は、生まれて間もなく、ニールのデコピンで沈められた。早くもこの世の階位の上下関係を叩き込まれたのだ。
その後、妖精の男の子——ライリーと名付けられた——は、バレット商会で奉公することになった。
ニール曰く、「ナイフの購入代金と同じ百万オーロ分ぐらいは、最低でも働いてもらう」だそうだ。商人として、厳しく躾けているらしい。
そして、件のナイフは、まだ誰にも売らずに、しばらくは手元に置いておくことにしたようだった。
19
◆関連作品
『砂漠の詩』
『雨の回廊』編の過去編スピンオフです。
『冒険者を辞めたら天職でした 〜パーティーを追放された凄腕治癒師は、大聖者と崇められる〜』
『冒険者パーティーを追放された凄腕治癒師を拾いました』編のスピンオフです。
『ジャスティンと魔法少女のステッキ』
『魔法少女』編のスピンオフです。
『砂漠の詩』
『雨の回廊』編の過去編スピンオフです。
『冒険者を辞めたら天職でした 〜パーティーを追放された凄腕治癒師は、大聖者と崇められる〜』
『冒険者パーティーを追放された凄腕治癒師を拾いました』編のスピンオフです。
『ジャスティンと魔法少女のステッキ』
『魔法少女』編のスピンオフです。
お気に入りに追加
161
あなたにおすすめの小説

【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。
私の入る余地なんてないことはわかってる。だけど……。
さくしゃ
恋愛
キャロルは知っていた。
許嫁であるリオンと、親友のサンが互いを想い合っていることを。
幼い頃からずっと想ってきたリオン、失いたくない大切な親友であるサン。キャロルは苦悩の末に、リオンへの想いを封じ、身を引くと決めていた——はずだった。
(ああ、もう、)
やり過ごせると思ってた。でも、そんなことを言われたら。
(ずるいよ……)
リオンはサンのことだけを見ていると思っていた。けれど——違った。
こんな私なんかのことを。
友情と恋情の狭間で揺れ動くキャロル、リオン、サンの想い。
彼らが最後に選ぶ答えとは——?
⚠️好みが非常に分かれる作品となっております。

夫の隠し子を見付けたので、溺愛してみた。
辺野夏子
恋愛
セファイア王国王女アリエノールは八歳の時、王命を受けエメレット伯爵家に嫁いだ。それから十年、ずっと仮面夫婦のままだ。アリエノールは先天性の病のため、残りの寿命はあとわずか。日々を穏やかに過ごしているけれど、このままでは生きた証がないまま短い命を散らしてしまう。そんなある日、アリエノールの元に一人の子供が現れた。夫であるカシウスに生き写しな見た目の子供は「この家の子供になりにきた」と宣言する。これは夫の隠し子に間違いないと、アリエノールは継母としてその子を育てることにするのだが……堅物で不器用な夫と、余命わずかで卑屈になっていた妻がお互いの真実に気が付くまでの話。
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜
京
恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。
右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。
そんな乙女ゲームのようなお話。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界で婚活したら、とんでもないのが釣れちゃった?!
家具付
恋愛
五年前に、異世界に落っこちてしまった少女スナゴ。受け入れてくれた村にすっかりなじんだ頃、近隣の村の若い人々が集まる婚活に誘われる。一度は行ってみるべきという勧めを受けて行ってみたそこで出会ったのは……?
多種多様な獣人が暮らす異世界でおくる、のんびりほのぼのな求婚ライフ!の、はずだったのに。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる