鈴蘭の魔女の代替り

拝詩ルルー

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帰省

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「ただいま~!」
「な~ん!」

 レイと琥珀は元気良くユグドラに帰って来た。

「おう、おかえり。セルバに剣聖の調査隊が来てるんだってな」

 ウィルフレッドが人好きするヘーゼルの瞳を緩めて、レイたちを歓迎した。
 ぐりぐりとレイの頭を撫で、ヘアスタイルを乱されたくない彼女から、ペしりと振り払われていた。

「そうなんです。一週間ぐらいセルバに滞在するみたいで、その間、私と琥珀はお休みになりました」
「ああ、ゆっくりしていくといい。それから、今のうちにアニータさんに食いたいもんを伝えとけ。今夜の夕飯にでも作ってくれるぞ」
「やった! アニータさんのご飯!!」
「にゃにゃ」

 レイは琥珀を抱っこすると、嬉しそうに食堂まで駆けて行った。
 ユグドラのおかん、ことアニータさんに、食べたい夕飯メニューを伝えに行ったのだ。

 ウィルフレッドは、その様子を微笑ましげに眺めていた。


***


「レイ、おかえり!」
「ニール、ただいまです!」
「な~ん」

 レイが自分の部屋に戻ると、ニールが優雅に、レイの部屋の応接スペースでコーヒーを飲んでいた——ここは廊下で部屋が繋がっているレイと琥珀、ニール、レヴィの共有スペースになっているのだ。

 ユグドラ支給のシンプルなテーブルと椅子のセットは、いつの間にか、ニールによっておしゃれ家具に替えられていた。

 ミルメープルの艶と温もりのある木目の家具は、明るくてナチュラルな雰囲気だ。

 椅子の座面と背面、ソファには揃いの淡いミントグリーンの上等な布張りがされており、ふっくらとしていて、座り心地が良さそうだ。
 床の上にはふかふかの毛足の長いカーペットも敷かれている。

 淡いグレー色のヘリボーン柄のウールの膝掛けが、椅子の背もたれにかけられていて、寒さ対策もバッチリだ。
 いくつもポンポンと無造作に置かれているクッションの一つには、可愛らしい猫の顔が刺繍されている——ちょっぴり琥珀似だ。

 全体的にナチュラルでぬくもり感のある、みんなで楽しく過ごすのにちょうど良さそうな雰囲気のインテリアだ。

「わぁ! かわいいですね! ……これは?」
「レイが気に入りそうなのに替えておいたよ」

 絶世の美貌を持ち、少し尖った雰囲気のあるニールには、この家具たちは不釣り合いだ。
 だからこそ、目尻に皺を寄せて心から嬉しそうに微笑むニールは、なんだか可愛らしく見えた。

「ありがとうございます! ……でも、いいんですか?」
「いいんだよ。俺専用の部屋も作ってもらったし、そのお礼だよ」

 レイは早速、猫柄のクッションをギュッと抱え込んで、ぽふんっとソファに座った。膝掛けも自分の所に引き寄せて、ふわりと膝の上に広げている。

 琥珀もおずおずとソファの上に登ると、くんくんと匂いを嗅いで、安全確認を始めた。

 ニールは、レイが狙い通りにクッションも膝掛けも気に入ってくれたようだと、ますます笑みを深めていた。


***


「レイ、これらは?」
「たまには空間収納の中身を整理しようかと思いまして。便利だから、何でもかんでもしまっちゃうでしょう? だんだん、何があるか分からなくなってきちゃったんです」

 レイは少し休んだ後、空間収納内の整理を始めた。
 ここ最近ずっと気になっていて、まとまった休みが取れたらやろう、と考えていたことだ。

 冒険のキャンプ道具や日用品、非常食がテーブルの上に次々と並べられていった。

「わぁ……この剣、襲撃者の返り血が付いてる……拭かないと」

 レイが手にしたのは、聖鳳教会で襲撃者を返り討ちにした時に使ったショートソードだ。すぐに人が駆けつけて来てしまったため、慌てて空間収納に放り込んで、そのままだったのだ。

 空間収納内は時間が止まるためか、まだ血は乾いておらず、レイは顔を顰めつつ、その血を拭った。

「おや? これは?」

 ニールは、全体が錆びついたナイフを手に取った。興味深そうに顎に指を当て、しげしげと眺めている。

「あっ! それはフェンの青空市場で見つけたナイフです。たぶん、メルヴィンが作ったものだと思うので、研ぎ直してもらおうかと思ってたんです」
「……確かに、この意匠やつくりは、メルヴィンのナイフのようだね。こんなに錆びついてるのに、よく見つけたね?」
「レヴィが見つけたんです。レヴィは、剣やナイフについては詳しいんです」

「ふぅん。そうだ、これからメルヴィンと商談予定なんだけど、一緒に行く? 研ぎ直してもらうんでしょ?」
「いいんですか? お邪魔じゃないですか?」
「ナイフの研ぎの依頼ぐらい、なんて事ないよ。一緒に行こうか」
「はいっ!」

 レイはニールとの初めてのお出掛けに、ルンルンと上機嫌にコートを羽織った。
 レイが出掛けると分かるや否や、琥珀はレイに駆け上って、コートのフードの中に丸まって納まった。


***


「全く、雑な使い方しやがって。これじゃあナイフが泣いてるぜ」

 メルヴィンは、職人の無骨な手で錆びついたナイフを持つと、苦い顔をして呟いた。

 ニールとレイは、ユグドラの工房街にある武器防具店内で、木製の丸椅子に座り、その様子をじっと見つめていた。

「やはり、メルヴィンのナイフか。コレクターが多いから、それが研ぎ終わったら買い取ろうか? ……ざっとこんなぐらいかな?」

 ニールは冷静に一つ頷くと、さらさらと紙に金額を書きだした。

「ごっ、五十万オーロ!!?」

 レイは金額の桁の多さに驚いて、思わず二度見した。

(三千オーロで買ったものが、五十万オーロに!?)

「ちっ、随分錆びちまったからな、それっぽっちか……レイ、ミスリルは魔力連動金属だ。魔力を込めて打ったり研いだりすることで、ミスリル自身が成長するんだ」
「ミスリルが成長を……?」

 メルヴィンの説明に、レイは目をぱちくりとさせた。

「そう。ミスリルは適切に魔力を込めて形成することで、非常に硬くなるんだ。腐食でボロボロになっても修復次第では元の状態に、いや、職人の腕が良ければ、それ以上に上等なものに仕上がることもあるんだよ」

 ニールは、レイを見つめて、補足説明をしてくれた。

「ドワーフが打ったミスリルは硬いだけじゃなくて、しなやかさがあるのも特徴だ。形成しやすいし、折れにくくて、長く使える。レイ、こいつは俺に任せてくれ。ニールにさっきの倍の金額で買い取らせてやるよ」

 メルヴィンは、じろりと挑戦するようにニールを睨め付けた。錆びついたナイフが、彼の職人心を刺激したようだ。

「フフフ……期待してますよ」

 ニールは唇を三日月型にして、愉しそうに笑った。


***


 数日後、ニールとレイは、ナイフが研ぎ終わったとメルヴィンから連絡を受けた。


 工房街の武器防具店では、にやりと満足げに笑ったメルヴィンが待っていた。

 ニールとレイが並んで丸椅子に座ると、木製のテーブルの上に上等な木箱が置かれた。

「さあ、研ぎ終わったぜ。見て驚くなよ?」

 メルヴィンが鋼色の瞳を自信満々に細めると、木箱の蓋に手をかけた。

「「おおっ!」」

 木箱の中には、ミスリルのナイフが鎮座していた。
 ナイフは魔力の淡い光をその刀身にたたえていて、錆びていたとは思えないほどに研ぎ澄まされていた。

「素晴らしい出来だ。やはり、メルヴィンの初期の作品だったか。魔力の乗りも滑らかだな。いい品だ」

 ニールは、白い手袋をした手でナイフを持つと、色鮮やかな黄金眼を煌めかせて、見入っていた。

「なにが初期の作品だ。俺はまだまだ現役だぞ」

 メルヴィンは職人らしい太い腕を組むと、その鷲鼻から不満げに、ふんすっと息を吐いた。

「わぁ! とっても綺麗になりましたね!」
「前にレイにやったナイフの方が上等だぞ。こいつは俺がもっと若い時に作ったナイフだ。まだまだ作りが甘いな。研ぎ直したとはいえ、ボロは、ボロだ」
「……そうなんですね。とても綺麗ですし、そんな風には見えないんですが……」

 レイは小首を傾げた。ナイフは新品のように綺麗になっているし、まだまだ十分使えそうに見えるのだ。

「レイ、どうする? 俺が買い取ろうか?」

 ニールがレイの耳元で、低く艶っぽい声で囁いた。

「う~ん、いくらぐらいになりますか?」
「このぐらいで、どうかな?」
「わぁお!!」

 ニールがさらさらと紙に金額をしたためると、レイは目をまん丸に見開いて、即答した。


***


 結局、ニールは、ナイフをはじめの金額から倍の百万オーロで買い取った。

「メルヴィンの武器はコレクターが多いんだ。顧客にも何人かいてね。彼らなら、このナイフを大事にしてくれると思うよ」

 ニールとレイは、並んでユグドラの樹へ歩いて帰っていた。
 良い取引ができたからか、ニールはほくほくとした笑顔だ。

「ナイフ一本に、かなりのお値段ですよね?」
「これはメルヴィンが作って、本人が研ぎ直して、ミスリル自体が成長しているからね。滅多にないことだよ。大抵は、こうなる前に使い潰されることが多いな……おや?」
「む? どうしたんですか?」

 ニールが空間収納から、メルヴィンのナイフを取り出した。

 ナイフからは、ぽわりと小さな光が立ち昇っていた。だんだんとその光が集まって、人の形を象っていく。

「……珍しい。妖精の誕生だ」
「えっ!?」

 ナイフと同じ鋼色の光が、一際強く光り輝いた。
 レイたちが、その眩しさに瞑っていた目を開くと、そこには手のひらサイズの妖精の男の子が浮かんでいた。
 ナイフの制作者のメルヴィンと同じ赤茶色の髪をしていて、ぱちりと開いた瞳とウスバカゲロウのような羽の色は鋼色だ。

「クシュンッ! げっ、さむ……」
 
 妖精の子は、開口一番、大きなくしゃみをすると、鼻を啜った。生まれたてで仕方がないのだが、真冬の外で、シンプルすぎる貫頭衣だけの薄着だ。

「……とりあえず、これを巻いとけ」

 ニールは呆れ顔で、空間収納からもこもこのタオルを取り出すと、雑に妖精の子に被せた。

「ありがと、おっさん! ぐふっ!!」
「ニール様だ。覚えておけ、小僧」

 妖精の子は、生まれて間もなく、ニールのデコピンで沈められた。早くもこの世の階位の上下関係を叩き込まれたのだ。


 その後、妖精の男の子——ライリーと名付けられた——は、バレット商会で奉公することになった。

 ニール曰く、「ナイフの購入代金と同じ百万オーロ分ぐらいは、最低でも働いてもらう」だそうだ。商人として、厳しく躾けているらしい。

 そして、件のナイフは、まだ誰にも売らずに、しばらくは手元に置いておくことにしたようだった。


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◆関連作品

『砂漠の詩』
『雨の回廊』編の過去編スピンオフです。

『冒険者を辞めたら天職でした 〜パーティーを追放された凄腕治癒師は、大聖者と崇められる〜』
『冒険者パーティーを追放された凄腕治癒師を拾いました』編のスピンオフです。

『ジャスティンと魔法少女のステッキ』
『魔法少女』編のスピンオフです。

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