鈴蘭の魔女の代替り

拝詩ルルー

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フェニックスの祝祭9

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 廊下は、騒ぎを聞きつけた教会関係者と野次馬でいっぱいになった——今日は祝祭日だ。野次馬の中には、神官や聖騎士の見習いの子供たちだけでなく、一般人らしき人もちらほら見受けられた。

「フードを被れ」
「わっ!」

 襲撃者と応戦した際に、レイのケープのフードが脱げてしまっていたようだ。
 ザックが、レイの顔が晒されていることに気づいて、慌てて彼女にフードを被せた。

「お嬢様、大丈夫ですか!? ザックも、すぐに医務室に!」

 人垣を掻き分けて現れたのは、聖騎士アルバンだ。なぜか水を被ったかのように、ぐっしょりと濡れている。

「アルバンさん!!」
「誰か! 治癒魔術が使える者は!? 上級だ!! 重症者がいる!」

 アルバンは、ザックの真横にしゃがみ込むと、野次馬の方へ大声で呼びかけをした。
 野次馬の中にも、治癒魔術が使える癒し属性の神官や聖女もいるのだが、「……上級……」と呟くと、顔色を悪くして、名乗り出ることは無かった。

「……アルバン、治療は終わってる……」
「何だと? これほどの出血だぞ……」

 ザックが掠れる声で何とか伝えると、アルバンは眉根を寄せて訝しんだ。再度、ザックの腹部や床の赤黒い血の跡を見ている。

 その時——

「はい、はーい! ちょっと退いて! 僕なら治療できるよ!」

 野次馬の中からひょっこりと顔を覗かせたのは、緑色の長い髪を後ろに束ね、淡い黄色の瞳に、中性的な風貌の——

「エルネスト!?」
「えっ?」

 大司教の衣装をまとっているその人物は、レイと顔を見合わせて、きょとんと固まった。

「お嬢様、そのお方は、癒し属性の大司教ユリシーズ様です」
「えっ!?」

 アルバンがレイに小声で訂正すると、今度はレイが目を丸くして固まった。

「……うーんと、まずは患者の治療が先かな?」

 ユリシーズは、サッとザックの横にしゃがみ込むと、赤黒くなっている彼の腹部に手を当てた。

「あれ? 治ってる?」
「あっ。そ、それは……」
「治癒と解毒は、フェリクス様からお預かりしていたスクロールを使用しました」

 ザックがレイの言葉を遮って、ユリシーズに伝えた。睨みつけるほどに真剣な眼差しで、ユリシーズと見つめ合っている。

「はぁ。そういうことにしとくね。さっきのその子の発言で、たぶん、僕は彼女のことを割と正確に判断してるよ。ともかく、この出血は君のだね。医務室でしばらく安静にしてもらうよ。そっちはどう?」

 ユリシーズは肩で息を吐くと、やれやれと頷いた。そして、現場検証している聖騎士たちの方へ振り向いた。

「……襲撃者のうち、二人死亡、残り一人は重症です」
「じゃあ、重症者の治療をするよ。アルバン騎士は、二人を医務室に連れて行ってあげて」
「承知しました」

 アルバンは、片手を胸元に当て、教会式の礼をとった。

 レヴィは、既に聖騎士数名に囲まれて、軽く事情聴取を受けていた。

「レヴィ、俺たちは医務室の方にいる」
「分かりました」

 アルバンがレヴィに声がけをすると、レヴィが小さく頷いた。


***


「全く、とんでもない日に襲撃してくれたな……」

 アルバンは、医務室のベッドにザックを下ろすと、瞬時に防音結界を展開した。

「ザックさん、大丈夫ですか?」
「……おかげさまで。ありがとうございます」

 ザックがレイの両手を取ると、そこに額を当て、深々と感謝を捧げた。

「それで、何が起きたんだ?」

 アルバンが腕を組んで、レイとザックを見た。
 ザックが許可をとるようにレイを見つめると、彼女はこくりと頷いた。

「襲撃を受けた。レヴィが一番最初に気づいて、襲撃者二人と応戦。俺とレイの使い魔のキラーベンガルが、もう一人と応戦した。俺が倒れた後に、レイとキラーベンガルで襲撃者一人を倒した。その後、レイが俺の治療をしてくれた」

 ザックが淡々と端的に説明してくれた。

「……なるほど。レイ様、襲撃者に心当たりは?」
「無いです」

 レイはふるふると首を横に振った。


 その時、コンコンコンッと医務室の扉が叩かれた。

 アルバンが「どうぞ」と声をかけると、中に入って来たのは、フェリクス、ユリシーズ、ルーファスの三大大司教とレヴィだ。


「レイ! 襲撃を受けたって聞いたよ! 大丈夫だったかい!?」
「わっ! 大丈夫ですよ。怪我もしてないです」
 
 フェリクスが医務室に入って来るなり、レイをぎゅっと抱きしめた。少しだけ、震えている。
 レイは、フェリクスを宥めるように、背中をポンポンと叩いた。

「ここに来るまでに、レヴィから一通り話は聞いたよ。怖かっただろう……」
「みんなが守ってくれたので、大丈夫です。それに、びっくりし過ぎて、それどころじゃなかったですし……」

 心配そうにレイを撫でるフェリクスに、レイは苦笑いで微笑み返した。

「……とにかく、後のことは頼んだよ」
「承知いたしました」
「マルコムさん?」

 いつの間にか医務室内にいたマルコムに、レイは驚いた。

「お嬢様。後のことは全て我々に任せていただければ大丈夫ですので、ごゆっくりお休みください」
「……はい」

 マルコムの、えも言われぬ謎の迫力に、レイはただただこくりと頷いた。フェリクスとレヴィ以外の者は、青い顔をして、彼を見つめていた。
 
「それでは、狩りの時間ですので、失礼いたします」

 マルコムはそう言うと、ヒュンッとどこかへ転移して行った。その瞬間、医務室内の空気がフッと軽くなった。

「マルコムさん、かなり怒ってました……?」
「ええ。本日はフェリクス様のお誕生日ですからね。そんな日にこんな事が起こされたとなれば……」

 アルバンは顔を強張らせて頷いた。

 本来、フェニックスの祝祭は、フェリクスの誕生日を祝う会だ——そんな大切な日に泥を塗ってくれたのだ。さらには、フェリクスの大事なレイにまで危害を加えたのだ——フェリクスの側近としては、決して許せないことだろう。

「マルコムが直々に狩りに出たから、彼に任せてしまって大丈夫だよ。たぶん、明日には犯人も挙がってるかな」
「マルコム老の追跡は徹底的ですからね。自分でも逃げ切るのは無理です」
「……そうなんですね」

(マルコムさんが、優秀すぎる! ……それにしても、「狩り」って……)

 レイは執事長の優秀さに感動しつつも、なんだか聞いてはいけない単語に、遠い目をした。


「とにかく、君はかなり血を流してたみたいだから、このお薬飲んで。造血を促す薬。二、三日はこのまま安静ね」
「……はい」

 ユリシーズはサッとベッド脇に座ると、ザックに薬を処方していた。

「それから、君は、改めて初めましてかな。ユグドラで兄がお世話になってます。エルネストの弟のユリシーズです」
「こちらこそ、初めまして。レイです。間違えてしまってごめんなさい。あまりにも似ていたので、びっくりしました。エルネストには治癒魔術や解毒魔術を教えてもらってます」

 ブッッッ!!! ゲホッ、ゴホッ。

 ザックは飲んでいた造血薬に咽せて、吹き出してしまった。そのまま苦しそうに体を折って咳き込んでいる。

「あっ! この薬高いんだよ。勿体無いから、吹き出さないで」

 ユリシーズが眉を顰めて、注意をした。

「ゲホッ……すみませ、ん……でも、ユグドラって……」
「内緒にしててもらえるかな?」
「……はい……」

 フェリクスの有無を言わさぬお願いに、ザックは青い顔でただ了承した。「もうどうにでもなれ」とその顔には書いてあった。


「それにしても、レイが無事で良かったよ」

 ルーファスが、レイに目線を合わせてしゃがみ込み、柔らかく微笑んだ。

「ルーファスにも心配かけちゃいましたね」
「うん、僕が付けた加護が揺れたからね」

 ゲホホッ! ガハッ、ゴホッ!!

 ザックがまたしても咳き込んだ。

「ザックさん……」
「もうそれ以上は何も言わないでくれ! 俺は余計なことは聞きたくないんだ! 何も知らずに平和に生きていたいんだよ!!」

 レイがザックをじと目で見つめると、彼は両手で自分の耳を塞ぎ、イヤイヤと首を横に振った。


「そういえば、アルバンさんの方は……」

 明らかにぐっしょりと濡れたアルバンを見上げて、レイは言葉を詰まらせた。

「ええ、罠でしたね。癒し属性の聖女様候補に、水をかけられました。彼女たちの家には、既に抗議も入れてあります」

 アルバンは、水をかけられた割には、余裕があるようだった。

「むぅ。……しかも、何か、少し臭います?」
「おそらく、かけられたのは花瓶の水だったのでしょう」

 レイは、自分がかけられたわけでもないのに、しょんぼりと眉を下げた。
 アルバンは、そんな彼女の様子を見て、クスリと微笑んだ。

「……そのお嬢様方、もう終わったな……」

 人違いとはいえ、大司教専属の護衛騎士に、わざと花瓶の水をかけたのだ。——もう聖鳳教会内ではやっていけないだろう。おそらく、今後、聖女になることもできない。
 ザックは、遠い目をしていた。


「レイ、着替えて来る? 服に血がすごいことになってるよ」
「そういえば……」

 ルーファスに指摘され、レイは自分の服を改めて見直した。襲撃者の返り血や、ザックを治療した時に付いた血などで、あちこちが赤黒く染まっていた。

「ゔっ……」

 レイが椅子から立ち上がろうとすると、ピキリと全身に鈍い痛みが走った。思わず、ザックのベッドに手をつく。

「レイ!? 大丈夫かい!?」

 真っ先にフェリクスが、心配そうに彼女を覗き込んだ。

「ちょっと失礼します……あ……」

 ユリシーズがレイに触れると、目を丸くした。

「どうなんだい? 何か怪我や後遺症が?」
「……炎症といえば、炎症なんですが……」
「治せるのかい!?」
「わっ、わっ! 大丈夫ですよ、ただの全身筋肉痛です!! 若いので、早くも症状が出たのでしょう!」

 フェリクスがユリシーズの両肩を持って乱暴に揺さぶると、彼はとんでもない診断結果を叫んだ。

「……義父さん、動けない……」

 レイは目をうるうると滲ませて、義父を見上げた。


***


 次の日、浄化の儀の控え室に衝撃が走った——レイお嬢様が襲撃を受け、心労で臥せっている、と。

「女の子がそんな目に遭えば、そりゃあ、怖くてしばらくは寝込むだろう」と聖属性の神官・聖騎士たちは非常に納得していた。

 事実を知る者は、貝のように口を閉ざし、ただただ遠い目をしたのだった。


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◆関連作品

『砂漠の詩』
『雨の回廊』編の過去編スピンオフです。

『冒険者を辞めたら天職でした 〜パーティーを追放された凄腕治癒師は、大聖者と崇められる〜』
『冒険者パーティーを追放された凄腕治癒師を拾いました』編のスピンオフです。

『ジャスティンと魔法少女のステッキ』
『魔法少女』編のスピンオフです。

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