鈴蘭の魔女の代替り

拝詩ルルー

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フェニックスの祝祭7

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「よう、レヴィ。少し付き合え」
「どこへですか? レイの護衛をしないと……」
「大丈夫だ。フェリクス様が付いてる。それに、あの離宮はここよりも安全だ」

 聖騎士アルバンが、がしっとレヴィの肩に腕を回すと、無理矢理引き摺って行った。

 レヴィもそこそこがっしり体型のはずなのだが、アルバンの方がさらに大柄で、力の強い竜人でもある——レヴィは抵抗も虚しく引き摺られていった。


「ここは……?」
「宿舎の食堂だ。……おーいっ! レヴィを連れて来たぞー!!」
「こっちだ、こっち!」

 聖騎士が二人、食堂の一角に陣取り、既にエール片手に始めていた——騎士服の色から、聖属性と光属性の聖騎士のようだ。

 聖属性のデレクは、浅黒い肌にプラチナ色の瞳をしている。艶々とダークブラウンの髪は、短い三つ編みにして背中の方に流していて、アルバン並みに大柄でがっしりとした聖騎士だ。

 光属性のカークは、ふわふわくるりんとした明るいオレンジ色の髪をしていて、頬にそばかすが散っている。グリーンの瞳はくるくるとよく変わり、表情豊かだ。聖騎士にしては、小柄で細身だ。

 二人とも、昨日の鍛錬でレヴィと一緒だった聖騎士だ。

 アルバンがカークの隣の席にレヴィを座らせると、自らもドカリとその前の席に座った。瞬時に防音結界と幻影結界を展開する。

「よーし、これで何でも訊けるな」

 アルバンがにやりと笑った。

「話してはいけないことは、話しませんよ」
「安心しろ、尋問じゃない。単なるお喋りだ」
「(剣なので)喋らないこともできます」
「そりゃそうだ」

 レヴィとアルバンの前に、ドカドカッと木製のミニ樽に入ったエールが置かれた。
 酒のあてに、炙り干し肉とナッツも置かれる。

「それじゃあ……」
「「「「乾杯っ!!!」」」」

 カーンッと小気味良いジョッキを打ち付ける音が響いた。

「早速だが、レ「レイについては、一切何も教えてはいけないとフェリクス様に言われてます」」
「……それなら仕方ないな。あのお方には逆らえない……」

 レヴィに早くも淡々と遮られ、デレクは出鼻を挫かれた。

「じゃあ、剣だな。どうやったら、そんなに上手くなれるんだ?」

 カークが、ナッツをポイッと口に放り込みながら訊いてきた。

「私の剣は、全てご主人様を真似したものです。凄いのは、今までの私のご主人様たちです」
「ほお。前のご主人様か。相当な剣の腕前なんだろうな」

 アルバンがエールをもう一口煽ると、唸った。

「ええ。間違いないです」
「今、その御仁は?」
「レイ以外は、既に……」
「そうか、悪いことを聞いたな。それは残念だ」

 デレクが申し訳なさそうに、眉を下げた。

「そんな何人も剣の達人に付いて修行してきたのか……」

 アルバンが感慨深げにレヴィを見つめた。

「それでも、あれほどの腕前になるか!? レヴィ自身も剣の才能が無きゃ無理だろ!」
「剣の才能ですか……」
「何でそこで悩むんだよ!」

 カークがパシリとレヴィの肩を叩いた。
 レヴィは剣自体なので、「剣の才能」と言われても、ピンときていないのだ。

「あーあ。俺も早く聖剣の騎士になりてぇ……」
「カークは、剣の腕前は十分だと思います。あとは、相性の良い聖剣と出会うだけですね」
「聖剣自体、滅多にお目にかかれないもんだぞ。そうそう出会えるかよ」
「う~ん……若くて、やんちゃな性格の剣が合いそうですね」
「何だよ、聖剣に性格があるのかよ」

 カークは行儀悪くも、口先を尖らせて、炙り干し肉をフォークの先で突いていた。

「ありますよ。デレクは逆に、落ち着いてどっしりとしたタイプがいいですね。大剣に多いです」
「大剣!? 振ったこともないぞ」
「体格もいいですし、体幹がしっかりしてるので、扱えるのでは?」

 聖騎士は基本的に集団で戦うため、誰もが扱いやすいサイズの剣で鍛錬を積んでいる。集団戦では、その方が効率が良いのだ。

「……なら、少し大剣もやってみるか……」

 デレクは太い腕を組んで、うーん、と唸った。

「アルバンは女性的なタイプの剣が合いそうですね。ただその場合、女性とお付き合いするのは諦めた方がいいかと……結構、嫉妬深いものが多いので」
「おいおい、俺には究極の選択か? 剣も嫁さんも両方欲しいだろ」

 アルバンは苦笑して、片眉を上げた。


「何であんな地味な子なのよ!!」

 少し離れた席で、ダンッとテーブルを叩く音と、ヒステリックな声がした。
 聖女候補のワンピースをまとった、栗色の髪の少女だ。

「カトレア様の方が華やかでお綺麗ですわ」
「そうですわ。それにご身分的にもカトレア様の方が相応しいですわ」

 同じく聖女候補のワンピースを着た取り巻きの少女二人が、カトレアと呼ばれた少女に同調して、頷いている。

「ルーファス様は、私には仮面のような微笑みしか返してくださいませんのに、あんな、どこの骨とも分からない黒髪の女なんかに……!!」
「その子、確か神官見習いの制服着てなかったかしら? しかも、聖属性よ」
「あら、聖属性しか適性が無かったのかしら? お可哀想に」

 いやーねぇ、と彼女たちの声が、嫌な空気感をまとって響いた。


「あれは……?」
「聖女様候補のお嬢様方だな。確か真ん中の子は、ウィンザー司教の所の子だ」

 デレクがそちらの席をちらりと見やると、教えてくれた。

「何だ、気になるのか?」
「見た目は綺麗だが、キツいぞ、あの子らは」
「いえ。レイの話をしていたようなので」
「ほお。じゃあ、気をつけた方がいいな。あの子らにいじめられて追い出された聖女様候補が、何人もいるんだ。俺の方からもフェリクス様には進言しておく」

 アルバンが真面目な顔で頷いた。

「レイは、あの手のタイプは苦手です」
「……おま、それは他の人の前では言うなよ。レイお嬢様にご迷惑がかかるぞ」

 カークがレヴィの方を振り向いて嗜めた。

「そうなんですね。気をつけます」
「随分、レイお嬢様を気にかけてるな」

 デレクが興味深そうにレヴィを覗き込んだ。

「レイのことは何も話せませんよ」
「それは分かってるよ。レヴィ自体はどうなんだ? レイお嬢様をどう思ってるんだ?」
「そうですね……」

 カークの質問に、レヴィは、歴代のご主人様たち——剣聖たちの顔を思い浮かべた。
 ハーフエルフの十二代目剣聖のように特出して美しい者もいるが、基本的にゴツい青年かおっさんばかりであった。女の子はレイだけだ。

「今までのご主人様の中で一番かわいいですね」

 レヴィはにこりと微笑んで答えた。

「「「おおっ!!」」」

 聖騎士三人組は沸いた。

「それなら頑張れ! ルーファス様に負けるなよ!」

 カークが無遠慮にバシバシと、レヴィの背中を叩く。

「??? なぜ、ルーファスに???」

 レヴィは小首を傾げた。


***


 祝祭期間初日は何事も無く、無事に終わった。

 レイは、今夜は離宮でフェリクスと二人きりでお食事だ。——レヴィは、いつの間にか仲良くなった聖騎士たちと一緒に、宿舎の食堂の方に夕食を食べに行っている。琥珀は、夜のお散歩中だ。

 今夜は特別に、フェリクスの部屋のバルコニーでディナーだ。
 防寒結界の張られたバルコニーには、白いテーブルと椅子のセットが置かれ、小さなキャンドルが灯されていた。

 玉型の精霊たちが、興味深そうに、ふわふわと浮かんで二人を見ていた——まるで淡く青く光るイルミネーションのようだ。
 
「綺麗な色ですね! これは何ですか?」

 細いシャンパングラスに注がれているのは、可愛らしいロゼ色のドリンクだ。スパークリングのようで、細やかな泡が立ち昇っている。

「子供ワインだよ」
「……子供ワイン……」

 予想外にお子様向けなドリンクに、レイは肩透かしをくらった。
 
「レイはドワーフ酒で酔ってしまったんだろう? これならアルコールも入ってないし、魔力も控えめだから飲める筈だよ」
「……魔力控えめ……」

 なお、レイは、フェリクスの食前酒からは、アルコールも魔力も検知していた。


「「乾杯!」」

 本日はしっかりめのコース料理だ。
 レイが離宮のコック長に、あらかじめお願いしていたのだ。

 トマトと生ハムのブルスケッタは、バジルがグリーンの彩りを添えている。一口でパクリと口に含むと、バケットはサクサクにトーストされていて、生ハムの塩味とトマトの酸味で、きゅっとレイの頬がほろ痛んだ。

 白菜のポタージュには、細く刻んだにんじんと生姜が真ん中にちょこんと載っていて、その周りをオリーブオイルがぐるりと細く円を描いてかけられていた。ほっと安心するような、とても優しい味わいだ。

 魚料理は、レイが大好きなパイ包み焼きだ。濃厚なエビクリームが入っていて、サクサクのパイ生地にピッタリで、レイは夢中で頬張った。

 口直しには、薔薇のソルベだ。薔薇の花びらも添えられていて、とても可愛らしい。ただ、見た目に反して、ほんのりと甘く、どこかほろ苦い。

 肉料理の牛フィレステーキは、ミディアムレアの焼き加減だ。とても柔らかくて、スッとナイフが通り、じゅわっと肉汁が滲む。岩塩と胡椒だけのシンプルな味付けが、却って素材の旨さを引き立てていた。

「美味しい~!!」

 レイは、どの料理も一口目を口に含むたび、ほっぺが落ちないように押さえながら堪能した。

「レイにお願いされたから、うちのコックが張り切ったみたいなんだ」

 フェリクスが微笑ましげにレイを見つめて言った。

 デザートのガトーショコラを、スプーンでサクリと差し割ると、中からとろりとチョコレートが溢れ出てきた。さっぱりしたベリーと優しいミルクのアイスもトッピングされている。
 それを、フェリクスはコーヒーで、レイは紅茶で堪能した。

「……義父さん」
「何かな?」
「少し早いけど……誕生日、おめでとう。はい、これ」

 レイが手にアクアマリン色の小箱を載せて差し出した。銀色のリボンが、離宮の魔力を反射してキラキラと輝いている。

 フェリクスが目を大きく見開いて固まってしまった——本当に予想外だったようだ。

「きっと、祝祭当日だと、義父さんは引っ張りだこだから。今のうちに、と思って」

 レイがはにかんで、フェリクスを見上げた。

 フェリクスは両手で、レイの手ごとプレゼントを包み込むと、そこに軽く額を当てて、

「……ありがとう……」

 と、絞り出すような声で呟いた。

「ほら、開けてみて」
「うん」

 長い指先で銀色のリボンを解き、小箱を開けると、フェリクスはまたしても固まってしまった。

 アクアマリン色の魔石が嵌ったシグネットリングだ。少し黒みのある重厚なプラチナの指輪台には、緻密で繊細な彫りがなされていた。

 魔石は、まさに透明な水そのものを形にしたような物だった。
 少し傾ければ、光の加減で、無色透明の魔石は、アクアマリンのような美しい水色になった。魔石を少し振れば、石の中に水の波紋が広がり、キャンドルの炎に翳して見れば、ゆらゆらと揺らめく水面の中にまるで炎があるかのように、光が揺蕩っていた。
 さらに、魔石の真ん中には、ルチルクォーツのように、結晶化した聖魔術が、水底に沈む銀色の倒木のようにいくつも横たわっていた。

「……レイの魔力がする……」
「そうなんです! ルーファスに魔石の紡ぎ方を教えてもらったんです。これは私が初めて紡いだ魔石ですよ」
「こんなに立派な魔石は初めて見たよ。僕が作ったのより、ずっと上手だね」
「えへへ。そんなことないです」

 フェリクスは、左手の小指にシグネットリングを嵌めてみた——まるで、はじめからそこにあったかのように、その指輪はスッと手に馴染んだ。

 フェリクスは、指輪を愛おしげに一撫でした後、顔を上げてレイの方を見た——ふわりとあたたかい笑顔がそこにはあった。

(ああ、幸せだなぁ……)


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◆関連作品

『砂漠の詩』
『雨の回廊』編の過去編スピンオフです。

『冒険者を辞めたら天職でした 〜パーティーを追放された凄腕治癒師は、大聖者と崇められる〜』
『冒険者パーティーを追放された凄腕治癒師を拾いました』編のスピンオフです。

『ジャスティンと魔法少女のステッキ』
『魔法少女』編のスピンオフです。

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