鈴蘭の魔女の代替り

拝詩ルルー

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誘惑の魔物2〜くまさん編〜

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「おい、お前たち! ここら辺で、赤いリボンを付けたクリーム色の誘惑の魔物を見なかったか?」

 燃えるような赤髪のロングヘアに、ブラウンの瞳の美女だ。
 銀の不死鳥メンバーが目的地にたどり着き、薬草を採集していると、急に現れたのだ。

 彼女はブラウンのローブを纏い、両腕には拳闘士がよく付けている小手を身につけていて、少し苛立っているようで、人差し指でトントンと腕を叩いている。

(……なんだか、竜っぽい?)

 ここ最近、人型の竜を見慣れてきていたレイは、そんな気がしたのだ。
 女性がたった一人で森の中に突如現れたこともあり、銀の不死鳥メンバーは、警戒して彼女を見つめた。

「ここに来るまでの道中で見たよ。食料をあげたら、森の中に去っていったけど……」

 ルーファスが、レイとレヴィを庇うように、ずいっと前に出て答えた。

(ルーファスは強気だし、ルーファスよりランクは下なのかも……ただ、竜っぽいし、大人しくしておいた方がいいかな……)

 レイは静かに薬草採集に戻ることにした。レヴィにも目配せをして、竜っぽい女性の対応は、光竜のルーファスに任せることにした。

「どっち方向に行ったか分かるか?」
「う~ん、森の中だからな……」

 くうぅぅ~ん!

 突然、助けを求めるような鳴き声が森中に響き渡った。

「つよし!!」

 赤髪の美女は、ガバッと鳴き声がした方を振り向いて叫んだ。

(つよし?)

 レイは突如呼ばれた日本人っぽい名前に、ビクリとした。

 赤髪の美女が鳴き声がした方へ走り出そうとすると、きゅうぅぅ~ん! と悲痛な鳴き声がこちらに近づいて来た。一緒に、バキバキと森の木々が薙ぎ倒される音も近づいて来ている。

 先ほど食料をあげた誘惑の魔物が、泣きながらバッと森の茂みから飛び出して来たかと思うと、巨大なリザード型の魔物も、森の木々を吹き飛ばしながら現れた。

「くうぅぅ~ん!!」
「つよし!!」

 美女が誘惑の魔物をキャッチすると、その子を片手で抱え込んでジャンプした。

「つよしに何してくれてんだっ!!!」

 彼女は器用に空中で一回転すると、リザード型の魔物に強烈な踵落としをおみまいした。

 ドッゴォォォーーーン!!!

「グギャッ!!」

 ズズゥン……

 森が揺れ、一拍置いて鳥たちが逃げ惑うように飛び立ち、リザード型の魔物は地面に沈んでピクリとも動かなくなった。その魔物を中心に、地面に大きなひび割れが入っていて、もくもくと土煙が立っている。

「つよし!! 心配したんだぞ! 無事で良かった!!」
「きゅきゅぅ……」

 彼女は涙目で、むぎゅっと、ふわふわの誘惑の魔物を抱きしめた。


***


「君たちがつよしにご飯を恵んでくれたのか……彼の代わりに礼を言うよ、ありがとう」

 赤髪の美女は、レイたちに真っ直ぐに向き合うと、はにかんで礼を述べた。

「いや、それは構わないが……誘惑の魔物はここら辺には生息していないはずなんだが……」

 ルーファスは躊躇いがちに尋ねた。

「この子は特に強くなりたいと言って、群れから離れて武者修行の旅に出たんだ。そんな愛らし……いや、猛々しい姿に惹かれて、私はこの子のことを『つよし』と呼んでいる」

 彼女は愛おしそうに、つよしのふわふわの頭を撫でている。はたからは、美女がくまさんのぬいぐるみを愛でているようにしか見えない。

(つよし……誘惑の魔物って強くなれるんだろうか……??)

 ルーファスは心の底からドン引きしている。

(つよし……いきなり日本人っぽい名前……あんなにラブリーな見た目なのに……)

 レイは名前と見た目のギャップに、それってどーなんだろ? と微妙な視線を彼らに送った。

「つよし、男らしくて良い名前ですね。名前の響きも素敵です」
「レヴィ!?」

 レヴィは単純に名前の意味と響きが気に入ったようだ。
 ふわふわキュートな見た目とのバランスを全く無視している名付けの評価に、思わずレイは彼の方を振り向いた。

「分かってくれるか!? 愛好家仲間は、『つよし』っていう名前は、この子らしくないって言うんだ!」

 美女は感動して、レヴィと握手した手をぶんぶんと上下に振っている。
 当のつよしも初めて褒められたのか、うるうると感動した瞳でレヴィを見つめていた。

 ルーファスは、その様子をぽかんと眺めていたが、頭を振って気を取り直すと、徐に口を開いた。

「……言いにくいんだけど、つよしはここら辺を通りがかかる旅人や冒険者を騒がせているんだ。これ以上、ここにこの子が留まっていると、下手をしたら討伐対象になるかもしれない……修行場を移してはどうだろうか?」

 ルーファスが神妙な面持ちで、この感動の流れをぶった斬った。訳の分からない世界が目の前で展開され、彼のメンタルはもういっぱいいっぱいだった。

「きゅきゅうぅぅ……」

 つよしはうるうるのつぶらな瞳で美女を見上げた。
 美女はハッとブラウンの目を丸くして、「うん、うん、そうだな」と呟いた。

「つよしも、しばらく群れから離れて寂しい思いをしているみたいなんだ。あんたの言う通り、ここはもう離れて、群れに戻ることにするよ」

 美女は「いろいろと世話になった、ありがとう」と礼を言い、つよしをぎゅっと抱きしめて転移して行った。
 レヴィだけがにこやかに手を振って見送っていた。


「とにかく、保護者の方が迎えに来てくれて良かったです」
「さっきの子はAランクの火竜だね。ああいう感じで、愛好家の子が誘惑の魔物を保護してるんだ」
「……確かに、強烈ですね……」

 レイとルーファスは、揃って遠い目をした。

「ギルドには一応、誘惑の魔物は別の地に移動したとだけ伝えておこうか」
「そうですね……つよしも強くなれるといいですね」

 レイは気を取り直して、薬草の採集作業を再開した。現実派の彼女のメンタルは強かった。かわいいくまさん型の誘惑の魔物を再度見られたので、むしろ少し元気を取り戻していた。

「……あれは無理なんじゃないかな?」

 かわいいには特に興味の無いルーファスは、過激派な誘惑の魔物愛好家対応が終わって、げんなりとお疲れ気味に答えた。


***


 無事に依頼の薬草が採集できたので、銀の不死鳥メンバーは、その日のうちにセルバの街に戻った。すぐに冒険者ギルドに提出に向かう。

 薬草を納品後、ルーファスは、ギルドマスターのオーガストに「誘惑の魔物は別の地に移ったようだ」と報告をした。

「それなら、今まで通りCランク依頼でいけるな」とオーガストはほっと胸を撫で下ろした。


 討伐されたリザード型の魔物は、美女が「かわいくないし、いらない」と言っていたので、レイたちがありがたくいただいて、ギルドで換金した。
 解体工房に持ち込むと、最近持ち込みが無かった珍しいBランク魔物だったらしく、工房は一時騒然となった。

 見つけた場所や討伐方法を聞かれたが、「謎の武闘家が倒したものを貰った」と、ルーファスが苦笑して誤魔化した。

 ルーファスにとっては、気苦労の多い一日だった。


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◆関連作品

『砂漠の詩』
『雨の回廊』編の過去編スピンオフです。

『冒険者を辞めたら天職でした 〜パーティーを追放された凄腕治癒師は、大聖者と崇められる〜』
『冒険者パーティーを追放された凄腕治癒師を拾いました』編のスピンオフです。

『ジャスティンと魔法少女のステッキ』
『魔法少女』編のスピンオフです。

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