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誘惑の魔物1〜くまさん編〜
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「ルーファス!」
「ルーファス、お久しぶりです」
「レイ、レヴィ! 無事で良かった!」
レイたちがセルバの街の入り口に到着すると、ルーファスが待っていた。
彼は、駆け寄って来たレイをふわりと抱き上げた。かなり心配していたようで、二人の無事を確認すると、ほっと安堵の表情をした。
「……レイ、なんだか他の竜の匂いがするんだけど、何かあった?」
鼻を小さく鳴らすルーファスに、レイはドキリと固まった。
「そ、そんな匂いします……?」
「うん。しかもかなり強い竜だよね?」
「匂いでそんなことまで分かるんですか!?」
「うん、そのぐらいはね。……で、これはどういうことかな?」
ルーファスはじっと真正面にレイの瞳を見すえた。普段穏やかな淡い黄色の瞳が、この時ばかりは瞳孔が縦型になっていた。
レイはがっしりと抱き上げられているので逃げ場は無い。
(ゔ……誤魔化せなそう……)
「実は……」
レイは躊躇いがちに、離れていた時のことを順を追って説明した。
「えっ!? 影竜王様に会ったの!? しかも、契約まで!?」
「そうなんです……」
「大丈夫だった!? あの方は今は落ち着いたとはいえ、怖い方だと……」
「でも、そんなに怖い人じゃなかったですよ。優しかったですし、何かあればバレット商会を頼れって、これを貰いました」
レイは首元からペンダントを引っ張り出して、ルーファスに見せた。
「バレット商会の紋章だね。……とにかく、無事で良かったよ」
ルーファスは、ペンダントトップのコインに黒いドラゴンの紋章を認めると、肩の力を抜いて、大きく息を吐いた。
***
銀の不死鳥パーティーは、レイたちが魅惑の精霊を無事に捕縛でき、ルーファスも教会の仕事が一段落したので、またセルバの街に集まって、冒険者生活を再スタートさせることになった。
また一ヶ月ほど空色の戦斧亭に宿を取った後、久々にセルバの冒険者ギルドに顔を出した。
「う~ん、久しぶりのギルドだね。ライが抜けてはじめての任務だし、まずは肩慣らしにここら辺の依頼にしようか」
ルーファスはCランクの薬草採集の依頼票を指差した。日帰りで戻って来れそうな案件だ。
「いいですね」
「これにしましょう」
レイとレヴィも賛成した。
ルーファスは依頼票を依頼ボードから取ると、冒険者ギルドの受付まで持って行った。
「銀の不死鳥でこの依頼を受けたいのですが……」
「あら? この依頼は……少々お待ちください」
ギルドの受付嬢のシドニーは、ルーファスが近づいて来たので、とてもいい笑顔で依頼票を受け取ったが、一瞬で小さく驚いた顔になった。彼女は、小走りでギルドの奥の方へと駆けて行った。
「お前ら、なんで訳アリ案件ばかり選ぶんだ? これは先月まではCランクの依頼案件だったんだが、最近、薬草の採集地に行くまでの道中で、厄介な魔物が出るようになったんだ」
ギルドマスターのオーガストは、受付まで呼ばれて出てくると、開口一番、目を丸くして言い放った。
「厄介な魔物、ですか?」
「ああ、誘惑の魔物だ。通りがかった旅人や冒険者に食料を貢がせているらしい。貢がされた者は、まともな水や食料も無く、森の中をさまよって、餓死寸前の状態で近隣の村や街にたどり着く者が後を絶たないらしい……」
ルーファスの素朴な質問に、オーガストは腕を組んで、難しい顔をして答えた。
(誘惑の魔物……それにどこかで似たような話を聞いたような……)
レイはまるでどこかで聞いたことがあるような話に、いや、どこかで体験したことがあるような話に、思わずじと目になった。
「レヴィも私も魅了は効かないので、大丈夫ですよ」
「おお、そうか? それじゃあ、銀の不死鳥に行ってもらうか」
レイの言葉に、オーガストは「おや?」と目を丸くして、軽く頷いた。
「……そうだね。レイとレヴィが大丈夫なら、受けようか」
ルーファスは思案顔だったが、渋々了承した。
***
翌日、レイたちは朝早くにセルバの街を出立した。
途中で誘惑の魔物に出くわす可能性が高いため、予備の水や食料も空間収納に詰め込んでいる。
セルバの森に入り、人の気配が無くなると、琥珀がレイの森織りのローブからひらりと飛び降りて、元のライオンサイズの大きさに戻った。周囲に警戒しつつ、レイの隣をキープしている。
しばらく森の中を歩いて行くと、そろそろ誘惑の魔物が出没したと報告があった地域に差し掛かった。
「そういえば、レイは誘惑の魔物は見たことあるの?」
「誘惑の魔物は見たこと無いです。でも、魅惑の精霊と同じような感じなんでしょう?」
「……まあ、同じと言えば同じようなものだけど……」
ルーファスはどう説明しようか、と「う~ん……」と唸っている。
「レイはかわいい生き物に目がないです」
「えっ!? それはまずいよ! だって、相手は誘惑の魔物だよ!!」
レヴィの報告に、ルーファスは急に慌て出した。
「あれ? 魅了魔術を使う魔物ではないのです……」
そこでレイが言葉を止めた。
レイの目線の先には、ふわふわのくまのぬいぐるみが木の陰から顔を覗かせていた。
レイの元の世界でいうテディベアのような愛らしい見た目で、クリーム色のふわふわだ。耳の内側は、きれいなピンク色をしていて、チョコレート色のつぶらな瞳は、うるうるとレイを見つめていた。
真っ赤なサテンのリボンを首に巻いていて、その真ん中には赤いハートのチャームが付いている。
「わぁ! かわいい!!」
突如、森の中に現れたくまのぬいぐるみに、レイの目はハートになった。
くまのぬいぐるみは、人懐っこい感じで、短い足でよちよちと頑張ってレイの元まで歩いて来た。
レイはその姿に、きゅぅぅん! とハートを鷲掴みされて、身悶えた。
くまのぬいぐるみは、ふわふわの手できゅっとレイのローブの裾を掴むと、全身を使った身振り手振りでご飯をねだってきた。時々、レイにふわふわの手足がふにっと当たるが、それはそれで非常に愛らしい。
「ごめんなさい、今はこれしか手持ちが無いのです……」
レイは眉毛を八の字に下げて、予備用に持って来ていた食料を、くまのぬいぐるみに手渡した。
くまのぬいぐるみは、ぱあっと瞳を輝かせて食料を受け取ると、レイの手のひらに頭をスリスリして、さっさと走り去って行った。
「……行ってしまいました。足の裏まで、ピンク色でかわいいです……」
レイは切なそうに、くまのぬいぐるみが走り去って行った方向を見つめた。
琥珀は始終、困惑した状態で固まっていた。
「レイ! 気をしっかり持って! あれが誘惑の魔物だよ!」
ルーファスが、がしりとレイの両肩を掴んで軽く揺すった。
「ええっ!? あのかわいい子が!?」
「……まんまとハマってしまったみたいだね……誘惑の魔物は、魔物たちのマスコットみたいな存在なんだ。唯一Fランクの最下位の魔物なんだけど、ああやって上位の魔物や生き物に擦り寄って、ご飯やおやつをねだったり、身を守ってもらったりしてるんだ」
「何だか、かわいいから許せてしまいますね……」
レイはルーファスの説明を、ほっこりした面持ちで聴いていた。
「それが誘惑の魔物の狙いだよ。数百年前に、誘惑の魔物を大量に敵国に送り込んで、敵国の兵士を骨抜きにして国を滅ぼしたっていう逸話もあるほど、恐ろしい魔物だよ」
「あんなかわいい子に何させてるんですか!」
レイはむぅっとしかめ面をした。彼女は、カワイイ生き物の味方なのだ。
「大陸中央部ではくまさん型が多いけど、大陸の西の方にはうさぎさん型が多いし、東の秘境には、特殊な白黒模様の熊猫さん型がいるんだ。砂漠地帯にはスナネコさん型が、東の海の島国には、尻尾が巻いたわんこ型もいるって噂だよ」
「……それはっ! ……是非ともコンプリートしたいですね」
レイはルーファスの説明に衝撃を受けた。思わず、ふわふわのぬいぐるみ天国を思い浮かべて、ほっこりと頬を緩ませる。
「そうやって誘惑の魔物を探しに行って、何人も行方不明になってるんだ。誘惑の魔物は森の奥深くに住んでるからね」
「はっ! これが誘惑の魔物の力!? ……しかも、なぜ、さん付けで呼んでるんですか?」
「誘惑の魔物は、魔物の中でも強烈な愛好家が多いんだ。彼らが言うには『ただの熊ではない』らしいんだ。さん付けしないと、めちゃくちゃ怒られる……性別も『オス』『メス』じゃなくて、『男の子』『女の子』って言わないと、後々怖いよ……」
ルーファスは両腕で自身を抱きしめると、ぶるりと震えた。何やら辛い思い出があるようだ。
「わんこ型は……?」
「『わんこ』という言葉自体が愛らしさを極限まで表現してるから、敢えて、さん付けしてないらしい……」
愛好家の気持ちは僕にはよく分からないや……とルーファスは遠い目をした。
「レイ、誘惑の魔物には手出し無用だよ。いじめたりしたら、誘惑の魔物愛護団体が黙ってないからね。彼らは過激派だから!」
「そんな愛護団体があるのですね。でも、お気持ちはよく分かります」
レイは神妙な顔で頷いた。
「さっき、レイに爪を立ててたでしょ? ……あれは誘惑の魔物特有の『ご飯をくれないなら襲っちゃうぞ』の威嚇なんだ……」
「さっきのが、威嚇!? かわいらしくおねだりしてるのかと思いました! なんてかわいい威嚇なんでしょう!!」
ルーファスの追加説明は、レイのハートを思い出し撃ち抜きした。
誘惑の魔物が潤んだ瞳で上目遣いにレイを見つめ、ローブの裾を頼りなさげに引くさまは、庇護欲をそそらないわけがなかった。
(……あれ、爪を立ててたんだ……かわいすぎるよ!! っていうか、爪、無かったよね?)
レイは口元に手を当て、誘惑の魔物のかわいさの余韻にふるふると震えて浸った。
「……それにしても、あの子は本来この辺にいるタイプの魔物じゃないんだけどな……まあ、先に進むか」
銀の不死鳥メンバーは気を取り直して、薬草採集に向けて、森の中をさらに奥へ奥へと進んで行った。
「ルーファス、お久しぶりです」
「レイ、レヴィ! 無事で良かった!」
レイたちがセルバの街の入り口に到着すると、ルーファスが待っていた。
彼は、駆け寄って来たレイをふわりと抱き上げた。かなり心配していたようで、二人の無事を確認すると、ほっと安堵の表情をした。
「……レイ、なんだか他の竜の匂いがするんだけど、何かあった?」
鼻を小さく鳴らすルーファスに、レイはドキリと固まった。
「そ、そんな匂いします……?」
「うん。しかもかなり強い竜だよね?」
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レイはがっしりと抱き上げられているので逃げ場は無い。
(ゔ……誤魔化せなそう……)
「実は……」
レイは躊躇いがちに、離れていた時のことを順を追って説明した。
「えっ!? 影竜王様に会ったの!? しかも、契約まで!?」
「そうなんです……」
「大丈夫だった!? あの方は今は落ち着いたとはいえ、怖い方だと……」
「でも、そんなに怖い人じゃなかったですよ。優しかったですし、何かあればバレット商会を頼れって、これを貰いました」
レイは首元からペンダントを引っ張り出して、ルーファスに見せた。
「バレット商会の紋章だね。……とにかく、無事で良かったよ」
ルーファスは、ペンダントトップのコインに黒いドラゴンの紋章を認めると、肩の力を抜いて、大きく息を吐いた。
***
銀の不死鳥パーティーは、レイたちが魅惑の精霊を無事に捕縛でき、ルーファスも教会の仕事が一段落したので、またセルバの街に集まって、冒険者生活を再スタートさせることになった。
また一ヶ月ほど空色の戦斧亭に宿を取った後、久々にセルバの冒険者ギルドに顔を出した。
「う~ん、久しぶりのギルドだね。ライが抜けてはじめての任務だし、まずは肩慣らしにここら辺の依頼にしようか」
ルーファスはCランクの薬草採集の依頼票を指差した。日帰りで戻って来れそうな案件だ。
「いいですね」
「これにしましょう」
レイとレヴィも賛成した。
ルーファスは依頼票を依頼ボードから取ると、冒険者ギルドの受付まで持って行った。
「銀の不死鳥でこの依頼を受けたいのですが……」
「あら? この依頼は……少々お待ちください」
ギルドの受付嬢のシドニーは、ルーファスが近づいて来たので、とてもいい笑顔で依頼票を受け取ったが、一瞬で小さく驚いた顔になった。彼女は、小走りでギルドの奥の方へと駆けて行った。
「お前ら、なんで訳アリ案件ばかり選ぶんだ? これは先月まではCランクの依頼案件だったんだが、最近、薬草の採集地に行くまでの道中で、厄介な魔物が出るようになったんだ」
ギルドマスターのオーガストは、受付まで呼ばれて出てくると、開口一番、目を丸くして言い放った。
「厄介な魔物、ですか?」
「ああ、誘惑の魔物だ。通りがかった旅人や冒険者に食料を貢がせているらしい。貢がされた者は、まともな水や食料も無く、森の中をさまよって、餓死寸前の状態で近隣の村や街にたどり着く者が後を絶たないらしい……」
ルーファスの素朴な質問に、オーガストは腕を組んで、難しい顔をして答えた。
(誘惑の魔物……それにどこかで似たような話を聞いたような……)
レイはまるでどこかで聞いたことがあるような話に、いや、どこかで体験したことがあるような話に、思わずじと目になった。
「レヴィも私も魅了は効かないので、大丈夫ですよ」
「おお、そうか? それじゃあ、銀の不死鳥に行ってもらうか」
レイの言葉に、オーガストは「おや?」と目を丸くして、軽く頷いた。
「……そうだね。レイとレヴィが大丈夫なら、受けようか」
ルーファスは思案顔だったが、渋々了承した。
***
翌日、レイたちは朝早くにセルバの街を出立した。
途中で誘惑の魔物に出くわす可能性が高いため、予備の水や食料も空間収納に詰め込んでいる。
セルバの森に入り、人の気配が無くなると、琥珀がレイの森織りのローブからひらりと飛び降りて、元のライオンサイズの大きさに戻った。周囲に警戒しつつ、レイの隣をキープしている。
しばらく森の中を歩いて行くと、そろそろ誘惑の魔物が出没したと報告があった地域に差し掛かった。
「そういえば、レイは誘惑の魔物は見たことあるの?」
「誘惑の魔物は見たこと無いです。でも、魅惑の精霊と同じような感じなんでしょう?」
「……まあ、同じと言えば同じようなものだけど……」
ルーファスはどう説明しようか、と「う~ん……」と唸っている。
「レイはかわいい生き物に目がないです」
「えっ!? それはまずいよ! だって、相手は誘惑の魔物だよ!!」
レヴィの報告に、ルーファスは急に慌て出した。
「あれ? 魅了魔術を使う魔物ではないのです……」
そこでレイが言葉を止めた。
レイの目線の先には、ふわふわのくまのぬいぐるみが木の陰から顔を覗かせていた。
レイの元の世界でいうテディベアのような愛らしい見た目で、クリーム色のふわふわだ。耳の内側は、きれいなピンク色をしていて、チョコレート色のつぶらな瞳は、うるうるとレイを見つめていた。
真っ赤なサテンのリボンを首に巻いていて、その真ん中には赤いハートのチャームが付いている。
「わぁ! かわいい!!」
突如、森の中に現れたくまのぬいぐるみに、レイの目はハートになった。
くまのぬいぐるみは、人懐っこい感じで、短い足でよちよちと頑張ってレイの元まで歩いて来た。
レイはその姿に、きゅぅぅん! とハートを鷲掴みされて、身悶えた。
くまのぬいぐるみは、ふわふわの手できゅっとレイのローブの裾を掴むと、全身を使った身振り手振りでご飯をねだってきた。時々、レイにふわふわの手足がふにっと当たるが、それはそれで非常に愛らしい。
「ごめんなさい、今はこれしか手持ちが無いのです……」
レイは眉毛を八の字に下げて、予備用に持って来ていた食料を、くまのぬいぐるみに手渡した。
くまのぬいぐるみは、ぱあっと瞳を輝かせて食料を受け取ると、レイの手のひらに頭をスリスリして、さっさと走り去って行った。
「……行ってしまいました。足の裏まで、ピンク色でかわいいです……」
レイは切なそうに、くまのぬいぐるみが走り去って行った方向を見つめた。
琥珀は始終、困惑した状態で固まっていた。
「レイ! 気をしっかり持って! あれが誘惑の魔物だよ!」
ルーファスが、がしりとレイの両肩を掴んで軽く揺すった。
「ええっ!? あのかわいい子が!?」
「……まんまとハマってしまったみたいだね……誘惑の魔物は、魔物たちのマスコットみたいな存在なんだ。唯一Fランクの最下位の魔物なんだけど、ああやって上位の魔物や生き物に擦り寄って、ご飯やおやつをねだったり、身を守ってもらったりしてるんだ」
「何だか、かわいいから許せてしまいますね……」
レイはルーファスの説明を、ほっこりした面持ちで聴いていた。
「それが誘惑の魔物の狙いだよ。数百年前に、誘惑の魔物を大量に敵国に送り込んで、敵国の兵士を骨抜きにして国を滅ぼしたっていう逸話もあるほど、恐ろしい魔物だよ」
「あんなかわいい子に何させてるんですか!」
レイはむぅっとしかめ面をした。彼女は、カワイイ生き物の味方なのだ。
「大陸中央部ではくまさん型が多いけど、大陸の西の方にはうさぎさん型が多いし、東の秘境には、特殊な白黒模様の熊猫さん型がいるんだ。砂漠地帯にはスナネコさん型が、東の海の島国には、尻尾が巻いたわんこ型もいるって噂だよ」
「……それはっ! ……是非ともコンプリートしたいですね」
レイはルーファスの説明に衝撃を受けた。思わず、ふわふわのぬいぐるみ天国を思い浮かべて、ほっこりと頬を緩ませる。
「そうやって誘惑の魔物を探しに行って、何人も行方不明になってるんだ。誘惑の魔物は森の奥深くに住んでるからね」
「はっ! これが誘惑の魔物の力!? ……しかも、なぜ、さん付けで呼んでるんですか?」
「誘惑の魔物は、魔物の中でも強烈な愛好家が多いんだ。彼らが言うには『ただの熊ではない』らしいんだ。さん付けしないと、めちゃくちゃ怒られる……性別も『オス』『メス』じゃなくて、『男の子』『女の子』って言わないと、後々怖いよ……」
ルーファスは両腕で自身を抱きしめると、ぶるりと震えた。何やら辛い思い出があるようだ。
「わんこ型は……?」
「『わんこ』という言葉自体が愛らしさを極限まで表現してるから、敢えて、さん付けしてないらしい……」
愛好家の気持ちは僕にはよく分からないや……とルーファスは遠い目をした。
「レイ、誘惑の魔物には手出し無用だよ。いじめたりしたら、誘惑の魔物愛護団体が黙ってないからね。彼らは過激派だから!」
「そんな愛護団体があるのですね。でも、お気持ちはよく分かります」
レイは神妙な顔で頷いた。
「さっき、レイに爪を立ててたでしょ? ……あれは誘惑の魔物特有の『ご飯をくれないなら襲っちゃうぞ』の威嚇なんだ……」
「さっきのが、威嚇!? かわいらしくおねだりしてるのかと思いました! なんてかわいい威嚇なんでしょう!!」
ルーファスの追加説明は、レイのハートを思い出し撃ち抜きした。
誘惑の魔物が潤んだ瞳で上目遣いにレイを見つめ、ローブの裾を頼りなさげに引くさまは、庇護欲をそそらないわけがなかった。
(……あれ、爪を立ててたんだ……かわいすぎるよ!! っていうか、爪、無かったよね?)
レイは口元に手を当て、誘惑の魔物のかわいさの余韻にふるふると震えて浸った。
「……それにしても、あの子は本来この辺にいるタイプの魔物じゃないんだけどな……まあ、先に進むか」
銀の不死鳥メンバーは気を取り直して、薬草採集に向けて、森の中をさらに奥へ奥へと進んで行った。
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◆関連作品
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『冒険者を辞めたら天職でした 〜パーティーを追放された凄腕治癒師は、大聖者と崇められる〜』
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