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閑話 ルーファスの執務室
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「ルーファス? こちらに戻っていたのですか?」
ルーファスが、聖都ディアロバードにある聖鳳教会内の廊下を歩いていると、不意に後ろから声をかけられた。
白い大理石で造られた荘厳な教会は、昼の明るい光が、ステンドグラスがはめられた高い天窓から差し込み、明るく輝いている。
聖鳳教会では白と青を基調にした服装をしている者が多いが、特に光の大司教であるルーファスの衣装には、その襟元と羽織っているケープの刺繍の一部に、光属性を表す黄色い糸が使われている。
ルーファスが、声がした方を振り向くと、彼よりもさらに豪奢な衣装の当代教皇ライオネルが、側近を従えて微笑んでいた。
「猊下、ご無沙汰しております」
ルーファスは胸元に片手を当て、卒なく教会式の挨拶をした。
「レイがしばらくあちらの仕事に就くことになったので、一時的に教会に戻ることになりました」
「そうですか。どのくらいまでこちらにいますか?」
「彼女の仕事が落ち着くまでですので、おそらく、一週間か十日ほどかと」
「なるほど。そういえば、祝祭はレイはどうするのですか?」
「……祝祭……」
「フェリクス様の誕生日ですよ」
「フェニックスの祝祭!」
「……あなた、すっかり忘れてましたね……」
ライオネルがじと目でルーファスを見つめた。
「せっかくのフェリクス様のお誕生日ですし、いくらフェリクス様に言われているとはいえ、レイも参加したいでしょう」
「そうですね。次に彼女に会いましたら、確認いたします」
「レイが参加するのなら、早めに知らせてください」
「ええ、そうさせていただきます」
ルーファスはにこりと微笑んだ。
「彼女が教会に来るなら、それなりの根回しが必要です。何せ、フェリクス様の初めてのお子様ですから」
ライオネルは、ルーファスの肩に無骨で大きな手を置くと、その耳元で小さく呟いた。
「……ええ、承知してます」
ルーファスは表情もそのままに、小さく頷いた。
***
「あれっ!? ルーファス大司教!? ……先ほどまで執務室にいらっしゃいませんでしたか?」
ルーファスが彼の執務室の方へ向かうと、途中で出会った神官が非常に驚いてルーファスを振り向いた。
(……兄さんか、全く……)
「ええ、少し外の空気を吸ってました」
ルーファスは努めて朗らかに返事をし、「あれ?」と首を捻る神官の横をさっさと通り抜けた。
ルーファスが自らの執務室をコンコンコンッとノックすると、「どうぞ」と中から声がした。
彼が執務室の中に入り、後ろ手に扉を閉じると、執務室の臨時の主人から声を掛けられた。
「調査は順調か?」
立派な執務机に、この部屋の主のように座っていたのは、ルーファスと全く同じ白皙の美貌だ。ご丁寧に光の大司教の衣装もまとっている。一点違うのは、小さな星が煌めく淡い黄金色の瞳だ。
「……兄さん、教会でとりかえごっこは止めてくれないか? 他の者が混乱するよ」
ルーファスが溜め息まじりに嗜めた。
「ルーファスの連絡が遅かったからな。心配して来たんだ。そしたら、しばらく教会に顔を出してないっていうから、代役をしてたんだよ。ほら、決済は代わりにしといたから」
「……全く、もう」
ルーファスが決済済みの書類をパラパラと捲って眺めると、正確に処理がなされていた。
(優秀は優秀なんだよね……)
「それで、報告は?」
光竜王レックスは、執務机の上に肘を突いて両手を組むと、その上に顎を乗せ、にこりと微笑んだ。兄でもなく、臨時の大司教でもなく、里長で光竜王の顔だ。
(兄さんがレイに興味を持てば、面白がっておもちゃにされるかも……)
「当代剣聖は、やっぱりユグドラ預かりだったよ。当代剣聖が魔剣レーヴァテインを浄化したから、魔剣は瘴気をまとっていない——心配してたような剣聖の暴走は起こらないと思うよ。あと、当代剣聖は、今はドラゴニアで冒険者をやってる」
「……ほお、剣聖が浄化を? 当代は剣バカじゃないのか?」
「そのようだね」
「あのレベルの浄化ができるのは、フェリクス様ぐらいだと思ってたが、そいつにはできたのか?」
「フェリクス様が手助けしたみたいだよ」
「へえ、かなり珍しいな。あのお方が、人間に手助けを?」
「そうなんだ」
「それで、うちの弟は何でその当代剣聖にくっ付いて、一緒に冒険者やってんの?」
レックスはじっとルーファスの目を見つめた。珍しく真面目な表情だ。
「フェリクス様にしばらく面倒をみるように言われてる」
「う~~ん……」
レックスは腕を組むと、難しい顔をして唸り出した。革張りの椅子の背もたれに寄りかかると、ギシリと音がする。
「とりあえず、当代剣聖が魔剣の影響で凶暴化することが無いということは分かった。フェリクス様が手助けしたということは、浄化もできたんだろう……それにしても、フェリクス様は随分当代の肩を持つな。何かあるのか?」
「当代剣聖は、フェリクス様と魔術契約を交わしているよ」
「……はっ!?」
そんなことが人間に可能なのか……と、レックスはぶつぶつと呟きながら考え込んだ。
フェリクスは先代魔王だ。ただの人間が魔術契約に耐えらるとは到底思えなかったのだ。
「……教会に影響は? レーヴァテインが浄化されたなら、聖属性に転化してるだろ。当代を聖剣の騎士にしたいとか、あるだろ?」
「聖剣の騎士」は、聖鳳教会に所属する聖騎士の中でも、特に聖剣に選ばれた者だけが名乗れる称号だ。聖剣への適性と、非常に高い剣の技術が要求されるため、教会内でもかなりのエリート扱いだ——民衆にも人気のため、教会の顔の一つにもなっている。
「フェリクス様は、当代剣聖を聖鳳教会に取り込むつもりは無いみたい」
「う~ん……そんなことあるのか……? でも、フェリクス様が仰るなら、教会はそうするだろうし……」
レックスは、なおも難しい顔をして唸っている。
聖鳳教会は、先代魔王フェリクスが創設した組織だ。現在は教皇役を降りてはいるが、実質的な教会の支配者はフェリクスだ。彼の魔王時代の側近や配下も多く教会に所属している——フェリクスがNOと言えば、その通りになるのだ。
「残念だけど、僕はフェリクス様には逆らえないよ。当代剣聖の情報と引き換えに、面倒をみることになったんだ」
「はぁ、なるほどな。……ひとまず、光竜の里は、剣聖のことは承知した。ルーファスも、切りのいい所でさっさと引き上げてこい。当代は歴代最強なんだろ? どこの国も剣聖探しに躍起になってるし、関わらないことに越したことはないぞ」
レックスは心配そうな瞳でルーファスを見つめた。
(……歴代最強ね……それにしてはかわいすぎるけど)
ルーファスは瞼を閉じた。かわいい物好きの、黒髪の小さな少女が思い浮かんだ。
「うん、分かったよ」
ルーファスは素直に頷いた。
「それより兄さん、里には帰らなくて大丈夫なの?」
「いっ、いやあ、帰るよ」
ボソリと「そのうち」とレックスが小さく呟く声が、シーンと静まり返った執務室に響いた。
「なら、里に連絡しとくね」
「いや、いい! 俺が連絡する!!」
「……また連絡せずに来たんだね。……あ、マーゴット? 兄さんなんだけどさ……」
ルーファスはサッと通信用の魔道具を空間収納から取り出すと、問答無用に光竜の里の者に連絡を取り始めた。
「わ、分かった! すぐに帰る!!」
「早くした方がいいよ。マーゴット、すごく怒ってたから」
ルーファスが兄をじと目で見つめると、彼はすぐさま転移して行った。
「はぁ……」
一人きりになった執務室で、ルーファスから自然と溜め息が漏れた。
ルーファスが、聖都ディアロバードにある聖鳳教会内の廊下を歩いていると、不意に後ろから声をかけられた。
白い大理石で造られた荘厳な教会は、昼の明るい光が、ステンドグラスがはめられた高い天窓から差し込み、明るく輝いている。
聖鳳教会では白と青を基調にした服装をしている者が多いが、特に光の大司教であるルーファスの衣装には、その襟元と羽織っているケープの刺繍の一部に、光属性を表す黄色い糸が使われている。
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「……祝祭……」
「フェリクス様の誕生日ですよ」
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ルーファスはにこりと微笑んだ。
「彼女が教会に来るなら、それなりの根回しが必要です。何せ、フェリクス様の初めてのお子様ですから」
ライオネルは、ルーファスの肩に無骨で大きな手を置くと、その耳元で小さく呟いた。
「……ええ、承知してます」
ルーファスは表情もそのままに、小さく頷いた。
***
「あれっ!? ルーファス大司教!? ……先ほどまで執務室にいらっしゃいませんでしたか?」
ルーファスが彼の執務室の方へ向かうと、途中で出会った神官が非常に驚いてルーファスを振り向いた。
(……兄さんか、全く……)
「ええ、少し外の空気を吸ってました」
ルーファスは努めて朗らかに返事をし、「あれ?」と首を捻る神官の横をさっさと通り抜けた。
ルーファスが自らの執務室をコンコンコンッとノックすると、「どうぞ」と中から声がした。
彼が執務室の中に入り、後ろ手に扉を閉じると、執務室の臨時の主人から声を掛けられた。
「調査は順調か?」
立派な執務机に、この部屋の主のように座っていたのは、ルーファスと全く同じ白皙の美貌だ。ご丁寧に光の大司教の衣装もまとっている。一点違うのは、小さな星が煌めく淡い黄金色の瞳だ。
「……兄さん、教会でとりかえごっこは止めてくれないか? 他の者が混乱するよ」
ルーファスが溜め息まじりに嗜めた。
「ルーファスの連絡が遅かったからな。心配して来たんだ。そしたら、しばらく教会に顔を出してないっていうから、代役をしてたんだよ。ほら、決済は代わりにしといたから」
「……全く、もう」
ルーファスが決済済みの書類をパラパラと捲って眺めると、正確に処理がなされていた。
(優秀は優秀なんだよね……)
「それで、報告は?」
光竜王レックスは、執務机の上に肘を突いて両手を組むと、その上に顎を乗せ、にこりと微笑んだ。兄でもなく、臨時の大司教でもなく、里長で光竜王の顔だ。
(兄さんがレイに興味を持てば、面白がっておもちゃにされるかも……)
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「……ほお、剣聖が浄化を? 当代は剣バカじゃないのか?」
「そのようだね」
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