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魅惑の精霊7
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「ウォーターボール」
レイは目の前の信者に手を向けると、大きな水の玉をぶつけた。信者はバシャンッと水の玉に当たると、後方に吹き飛んだ。
レイはついでに魅惑の精霊も狙って、もう一発ウォーターボールを撃った。リリスの加護を受けた水の玉は見事命中し、魅惑の精霊は数メートル吹き飛んだ。
「なっ……魅了魔術が効かない……だと!?」
魅惑の精霊はむくりと起き上がると、信じられない物を見るように、レイを見つめた。
「こんな、単にピカピカしてる玉ごときに、魅了されるわけないじゃないですか!」
レイは強気にビシッと光る玉を指差して堂々と言い放った。
「ぐふぅっ!!!」
「カミル様ーーー!?」
レイの暴言と、初めて自分の魅了魔術にかからない人間に出会った衝撃に、魅惑の精霊カミルは精神的なダメージを受けた。
そして、そんなカミルの様子を心配して、信者たちは叫び声を上げた。
「……僕のことを……玉ごとき、だなんて……」
カミルの飛び方が、ふらふらとし始めた。
心なしか、先程よりも彼の明るさが落ちている。
レイの微妙な暴言は、カミルにとってクリティカルヒットだったようだ。
レイには玉型の精霊の美醜は分からなかった。どこに顔があるのかさえ分からないのだ。その顔が美しいのか、それとも醜いのか、判別のつきようもなかった。
(だって、ただの光の玉にしか見えないんだもん)
レイは強気だ。ギンッと光の玉を睨みつけている。
「はっ……魅了魔術が弱まっている……?」
アイザックはぱっと顔を上げた。彼を押さえつけている信者たちの力が弱まってきているのだ。
魅了魔術は、術者本人の美貌と自信に紐付いた魔術だ。
術者が美しければ美しい程、魅了される者が術者を美しいと思えば思う程、魅了されやすくなる。そして、術者が己自身を美しいと認識して、自己評価が高ければ高い程、より強力な魅了となるのだ。
「何だかピカピカしてる玉」程度の認識しかしていないレイにとって、玉型の精霊の魅了など、何の効力も無かった。
そして、生まれつき美貌に恵まれ、ちやほやされて育ち、見た目を褒められたことしかなかったカミルは、非常に打たれ弱かった――カミルの心は、細い小枝並みにポッキリと折れやすいのだ。
「みんな、目を覚ますのです! たかだかこんな魔道電球ごときに惑わされるなんて、おかしいです!」
信者たちに向かって、レイは声を張りあげて呼びかけた。
「うぐっ! また言った!!」
「カミル様ーーー!!!」
レイの雑な扱いに、カミルの自己評価はがくっと下がった。
カミルは地面にヘロヘロと落ちて行く。
「……玉どころか、魔道電球だなんて……」
余程ショックだったのか、切れる寸前の魔導電球のように、チカチカと頼りなく明滅している。もう、カミルの精神ライフポイントはゼロに近い。
「カミル様はお美しいですよ!」
「カミル様は魔道電球なんかではないです!」
「ハッ! そうだ。僕にはまだ称えてくれる信者が……!」
信者たちの声援に、カミルは少し気を取り直した。若干、輝きの明るさが戻っている。
「顔がどこかも分からない玉なのに、美しいも何もないです。ただのピンク色のちょっとエッチな魔道電球じゃないですか」
「うわぁぁぁ!!!」
「カミル様ーーー!!?」
レイの発言に、カミルは完全に倒れ伏した。
「……うっ……私、ここで何を……?」
「……ここは……?」
信者たちは正気を取り戻し始めたようで、頭を振り、あるいは額を抑えて、現状を把握しようとしている。
「魅了魔術が……完全に解けている……」
エイドリアンが呆然と呟いた。
「暴言は剣よりも強いんですね」
レヴィは余計なことを学んだ。
「えっ? 今のは暴言だったの?」
アイザックだけが、ポツリと冷静にツッコミを入れた。
***
魅了魔術を使った盗賊団は、こうしてあえなく全員捕縛された。魅了魔術に頼りきっていたため、そこまで腕っ節は強くなかったのだ。
エイドリアンがベンとモーリスを呼び戻したこともあり、サクサクと捕縛作業は進んでいった。
ベンが一飛びして、フェンの冒険者ギルドに応援を頼み、信者たちの保護を手伝って貰った。
女剣士のアニスも、妹の無事を確認して、互いに抱きしめ合って大泣きしていた。
エイドリアンたちがフェンの城壁門の詰所で、盗賊団全員の身柄を領軍に明け渡し、討伐依頼は完了となった。
***
「お手柄だったな。領軍からも連絡を受けてるぞ。はじめはどうなることかと思ったが……盗品のありかも判明したし、信者たちも一部は目が覚めて戻って来れて良かった」
ギルドマスターのヨーゼフは、はじめの剣呑な態度からは打って変わって、上機嫌だった。
銀の不死鳥と筋肉礼賛のメンバーは、ギルドの小会議室に集められていた。
「それで、謝礼金についてだが、分け前はどうする? 二つのパーティーで等分するか?」
「全員で等分で構わない」
エイドリアンは真摯に頷いた。
「分かった。謝礼金は等分にして、それぞれのギルドの口座に振り込ませてもらう。ああ、それから、魅惑の精霊についてだが……」
魅惑の精霊は、逮捕後間もなく、牢屋の中で人型になったらしい。
残念なことに、顔は……あまりにも平凡なのだそうだ。
特に味もなく、印象にも残らなくて数分後には忘れられたり、周囲に紛れ込んでしまっているため、全く魅了の力を使うことができないそうだ。
あまりにもつまらない顔をしているので、「むしろ味のある醜男になった方が、他の人の印象に残る分、良かったんじゃないか」とまで言われている。
魅惑の精霊がさらに美しい人型に変身することを期待していた者たちは非常に落胆しており、そのことを耳にした当の魅惑の精霊も心を痛めているそうだ。
「行方不明者のうち、男は何人も盗賊仕事で盾代わり使われたり、廃村周辺の魔物の討伐にかりだされて亡くなったそうだ。女も何人か人買いに売りに出したそうで、そっちの方は領軍が追っている……これ以上、フェンや周辺の街や村に被害者が出なくて良かった。皆を助け出してくれて感謝する」
ヨーゼフは深々と頭を下げた。
***
レイたちは冒険者ギルドから出て、フェン中央にある公園に来ていた。
ここには大きな噴水が置かれ、人々の憩いの場となっている。
「魅惑の精霊は、今までたくさんの人たちに迷惑を掛けてきたのです。しっかり罪を償って欲しいですね」
レイはむうっと眉間に皺を寄せて言った。
「人を魅了することが本分とは言え、やり方が悪かったし、やりすぎたな。世界に調整されたんだろう」
エイドリアンも筋肉質の太い腕を組んで、頷いている。
「あんたたち! こんな所にいたのか!!」
息を弾ませてアニスが笑顔で駆け寄って来た。
少し遅れて、アニスの妹もついて来ている。ブラウンの優しげな目元はアニスに似ていて、小柄で、色の濃い金髪をツインテールにしている。
「お礼を言いたかったんだ。あんたたちのお陰で、無事に妹が戻って来たんだ。妹もかなり反省して、これを機に魅惑の精霊のファンを辞めることにしたんだ。本当にありがとう! ほら、シナモンも」
「妹のシナモンです。助けていただき、本当にありがとうございました!」
アニスとシナモンはぺこりとお辞儀をし、笑顔で感謝を伝えた。
「ああ、そうだ。これ返さないとね。はい、ありがとね」
後ろに控えていたアイザックが、空間収納から借りていた双子石のペンダントを取り出して、アニスに手渡した。
「ああ、妹が戻って来てくれたのが嬉しくて、すっかり忘れてたな。役立てたようで良かった。シナモン、そろそろ戻るか……?」
アニスがシナモンを振り向くと、彼女は瞳を大きく見開いて、アイザックを熱心に見つめていた。魅惑の精霊のファンは辞められても、面食いはやめられなかったようだ。
「おっ、お兄さん! お名前は!? シナモンを助けてくださったのもお兄さんなんですか!?」
「えっ……確かに、僕も討伐依頼に参加したけど……」
シナモンの気迫に押され、珍しくアイザックは引き気味だ。
「わぁ! 助けていただき、ありがとうございます! これは運命ですよね!? 運命に違いないですよね!? 私のことはシナモンってお呼びください! 私は大通りの花屋で売り子をしてますの! 好みのタイプは、お兄さんみたいなイケメンでカッコいい人です!!」
(イケメンもカッコいいも同じ意味では……)
レイはシナモンの食らいつくような勢いに目を丸くしつつも、冷静に心の中でツッコミを入れた。
シナモンは相当な面食いのようだ。
「お兄さんの好きな食べ物は!? 好きなお花は!? 好きな女性のタイプは!?」
シナモンは瞬時にアイザックと距離を詰めると、怒涛のアプローチを始めた。ぐいぐいと迫っている。
アニスは「命の恩人に、やめろっ!」と、妹がこれ以上迷惑をかけないように、後ろから抱きついて取り押さえようとしている……が、引き摺られている。恋する乙女のパワーは絶大なのだ。
「ごめんね。僕、もう未来のお嫁さんがいるから。君とはお付き合いできないよ」
アイザックは笑顔でそう言うと、片手でレイを抱き寄せた。
「えっ?」
レイは急なことにびっくりして、固まってしまった。
「ええーっ! そんなーっ!!」
シナモンはアイザックを見上げて、ぶーぶーとかわいらしく頬を膨らませた。そして、瞬時に嫉妬の目で、隣にいるレイを睨みつけた。
(ヒイッ!)
レイはシナモンの変わり身の速さと恐ろしげな表情に、思わず後退りしていた。
結局、シナモンはアニスに襟首を掴まれて、引き摺られて去って行った。「おにーさーんっ!」とアイザックを呼ぶ声が遠ざかって行った。
「もうっ! ああいうことに私を巻き込まないで下さい! 困ります!」
レイはむくれて、バシッとアイザックを叩いた。
「それで、エイドリアンたちはこれからどうするの?」
アイザックはエイドリアンを振り返って尋ねた。レイの力は非力なので、一切効いていないようだ。
「ああ、俺たちは土産物を買ったら、さっさとユグドラに帰るよ。他の部隊員に皺寄せがいってるからな」
「防御壁部隊員は真面目だね~。もう少し人を雇って、ゆとりを持てばいいのに」
「なかなか条件に合うような奴がいないんだ。まず人間は無理だし、ドワーフは戦闘自体にはあまり興味がないし、妖精は体格的に難しいからな。エルフは気質が合わない奴が多いし、精霊は人型自体が珍しいし……結局、目ぼしい魔物を探しに行くしかないんだがな……」
時間が足りない、とエイドリアンが太い眉を下げて呟いた。
「たまには部下に任せて、スカウトの旅に行けばいいのに……」
アイザックは不思議そうに呟いた。
「……エイドリアン隊長!」
「なんだ?」
「自分は、戻る前にレイさんとのフェンの街観光を希望します!」
「じっ、自分もです!!」
ベンの申し立てに、モーリスが慌てて便乗した。
「……はあ、お前たちにも今回は頑張ってもらったからな……レイ、もし嫌じゃなかったら、こいつらと観光してもらえないか?」
「いいですよ。私もレヴィとフェンの観光をしてから帰ろうかと思ってましたし」
レイは二つ返事で頷いた。
「えっ!? それじゃあ、僕「アイザックは嫌です!」」
レイは頬を膨らませて、ぷいっと別方向を向いた。先程、シナモンの嫉妬の的にされそうになったことを怒っているのだ。
「……クククッ……じゃあ、こいつは俺が責任を持って、連れて帰るな」
「そんなぁ!」
エイドリアンは心から楽しそうに笑った。
対照的に、アイザックは絶望的な表情だ。
「今回、アイザックは随分と振り回してくれたからな。これは、その礼だ」
エイドリアンはにやりとアイザックと見やると、軽々と彼を片腕で担いだ。もう片方の手を軽く上げてさよならの挨拶をし、転移して行った。
今回の任務で、アイザックに対していろいろと溜め込んでいたのだろう。
レイたちは、「お疲れさまです」とエイドリアンとアイザックを見送った。
レイは目の前の信者に手を向けると、大きな水の玉をぶつけた。信者はバシャンッと水の玉に当たると、後方に吹き飛んだ。
レイはついでに魅惑の精霊も狙って、もう一発ウォーターボールを撃った。リリスの加護を受けた水の玉は見事命中し、魅惑の精霊は数メートル吹き飛んだ。
「なっ……魅了魔術が効かない……だと!?」
魅惑の精霊はむくりと起き上がると、信じられない物を見るように、レイを見つめた。
「こんな、単にピカピカしてる玉ごときに、魅了されるわけないじゃないですか!」
レイは強気にビシッと光る玉を指差して堂々と言い放った。
「ぐふぅっ!!!」
「カミル様ーーー!?」
レイの暴言と、初めて自分の魅了魔術にかからない人間に出会った衝撃に、魅惑の精霊カミルは精神的なダメージを受けた。
そして、そんなカミルの様子を心配して、信者たちは叫び声を上げた。
「……僕のことを……玉ごとき、だなんて……」
カミルの飛び方が、ふらふらとし始めた。
心なしか、先程よりも彼の明るさが落ちている。
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(だって、ただの光の玉にしか見えないんだもん)
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アイザックはぱっと顔を上げた。彼を押さえつけている信者たちの力が弱まってきているのだ。
魅了魔術は、術者本人の美貌と自信に紐付いた魔術だ。
術者が美しければ美しい程、魅了される者が術者を美しいと思えば思う程、魅了されやすくなる。そして、術者が己自身を美しいと認識して、自己評価が高ければ高い程、より強力な魅了となるのだ。
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そして、生まれつき美貌に恵まれ、ちやほやされて育ち、見た目を褒められたことしかなかったカミルは、非常に打たれ弱かった――カミルの心は、細い小枝並みにポッキリと折れやすいのだ。
「みんな、目を覚ますのです! たかだかこんな魔道電球ごときに惑わされるなんて、おかしいです!」
信者たちに向かって、レイは声を張りあげて呼びかけた。
「うぐっ! また言った!!」
「カミル様ーーー!!!」
レイの雑な扱いに、カミルの自己評価はがくっと下がった。
カミルは地面にヘロヘロと落ちて行く。
「……玉どころか、魔道電球だなんて……」
余程ショックだったのか、切れる寸前の魔導電球のように、チカチカと頼りなく明滅している。もう、カミルの精神ライフポイントはゼロに近い。
「カミル様はお美しいですよ!」
「カミル様は魔道電球なんかではないです!」
「ハッ! そうだ。僕にはまだ称えてくれる信者が……!」
信者たちの声援に、カミルは少し気を取り直した。若干、輝きの明るさが戻っている。
「顔がどこかも分からない玉なのに、美しいも何もないです。ただのピンク色のちょっとエッチな魔道電球じゃないですか」
「うわぁぁぁ!!!」
「カミル様ーーー!!?」
レイの発言に、カミルは完全に倒れ伏した。
「……うっ……私、ここで何を……?」
「……ここは……?」
信者たちは正気を取り戻し始めたようで、頭を振り、あるいは額を抑えて、現状を把握しようとしている。
「魅了魔術が……完全に解けている……」
エイドリアンが呆然と呟いた。
「暴言は剣よりも強いんですね」
レヴィは余計なことを学んだ。
「えっ? 今のは暴言だったの?」
アイザックだけが、ポツリと冷静にツッコミを入れた。
***
魅了魔術を使った盗賊団は、こうしてあえなく全員捕縛された。魅了魔術に頼りきっていたため、そこまで腕っ節は強くなかったのだ。
エイドリアンがベンとモーリスを呼び戻したこともあり、サクサクと捕縛作業は進んでいった。
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「それで、謝礼金についてだが、分け前はどうする? 二つのパーティーで等分するか?」
「全員で等分で構わない」
エイドリアンは真摯に頷いた。
「分かった。謝礼金は等分にして、それぞれのギルドの口座に振り込ませてもらう。ああ、それから、魅惑の精霊についてだが……」
魅惑の精霊は、逮捕後間もなく、牢屋の中で人型になったらしい。
残念なことに、顔は……あまりにも平凡なのだそうだ。
特に味もなく、印象にも残らなくて数分後には忘れられたり、周囲に紛れ込んでしまっているため、全く魅了の力を使うことができないそうだ。
あまりにもつまらない顔をしているので、「むしろ味のある醜男になった方が、他の人の印象に残る分、良かったんじゃないか」とまで言われている。
魅惑の精霊がさらに美しい人型に変身することを期待していた者たちは非常に落胆しており、そのことを耳にした当の魅惑の精霊も心を痛めているそうだ。
「行方不明者のうち、男は何人も盗賊仕事で盾代わり使われたり、廃村周辺の魔物の討伐にかりだされて亡くなったそうだ。女も何人か人買いに売りに出したそうで、そっちの方は領軍が追っている……これ以上、フェンや周辺の街や村に被害者が出なくて良かった。皆を助け出してくれて感謝する」
ヨーゼフは深々と頭を下げた。
***
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「魅惑の精霊は、今までたくさんの人たちに迷惑を掛けてきたのです。しっかり罪を償って欲しいですね」
レイはむうっと眉間に皺を寄せて言った。
「人を魅了することが本分とは言え、やり方が悪かったし、やりすぎたな。世界に調整されたんだろう」
エイドリアンも筋肉質の太い腕を組んで、頷いている。
「あんたたち! こんな所にいたのか!!」
息を弾ませてアニスが笑顔で駆け寄って来た。
少し遅れて、アニスの妹もついて来ている。ブラウンの優しげな目元はアニスに似ていて、小柄で、色の濃い金髪をツインテールにしている。
「お礼を言いたかったんだ。あんたたちのお陰で、無事に妹が戻って来たんだ。妹もかなり反省して、これを機に魅惑の精霊のファンを辞めることにしたんだ。本当にありがとう! ほら、シナモンも」
「妹のシナモンです。助けていただき、本当にありがとうございました!」
アニスとシナモンはぺこりとお辞儀をし、笑顔で感謝を伝えた。
「ああ、そうだ。これ返さないとね。はい、ありがとね」
後ろに控えていたアイザックが、空間収納から借りていた双子石のペンダントを取り出して、アニスに手渡した。
「ああ、妹が戻って来てくれたのが嬉しくて、すっかり忘れてたな。役立てたようで良かった。シナモン、そろそろ戻るか……?」
アニスがシナモンを振り向くと、彼女は瞳を大きく見開いて、アイザックを熱心に見つめていた。魅惑の精霊のファンは辞められても、面食いはやめられなかったようだ。
「おっ、お兄さん! お名前は!? シナモンを助けてくださったのもお兄さんなんですか!?」
「えっ……確かに、僕も討伐依頼に参加したけど……」
シナモンの気迫に押され、珍しくアイザックは引き気味だ。
「わぁ! 助けていただき、ありがとうございます! これは運命ですよね!? 運命に違いないですよね!? 私のことはシナモンってお呼びください! 私は大通りの花屋で売り子をしてますの! 好みのタイプは、お兄さんみたいなイケメンでカッコいい人です!!」
(イケメンもカッコいいも同じ意味では……)
レイはシナモンの食らいつくような勢いに目を丸くしつつも、冷静に心の中でツッコミを入れた。
シナモンは相当な面食いのようだ。
「お兄さんの好きな食べ物は!? 好きなお花は!? 好きな女性のタイプは!?」
シナモンは瞬時にアイザックと距離を詰めると、怒涛のアプローチを始めた。ぐいぐいと迫っている。
アニスは「命の恩人に、やめろっ!」と、妹がこれ以上迷惑をかけないように、後ろから抱きついて取り押さえようとしている……が、引き摺られている。恋する乙女のパワーは絶大なのだ。
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アイザックは笑顔でそう言うと、片手でレイを抱き寄せた。
「えっ?」
レイは急なことにびっくりして、固まってしまった。
「ええーっ! そんなーっ!!」
シナモンはアイザックを見上げて、ぶーぶーとかわいらしく頬を膨らませた。そして、瞬時に嫉妬の目で、隣にいるレイを睨みつけた。
(ヒイッ!)
レイはシナモンの変わり身の速さと恐ろしげな表情に、思わず後退りしていた。
結局、シナモンはアニスに襟首を掴まれて、引き摺られて去って行った。「おにーさーんっ!」とアイザックを呼ぶ声が遠ざかって行った。
「もうっ! ああいうことに私を巻き込まないで下さい! 困ります!」
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「……クククッ……じゃあ、こいつは俺が責任を持って、連れて帰るな」
「そんなぁ!」
エイドリアンは心から楽しそうに笑った。
対照的に、アイザックは絶望的な表情だ。
「今回、アイザックは随分と振り回してくれたからな。これは、その礼だ」
エイドリアンはにやりとアイザックと見やると、軽々と彼を片腕で担いだ。もう片方の手を軽く上げてさよならの挨拶をし、転移して行った。
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