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ガラテア5
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「あの子の近くに転移したわ」
「……ここは?」
「ナイアド湖から山二つ超えた所みたいね」
レイたちは崖の上に降り立っていた。
ガラテアが見つめる崖の下には山小屋があり、数名の男たちが山小屋周辺をうろうろしている。山小屋からは、レイたちがいる所は死角になっているようで、まだ気づかれていない。
「あれがヒュドラの毒爪のアジトか……あの感じだと、おそらく本部ではなさそうだな……」
ライが渋い顔でアジトを睨み付けた。
ガラテアが転移して来たのと一緒に、嵐も一緒にこちらにやって来たようだ。急に雲行きが怪しくなり、空の色が暗くなった。風も強くなり湿気を帯び始め、外に出ていた男たちも、今にも一雨きそうな天気に慌ただしく山小屋の中へと入っていった。遠くでゴロゴロと雷も鳴り始めている。
「さて、どうやって救出するかだが……まずは中の様子が分からないとだな」
ライが腕を組んで思案顔をした。
急遽ガラテアについてきたため、特に何も準備していない状態だ。敵の戦力も分からないため、すぐには手を出すことができない。
「私で良ければ、様子を探って来ましょうか?」
「レヴィ、できるのか?」
「大丈夫です」
レヴィは過去の剣聖のスキルや魔術であれば、何でも完全コピーできる——十一代目剣聖は隠密だった。おそらく、ちょっとした偵察はお手のものだろう。
シュッとレヴィが目の前から消えると、
「あいつ、何でもありだな……」とライが呆れたように呟いた。
(聖剣が便利すぎる……)
レイもポカンとレヴィがさっきまでいた場所を見つめた。普段、レヴィを放任、いや、自由にしているため、こんなことができるとは、持ち主でさえ知らなかった事実だ。
ルーファスも、かなり驚いたようで「そんなこともできるのか」と呆然と呟いている。
しばらくすると、偵察に出ていたレヴィが戻って来た。
「アジトには六人います。周辺を見回りしているのは四人……こちらは二人組で行動してます。子竜はおそらく、地下室の方です。構成員の話を聞いてる限りでは、まだ生きているようです」
レヴィが地面に木の枝で簡単な見取り図を描き、説明を始めた。
「合わせて十人か……そこそこいるな。戦力的にはどうだ?」
「魔術師二人、剣士五人、弓士一人……それから、商人のような男も二人います」
「商談か」
「おそらく」
レヴィは淡々と頷いた。
「この天気で見回り組が戻らないうちに、さっさとケリをつけよう……レイ、氷魔術で子竜以外を凍らせることはできるか?」
「アジトごと、ですか?」
「そうだ。子竜を救出する間だけでいい。できるか?」
「子竜の正確な位置が分かれば何とかできるかもです。レヴィ、アジトは探索魔術は使えそうですか?」
「見たところ、魔術を無効化するようなものはアジトにかかってませんでした」
「分かりました。やってみます」
レイはこくりと頷いた。
「あれだけ氷魔術を練習してきたんだ。レイならできる」
ライはレイの目を真っ直ぐに見て、しっかりと頷いた。
コカトリスの討伐の後、ライは時間があると、レイの魔術特訓に付き合ってくれてたのだ。
(ライにも太鼓判を押してもらったんだし、落ち着いてやれば大丈夫。リリスにも手伝ってもらおう)
レイはきゅっと手を握った。
***
アジトの小屋の裏に転移後、レイは目を閉じてお腹に手を当てると、「リリス、助けて」と小さく呟いた。ふわっと腹の底から魔力が立ち上がる。今回もリリスの加護がこたえてくれたようだ。
レイは小屋に手を置き、まずは探索魔術を展開した。
(気配が七つ。地下に、小さくぷるぷる震えてる子がいる……水属性の魔力を感じる……待ってて、今助けてあげる!)
レイは地下にある頼りなく震えるような気配以外を、最大出力で凍らせにかかった。
「アイスエイジ」
一瞬で、アジトが丸ごと凍った。
レイが目を開けると、ひやりとした白い冷気がアジトの小屋の壁から放たれていた。
入り口近くに隠れていたライとレヴィが、ガンッと表の扉を蹴破って、一気にアジトの中に突入した。
レイとルーファスも、互いに顔を見合わせて頷き合うと、その後をついて行った。ガラテアもそれに続く。
アジトの中に入ると、壁や家具やありとあらゆる物には霜が降りていて、白い冷気を纏っていた。
レイたちの吐く息も白くなっている。
ヒュドラの毒爪の構成員は、見事な氷像になっていた。一瞬で冷凍してしまったのだろう、今にも動き出しそうな姿勢で固まってしまっている。
「こいつらは今は凍っちまってるが、死んだわけじゃなさそうだ。解凍されて動き出す前に、さっさと子竜を探すぞ」
「地下室はこっちみたいです」
レヴィが地下室への入り口を発見した。小さく手招きしている。
慎重に地下室へ降りていくと、大きな檻があり、中にはぷるぷると震える……
(超巨大しらす……???)
レイは驚きすぎて一瞬、ポカンと目を丸くした。
「水竜の幼生体だな。まだ本当に赤ん坊じゃないか!!」
ルーファスは怒りから小さく叫んだ。急いで檻の鍵を魔術で壊すと、丸い目を潤ませてぷるぷると震える超巨大しらすに「大丈夫だよ、助けにきたよ」とにっこり笑って、檻から出て来るように促した。
超巨大しらす——ガラテアの子竜は、小型犬サイズで、丸みを帯びた乳白色のしらすのようなフォルムをしている。
子竜は、成人男性のルーファスを誘拐犯と勘違いしたのか、怖がって檻の端に縮こまったままだ。
レイが代わりに「おいで。ママも助けに来てるよ」と檻に手を入れて促すと、ぴゅっとレイの腕に転がり込んできた。
レイがほっとして、震える子竜を眺めていると、虹色に光る半透明の柔らかい鱗には、少しだけ傷がついていた。
「あれ? ここのところに傷がついてます?」
レイの言葉に、ガラテアが血相を変えて地下室に転がり込むように下りて来た。慌てて子竜を覗き込む。
「な゛っ!!」
我が子に傷がついているのを見た瞬間、ガラテアの怒りが沸点を突破した。
「わっ!?」
ライが隣にいたレヴィを、ルーファスが子竜を抱き抱えたレイを引っ掴んで、瞬時に緊急転移した。
次の瞬間、ルーファスは、アジトの小屋からかなり離れた崖の上に転移していた。ふーっと息を吐き、アジトの方を一瞥する。
アジトからは嵐の中でも煙が上がっており、ほんの数秒前まではあったはずの屋根と壁は、見る影もなく吹き飛んでいた。アジト周辺の木々もへし折られ、吹き飛んでいる。
空には竜体化した巨大なガラテアが飛んでいた。
嵐が一段と、雨と風の威力を強めていた。
「レイ、水竜は本来、温厚な竜種なんだ。ただ、本気で怒った時が物凄く怖い。たぶん、一番怒らせてはいけない竜種だ」
「……はい」
ギャオオオーーー!!!
大嵐の中、空に浮かぶガラテアが激しい咆哮をあ、周辺地域一帯に、重苦しい魔力圧が放たれた。ビリビリと身を震わすその魔力は、雷の輝きのように可視化できるほどだ。
森の中は、逃げ惑う生き物たちの阿鼻叫喚の声が響いている。
「……これが、SSランクの竜の本気の魔力圧……」
(義父さんやアイザックは私に危害を加える気が無かったから、大丈夫だったけど……これは無差別だ。子竜を傷つけられて、怒りで我を忘れてる)
レイが思わずギュッとルーファスの服を掴むと、ルーファスが片腕でぐっとレイを抱き寄せた。何かあったらいつでも逃げられるように身構えている。
レイの胸元にいるガラテアの子も、母の恐ろしい怒りの魔力圧に、ぷるぷると震えている。
琥珀も、レイの影の中でじっと静かにして耐えているようだ。
「……撃つぞ」
じっと天空のガラテアを見つめていたルーファスが、ゴクリと息を呑んだ。
『リヴァイアサン』
真っ暗な嵐の空を、青白く輝く魔術陣が無数に浮かび上がり埋め尽くした。そこから水でできた龍の化身が数え切れないほど生み出された。
ギャオオオーーー!!!
ガラテアが一声鳴くと、全ての水の龍の化身がうねりとなって、ヒュドラの毒爪のアジトや外で見回りをしていた構成員たちを襲い始めた。
水の龍の化身たちは山を削り、大地を削り、高い水飛沫を上げ、ドドドドドッという腹に響くような恐ろしい地鳴りと共に、アジトどころか周辺一帯ごと水の底に沈めて、大河のような濁流の中へと洗い流していった。
「何をボーッと見てるんだ! 早く逃げるぞ!!」
黄金色の立派な翼獅子の姿に戻っていたライが、レヴィを背中に乗せていた。だいぶ離れているはずだが、ここも危なそうだ。
ライは四枚羽を力強く羽ばたかせて、先導して飛んだ。
ルーファスはすぐさま光竜の姿に戻ると、前足でレイを捕まえて、嵐の空へ飛び立った。
「下流域に人の住む村や街が無くて良かったな。もしあったら、一緒に全滅してたな」
ルーファスに並走して飛んでいるライが呟いた。
「この魔術は、席次のある水竜ぐらいしか撃てない技だ。それにしても、水竜は怒ると見境がなくなるな……」
ルーファスが竜体のままぶるりと震えた。
「……母は強し……」
濁流に飲み込まれる眼下の絶望的な眺めに、レイは震える声で呟いた。
「……ここは?」
「ナイアド湖から山二つ超えた所みたいね」
レイたちは崖の上に降り立っていた。
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「レヴィ、できるのか?」
「大丈夫です」
レヴィは過去の剣聖のスキルや魔術であれば、何でも完全コピーできる——十一代目剣聖は隠密だった。おそらく、ちょっとした偵察はお手のものだろう。
シュッとレヴィが目の前から消えると、
「あいつ、何でもありだな……」とライが呆れたように呟いた。
(聖剣が便利すぎる……)
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ルーファスも、かなり驚いたようで「そんなこともできるのか」と呆然と呟いている。
しばらくすると、偵察に出ていたレヴィが戻って来た。
「アジトには六人います。周辺を見回りしているのは四人……こちらは二人組で行動してます。子竜はおそらく、地下室の方です。構成員の話を聞いてる限りでは、まだ生きているようです」
レヴィが地面に木の枝で簡単な見取り図を描き、説明を始めた。
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「魔術師二人、剣士五人、弓士一人……それから、商人のような男も二人います」
「商談か」
「おそらく」
レヴィは淡々と頷いた。
「この天気で見回り組が戻らないうちに、さっさとケリをつけよう……レイ、氷魔術で子竜以外を凍らせることはできるか?」
「アジトごと、ですか?」
「そうだ。子竜を救出する間だけでいい。できるか?」
「子竜の正確な位置が分かれば何とかできるかもです。レヴィ、アジトは探索魔術は使えそうですか?」
「見たところ、魔術を無効化するようなものはアジトにかかってませんでした」
「分かりました。やってみます」
レイはこくりと頷いた。
「あれだけ氷魔術を練習してきたんだ。レイならできる」
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コカトリスの討伐の後、ライは時間があると、レイの魔術特訓に付き合ってくれてたのだ。
(ライにも太鼓判を押してもらったんだし、落ち着いてやれば大丈夫。リリスにも手伝ってもらおう)
レイはきゅっと手を握った。
***
アジトの小屋の裏に転移後、レイは目を閉じてお腹に手を当てると、「リリス、助けて」と小さく呟いた。ふわっと腹の底から魔力が立ち上がる。今回もリリスの加護がこたえてくれたようだ。
レイは小屋に手を置き、まずは探索魔術を展開した。
(気配が七つ。地下に、小さくぷるぷる震えてる子がいる……水属性の魔力を感じる……待ってて、今助けてあげる!)
レイは地下にある頼りなく震えるような気配以外を、最大出力で凍らせにかかった。
「アイスエイジ」
一瞬で、アジトが丸ごと凍った。
レイが目を開けると、ひやりとした白い冷気がアジトの小屋の壁から放たれていた。
入り口近くに隠れていたライとレヴィが、ガンッと表の扉を蹴破って、一気にアジトの中に突入した。
レイとルーファスも、互いに顔を見合わせて頷き合うと、その後をついて行った。ガラテアもそれに続く。
アジトの中に入ると、壁や家具やありとあらゆる物には霜が降りていて、白い冷気を纏っていた。
レイたちの吐く息も白くなっている。
ヒュドラの毒爪の構成員は、見事な氷像になっていた。一瞬で冷凍してしまったのだろう、今にも動き出しそうな姿勢で固まってしまっている。
「こいつらは今は凍っちまってるが、死んだわけじゃなさそうだ。解凍されて動き出す前に、さっさと子竜を探すぞ」
「地下室はこっちみたいです」
レヴィが地下室への入り口を発見した。小さく手招きしている。
慎重に地下室へ降りていくと、大きな檻があり、中にはぷるぷると震える……
(超巨大しらす……???)
レイは驚きすぎて一瞬、ポカンと目を丸くした。
「水竜の幼生体だな。まだ本当に赤ん坊じゃないか!!」
ルーファスは怒りから小さく叫んだ。急いで檻の鍵を魔術で壊すと、丸い目を潤ませてぷるぷると震える超巨大しらすに「大丈夫だよ、助けにきたよ」とにっこり笑って、檻から出て来るように促した。
超巨大しらす——ガラテアの子竜は、小型犬サイズで、丸みを帯びた乳白色のしらすのようなフォルムをしている。
子竜は、成人男性のルーファスを誘拐犯と勘違いしたのか、怖がって檻の端に縮こまったままだ。
レイが代わりに「おいで。ママも助けに来てるよ」と檻に手を入れて促すと、ぴゅっとレイの腕に転がり込んできた。
レイがほっとして、震える子竜を眺めていると、虹色に光る半透明の柔らかい鱗には、少しだけ傷がついていた。
「あれ? ここのところに傷がついてます?」
レイの言葉に、ガラテアが血相を変えて地下室に転がり込むように下りて来た。慌てて子竜を覗き込む。
「な゛っ!!」
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「わっ!?」
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次の瞬間、ルーファスは、アジトの小屋からかなり離れた崖の上に転移していた。ふーっと息を吐き、アジトの方を一瞥する。
アジトからは嵐の中でも煙が上がっており、ほんの数秒前まではあったはずの屋根と壁は、見る影もなく吹き飛んでいた。アジト周辺の木々もへし折られ、吹き飛んでいる。
空には竜体化した巨大なガラテアが飛んでいた。
嵐が一段と、雨と風の威力を強めていた。
「レイ、水竜は本来、温厚な竜種なんだ。ただ、本気で怒った時が物凄く怖い。たぶん、一番怒らせてはいけない竜種だ」
「……はい」
ギャオオオーーー!!!
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レイの胸元にいるガラテアの子も、母の恐ろしい怒りの魔力圧に、ぷるぷると震えている。
琥珀も、レイの影の中でじっと静かにして耐えているようだ。
「……撃つぞ」
じっと天空のガラテアを見つめていたルーファスが、ゴクリと息を呑んだ。
『リヴァイアサン』
真っ暗な嵐の空を、青白く輝く魔術陣が無数に浮かび上がり埋め尽くした。そこから水でできた龍の化身が数え切れないほど生み出された。
ギャオオオーーー!!!
ガラテアが一声鳴くと、全ての水の龍の化身がうねりとなって、ヒュドラの毒爪のアジトや外で見回りをしていた構成員たちを襲い始めた。
水の龍の化身たちは山を削り、大地を削り、高い水飛沫を上げ、ドドドドドッという腹に響くような恐ろしい地鳴りと共に、アジトどころか周辺一帯ごと水の底に沈めて、大河のような濁流の中へと洗い流していった。
「何をボーッと見てるんだ! 早く逃げるぞ!!」
黄金色の立派な翼獅子の姿に戻っていたライが、レヴィを背中に乗せていた。だいぶ離れているはずだが、ここも危なそうだ。
ライは四枚羽を力強く羽ばたかせて、先導して飛んだ。
ルーファスはすぐさま光竜の姿に戻ると、前足でレイを捕まえて、嵐の空へ飛び立った。
「下流域に人の住む村や街が無くて良かったな。もしあったら、一緒に全滅してたな」
ルーファスに並走して飛んでいるライが呟いた。
「この魔術は、席次のある水竜ぐらいしか撃てない技だ。それにしても、水竜は怒ると見境がなくなるな……」
ルーファスが竜体のままぶるりと震えた。
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濁流に飲み込まれる眼下の絶望的な眺めに、レイは震える声で呟いた。
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