鈴蘭の魔女の代替り

拝詩ルルー

文字の大きさ
上 下
79 / 347

ガラテア3

しおりを挟む
「……という夢を見ました」

 朝食の席でレイが浮かない顔で今朝の夢を報告すると、ライたちは険しい顔をして、じっと静かに聴いてくれていた。

「スキルや魔力の適性によっては、レイみたいに夢や白昼夢なんかで、その土地の記憶や過去の出来事を見たりするとは聞いたことあるけど……」
「もしかしたら、レイの夢は今回の事に関わりがあるかもな。レイは水属性が異様に強いから、それで同調したんだろ」
「そうなんですね……」

 ルーファスとライの説明に、レイはしゅんと目線を落とした。
 あの夢は深い悲しみもあったが、それ以上に、奥底にマグマのように熱く煮え立つ怒りもあった。

(上位竜は、国を滅ぼすほどの力を持ってるっていうし、あのまま放っておいたらいつか噴火してしまいそう……そうなったら、この村も危ないかも……)

「……もし、あの夢が本当で、水竜が怒ったら、どうなるんですか?」
「そうだな……もし、ガラテアが大技を撃つようなことがあれば、タラッサ村は水底に沈むだろうな」

 ライが真っ直ぐにレイを見つめて言った。

「それだけじゃなくて、技の威力によっては、湖の下流域の村や街も流される可能性があるよ」
「そんな……!」
「高位の竜とはそういうものだからね。昔から竜に滅ぼされた国や街は、数え切れないほどあるよ」

 ルーファスの竜の説明に、レイは顔を青ざめさせた。

(あの夢の状況だと、もうあまり時間が残っていないかも……)

「だから、高位の竜の案件は最優先事項なんだ。下手すれば広範囲に被害が及んで、国ごと滅びる恐れがあるからな……さ、飯も食ったし、そろそろ行くか!」

 ライが膝を打って立ち上がった。他のメンバーも静かに頷いて、出立の準備を始めた。


***


 朝食が終わると、すぐにレイたちはナイアド湖に向かった。湖はタラッサ村から徒歩三十分ほどの場所にある。
 よく村人が村と湖を行き来しているためか、人が踏みならした小道ができていた。

「……本当に、不気味なぐらい静まりかえっているな。おそらくここもガラテアの縄張りだろうから、彼女がピリピリして、他の生き物が逃げ出したか、隠れているか……」

 先頭を歩くライが眉間に皺を寄せて呟いた。森の異様な雰囲気に、彼も警戒しているようだ。

「霧が出てきましたね」
「湖が近いのでしょう」

 レイとレヴィも軽く言葉を交わしていたその時、

 グオオオォォォーーーン……

「……ガラテアだね。温厚な水竜が鳴くなんて、珍しい」

 ルーファスも顔を上げた。とても苦い表情だ。

「なんだか、泣いてるようです。すごく、切ないです……」
「レイ、大丈夫ですか?」
「えっ?」

 レヴィの言葉に、レイはハッとなった。気づけば、自然とポロポロと涙を流していたのだ。

 ルーファスがすかさず、ハンカチをレイに差し出した。
 レイもハンカチを受け取って涙を拭くが、自分自身は悲しくないのに、次々と悲しみの涙が溢れ出てくる、不思議な感覚だ。

「……っ、ごめんなさい。なぜだか、止まらなくて……」
「レイは水属性の適性が高いからな、ガラテアに同調したんだろ。何か感じるか?」
「……すごく、悲しくて、悲しくて。それでいて、許せないです……」
「悲しくて、許せないか……とにかく、湖まで急ごう」

 ライもレイの背中を優しくさすると、湖までの道を促した。


 ナイアド湖に到着すると、そこは白く濃い霧に覆われていた。数メートル先に何があるのかも分からない状態だ。時折、グオオオォォォーーーンと水竜の遠吠えが霧の中から聞こえてきた。

「探索魔術も効かないですね」
「ああ、方向感覚も狂わされてるね。うちの里と同じものだよ」

 探索魔術を展開していたレイは首を横に振った。涙は一段落したものの、胸のあたりには悲しみや不安感がモヤモヤと渦巻いていて、ずっと落ち着かないでいる。

 ナイアド湖周辺は高位の水竜の影響か、霧の魔術が展開されている影響か、強い魔力が溢れていて、余計に不安定な気分だ。

「どうやったら目的地までたどり着けるんですか?」
「うちの里の場合は、術者に認められた者か、その認められた者と一緒に里に入る以外は、たどり着けないようになってるよ」
「結構複雑だな。ここだと、ガラテアに認められた者だけか……」
「おそらくは」

 銀の不死鳥メンバーは、困惑顔で顔を見合わせた。

「とにかく、どこからか入れないか、少し歩いてみるか」
「そうしましょう」

 ライの提案に、銀の不死鳥メンバーが頷いた。


 湖の周りを少し歩き始めた途端、レイは違和感を感じた。

(ん? ……さっきの霧とちょっと違う??? 霧に含まれてる魔力量が減った?)

「ルーファス、ちょっとさっきの霧と違いませ……んか……あれ?」

 レイが周囲を見回すと、いつの間にか銀の不死鳥メンバーは消えていて、少し先の霧が薄くなっていた。
 霧の先には、日の光をキラキラと反射している静かな湖が少しだけ顔を覗かせていた。

 琥珀はレイのローブのフードに入っていたので、今は琥珀だけがそばにいる。

『みんなの気配、しないよ』
「みんな、どこ行っちゃったんでしょう……」

 グオオオォォォーーーン……

 さっきよりもはっきりと、哀愁漂う竜の鳴き声が響いていた。

「……泣いてる」

(胸が締め付けられるように悲しくて、苦しい……それから、沸々と、マグマのように底に溜まっている、怒り)

 レイはフラフラと、導かれるように、ガラテアの鳴き声がする方へと歩いて行った。


***


「レーイ! どこ行った!」
「レイ! 聞こえるか!?」

 ライとルーファスは、声を張りあげて、彼女に呼びかけている。少し歩いて、すぐに異変に気づいたのだ。

「……レイの気配がしません……」

 レヴィが珍しく、眉間に皺を寄せてぽつりと呟いた。非常に悔しそうだ。

「レヴィでも分からないか……」

 ルーフファスの表情にも焦りが見える。聖剣が持ち主を見失ったのだ、余程のことだ。しかもこの湖周辺は高位の水竜の縄張りで、何が起こるか分からない。

「……となると、霧の中か。今朝の夢のこともあるし、さっきもレイはガラテアの声に同調していたからな、それで味方だと思われたのかもしれん」

 ライが太い腕を組んで、おそらく湖があるであろう霧深い場所を睨み付けた。

「どうか、無事でいてくれ……」

 霧の先へはこれ以上進むことができず、銀の不死鳥メンバーに心配と焦りだけが募った。


しおりを挟む
◆関連作品

『砂漠の詩』
『雨の回廊』編の過去編スピンオフです。

『冒険者を辞めたら天職でした 〜パーティーを追放された凄腕治癒師は、大聖者と崇められる〜』
『冒険者パーティーを追放された凄腕治癒師を拾いました』編のスピンオフです。

『ジャスティンと魔法少女のステッキ』
『魔法少女』編のスピンオフです。

あなたにおすすめの小説

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

私の入る余地なんてないことはわかってる。だけど……。

さくしゃ
恋愛
キャロルは知っていた。 許嫁であるリオンと、親友のサンが互いを想い合っていることを。 幼い頃からずっと想ってきたリオン、失いたくない大切な親友であるサン。キャロルは苦悩の末に、リオンへの想いを封じ、身を引くと決めていた——はずだった。 (ああ、もう、) やり過ごせると思ってた。でも、そんなことを言われたら。 (ずるいよ……) リオンはサンのことだけを見ていると思っていた。けれど——違った。 こんな私なんかのことを。 友情と恋情の狭間で揺れ動くキャロル、リオン、サンの想い。 彼らが最後に選ぶ答えとは——? ⚠️好みが非常に分かれる作品となっております。

夫の隠し子を見付けたので、溺愛してみた。

辺野夏子
恋愛
セファイア王国王女アリエノールは八歳の時、王命を受けエメレット伯爵家に嫁いだ。それから十年、ずっと仮面夫婦のままだ。アリエノールは先天性の病のため、残りの寿命はあとわずか。日々を穏やかに過ごしているけれど、このままでは生きた証がないまま短い命を散らしてしまう。そんなある日、アリエノールの元に一人の子供が現れた。夫であるカシウスに生き写しな見た目の子供は「この家の子供になりにきた」と宣言する。これは夫の隠し子に間違いないと、アリエノールは継母としてその子を育てることにするのだが……堅物で不器用な夫と、余命わずかで卑屈になっていた妻がお互いの真実に気が付くまでの話。

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界で婚活したら、とんでもないのが釣れちゃった?!

家具付
恋愛
五年前に、異世界に落っこちてしまった少女スナゴ。受け入れてくれた村にすっかりなじんだ頃、近隣の村の若い人々が集まる婚活に誘われる。一度は行ってみるべきという勧めを受けて行ってみたそこで出会ったのは……? 多種多様な獣人が暮らす異世界でおくる、のんびりほのぼのな求婚ライフ!の、はずだったのに。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

処理中です...