鈴蘭の魔女の代替り

拝詩ルルー

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ガラテア1

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「それで、あなたが私の交代要員ということですね?」
「ええ、そうです」

 ライオネルは赤色の目を少し丸くして確認した。
 冒険者らしい口調は、光の大司教ルーファスの前なので、丁寧なものになっている。

 現在、空色の戦斧亭の男部屋に、銀の不死鳥メンバーは集合していた。新メンバー、ルーファスの紹介のためだ。

 空色の戦斧亭の泊まり客用の部屋は、どれも簡素なベッドが二つと、素朴な木製のテーブル一脚と、椅子が二脚置いてあるシンプルな部屋だ。

 ライは着慣れたシャツに、ブラウンの丈夫なパンツとブーツという冒険者らしい出で立ちだが、堂々と椅子に座るその様は、教皇らしい威厳を醸し出している。

 彼の前に立つルーファスも、生成り色のシャツにグリーンのベストという冒険者らしい服装だが、やはり育ちの良さなのか、普段からこうなのか、優美で上品な佇まいだ。

 レイとレヴィと琥珀は空いてるベッドの端に並んで腰掛けて、二人の様子を眺めていた。

「……まあ、フェリクス様のことです。大方、先見で観られたのでしょう」
「そうです。猊下の代わりに、冒険者としてレイさんたちをサポートせよ、と仰せつかりました」
「冒険者ランクはどのくらいですか?」
「Bランクです。以前、少しだけ冒険者をしてました」
「ここに来たということは、すぐにでも冒険者として活動できるということでよろしいですか?」
「準備はしてあるので、大丈夫です」
「それでしたら、本日、ルーファスもパーティー登録してしまいましょう。Bランク冒険者が増えるなら、もう少しランクの高い依頼も受けられるでしょう。私がまだパーティーにいる内に経験しておいた方がいいですね」
「ええ、よろしくお願いします」

 ルーファスは片手を胸に当て、教会式の綺麗なお辞儀をした。


***


「それでは、こちらの用紙に追加メンバーの方のお名前をご記入ください」

 冒険者ギルド受付のシドニーが、しずしずとパーティーメンバー登録用の用紙を出してきた。いつにもなく、はにかんだ笑顔だ。


 ルーファスが冒険者ギルドに入った途端、ギルド内にいた全ての女性がざわついた。

 ルーファスは繊細な白皙の美貌をしている。すらりとした長身で、細すぎず太すぎない体躯、淡い金髪に淡い黄色の瞳は柔和で優しげだ。まるで「王子様」と言っても差し支えない雰囲気だ。
 光竜王の弟なので、ある意味王族ではある……

「ルーファスさんは、Bランクの弓士ですね」

 シドニーがパーティーメンバー追加の用紙と冒険者証を確認した。チラチラとルーファスの方を盗み見ている。

「ええ、そうです」

 ルーファスがにこりと笑った。

 優しげな王子様の笑顔に、受付の後ろの方にいたギルドの女性職員たちが、きゃーっ、と小さく騒ぎだした。
 いつも淡々と受付業務をこなすシドニーも、この時ばかりは固まってしまった。

「ライ、ちょっと、こっちに来い。メンバー全員でだ」

 ギルドマスターのオーガストが面倒くさそうに、騒いでいる女性職員たちを避けて、声をかけてきた。


 銀の不死鳥メンバーは、冒険者ギルドの応接室に通された。

 オーガストが奥の大きくて草臥れた革のソファにどかりと一人で座り、出入口側のソファには、ライを真ん中にして、レイとルーファスがその左右に座った。レヴィは、壁際にあった丸椅子を持ってきて腰掛けた。

「銀の不死鳥には、Bランクのルーファスが加わったからな。Aランク一人に、新人二人だからどうしようかと思ってた依頼があるんだ」
「指名、ですか?」

 ライが鋭く目を煌めかせて確認した。他の銀の不死鳥メンバーも、ごくりと息を呑む。

 指名依頼は、信頼のある高ランク冒険者やパーティーに依頼される。依頼を達成すれば、通常の依頼よりも貢献ポイントが多めに加算される——その分、依頼の難易度は上がることになる。

「そうだ。これなんだが……」

 オーガストは、苦々しい表情で、依頼票をテーブルの上に広げた。依頼ボードでは見たことがなかったものだ。

(……Bランクの依頼???)

 レイは目をぱちくりさせて依頼票を覗き込んだ。

「ナイアド湖の調査……?」

 ライも依頼票をじっと見つめて呟いた。珍しく難しい顔をしている。

「そうだ。ナイアド湖はセルバから北東の地にある大きな湖なんだが……最近、様子がおかしいらしいんだ。ナイアド湖は高ランクの水竜の縄張りだからな、生半可な冒険者じゃ任せられなくてな」
「なるほど」
「依頼内容は、ナイアド湖の異変の原因調査だ。高ランクの水竜だ。下手に刺激して、洪水なんか起こされたら、村や街の一つや二つは簡単に沈むからな。無理はするな」
「分かった。高位の竜関連……内容的にも、急ぎの案件だな。調査までで大丈夫か?」
「そうだ。調査だけでいい。悪いが、すぐにでも向かってくれ」

 オーガストがゴツい手を組み、真剣な眼差しで銀の不死鳥を指名した。


***


 銀の不死鳥メンバーは、宿に一度戻って、出立の準備をすることになった。

 レイは自分の荷物はほとんど空間収納にしまっており、一番最初に準備が整ったので、琥珀を連れてさっさと男部屋に向かった。
 男部屋では持って行く荷物を確認しつつ、情報整理を始めていた。

「ナイアド湖は水竜ガラテアの縄張りですね。彼女は水竜の第七席で、SSランクです。穏やかな気質だと聞いたことはありますが……彼女に何かあった可能性がありますね」

 ルーファスが口元に指を置き、思い出すように呟いた。

「依頼主はナイアド湖近くのタラッサ村の村長。ここ二週間ほど、湖一面が霧で覆われて近づけない状態。霧の中に入っても、いつの間にか森の中に戻っている、と……おかげで、村では半月ほど湖での漁ができていないらしいな」

 ライはギルドで貰った依頼票の写しを読み上げた。

「霧の結界でしょうか」

 レイは白の領域を思い浮かべて言った。

「おそらく、方向感覚を狂わせるような魔術も併用してますね。うちの里でも使ってます」

 ルーファスも小さく頷いた。

「まあ、現地に行って確認するか。俺もガラテアとは直接の知り合いじゃないんだよな……ああ、そうだ、ルーファス」

 ライはルーファスに向き直って、真っ直ぐに見つめた。

「何でしょうか?」

 ルーファスは不意に名指しされ、淡い黄色の目を丸くした。

「銀の不死鳥では言葉を崩してもらっていい。仲間なんだ。お前までそんな丁寧な敬語は不自然だ」
「分かりました……いや、分かった」
「それでいい」

 ライはにやりと笑って、大きく頷いた。

「誰かタラッサ村への転移は使えるか? 今回は急ぎの案件だしな。高位の竜関連だ、早めに対処すべきだ」
「私はタラッサ村へは行ったことないです。座標軸が分かればいいんですが……」
「それなら、僕が村まで乗せてくよ」

 ルーファスの提案に、一斉にみんなが彼を振り向いた。

「いいのか? 竜はあまり人を乗せたがらないと聞いたが……」

 ライが戸惑いつつ確認した。

 竜は、仕事として人々を運ぶ竜便を除いて、基本的に人を乗せたがらない。それだけ誇り高い種族なのだ。
 もし乗せたとしても、気に入った者やパートナー、魔術契約がある者、加護を与えている者など非常に限定的だ。

「構わないさ。仲間だろう?」

 ルーファスがにこりと笑った。


***


 銀の不死鳥は、その日のうちにセルバから出立した。
 空色の戦斧亭の亭主に、ライがまたしばらく依頼で外泊することを伝えると、にかっと笑って「行ってこい」と送り出してくれた。

 街から少し離れた所で、周囲に他の人の気配がしないことを確認すると、ルーファスは竜体に戻った。

 まさしく、レイの元の世界でいうドラゴン、というような姿だ。
 淡い黄色の硬い鱗に覆われた竜体は、長くしなやかな首と尾、太くがっしりとした四肢をしている。背中からは大きな羽が二枚生えており、頭部からは真っ白な二本の立派な角が生えている——ドラゴンの力強さと優美さを兼ね備えた美しさだ。

「わぁ! とってもかっこいいです!」
「竜に乗るのは初めてです」

 レイは元の世界での伝説の生き物に瞳を輝かせ、レヴィは新しい体験に胸を膨らませた。

「ルーファスの本体を見たのは初めてだが、素晴らしいの一言だな。光竜は竜族の中でもとりわけ美しいと言われている種族だが、それでも美しいな」

 ライが手放しに賞賛している。

「褒めても何も出ないぞ……さぁ、さっさと鞍をつけて乗ってくれ」

 ルーファスが空間収納から三人乗り用の鞍を引き摺り出し、ライとレヴィが二人がかりで竜の背に鞍を取り付けた。

「琥珀は危ないので、私の影の中に入っててね」
「な~ん」

 レイが撫でると、琥珀は一鳴きして影の中に入っていった。

 レイは空間収納からゴーグルを二つ取り出して、一つを装備し、もう一つをレヴィに手渡した。

「準備が良すぎじゃないか?」

 ライが二人のゴーグル姿を見て、目を瞬かせた。

「義父さんに乗った時に、渡されたんです。さすがにライの分までは持ってないですよ」
「いや、俺の分は大丈夫だ。さ、乗るぞ」

 ライがレイを竜の背に引っ張り上げ、自分の前に座らせた。彼女が飛行中に飛び出さないように、がっしりと後ろから抱え込む。

「飛ばすからな、しっかり掴まっておけよ」

 ルーファスは一声鳴くと、力強く空へと舞い上がり、一陣の風のようにタラッサ村へと向かった。


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◆関連作品

『砂漠の詩』
『雨の回廊』編の過去編スピンオフです。

『冒険者を辞めたら天職でした 〜パーティーを追放された凄腕治癒師は、大聖者と崇められる〜』
『冒険者パーティーを追放された凄腕治癒師を拾いました』編のスピンオフです。

『ジャスティンと魔法少女のステッキ』
『魔法少女』編のスピンオフです。

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