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ユグドラ花祭り7
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その後は特に問題もなく、魔術陣の描画は無事に終わった。
今回の捕縛者は二十名を超え、過去最高だったそうだ。
捕縛者はペナルティとして、ユグドラの街への入場が制限されるほか、街の状態復興のための労働も強いられるそうだ。
ユグドラの樹の魔術陣の周りは結界を張っていたため、比較的綺麗な状態だが、結界の外は戦争の後のような瓦礫の山が築かれていて、地面にもボコボコと穴が空いている。
(……描画に集中してて全然気づかなかった……確かに、ある意味『祭り』というか何というか……)
あまりにも変わり果てた状態を見て、レイは少し呆然となった。
ぼーっと瓦礫の山を見ていると、不意に隣に誰かが来た。
レイが見上げると、祝祭用の衣装を身に纏ったフェリクスとウィルフレッドだった。
ゆったりとした格衣のような白い絹の衣装には、魔蚕の黄色の絹糸で祝いの魔術を補助する模様が刺繍され、格衣の中には袴のような衣装が着込まれている。
ウィルフレッドはさらに、カールが入った金髪を結い上げ、ユグドラの花と同じ黄色の絹のリボンで結んでいる。
「わあ! すごく凛々しくてかっこいいです!」
「レイも無事で良かった。描画は大変だっただろう? ……ガスマスク姿もかわいいね」
フェリクの言葉に、レイは慌ててガスマスクを外して空間収納にしまった。ちょっと恥ずかしがって頬を赤らめている。
「描画が大変というよりは……防衛の方が大変そうでした」
レイは瓦礫の山やボコボコに穴が空いた地面を見ながら言った。
「毎回みんな飽きないね。困ったものだ」
フェリクスが小首を傾げてほろ苦く微笑んだ。
「そういえば、祝詞上げの時は大丈夫なんですか!? 結界張りましょうか!?」
レイがハッと気づいて、フェリクスの衣装の袖をきゅっと掴んだ。
「さすがに先代魔王の祝詞上げを邪魔するような奴はいないだろ」
それにはウィルフレッドが回答した。彼がチラリと捕縛者の方を見ると、捕縛された妖精や魔物たちは、顔を青ざめさせて縮み上がっていた。
***
今回はSランク魔物の怪獣大戦争もあり、捕縛者も過去最高だったため、予定を大幅に遅らせて夕方近くから祝詞上げが始まった。
詠唱の開始と同時に魔術陣が淡い黄色の光を放ち、ふわりと魔力が立ち上がった。
魔力と共に、ふよふよと漂っていたユグドラの樹の周りの精霊たちが、明滅しながら天空へ向かってゆっくりと昇っていく。
詠唱に参加しない者は、魔術陣から数メートル離れた所から祝詞上げを見ている。
ここから先へは立ち入るな、と地面に線が引いてあり、数メートルごとに見張りの防御壁部隊員が立っている。
「何だか精霊たちがいつもより大きくないですか?」
レイはこっそり、隣で祝祭を見ているお手伝いエルフのシェリーに耳打ちした。
「今回の花祭りで花蜜を食べ過ぎて、精霊たちはみんな太ったみたいなの……」
シェリーが声を潜めて教えてくれた。精霊たちを見る目は、おバカなペットを微笑ましく見守るような慈しみの目だ。
特等の花蜜を食べ過ぎた精霊たちは、通常よりも二回りほど大きく肥えた。急激な大きさの変化に精霊たちはついていけず、ここ数日は半分眠るような生活をしているらしい。
(……通りで、描画の時は妖精と魔物ばかり攻めて来たわけだ……)
レイは納得した。そして、精霊については、今までただ単にそこら辺を漂っている光の玉としか認識していなかったが、急に愛着が湧いてきた。
(食べ過ぎて太って動けなくなるなんて、かわいすぎる……)
レイがぽわんと浮かんでいる精霊たちを微笑ましく眺めていると、急に大地の底からズズズと湧き上がるような魔力エネルギーの脈動を感じた——祝詞上げが終盤に差し掛かってきたのだ。
地の底からの魔力エネルギーがギュルルとうねるような強風の流れをつくり、空高くへと何もかもを舞い上げるように立ち昇った。
近くにいた空を飛べる精霊や妖精たちは、ユグドラの花諸共、その強風と一緒に吹き上がるように天空へと飛んで行った。
地上にいる亜人や魔物たちは、髪の毛や衣服が上昇気流に乗るように巻き上げられ、魔力の圧によろめいている。
魔術陣も仕上げとばかりに強く光り輝き、目を開けているのも困難な状態だ。
最後の一魔力まで昇り切ると、ふっと魔力の圧が無くなり、ユグドラの樹周辺は、曇り一つ無い清浄な空気に包まれた。
上空では、夕闇の藍色の中で、精霊たちが喜びを表現するように強く明滅し、まるで新しい星々の誕生のように瞬いた。
妖精たちは独自の魔術で祝福し、その魔術の軌跡を、まるで飛行機雲のようなキラキラと輝く光の線を、縦横無尽に夜空に描いていた。
さらには、空へと吹き上げられたユグドラの花々が、ユグドラの街中にふわりふわりと舞い降りてきた。
圧巻の美しさに、地上では誰しもが自然と拍手を送り、歓声と口笛を上げた。
「すごい、すごい、すご~い!!」
レイが感動のあまり、祝詞上げを終えたフェリクスにばすんっと飛び込んだ。
フェリクスも悠々とそれを受け止め、レイを抱き上げた。
「花祭りってこんなに素敵なんですね!!」
レイが目をキラキラさせて言った。
「こんなに素晴らしい眺めは数百年ぶりかな。ほら、まだ輝いてるよ」
フェリクスに促されて空を見上げれば、今度は妖精と精霊が一緒になって空に光のお絵描きを始めたようだった。ユグドラの樹を描こうとしているようだ。
ただ、自由奔放な妖精と精霊のお絵描きだ。ふよふよと気まぐれに動いては、どこか子供のお絵描きのように歪で愛らしい形になっている。
「あっ! 師匠、ミランダ、ダリルもお疲れさまでした! とっても素敵でした!!」
フェリクスの元に集まってきた祝詞上げメンバーに、レイがにこにこと言った。
「お疲れさま。今回は調整する魔力量も凄かったわね。これだけユグドラの花が咲くわけだわ」
ミランダがユグドラの樹を見上げて言った。
祝詞上げが終わって、魔力調整されたので、早くも花吹雪が少し落ち着いてきている。
「精霊や妖精の魔術も見事だな。いつもは明るい時間帯に終わってたからな。夕闇の方がより美しく見える」
ダリルも空を仰ぎ見ている。
「レイは次回、祝詞上げかな」
ウィルフレッドがレイを覗き込んできた。祝詞上げで強風が吹いたせいか、若干髪が乱れている。
「それじゃあ、次は誰かが代わりに描画担当ですね」
レイはにっこりと爆弾を落とした。
魔術陣の描画は戦いである。
ヴェロニカの言葉で言えば、「描画も一つのお祭り」だ。
みんなはさりげなく目線を外して苦笑した後、「屋台飯でも食いに行くか」と言ったウィルフレッドの提案に満場一致で賛成した。
***
花吹雪が落ち着いたので、屋台は屋外で営業を始めていた。
フェリクスに手を引かれ、レイはユグドラの街、南大門へ続く大通りを練り歩いた。
大通りには、たくさんの人々——エルフやドワーフ、妖精や精霊、魔物たち——で溢れかえっている。
祝詞上げをした衣装のままのフェリクスは、人通りの多い街中でも非常に目立っていた。先代魔王だということも知られているため、周りの者たちが気を利かせて道を譲ってくれたり、店に並べば順番を譲ってくれたりしている。
「義父さんは、いつもこんな感じなんですか?」
「うん、そうだね。元魔王だし、仕方ないことだよ。レイもそのうちに慣れるよ」
レイの素朴な疑問に、フェリクスはのほほんと答えた。
(……気を遣ってくれるのは嬉しいけど、ちょっぴり寂しいかも……)
レイには、フェリクスがなんだか何かを諦めているような気がした。
「えいっ!」
「わっ。急にどうしたんだい?」
レイはむぎゅっとフェリクスの腕に抱きついた。
「えへへ。なんとなく甘えたい気分です!」
(こうやって、誰かに甘えるのって久々かも! たまにはいいかな)
レイはほくほくとした笑顔でフェリクスの腕に抱きついている。
フェリクスも初めは目を丸くして驚いていたが、深く穏やかに笑って、レイの頭を撫でた。
「レイ、これ食うか? ここの店のは美味いんだ!」
レイの目の前に、ほかほかとしたお焼きのようなものが差し出された。
差し出した張本人のウィルフレッドは、早くも美味しそうに頬張っている。
「ありがとうございます!」
一口かぶりつくと、ジューシーな肉汁と、細かく刻まれた野菜の歯応えがたまらない。甘塩っぱいタレも、ふかふかの皮に合っていて絶妙だ。
「美味しい~!」
夢中でかぶりつくレイを見て、ウィルフレッドも目尻を下げた。
しばらくすると、早朝から描画作業をして、さらにお腹いっぱい食べたレイは眠くなってきた。瞼もとろんと落ちようとしている。
「レイ、もう部屋に帰るかい?」
「まだ……もうちょっと。せっかくのお祭りなんです……最後まで、見たい……」
結局、かくりと首を垂れてレイは寝込んでしまった。
フェリクスとウィルフレッドは互いに顔を見合わせて、苦笑いになった。
フェリクスはレイを抱っこすると、あやすようにぽんぽんと背中を優しく叩いた。
「ふふっ。レイがこっちの世界に来てくれたから、僕はいろんな経験ができるようになったよ」
「フェリクスも変わったな」
「レイのおかげだよ」
二人は朗らかに笑い合った。
***
結局、レイはユグドラ花祭りの締めの花火を見逃してしまった。
「すっごく楽しみにしてたのにぃ!」
レイには珍しく、非常に悔しそうに地団駄を踏んだ。
こちらの世界では、火薬は使わずに、魔術陣で花火を直接夜空に描くのだ。魔術修行中のレイは、それはそれは花火を楽しみにしていたのだ。
「また次回だね。今度は一緒に見ようか」
「約束ですよ!」
「うん。特等席に連れて行ってあげるよ」
苦笑するフェリクスに宥められ、レイは目を赤らめて、くすんと鼻を啜った。
今回の捕縛者は二十名を超え、過去最高だったそうだ。
捕縛者はペナルティとして、ユグドラの街への入場が制限されるほか、街の状態復興のための労働も強いられるそうだ。
ユグドラの樹の魔術陣の周りは結界を張っていたため、比較的綺麗な状態だが、結界の外は戦争の後のような瓦礫の山が築かれていて、地面にもボコボコと穴が空いている。
(……描画に集中してて全然気づかなかった……確かに、ある意味『祭り』というか何というか……)
あまりにも変わり果てた状態を見て、レイは少し呆然となった。
ぼーっと瓦礫の山を見ていると、不意に隣に誰かが来た。
レイが見上げると、祝祭用の衣装を身に纏ったフェリクスとウィルフレッドだった。
ゆったりとした格衣のような白い絹の衣装には、魔蚕の黄色の絹糸で祝いの魔術を補助する模様が刺繍され、格衣の中には袴のような衣装が着込まれている。
ウィルフレッドはさらに、カールが入った金髪を結い上げ、ユグドラの花と同じ黄色の絹のリボンで結んでいる。
「わあ! すごく凛々しくてかっこいいです!」
「レイも無事で良かった。描画は大変だっただろう? ……ガスマスク姿もかわいいね」
フェリクの言葉に、レイは慌ててガスマスクを外して空間収納にしまった。ちょっと恥ずかしがって頬を赤らめている。
「描画が大変というよりは……防衛の方が大変そうでした」
レイは瓦礫の山やボコボコに穴が空いた地面を見ながら言った。
「毎回みんな飽きないね。困ったものだ」
フェリクスが小首を傾げてほろ苦く微笑んだ。
「そういえば、祝詞上げの時は大丈夫なんですか!? 結界張りましょうか!?」
レイがハッと気づいて、フェリクスの衣装の袖をきゅっと掴んだ。
「さすがに先代魔王の祝詞上げを邪魔するような奴はいないだろ」
それにはウィルフレッドが回答した。彼がチラリと捕縛者の方を見ると、捕縛された妖精や魔物たちは、顔を青ざめさせて縮み上がっていた。
***
今回はSランク魔物の怪獣大戦争もあり、捕縛者も過去最高だったため、予定を大幅に遅らせて夕方近くから祝詞上げが始まった。
詠唱の開始と同時に魔術陣が淡い黄色の光を放ち、ふわりと魔力が立ち上がった。
魔力と共に、ふよふよと漂っていたユグドラの樹の周りの精霊たちが、明滅しながら天空へ向かってゆっくりと昇っていく。
詠唱に参加しない者は、魔術陣から数メートル離れた所から祝詞上げを見ている。
ここから先へは立ち入るな、と地面に線が引いてあり、数メートルごとに見張りの防御壁部隊員が立っている。
「何だか精霊たちがいつもより大きくないですか?」
レイはこっそり、隣で祝祭を見ているお手伝いエルフのシェリーに耳打ちした。
「今回の花祭りで花蜜を食べ過ぎて、精霊たちはみんな太ったみたいなの……」
シェリーが声を潜めて教えてくれた。精霊たちを見る目は、おバカなペットを微笑ましく見守るような慈しみの目だ。
特等の花蜜を食べ過ぎた精霊たちは、通常よりも二回りほど大きく肥えた。急激な大きさの変化に精霊たちはついていけず、ここ数日は半分眠るような生活をしているらしい。
(……通りで、描画の時は妖精と魔物ばかり攻めて来たわけだ……)
レイは納得した。そして、精霊については、今までただ単にそこら辺を漂っている光の玉としか認識していなかったが、急に愛着が湧いてきた。
(食べ過ぎて太って動けなくなるなんて、かわいすぎる……)
レイがぽわんと浮かんでいる精霊たちを微笑ましく眺めていると、急に大地の底からズズズと湧き上がるような魔力エネルギーの脈動を感じた——祝詞上げが終盤に差し掛かってきたのだ。
地の底からの魔力エネルギーがギュルルとうねるような強風の流れをつくり、空高くへと何もかもを舞い上げるように立ち昇った。
近くにいた空を飛べる精霊や妖精たちは、ユグドラの花諸共、その強風と一緒に吹き上がるように天空へと飛んで行った。
地上にいる亜人や魔物たちは、髪の毛や衣服が上昇気流に乗るように巻き上げられ、魔力の圧によろめいている。
魔術陣も仕上げとばかりに強く光り輝き、目を開けているのも困難な状態だ。
最後の一魔力まで昇り切ると、ふっと魔力の圧が無くなり、ユグドラの樹周辺は、曇り一つ無い清浄な空気に包まれた。
上空では、夕闇の藍色の中で、精霊たちが喜びを表現するように強く明滅し、まるで新しい星々の誕生のように瞬いた。
妖精たちは独自の魔術で祝福し、その魔術の軌跡を、まるで飛行機雲のようなキラキラと輝く光の線を、縦横無尽に夜空に描いていた。
さらには、空へと吹き上げられたユグドラの花々が、ユグドラの街中にふわりふわりと舞い降りてきた。
圧巻の美しさに、地上では誰しもが自然と拍手を送り、歓声と口笛を上げた。
「すごい、すごい、すご~い!!」
レイが感動のあまり、祝詞上げを終えたフェリクスにばすんっと飛び込んだ。
フェリクスも悠々とそれを受け止め、レイを抱き上げた。
「花祭りってこんなに素敵なんですね!!」
レイが目をキラキラさせて言った。
「こんなに素晴らしい眺めは数百年ぶりかな。ほら、まだ輝いてるよ」
フェリクスに促されて空を見上げれば、今度は妖精と精霊が一緒になって空に光のお絵描きを始めたようだった。ユグドラの樹を描こうとしているようだ。
ただ、自由奔放な妖精と精霊のお絵描きだ。ふよふよと気まぐれに動いては、どこか子供のお絵描きのように歪で愛らしい形になっている。
「あっ! 師匠、ミランダ、ダリルもお疲れさまでした! とっても素敵でした!!」
フェリクスの元に集まってきた祝詞上げメンバーに、レイがにこにこと言った。
「お疲れさま。今回は調整する魔力量も凄かったわね。これだけユグドラの花が咲くわけだわ」
ミランダがユグドラの樹を見上げて言った。
祝詞上げが終わって、魔力調整されたので、早くも花吹雪が少し落ち着いてきている。
「精霊や妖精の魔術も見事だな。いつもは明るい時間帯に終わってたからな。夕闇の方がより美しく見える」
ダリルも空を仰ぎ見ている。
「レイは次回、祝詞上げかな」
ウィルフレッドがレイを覗き込んできた。祝詞上げで強風が吹いたせいか、若干髪が乱れている。
「それじゃあ、次は誰かが代わりに描画担当ですね」
レイはにっこりと爆弾を落とした。
魔術陣の描画は戦いである。
ヴェロニカの言葉で言えば、「描画も一つのお祭り」だ。
みんなはさりげなく目線を外して苦笑した後、「屋台飯でも食いに行くか」と言ったウィルフレッドの提案に満場一致で賛成した。
***
花吹雪が落ち着いたので、屋台は屋外で営業を始めていた。
フェリクスに手を引かれ、レイはユグドラの街、南大門へ続く大通りを練り歩いた。
大通りには、たくさんの人々——エルフやドワーフ、妖精や精霊、魔物たち——で溢れかえっている。
祝詞上げをした衣装のままのフェリクスは、人通りの多い街中でも非常に目立っていた。先代魔王だということも知られているため、周りの者たちが気を利かせて道を譲ってくれたり、店に並べば順番を譲ってくれたりしている。
「義父さんは、いつもこんな感じなんですか?」
「うん、そうだね。元魔王だし、仕方ないことだよ。レイもそのうちに慣れるよ」
レイの素朴な疑問に、フェリクスはのほほんと答えた。
(……気を遣ってくれるのは嬉しいけど、ちょっぴり寂しいかも……)
レイには、フェリクスがなんだか何かを諦めているような気がした。
「えいっ!」
「わっ。急にどうしたんだい?」
レイはむぎゅっとフェリクスの腕に抱きついた。
「えへへ。なんとなく甘えたい気分です!」
(こうやって、誰かに甘えるのって久々かも! たまにはいいかな)
レイはほくほくとした笑顔でフェリクスの腕に抱きついている。
フェリクスも初めは目を丸くして驚いていたが、深く穏やかに笑って、レイの頭を撫でた。
「レイ、これ食うか? ここの店のは美味いんだ!」
レイの目の前に、ほかほかとしたお焼きのようなものが差し出された。
差し出した張本人のウィルフレッドは、早くも美味しそうに頬張っている。
「ありがとうございます!」
一口かぶりつくと、ジューシーな肉汁と、細かく刻まれた野菜の歯応えがたまらない。甘塩っぱいタレも、ふかふかの皮に合っていて絶妙だ。
「美味しい~!」
夢中でかぶりつくレイを見て、ウィルフレッドも目尻を下げた。
しばらくすると、早朝から描画作業をして、さらにお腹いっぱい食べたレイは眠くなってきた。瞼もとろんと落ちようとしている。
「レイ、もう部屋に帰るかい?」
「まだ……もうちょっと。せっかくのお祭りなんです……最後まで、見たい……」
結局、かくりと首を垂れてレイは寝込んでしまった。
フェリクスとウィルフレッドは互いに顔を見合わせて、苦笑いになった。
フェリクスはレイを抱っこすると、あやすようにぽんぽんと背中を優しく叩いた。
「ふふっ。レイがこっちの世界に来てくれたから、僕はいろんな経験ができるようになったよ」
「フェリクスも変わったな」
「レイのおかげだよ」
二人は朗らかに笑い合った。
***
結局、レイはユグドラ花祭りの締めの花火を見逃してしまった。
「すっごく楽しみにしてたのにぃ!」
レイには珍しく、非常に悔しそうに地団駄を踏んだ。
こちらの世界では、火薬は使わずに、魔術陣で花火を直接夜空に描くのだ。魔術修行中のレイは、それはそれは花火を楽しみにしていたのだ。
「また次回だね。今度は一緒に見ようか」
「約束ですよ!」
「うん。特等席に連れて行ってあげるよ」
苦笑するフェリクスに宥められ、レイは目を赤らめて、くすんと鼻を啜った。
21
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