鈴蘭の魔女の代替り

拝詩ルルー

文字の大きさ
上 下
57 / 347

ユグドラ花祭り6

しおりを挟む
「いいか、敵はどんな手を使ってでも描画を止めようとしてくる。気を抜くなよ! 気を抜けば即刻死が待っていると思え!!」

 ヴェロニカが壇上に上がり、指揮官のごとく演説をしている。
 動きやすい紺色の軍服の格好をしたヴェロニカは、宝塚の男役のような見た目も相俟って、非常に凛々しく様になっている。

「今から防護魔道具と、妖精払いの魔道具を配布しま~す! 今回の妖精たちは防御結界に穴を開けたと報告が来てるので、きつめの妖精払いにしてあります。誤って吸い込まないよう注意してくださいね~!」

 ポリーは補給班の班長だ。珍しくいつものふわふわしたスカート姿ではなく、キリッとした紺色の軍服姿だ。腕に班長の印である腕章をつけている。

 レイたちは、まだ日も明けきらぬ早朝に、ユグドラの樹前の広場に集合している。
 描画を行う魔術師以外にも、その魔術師たちを守るために、防御壁部隊から隊員が二十名ほど、借り出されている。

 レイが所属する描画班は、魔術師十名で構成されていて、班長と班長補佐以外は二人一組で描画を行う。
 班長と班長補佐は、敵勢力を牽制しつつ、場合によっては描画のフォローも行う。

「僕はレイとペアを組みたかったな~」

 描画班班長補佐のアイザックが肩をガックリと下げ、残念そうに呟いた。

「まあ、まあ。今年の敵勢力はかなり本気みたいだからね。アイザックが参戦してくれて良かった」

 描画班班長のダンカンが、アイザックの肩をポンッと軽く叩いて言った。

 ダンカンはユグドラのおかん、ことアニータの弟で、シェリーの叔父だ。
 長いストレートの小麦色の髪を一つにまとめた、ひょろりと背の高いエルフだ。緑色の瞳の目元は、やはりアニータやシェリーによく似ている。

(……なんだか、思ってたのと違う……)

 レイは、呼吸缶が左右に付いた顔全面を覆うガスマスクと、強固な防御魔術が付与された白衣を渡され、描画作業が自分が想像していたよりも百倍危険な状況だということに気づいた。

 レイは魔術に秀でた班長と班長補佐を見た。管理者である。
 一方、実際に描画する人員は魔術に長けているとはいえ、管理者ほどの腕前ではないユグドラの住民だ。
 この布陣、防御壁部隊が引っ張り出されていることも含め、描画自体よりも防衛の方に力がかけられている。

(……祭りってもしかして……)

 不安そうなレイの顔色に気づいたのか、アイザックが優しく声をかけてきた。

「レイ、心配になっちゃった? 大丈夫! 僕が何があっても君を守るから!!」

 レイはアイザックの言葉に、ギギギと首が錆び付いたかのようにぎこちなく彼の方を振り向いた。言葉は非常に麗しいが、前提からしてそもそもおかしい。

「……『何があっても』って、何が起こるんですか?」
「君は花祭りは初めてだったね。『何が』っていうのは、ユグドラの花祭りを終わらせたくない妖精・精霊・魔物たちと、祝祭の儀を執り行いたい我々の全面対決だ!」

 ダンカンはこれから運動会の騎馬戦でも始まるかのように、わくわくとやや興奮気味に言い放った。


***


 ダンカンが防御結界をユグドラの樹周辺に展開したことを皮切りに、その戦いの火蓋は斬って落とされた。

「「「「「うおおおおお!!!」」」」」

 結界に穴をあけようと、大量の妖精や魔物たちが躍り出てきた。

 すかさず補給班の助けを借りて、防御壁部隊が妖精払いの魔道具を展開した。もくもくと大量の煙が結界の外側に広がった。レイがチラリとそちらを見やると、ふと目に入ったその魔道具は、どこかで見たことがあるようなぐるぐる巻きの蚊取り線香であった。

(……今は、描画に集中しよう……)

 ツッコミたいのは山々だが、レイは今やるべきことに注力することにした。現実的なレイは、こんな戦いはさっさと終わらせて、残りの祭りを楽しみたいのだ。

「五十年前は、地の精霊に地面をボコボコにされて、魔術陣が描けないようにされたからね。地中二十メートルぐらいまでは結界を張った。安心して陣を描いてくれ」

 ガスマスクに白衣姿のダンカンが、くぐもった声で描画班に伝えてきた。

 レイはペアになった魔術師と東側の魔術陣を描き始めた。

 半分近くまで描き上げた時、その事件は起こった。

 バキンッと何かが折れるような音がユグドラの樹周辺にしたかと思うと、妖精払いの煙がもくもくと結界内に入ってきたのだ。
 煙が入ってきた元を目でたどれば、全長十メートルはあろうかという巨大なイグアナ型の魔物が結界の天井の上に乗り、その鋭い爪で穴を開けていた。

「僕が行くよ!」

 アイザックが颯爽と結界上に転移して、サーペント型に戻った。首元と尻尾の先だけ墨絵のようにモノトーンの蛇柄が入った、純白のサーペントだ。

 結界上で、サーペント対巨大イグアナの怪獣大戦争が勃発した。ミシミシと結界が悲鳴をあげ、穴が空いた部分から、さらに結界に亀裂が広がっていく。

「おお……Sランク同士の戦い、すげぇ……」
「あいつ昨日、花合戦に負けて、彼女に『ダサい』って言われて振られてたよな」
「新入りのレヴィに負けたんだっけか」
「昨日のやけ酒で、花祭り中に挽回するとか豪語してたな」

 防御壁部隊員の巨大イグアナの補足情報に、レイは心中穏やかではなくなった。
 レヴィの行動が周りにまわって、こんなところに影響してきている——完全に持ち主の監督不行届である。

「ダンカン、追加で結界を張れるか!?」

 ヴェロニカが確認しに結界内に飛び込んで来た。両脇には先程捕まえたと思しき魔物を抱えている。

「これだけの強度と範囲の結界だ。一旦、今の結界を解除しないと張り直せない。あいつらが退かないと無理だ!」

 ダンカンが悔しそうに怪獣大戦争を見上げている。

 こうしている間にも結界の亀裂が更に広がってきている。

「レヴィ、来なさい!!」

 レイは徐に立ち上がると、レヴィを召喚した。
 レイの前に白く輝く召喚陣が展開されると、召喚陣の光の中からスッとレヴィが現れた。ピンチの時はいつでもレヴィを呼び出せるように、予め魔術を仕掛けておいたのだ。

「レイ、どうかしました?」

 レヴィが不思議そうにレイを見つめた。

 急に召喚されたレヴィに、周りの者たちはざわざわとして、遠目から見ている。

「あの巨大イグアナに花玉をぶつけて、結界の上から退かしてください」

 レイは結界上の巨大イグアナを指差して命令した。

「あれ? フランクリン、あんな所で何してるんです? でも、怪我させちゃいけないんですよね?」
「それは限定的に解除します。描画の邪魔をしてる悪者ですから」
「かしこまりました」

 レヴィは雪玉を作るように、ユグドラの花を集めると、拳大の大きさの花玉を作った。もちろん、魔力もぎゅうぎゅうに込めている。
 レヴィが振りかぶって上空へ投げると、豪速球が結界を突き破って巨大イグアナの顎下にゴッと鈍い音を立てて当たった。
 その衝撃でイグアナの巨体がふわりと浮き、背中側からユグドラの樹北側の訓練場の方へどうっと落ちていくのが見えた。

 その様子をぼーっと見ていたアイザックも、ハッと気づいて、慌てて訓練場の方へにょろりと降りて行った。

「ダンカン、今のうちです! 結界の張り直しを!!」

 レイはダンカンの方を振り向いて叫んだ。

 ぽかんと成り行きを見ていたダンカンはハッとすると、一瞬で結界を消して、張り直した。

「助かったよ、レイ」

 ダンカンは結界を張り直した後、レイの頭を撫でてきた。

「レイ、ありがとう」

 ヴェロニカも近寄って来て礼を言った。

「レヴィ、やっぱお前すごいな、防御壁部隊に来ないか?」
「レイの護衛があるので、ダメです」

 レヴィは防御壁部隊員達に、バシバシと肩や背中を叩かれていた。

 レイもうむ、と一仕事したかのようにしっかり頷くと、また描画作業に戻っていった。


しおりを挟む
◆関連作品

『砂漠の詩』
『雨の回廊』編の過去編スピンオフです。

『冒険者を辞めたら天職でした 〜パーティーを追放された凄腕治癒師は、大聖者と崇められる〜』
『冒険者パーティーを追放された凄腕治癒師を拾いました』編のスピンオフです。

『ジャスティンと魔法少女のステッキ』
『魔法少女』編のスピンオフです。

あなたにおすすめの小説

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

私の入る余地なんてないことはわかってる。だけど……。

さくしゃ
恋愛
キャロルは知っていた。 許嫁であるリオンと、親友のサンが互いを想い合っていることを。 幼い頃からずっと想ってきたリオン、失いたくない大切な親友であるサン。キャロルは苦悩の末に、リオンへの想いを封じ、身を引くと決めていた——はずだった。 (ああ、もう、) やり過ごせると思ってた。でも、そんなことを言われたら。 (ずるいよ……) リオンはサンのことだけを見ていると思っていた。けれど——違った。 こんな私なんかのことを。 友情と恋情の狭間で揺れ動くキャロル、リオン、サンの想い。 彼らが最後に選ぶ答えとは——? ⚠️好みが非常に分かれる作品となっております。

夫の隠し子を見付けたので、溺愛してみた。

辺野夏子
恋愛
セファイア王国王女アリエノールは八歳の時、王命を受けエメレット伯爵家に嫁いだ。それから十年、ずっと仮面夫婦のままだ。アリエノールは先天性の病のため、残りの寿命はあとわずか。日々を穏やかに過ごしているけれど、このままでは生きた証がないまま短い命を散らしてしまう。そんなある日、アリエノールの元に一人の子供が現れた。夫であるカシウスに生き写しな見た目の子供は「この家の子供になりにきた」と宣言する。これは夫の隠し子に間違いないと、アリエノールは継母としてその子を育てることにするのだが……堅物で不器用な夫と、余命わずかで卑屈になっていた妻がお互いの真実に気が付くまでの話。

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界で婚活したら、とんでもないのが釣れちゃった?!

家具付
恋愛
五年前に、異世界に落っこちてしまった少女スナゴ。受け入れてくれた村にすっかりなじんだ頃、近隣の村の若い人々が集まる婚活に誘われる。一度は行ってみるべきという勧めを受けて行ってみたそこで出会ったのは……? 多種多様な獣人が暮らす異世界でおくる、のんびりほのぼのな求婚ライフ!の、はずだったのに。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

処理中です...