鈴蘭の魔女の代替り

拝詩ルルー

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妖精の宴(アレクシス視点)

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 その日は魔力性の異常気象の日だった。
 雪が降った後に虹が出て、快晴の後はオーロラが出て強風だった。

 四、五年に一度、世界的に魔力が乱れ、その影響で天候が荒れる時がある。
 研究者の間では、世界の魔力調整が原因だとされている。
 この不思議な天候の後は魔力が安定し、さまざまな魔術儀式や魔術付与、魔術薬の製造などの魔術行為が成功しやすく、上質な物が出来やすいらしい。

 とにかく魔力性の異常気象の日は、人によっては魔力の乱れで体調を崩す者も多く、天候もかなり不安定なため、一日中ずっと家にいるものだ。

 俺もこの日はずっと邸にいた。

 そして、自分の部屋に入った瞬間、全く知らない場所に立っていた。


***


 そこは、道の左右を緑の低木に囲われ、天井までも木々の枝葉に覆われたトンネルの様な所だった。
 辺りには妖精の魔術が濃く漂い、妖精のものか、かすかに遠くから音楽や宴をしているかのような賑やかな声が聞こえてきた。

 ふと気づくと、一緒に小さな女の子がいた。
 自分と同じくここに呼び込まれた者かと思い、こちらに背中を向けていたので声をかけてみた。

「あの……」

 その子が振り向くと、以前、夢で見た女の子だった。
 白いすとんとしたワンピースを着ていて、左前に流した黒い艶やかな髪には、黄色いジャスミンのような花をあしらって、ふわりと甘く爽やかな香りがした——さながら小さな女神様のようだった。

 女の子の名前は「レイ」というらしい。
 彼女も気づけば突然ここに来ていたらしい。

 ずっと同じ場所にいるわけにもいかず、一緒に出口を探すことになった。
「逸れるといけないから」と言い訳をして、小さな手を取った。ほんのり暖かくて、柔らかかった。

 しばらく歩くと、深い琥珀色の髪をオールバックにしたふくよかな妖精が迎えに来た——妖精はかなり酔っ払っていた……

 その妖精が言うには、レイが何か特別な花を咲かせたから、その感謝の印に妖精の宴に招待したらしい。

 もう一度、レイを見た。
 かわいい……確かに、黄色い生花を髪に編み込んだレイは花の妖精のようで、花の一つや二つ咲かせてもおかしくはない。

「レイは花の妖精だったりする?」
「れ、れっきとした人間ですよ!」

 頬を赤らめて、自分は人間だと慌てて言い張る姿もかわいい……

「とりあえず、あの妖精さんについて行きましょうか。そこまで悪い感じはしないですし……なんだか酔ってるみたいですが……」

 レイはじと目で妖精の方を見た。

 ここは妖精の領域だし、これ以上、下手に歩き回っても出口は見つからなそうだったから、俺たちは酔っ払い妖精について行くことにした。


 おそらく、俺がここに来たのは、レイが妖精の宴に呼ばれたから、俺の中の妖精の血が何かしら反応したのかもしれない。元々、俺の先祖の能力も、夢で将来の伴侶に会いに行くようなもので、似たようたものだ。
 特に今日は魔力性の異常気象だ。それも影響しているのだろう。


 初めて見る妖精の宴は、公園のような場所で開催されていた。
 たくさんの妖精たちが酒を飲み、ご馳走を食べ、楽器を鳴らして賑やかに、とても楽しそうにしていた。妖精たちは、みんな酔っ払っていて、赤ら顔でふらふらと飛んでいた。

 テッドという俺たちを迎えに来てくれた妖精が、宴会場で呼びかけると、妖精たちがレイに群がって来て、寄ってたかって話しかけてきた。
 酔っ払いが一度に思い思いに喋るから、収拾がつかない状態だ。

 妖精たちはレイの手を引っ張って行ってテーブルに着かせると、話しかけてきたり、食事を薦めたりと、一応は歓待してくれているようだった。

 レイが薦められたフレンチトーストを食べていた。
 よくこの状況で食べられるなと思いつつも、美味しそうに食べてる姿はとてもかわいい。

 どうやらフレンチトーストに使われている花蜜は、今の時期にしか食べられない物らしい。せっかくなので食べてみたら、思ってた以上に美味しくて驚いた。
 しかも、花蜜にはかなり良質な魔力が含まれているようで、疲れが吹き飛ぶようだった。

 妖精は酒も出してきた。

 初めて見た。ドワーフ酒だった。
 ユグドラという、人間ではたどり着けない場所で生産されている幻の酒で、非常に強い魔力が込められているそうだ。
 あまりにも人気で品薄なので、魔力の強い父上も、一度は飲んでみたいと言っていた品だ。

 レイは酒が出てくると、匂いでも酔ってしまってダメだと慌てていた。……酒は弱いのか……慌てている姿もかわいい。

 レイが「帰らないと義父さんに心配される」と口にした瞬間、妖精たちの雰囲気があからさまに変わった。

 酔っ払って赤かった妖精たちの顔が、青ざめていた。
 彼女の義父は、妖精たちからかなり恐れられているようだった——妖精は、人間の王族や貴族に対してもここまで恐れたりはしない……レイの義父親とは一体……?


 少し考え込んでいると、次の瞬間には自分の部屋に戻っていた。

 一瞬、今までのことが夢だったかのような気がしたが、手にはあのドワーフ酒を手にしていたし、自分に掛かった妖精の祝福も感じられたので、夢ではないようだった。

 急いで両親にこのことを伝えると、幻のドワーフ酒に喜び、数日後には、国の魔術研究機関で妖精の祝福の鑑定を受けることになった。

 将来の伴侶については、名前は分かったが、謎は深まるばかりだった。
 妖精の宴に招待されたため、どこに住んでいるかは分からずじまいだった。レイは妖精への対応はかなり手慣れているようだったし、彼女の義父についても謎だ。
 ただ、その子にも妖精の祝福がついているだろう、ということで将来の伴侶として申し分ないと、家族からはかなり喜ばれた。


***


 妖精の祝福を受けた者は国内でも約十年ぶりらしい。

 妖精の祝福はランダムで、前回国内で見つけられたものは、「服に困らない」だそうだ。その祝福を受けた者は服飾デザイナーになって、現在は王都で活躍しているらしい。

 国の魔術研究機関に行き、ドキドキしながら鑑定を受けた。

 俺が受けた妖精の祝福は「虫に好かれる」だった。
 鑑定結果が出た瞬間、その場にいた者たちが落胆したのは言うまでも無い。

 いたずら好きの妖精の祝福だ。必ずしもその人にとって良いものとは限らないらしい。

 妖精の祝福は魔術で取り外しが可能だ。

 祝福の取り外しを願ったら、母上から「妖精の祝福は滅多に貰えるものじゃないのよ」と言われたから、「それでは母上に差し上げます」とにこりと微笑んでやれば、母上は押し黙った。

「おや? いらないんですか? 滅多に貰えるものじゃないんですよね?」

「……わ、私はいいわ……」と母上は顔色を悪くしていた。

「それなら僕がどうしようと構いませんよね? 是非、研究に役立ててください」

 妖精の祝福は、国の魔術研究機関に明け渡すことになった。

 虫に好かれる祝福は、研究後に昆虫学者に払い渡されるらしい。


 あの小さくてかわいい子の祝福が「虫に好かれる」でないことを願うばかりだ。


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◆関連作品

『砂漠の詩』
『雨の回廊』編の過去編スピンオフです。

『冒険者を辞めたら天職でした 〜パーティーを追放された凄腕治癒師は、大聖者と崇められる〜』
『冒険者パーティーを追放された凄腕治癒師を拾いました』編のスピンオフです。

『ジャスティンと魔法少女のステッキ』
『魔法少女』編のスピンオフです。

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