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ユグドラ花祭り3
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(どうしよう、何か変なところに来ちゃった……)
レイは今、不思議な場所に来ている。
緑のトンネルのような場所で、左右の壁も天井も緑の葉に覆われ、所々に色とりどりの可憐な花が咲いている。
丈の短い下草が生えていて、道の真ん中は踏みならされた跡があり、一本の小道のように続いている。
辺りはほのかな甘い花の香りと緑の香りが漂っていて、どこか遠くの方から宴会のような賑やかな声と音楽が薄っすらと聞こえてくる。
「あの……」
不意に背中側から声をかけられ、レイはそちらの方を振り向いた。
レイより少し年上の緑色の目をした少年だ。銀髪を三つ編みにし、背中に流していて、白いシャツに黒いパンツとブーツを履いている。
自分から声をかけてきたというのに、レイが振り向くと、びっくりしたように目を丸くしていた。
「はい……?」
「えっと……すみませんが、ここがどこだか分かりますでしょうか?」
「ごめんなさい。私も初めて来た所で、分からないのです……」
戸惑いつつ尋ねる少年に、レイは眉を八の字にして申し訳なさそうに答えた。
二人は途方に暮れてしまった。
少年は名前をアレクシスというらしい。
互いに簡単に自己紹介し、状況を確認をしている。
「……そうなんですね、アレクシスさんが自分の部屋に入ったらなぜかここに来ていたと。私も義父と少し離れて、ふと気づいた時にはなぜかここにいました」
「アレクでいい。その方が呼びやすいだろう」
「それでは、私もレイって呼んでください」
レイとアレクシスは自分たちの周囲を見回した。
「……それにしても困りましたね。道は一本しか無いので、先に進みますか?」
「そうするしかないな」
レイは恐々と、アレクシスは警戒しながら前へと歩き始めた。
下手に逸れるのはまずいので、手を繋いでいる。
「もしかしたら、ここは妖精の小道と呼ばれる所かもしれない……」
「妖精の小道?」
「妖精だけしか入れないけど、妖精以外の者がそこに入ったら、それは招待されたのだと……妖精の祝福だと聞いたことがある」
「妖精の祝福……妖精に特に何かした覚えは無いのですが……」
レイはう~ん、と唸って今日のことを思い返した。
ユグドラの花の荒れ飛び具合が酷すぎて、ユグドラの樹から一歩も外には出ていない。妖精も、食堂でポリーか、花蜜を納品しに来た妖精ぐらいしか見ていない。
「俺も今日は魔力性の異常気象だから外へは出てないし、妖精にも出会っていない……強いて言えば、先祖に妖精がいるぐらいかな」
「魔力性の異常気象? アレクはご先祖様に妖精がいたんですか?」
レイがアレクシスを見上げた。
アレクシスはきょとんとレイを見つめている。
「魔力性の異常気象を知らない? レイの所ではなんとも無かった?」
「……ものすごい荒れてました」
(目の前がユグドラの花で黄色一色になるくらい……)
「それが魔力性の異常気象だよ。四、五年に一回ぐらいあるんだけど、前回からまだ二年しか経ってないし、おかしいってみんな言ってる。まあ、数日続いて、また元に戻るみたいだけど」
(……っ!? 本っ当にごめんなさい! その原因、きっと私です)
レイは心の中で謝り倒した。まさかユグドラの外にまで影響を与えていたとは思わなかったのだ。
とはいえ、アレクシスも急に謝られても困るだろうと思い、レイはこの件については、ひたすら沈黙を貫くことに決めた。
「俺の先祖には妖精がいたから、なんとなく妖精の魔術って分かるんだ……ここは妖精の魔術に溢れてる」
アレクシスが何かを感じ取ろうとするように、改めて周囲を見回した。
すると、何かに気付いたように、レイを自分の背中の方に庇って身を強張らせた。
「いや~到着が遅いので、気になって来ちゃいましたよ~!」
手乗りサイズの妖精が一人、少し離れた所から声をかけてきた。赤ら顔のふくよかなおじさん妖精で、よろよろとふらついて宙に浮いている。
「誰だ!?」
「おや? もう一人増えてますね。オークの木の妖精、テッドです。今年は特別に良い花が咲きましたからね。感謝を伝えたくて、我ら妖精の宴に招待させていただきました。ヒック」
テッドはふらふら飛びながらも右手をお腹の前に、左手を背中に回して、仰々しくお辞儀をした。
(もしかして、酔ってる???)
レイは、アレクシスの背中からこっそりと覗き見ている。
「……レイ、妖精からの宴の招待は祝福なんだ。帰るにしても、一度は顔を出した方がいい」
「そうなんですね。じゃあ、その宴に出ますか?」
「ああ、そうするしかないな」
アレクシスの背中越しに、レイたちはこそこそと話し合った。
「宴会場はこちらですよ~」とテッドはゆらゆら、ふらふらと飛びながら案内してくれた。
「それにしても、特別な花って何なんだ?」
「そちらのお嬢さんが髪に編まれてる花ですよ。今年はお嬢さんのおかげで特等の花が咲きましたからね。良いお酒が造れそうです」
アレクシスは隣のレイをまじまじと見つめた。少しだけ頬が赤くなる。
「レイは花の妖精だったりする?」
「れ、れっきとした人間ですよ!」
アレクシスの急な質問に、レイはどぎまぎした。
***
「ここが宴会場ですよ~!」
テッドに案内されてたどり着いた広場には、手乗りサイズから人間の子供サイズまで、たくさんの妖精たちが酒盛りをしていた。
ギターやアコーディオンや横笛などの楽器を弾いている者もいる。
円形の広い空間で、真ん中に大きな噴水があり、その周りにはコスモス、ダリア、ガーベラ、リンドウ、菊、バラなどさまざまな秋の花々が花壇に植えられている。
レイたちがやって来た緑のトンネルに通じる道と、噴水の周りを巡る小道以外には、丈の短い野草が芝生のように生え、所々、可愛らしい名も知らぬ小さな花々が咲いている。
草地には、人間の子供にぴったりなサイズのベンチとテーブルがいくつか点在して置いてあり、テーブルの上にはたくさんの料理が載っていた。
広場の周縁部には葡萄や栗や胡桃、グミの木やクランベリーなど、秋に実をつける木々が、たわわな実をつけていた。
妖精たちは思い思いに空を飛び、噴水や花壇の淵に座って、あるいはベンチに寝転がって、酒盛りや食事やおしゃべりを楽しんでいた。
「何だか公園みたい……」
レイとアレクシスは目を丸くして、公園のような宴会場を見まわした。
「妖精にとっては、公園が社交の場ですからね~。お~い、みんな! 本日の主役を連れてきたぞ~!」
テッドが一声かけると、妖精たちがわらわらとレイたちの周りを囲んで、思い思いにいろいろ話しかけてきた。
「わー、本当に来てくれたんだ!」
「今年の花蜜は特にすごいよ! ありがとう!」
「ユグドラの花アレンジ、かわいいね!」
「せっかくだから、食べて行って!」
「お酒もいっぱいあるよ!」
どの妖精もほんのり頬を上気させて、お酒くさい……どうやら酔っ払っているようだ。
妖精たちはレイの手を引っ張って、食事があるテーブルまで連れて行った。
レイはアレクシスとも手を繋いでいるので、アレクシスも一緒に引っ張られる。
二人は子供用ベンチに座ると、妖精たちの歓待を受けた。
妖精たちは酔っ払っていて、とにかく喋りまくった。
「花蜜を使ったフレンチトーストもあるよ!」
「フレンチトースト!? 美味しそうです!」
レイはユグドラの花蜜を使ったフレンチトーストに釘付けだ。
「この子はどこの子? お嬢ちゃんだけ招待したんじゃなかったの?」
「何だか妖精っぽい匂いもするよ」
アレクシスも妖精たちにまじまじと観察されている。酔っ払った妖精たちの勢いに圧倒されて、引き気味だ。
「レイはよく食べられるね……」
「アレクも食べた方がいいですよ。この花蜜は今の時期じゃないと食べられないんです!」
アレクシスは今の時期しか食べられないという言葉に、渋々一口食べてみた。
フレンチトーストを口に含んだ途端、彼の目が丸くなった。
「……美味しい」
「美味しいですよね! 今の時期しか食べられないのが残念です」
「今年の花蜜は特等だよ! ここ二百年はここまで甘いのは採れなかったかったからね」
隣でフレンチトーストを頬張っていた妖精が、自慢げに胸を膨らませて教えてくれた。
「お酒もあるよー!」
ユグドラのドワーフ酒が、どんっとテーブルの上に置かれた。
「お、お酒はダメなのです! 匂いでも酔っ払っちゃって……」
「ドワーフ酒!? そんな良い物を!? 父上も人気過ぎて中々手に入らないと仰ってた物だ!」
レイは慌てて両手を前に出して仰け反り、アレクシスは珍しいドワーフ酒に前のめりになった。
「お酒ダメなの~?」
「子供なんです、飲めませんよ! それより、そろそろ帰りたいのですが」
「もう帰っちゃうの?」
「まだまだ美味しい物いっぱいあるよ」
「もっとおしゃべりしようよ~」
「義父さんとこれから約束があるんです。早く帰らないと心配されます!」
ごねる酔っ払い妖精たちに、レイがフェリクスの話をすると、妖精たちの顔は青ざめ始めた。
「ひ、ひぃぃ! あのお方とお約束を!?」
「おい、あのお方を待たせるのは良くないぞ!」
「早く帰さないと!」
妖精たちの急な変わりように、レイもアレクシスもきょとんとしている。
(義父さん、すごく怖がられてない……?)
「こ、これお詫びの品です! お待たせしてしまい、申し訳ございませんと!」
レイはいくつかお酒を押し付けられるように渡された。アレクシスの方を見ると、さりげなく彼も手土産にドワーフ酒を手にしている。
次の瞬間、レイはユグドラの樹の中に戻っていた。
ユグドラの樹の低層階、ロビー部分に忽然と現れたレイに、周りの者たちは非常に驚き、ざわめきが広がった。
「レイ、無事だったか!」
直ぐに知らせを受けたエイドリアンが駆けつけて来て、ユグドラの花祭り期間だけ設置されている、防御壁部隊の臨時詰所にレイは保護された。
***
フェリクスとウィルフレッドも直ぐに臨時詰所に呼ばれた。どうやら急に消えたレイの捜索に人手をかき集めていたところだったらしい。
「無事で良かったよ。で、何があったのかな?」
気遣うように、フェリクスが優しく問いかけた。
レイはさっきまでのことを話した。一緒に妖精たちに押し付けられたお詫びの品も提出した。
「……心配かけてごめんなさい」
レイは眉を八の字にして、小さくしょぼくれている。
「全く、妖精たちも傍迷惑だな」
ウィルフレッドが眉間に皺を寄せ、不機嫌そうに言った。
「ふーん。ユグドラの花の感謝をしたくて招待ね……」
一方でフェリクスの方は、考え込むような真顔のままで、その表情からは本当は怒っているのかどうかは何とも窺えない。
エイドリアンや臨時詰所にいる他の隊員たちも、フェリクスの様子を恐々と窺っては緊張している。
「妖精の宴に招待された者は祝福がもらえるからね。いいことではあるんだけど、どうもやり方がね……」
フェリクスはやはり怒っていた。底冷えするような圧が臨時詰所内に広がり、隊員たちは縮み上がった。
「義父さん、漏れてる……」
レイがフェリクスの服の袖を持つと、つんつんと軽く引っ張った。
「ああ、ごめん」とフェリクスは朗らかに微笑むと、圧を抑えた。どうやらレイに服の袖を引っ張られたのが嬉しかったようだ。
隊員たちは胸を撫で下ろし、心の中でレイに感謝した。
その時、ぐぅ~っとお腹の音が鳴った。
一瞬の間の後、
「…………お腹空きました…………」
レイが顔を真っ赤にして俯き、ぼそぼそと言った。
(何でこんな時に鳴るの! 恥ずかしいじゃない!!)
「一応、原因も分かったことだし、レイもこの状態だから、もういいかな? レイも、遅くなっちゃったけど僕の部屋のバルコニーでご飯食べるかい? 眠くなればそのまま僕の部屋に泊まってもいいし」
「でも……」
レイは戸惑いながら義父を見た。ご飯はともかく、お泊まりはちょっぴり恥ずかしいのだ。
「我々としても、再発防止にフェリクス様とレイが一緒にいてもらった方がありがたいです」
エイドリアンは、フェリクスとレイを交互に見ながら真面目な顔で言った。
結局、エイドリアンにも推され、レイは本日はフェリクスの部屋にお泊まりすることになった。
レイは今、不思議な場所に来ている。
緑のトンネルのような場所で、左右の壁も天井も緑の葉に覆われ、所々に色とりどりの可憐な花が咲いている。
丈の短い下草が生えていて、道の真ん中は踏みならされた跡があり、一本の小道のように続いている。
辺りはほのかな甘い花の香りと緑の香りが漂っていて、どこか遠くの方から宴会のような賑やかな声と音楽が薄っすらと聞こえてくる。
「あの……」
不意に背中側から声をかけられ、レイはそちらの方を振り向いた。
レイより少し年上の緑色の目をした少年だ。銀髪を三つ編みにし、背中に流していて、白いシャツに黒いパンツとブーツを履いている。
自分から声をかけてきたというのに、レイが振り向くと、びっくりしたように目を丸くしていた。
「はい……?」
「えっと……すみませんが、ここがどこだか分かりますでしょうか?」
「ごめんなさい。私も初めて来た所で、分からないのです……」
戸惑いつつ尋ねる少年に、レイは眉を八の字にして申し訳なさそうに答えた。
二人は途方に暮れてしまった。
少年は名前をアレクシスというらしい。
互いに簡単に自己紹介し、状況を確認をしている。
「……そうなんですね、アレクシスさんが自分の部屋に入ったらなぜかここに来ていたと。私も義父と少し離れて、ふと気づいた時にはなぜかここにいました」
「アレクでいい。その方が呼びやすいだろう」
「それでは、私もレイって呼んでください」
レイとアレクシスは自分たちの周囲を見回した。
「……それにしても困りましたね。道は一本しか無いので、先に進みますか?」
「そうするしかないな」
レイは恐々と、アレクシスは警戒しながら前へと歩き始めた。
下手に逸れるのはまずいので、手を繋いでいる。
「もしかしたら、ここは妖精の小道と呼ばれる所かもしれない……」
「妖精の小道?」
「妖精だけしか入れないけど、妖精以外の者がそこに入ったら、それは招待されたのだと……妖精の祝福だと聞いたことがある」
「妖精の祝福……妖精に特に何かした覚えは無いのですが……」
レイはう~ん、と唸って今日のことを思い返した。
ユグドラの花の荒れ飛び具合が酷すぎて、ユグドラの樹から一歩も外には出ていない。妖精も、食堂でポリーか、花蜜を納品しに来た妖精ぐらいしか見ていない。
「俺も今日は魔力性の異常気象だから外へは出てないし、妖精にも出会っていない……強いて言えば、先祖に妖精がいるぐらいかな」
「魔力性の異常気象? アレクはご先祖様に妖精がいたんですか?」
レイがアレクシスを見上げた。
アレクシスはきょとんとレイを見つめている。
「魔力性の異常気象を知らない? レイの所ではなんとも無かった?」
「……ものすごい荒れてました」
(目の前がユグドラの花で黄色一色になるくらい……)
「それが魔力性の異常気象だよ。四、五年に一回ぐらいあるんだけど、前回からまだ二年しか経ってないし、おかしいってみんな言ってる。まあ、数日続いて、また元に戻るみたいだけど」
(……っ!? 本っ当にごめんなさい! その原因、きっと私です)
レイは心の中で謝り倒した。まさかユグドラの外にまで影響を与えていたとは思わなかったのだ。
とはいえ、アレクシスも急に謝られても困るだろうと思い、レイはこの件については、ひたすら沈黙を貫くことに決めた。
「俺の先祖には妖精がいたから、なんとなく妖精の魔術って分かるんだ……ここは妖精の魔術に溢れてる」
アレクシスが何かを感じ取ろうとするように、改めて周囲を見回した。
すると、何かに気付いたように、レイを自分の背中の方に庇って身を強張らせた。
「いや~到着が遅いので、気になって来ちゃいましたよ~!」
手乗りサイズの妖精が一人、少し離れた所から声をかけてきた。赤ら顔のふくよかなおじさん妖精で、よろよろとふらついて宙に浮いている。
「誰だ!?」
「おや? もう一人増えてますね。オークの木の妖精、テッドです。今年は特別に良い花が咲きましたからね。感謝を伝えたくて、我ら妖精の宴に招待させていただきました。ヒック」
テッドはふらふら飛びながらも右手をお腹の前に、左手を背中に回して、仰々しくお辞儀をした。
(もしかして、酔ってる???)
レイは、アレクシスの背中からこっそりと覗き見ている。
「……レイ、妖精からの宴の招待は祝福なんだ。帰るにしても、一度は顔を出した方がいい」
「そうなんですね。じゃあ、その宴に出ますか?」
「ああ、そうするしかないな」
アレクシスの背中越しに、レイたちはこそこそと話し合った。
「宴会場はこちらですよ~」とテッドはゆらゆら、ふらふらと飛びながら案内してくれた。
「それにしても、特別な花って何なんだ?」
「そちらのお嬢さんが髪に編まれてる花ですよ。今年はお嬢さんのおかげで特等の花が咲きましたからね。良いお酒が造れそうです」
アレクシスは隣のレイをまじまじと見つめた。少しだけ頬が赤くなる。
「レイは花の妖精だったりする?」
「れ、れっきとした人間ですよ!」
アレクシスの急な質問に、レイはどぎまぎした。
***
「ここが宴会場ですよ~!」
テッドに案内されてたどり着いた広場には、手乗りサイズから人間の子供サイズまで、たくさんの妖精たちが酒盛りをしていた。
ギターやアコーディオンや横笛などの楽器を弾いている者もいる。
円形の広い空間で、真ん中に大きな噴水があり、その周りにはコスモス、ダリア、ガーベラ、リンドウ、菊、バラなどさまざまな秋の花々が花壇に植えられている。
レイたちがやって来た緑のトンネルに通じる道と、噴水の周りを巡る小道以外には、丈の短い野草が芝生のように生え、所々、可愛らしい名も知らぬ小さな花々が咲いている。
草地には、人間の子供にぴったりなサイズのベンチとテーブルがいくつか点在して置いてあり、テーブルの上にはたくさんの料理が載っていた。
広場の周縁部には葡萄や栗や胡桃、グミの木やクランベリーなど、秋に実をつける木々が、たわわな実をつけていた。
妖精たちは思い思いに空を飛び、噴水や花壇の淵に座って、あるいはベンチに寝転がって、酒盛りや食事やおしゃべりを楽しんでいた。
「何だか公園みたい……」
レイとアレクシスは目を丸くして、公園のような宴会場を見まわした。
「妖精にとっては、公園が社交の場ですからね~。お~い、みんな! 本日の主役を連れてきたぞ~!」
テッドが一声かけると、妖精たちがわらわらとレイたちの周りを囲んで、思い思いにいろいろ話しかけてきた。
「わー、本当に来てくれたんだ!」
「今年の花蜜は特にすごいよ! ありがとう!」
「ユグドラの花アレンジ、かわいいね!」
「せっかくだから、食べて行って!」
「お酒もいっぱいあるよ!」
どの妖精もほんのり頬を上気させて、お酒くさい……どうやら酔っ払っているようだ。
妖精たちはレイの手を引っ張って、食事があるテーブルまで連れて行った。
レイはアレクシスとも手を繋いでいるので、アレクシスも一緒に引っ張られる。
二人は子供用ベンチに座ると、妖精たちの歓待を受けた。
妖精たちは酔っ払っていて、とにかく喋りまくった。
「花蜜を使ったフレンチトーストもあるよ!」
「フレンチトースト!? 美味しそうです!」
レイはユグドラの花蜜を使ったフレンチトーストに釘付けだ。
「この子はどこの子? お嬢ちゃんだけ招待したんじゃなかったの?」
「何だか妖精っぽい匂いもするよ」
アレクシスも妖精たちにまじまじと観察されている。酔っ払った妖精たちの勢いに圧倒されて、引き気味だ。
「レイはよく食べられるね……」
「アレクも食べた方がいいですよ。この花蜜は今の時期じゃないと食べられないんです!」
アレクシスは今の時期しか食べられないという言葉に、渋々一口食べてみた。
フレンチトーストを口に含んだ途端、彼の目が丸くなった。
「……美味しい」
「美味しいですよね! 今の時期しか食べられないのが残念です」
「今年の花蜜は特等だよ! ここ二百年はここまで甘いのは採れなかったかったからね」
隣でフレンチトーストを頬張っていた妖精が、自慢げに胸を膨らませて教えてくれた。
「お酒もあるよー!」
ユグドラのドワーフ酒が、どんっとテーブルの上に置かれた。
「お、お酒はダメなのです! 匂いでも酔っ払っちゃって……」
「ドワーフ酒!? そんな良い物を!? 父上も人気過ぎて中々手に入らないと仰ってた物だ!」
レイは慌てて両手を前に出して仰け反り、アレクシスは珍しいドワーフ酒に前のめりになった。
「お酒ダメなの~?」
「子供なんです、飲めませんよ! それより、そろそろ帰りたいのですが」
「もう帰っちゃうの?」
「まだまだ美味しい物いっぱいあるよ」
「もっとおしゃべりしようよ~」
「義父さんとこれから約束があるんです。早く帰らないと心配されます!」
ごねる酔っ払い妖精たちに、レイがフェリクスの話をすると、妖精たちの顔は青ざめ始めた。
「ひ、ひぃぃ! あのお方とお約束を!?」
「おい、あのお方を待たせるのは良くないぞ!」
「早く帰さないと!」
妖精たちの急な変わりように、レイもアレクシスもきょとんとしている。
(義父さん、すごく怖がられてない……?)
「こ、これお詫びの品です! お待たせしてしまい、申し訳ございませんと!」
レイはいくつかお酒を押し付けられるように渡された。アレクシスの方を見ると、さりげなく彼も手土産にドワーフ酒を手にしている。
次の瞬間、レイはユグドラの樹の中に戻っていた。
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「レイ、無事だったか!」
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***
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「無事で良かったよ。で、何があったのかな?」
気遣うように、フェリクスが優しく問いかけた。
レイはさっきまでのことを話した。一緒に妖精たちに押し付けられたお詫びの品も提出した。
「……心配かけてごめんなさい」
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「全く、妖精たちも傍迷惑だな」
ウィルフレッドが眉間に皺を寄せ、不機嫌そうに言った。
「ふーん。ユグドラの花の感謝をしたくて招待ね……」
一方でフェリクスの方は、考え込むような真顔のままで、その表情からは本当は怒っているのかどうかは何とも窺えない。
エイドリアンや臨時詰所にいる他の隊員たちも、フェリクスの様子を恐々と窺っては緊張している。
「妖精の宴に招待された者は祝福がもらえるからね。いいことではあるんだけど、どうもやり方がね……」
フェリクスはやはり怒っていた。底冷えするような圧が臨時詰所内に広がり、隊員たちは縮み上がった。
「義父さん、漏れてる……」
レイがフェリクスの服の袖を持つと、つんつんと軽く引っ張った。
「ああ、ごめん」とフェリクスは朗らかに微笑むと、圧を抑えた。どうやらレイに服の袖を引っ張られたのが嬉しかったようだ。
隊員たちは胸を撫で下ろし、心の中でレイに感謝した。
その時、ぐぅ~っとお腹の音が鳴った。
一瞬の間の後、
「…………お腹空きました…………」
レイが顔を真っ赤にして俯き、ぼそぼそと言った。
(何でこんな時に鳴るの! 恥ずかしいじゃない!!)
「一応、原因も分かったことだし、レイもこの状態だから、もういいかな? レイも、遅くなっちゃったけど僕の部屋のバルコニーでご飯食べるかい? 眠くなればそのまま僕の部屋に泊まってもいいし」
「でも……」
レイは戸惑いながら義父を見た。ご飯はともかく、お泊まりはちょっぴり恥ずかしいのだ。
「我々としても、再発防止にフェリクス様とレイが一緒にいてもらった方がありがたいです」
エイドリアンは、フェリクスとレイを交互に見ながら真面目な顔で言った。
結局、エイドリアンにも推され、レイは本日はフェリクスの部屋にお泊まりすることになった。
15
◆関連作品
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『雨の回廊』編の過去編スピンオフです。
『冒険者を辞めたら天職でした 〜パーティーを追放された凄腕治癒師は、大聖者と崇められる〜』
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