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ドワーフ酒
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レイは元の世界では、実はお酒がイケるクチだった。団欒室で珍しく酒盛りをしてる大人たちに混じって、ドワーフの酒を嗅いでいると、ウィルフレッドに取り上げられた。
「一応、今の体は未成年なんだからな、ダメだ」
「あ~ん……」
「あ~ん、じゃない!」
ウィルフレッドに酒を遠ざけられて、レイはむくれた。
子供はこれでも飲んでなさい、と代わりに目の前にノンアルコールなお茶が置かれた。
「この世界の成人って何歳なんですか?」
レイがむくれつつもお茶を飲みながら尋ねた。
「国にもよるが、人間の国では大抵十六歳だな」
ウィルフレッドが、レイから取り上げた酒を離れた所に置きつつ教えてくれた。
「十六歳になったらお酒が飲める……」
「レイは酒飲みになりそうだな」
モーガンがにやりと笑いながら言った。片手にはドワーフ酒の瓶が握られている。
モーガンは鍛冶士だ。だが、防具に限らず、家具や工芸品、小物、酒、果ては大工仕事まで、作りものなら何でも好きだ。もちろん、ユグドラでドワーフ酒も造っている。
「元々は割と飲めました。ドワーフ酒はどんなお酒なんですか?」
「これは二百年前の防衛戦の際に、剣聖がもたらしてくれた酒を元にして造ってるんだ。ユグドラ周辺で作られた大麦を使ってる。ユグドラの湧き水とユグドラで育ったオークの樽で最低十年は寝かせるんだ。魔力量が多くて、酒自体だけでなく、魔力の酩酊感も味わえるから、特に魔術師に人気だな」
「へー……」
(……ウイスキーみたいなものかな?)
レイは元の世界のお酒を思い浮かべた。
「原材料には入れてないはずなんだが、ユグドラの樹や花の香りも感じられてな、特にユグドラの花が咲く年に仕込んだやつは、甘く爽やかな花の香りが強く出るから、値段も上がるし、女性にも人気だ」
どどんっ。
花が咲いていないユグドラの樹が描かれたラベルのボトルと、ユグドラの花が咲いている樹が描かれたラベルのボトルを、モーガンがレイの前に置いた。どちらもユグドラ産のドワーフ酒だ。
「花が咲いてるラベルの方が、花が咲いた年に仕込んだやつだ」
花が咲いていないラベルの方は、ボトルの中で淡い緑色の光の玉がいくつも浮遊している。花が咲いているラベルの方は、淡い緑色の光のほかに、黄色い光の玉もちらほら混じっている。どちらも豊かな琥珀色の酒の中で、光が明滅し、泡のように弾けては消え、消えてはまた生まれて、神秘的な雰囲気を放っている。
「おおー! この光ってるのが魔力ですか?」
「そうだ。森の中の魔力の光と一緒だな。ユグドラ産じゃなきゃ、これほどハッキリは現れない」
「ラベルも渋くてかっこいいですね」
「ラベルはほとんど転写魔術で写してるが、仕込みの年号の部分だけは、カリグラフィーの妖精に書いてもらってる」
「カリグラフィーの妖精?」
「そうだ。そいつが手書きで文字を書き込むと、魔術陣をしっかり書き込まなくても特殊効果が綺麗に付与できるんだ。うちの酒は劣化防止だな。このラベルが貼ってある瓶に入ってる間は、余程酷い環境に放置でもしない限りは、酒は劣化しない。美味い酒を売るコツでもあるな」
紙に魔術を付与する場合は、魔術陣を描き込むことが多い。その方が長く安定して魔術の効果を発揮できるからだ。また、魔術陣の効果をより高めたり、その効果を長く安定させるためには、その魔術に適した描画薬が必要になってくる。そのため、魔術陣を描くとコストが嵩んだり、手間暇がかかったりする。
カリグラフィーの妖精は、魔術陣をわざわざ描き込まなくても、普通のインクでも、同様の魔術付与ができるので、重宝されているのだ。
「今年はユグドラの花が咲く可能性が高いな」
「そうなんですか?」
(数年に一度の花見チャンス!)
レイは目をきらりと輝かせた。
日本人のレイにとって花見と言えば、やはり桜の木だ。ユグドラに桜は無いし、ユグドラの樹も桜ではない。それでも花見と言えば満開のソメイヨシノのイメージが真っ先に思い浮かんだ。——何だかとても楽しそうな予感がしたのだ。
「大体、四、五年に一回のペースで咲くんだ。前回は二年前に咲いたんだが、この花が咲くのは、世界の魔力調整のためなんだ」
「世界の魔力調整?」
「そうだ。今年はレイが召喚されたから、魔力調整が入るだろうってことで、花が咲く予測がされている」
ウィルフレッドは言いながらうんうんと頷いている。少し酔っているようだ。頬が薄っすらと赤くなっている。
「今年の花祭りは荒れそうだなぁ。二百年前の、ユグドラ防衛戦の年の臨時調整の時も、凄かったからな」
モーガンの兄のメルヴィンが、ちびちびと酒を舐めながら遠い目をしている。
心なしか、ドワーフらしい三つ編みの顎髭も、しょんぼりしている。
「滅多にない臨時調整だからな。今年は酒を多めに作るか。早めに注文しとかないと、樽や材料の準備が間に合わないしな」
モーガンは今年の酒の生産予定量を変えたようだ。
腰の空間収納ポーチから手帳と筆記具を出し、メモ書きをしている。
「前回の臨時調整はいつだったんですか?」
「ああ、前回は百年程前に、大陸東の海底火山が噴火してな、島が生まれたんだ」
メルヴィンが答えてくれた。つまみのオリーブを手元に引き寄せている。
「私、島の誕生と同じレベル……」
「ガハハハ、そうだな」
メルヴィンが豪快に笑った。
こうしてユグドラの夜は更けていった。
***
レイは知らなかった。この世界のお酒はタチが悪いということを。
酒を飲まずとも、酒が発する魔力には酩酊効果があり、ユグドラのドワーフ酒はそれが強いことで有名だ。特に魔力が安定しない子供のうちは、酒の香りと魔力だけでも酔いやすい。
レイは三大魔女で魔力量は無限だが、だからと言ってこちらの世界ではまだ子供……魔力もまだまだ安定しているとは言えない。
魔力の絡んだ酒の香りに悪酔いしたレイは、次の日の朝、具合が悪そうに起きてきた。
子供をこんな宴会場に置いておくな! とユグドラのおかん、ことアニータに、悪いおっさんたちはこっ酷く叱られた。
「一応、今の体は未成年なんだからな、ダメだ」
「あ~ん……」
「あ~ん、じゃない!」
ウィルフレッドに酒を遠ざけられて、レイはむくれた。
子供はこれでも飲んでなさい、と代わりに目の前にノンアルコールなお茶が置かれた。
「この世界の成人って何歳なんですか?」
レイがむくれつつもお茶を飲みながら尋ねた。
「国にもよるが、人間の国では大抵十六歳だな」
ウィルフレッドが、レイから取り上げた酒を離れた所に置きつつ教えてくれた。
「十六歳になったらお酒が飲める……」
「レイは酒飲みになりそうだな」
モーガンがにやりと笑いながら言った。片手にはドワーフ酒の瓶が握られている。
モーガンは鍛冶士だ。だが、防具に限らず、家具や工芸品、小物、酒、果ては大工仕事まで、作りものなら何でも好きだ。もちろん、ユグドラでドワーフ酒も造っている。
「元々は割と飲めました。ドワーフ酒はどんなお酒なんですか?」
「これは二百年前の防衛戦の際に、剣聖がもたらしてくれた酒を元にして造ってるんだ。ユグドラ周辺で作られた大麦を使ってる。ユグドラの湧き水とユグドラで育ったオークの樽で最低十年は寝かせるんだ。魔力量が多くて、酒自体だけでなく、魔力の酩酊感も味わえるから、特に魔術師に人気だな」
「へー……」
(……ウイスキーみたいなものかな?)
レイは元の世界のお酒を思い浮かべた。
「原材料には入れてないはずなんだが、ユグドラの樹や花の香りも感じられてな、特にユグドラの花が咲く年に仕込んだやつは、甘く爽やかな花の香りが強く出るから、値段も上がるし、女性にも人気だ」
どどんっ。
花が咲いていないユグドラの樹が描かれたラベルのボトルと、ユグドラの花が咲いている樹が描かれたラベルのボトルを、モーガンがレイの前に置いた。どちらもユグドラ産のドワーフ酒だ。
「花が咲いてるラベルの方が、花が咲いた年に仕込んだやつだ」
花が咲いていないラベルの方は、ボトルの中で淡い緑色の光の玉がいくつも浮遊している。花が咲いているラベルの方は、淡い緑色の光のほかに、黄色い光の玉もちらほら混じっている。どちらも豊かな琥珀色の酒の中で、光が明滅し、泡のように弾けては消え、消えてはまた生まれて、神秘的な雰囲気を放っている。
「おおー! この光ってるのが魔力ですか?」
「そうだ。森の中の魔力の光と一緒だな。ユグドラ産じゃなきゃ、これほどハッキリは現れない」
「ラベルも渋くてかっこいいですね」
「ラベルはほとんど転写魔術で写してるが、仕込みの年号の部分だけは、カリグラフィーの妖精に書いてもらってる」
「カリグラフィーの妖精?」
「そうだ。そいつが手書きで文字を書き込むと、魔術陣をしっかり書き込まなくても特殊効果が綺麗に付与できるんだ。うちの酒は劣化防止だな。このラベルが貼ってある瓶に入ってる間は、余程酷い環境に放置でもしない限りは、酒は劣化しない。美味い酒を売るコツでもあるな」
紙に魔術を付与する場合は、魔術陣を描き込むことが多い。その方が長く安定して魔術の効果を発揮できるからだ。また、魔術陣の効果をより高めたり、その効果を長く安定させるためには、その魔術に適した描画薬が必要になってくる。そのため、魔術陣を描くとコストが嵩んだり、手間暇がかかったりする。
カリグラフィーの妖精は、魔術陣をわざわざ描き込まなくても、普通のインクでも、同様の魔術付与ができるので、重宝されているのだ。
「今年はユグドラの花が咲く可能性が高いな」
「そうなんですか?」
(数年に一度の花見チャンス!)
レイは目をきらりと輝かせた。
日本人のレイにとって花見と言えば、やはり桜の木だ。ユグドラに桜は無いし、ユグドラの樹も桜ではない。それでも花見と言えば満開のソメイヨシノのイメージが真っ先に思い浮かんだ。——何だかとても楽しそうな予感がしたのだ。
「大体、四、五年に一回のペースで咲くんだ。前回は二年前に咲いたんだが、この花が咲くのは、世界の魔力調整のためなんだ」
「世界の魔力調整?」
「そうだ。今年はレイが召喚されたから、魔力調整が入るだろうってことで、花が咲く予測がされている」
ウィルフレッドは言いながらうんうんと頷いている。少し酔っているようだ。頬が薄っすらと赤くなっている。
「今年の花祭りは荒れそうだなぁ。二百年前の、ユグドラ防衛戦の年の臨時調整の時も、凄かったからな」
モーガンの兄のメルヴィンが、ちびちびと酒を舐めながら遠い目をしている。
心なしか、ドワーフらしい三つ編みの顎髭も、しょんぼりしている。
「滅多にない臨時調整だからな。今年は酒を多めに作るか。早めに注文しとかないと、樽や材料の準備が間に合わないしな」
モーガンは今年の酒の生産予定量を変えたようだ。
腰の空間収納ポーチから手帳と筆記具を出し、メモ書きをしている。
「前回の臨時調整はいつだったんですか?」
「ああ、前回は百年程前に、大陸東の海底火山が噴火してな、島が生まれたんだ」
メルヴィンが答えてくれた。つまみのオリーブを手元に引き寄せている。
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「ガハハハ、そうだな」
メルヴィンが豪快に笑った。
こうしてユグドラの夜は更けていった。
***
レイは知らなかった。この世界のお酒はタチが悪いということを。
酒を飲まずとも、酒が発する魔力には酩酊効果があり、ユグドラのドワーフ酒はそれが強いことで有名だ。特に魔力が安定しない子供のうちは、酒の香りと魔力だけでも酔いやすい。
レイは三大魔女で魔力量は無限だが、だからと言ってこちらの世界ではまだ子供……魔力もまだまだ安定しているとは言えない。
魔力の絡んだ酒の香りに悪酔いしたレイは、次の日の朝、具合が悪そうに起きてきた。
子供をこんな宴会場に置いておくな! とユグドラのおかん、ことアニータに、悪いおっさんたちはこっ酷く叱られた。
10
◆関連作品
『砂漠の詩』
『雨の回廊』編の過去編スピンオフです。
『冒険者を辞めたら天職でした 〜パーティーを追放された凄腕治癒師は、大聖者と崇められる〜』
『冒険者パーティーを追放された凄腕治癒師を拾いました』編のスピンオフです。
『ジャスティンと魔法少女のステッキ』
『魔法少女』編のスピンオフです。
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『冒険者を辞めたら天職でした 〜パーティーを追放された凄腕治癒師は、大聖者と崇められる〜』
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