聖女♂でございます。

拝詩ルルー

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チュートリアル

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 勇者一行が王都を旅立つ日、俺の元に婚約者のシビラ・キルシュ公爵令嬢が見送りに来てくれた。

「エトムント、どうか気をつけて」

 シビラは、腰まで届く艶やかな黒髪をしていて、透けるような白い肌の儚げな清楚系の美人だ。
 澄んだ菫色の瞳は、うるうると涙に滲んでいて、心配そうに俺を見上げていた。

 俺の手を握るシビラの手は小さく震えていた。

——控えめに言っても、尊い! 尊すぎる!!

「できるだけ早く魔王を討伐して帰って来るよ」

 俺はシビラの細い肩を抱き寄せた。
 爽やかで落ち着きのあるアネモネの花の香りが、ふわっと香った。

「浮気の心配は……ありませんわね」

 シビラはざっと魔王討伐メンバーをチェックして、ほっと息を吐いていた。

 うん。男所帯だからな。そこは安心してくれ。


 国民に盛大に見送られて王都を出立する時、アクセル殿下がぼそりと呟いた。

「エトムントは既に婚約者持ちか……羨ましい。『勇者』のスキル持ちとして、いつかは『聖女』様と……と今まで婚約者を決めずにきたが、今考えると、そんなことは気にせずにせめて候補者だけでも決めておけば良かったと思うよ」

「……は、ははは……」

 アクセル殿下の恨みのこもった言葉に、俺は苦笑いで受け流すしかなかった。

 本っ当にごめんなさい!
 文句は全て、女神様に言って下さい!!

 それだけ長年聖女様に期待していたなら、あの落ち込みようも仕方がないよな……


***


 こうして、どうにかこうにか俺たちの魔王討伐の旅が始まった。

 王都の外に出ると、早速、魔物に襲われた。

 敵はスライム二体——ゲームのチュートリアルと全く同じだ。

「攻撃は、前衛のアクセル殿下たちがメインでしてくれる。我々後衛は、彼らが戦いやすいようにサポートするんだ」

 同じ後衛同士、クリストフ様がバトルの説明をしてくれた。

 その時、俺の脳内にありえないものが浮かんできた——

======
▷こうげき
 ヒール
 ぼうぎょ
 にげる
======

 は? 選択肢、だと……?

「ぐわっ!」

 アクセル殿下がスライムから一撃を喰らった。
 腕を怪我したようで、殿下が腕を押さえている。

「殿下!? エトムント殿、ヒールだ!」

 クリストフ様が俺に指示を出した。

「??? ヒ、ヒール!」

 俺が半分混乱しながらも、アクセル殿下に手を向けて呪文を唱えると、殿下の傷がたちまちに治った。

「うおおぉっ!」

 ベルンハルト様が二連撃を決め、スライムが一体倒された。

「ファイアボール!」
「はっ!」

 クリストフ様の魔法とディーター様のナイフ攻撃で、もう一体のスライムが倒された。

 そして、俺の脳内に例のイメージが浮かんだ。

======
 経験値を二かくとくした。
 ぜんいんの好感度がいちあがった。
======

 ぬわにぃいいっ!?
 好感度、だと……?

 ま、まさかな……

 俺の背中を一筋の冷や汗がツーッと滑り落ちていった。

 もしかして、ゲームのヒロインみたいに、好感度とかも気にして魔王討伐に行かなきゃダメなの……?

「すまなかったな、エトムント」

 アクセル殿下が声をかけてきた。

 一瞬にして、脳内にとあるイメージが思い浮かんだ。

======
▷「大丈夫です。サポートは任せて下さい」
 「もう、気をつけてよね!」
 「次やったら、パイルドライバーに処しちゃうからね!」
 「べ、別に。大したことないから……」
======

 おのれ、選択肢ぃぃぃっ!!!
 しかも女言葉をしれっと選択肢に入れるのはやめろっ!!!

 今まで普通に生活してたが、こんなもん現れたことなかっただろっ!

……それとも、これがいわゆるゲームの強制力…………なのか?

「……だ、大丈夫です。サポートは任せて下さい」

 俺は口角を引き攣らせながら、どうにか答えた。

「ああ。頼んだ」

 アクセル殿下が、はにかんで答えた。どこか幼さ感じさせる純粋な笑みだ。

 流石、攻略対象者だ。普段は爽やかにキリッとしている殿下の少し違った一面が垣間見えて、一瞬、俺までドキッとした。

======
 アクセルの好感度がいちあがった。
======


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