コミュニケーション能力の向上がもたらす異世界ほのぼの物語～アラビアン・デイズ～

第九回 絨毯

　絨毯は美しい。
　様々な織柄、図案化された文様。真ん中には丸く寺院の天井の模様が入っていることが多い。
　図案には、簡略化された星、雷などの自然現象から木々や草花、ラクダや鹿や猿といった動物達、梟や鷹と言った鳥達、人、手、他にも色々あって、何百も有る文様を美しく配置し、意味をもたせている。
　糸は草木を使って染められている。何百種類もあるのだけろど、うちで使っているのは１００～１５０位もないという話。
　デザインは専属のデザイナー、殆どの場合オーナー、つまりお父さんが決定する。伝統があるので、決まったパターンがいくつもあり、新柄はあまり出ない。色を変えたり、組み合わせを変えて、新婚のお祝い向けに作ったり、新築のお祝い向けに作ることは良くある。
　うちはいくつもの絨毯村と契約しており、そこを回って仕入れしたり、新たなものを注文したりしている。村によって目の粗さや仕上げの美しさは変わってくるし、量と値段の判断が難しいそう。
　１平方センチ辺り、５０目までは普通品。８０までは上等品。それを超えると、特級品。絹だと、１２０を超えるものもあるそうだ。
　絨毯は縦糸を張ったパネルにむかって、針のようなピンセットのような道具を使ってひと目ひと目編み込んでいく。編み込んだら押さえつけ、編み込んだら押さえつける。前世で帯の機織りをしている人の指を見たことが有る。爪に縦糸の間隔で溝があり、それを大事にしていた。絨毯ではそういう形ではないけれど、指の皮は厚くなり、体が固まり、眼が見えなくなってくる。
　上等品以上だと、肩幅くらいの絨毯でも、１日で数ミリメートルくらいしか出来ない。暗いと元図案も見えないし、糸色も間違いやすいので、明るいときしか出来ないのだ。
　縦糸は絹でできている。普通品以下には麻や他のものも有る。織り糸は羊毛が基本だ。羊毛でも質の良いものを使って、鮮やかな色に染められた糸をよじりながら、ひと目ひと目織っていく。
　絹のものもつくるけれど、これは特級品だけだ。絹の絨毯は糸の細さも有って、薄く耐久性は劣るのだが、とても色鮮やかで、素晴らしい肌触りなのだ。細かい上に糸が光るので、一人で半日程度しか織ることが出来ず、とても時間がかかってしまう。
　肩幅くらいで身長くらいのもので、完成までに３ヶ月から半年位かかる。大きなものになると何人もが並んで織っていき、完成まで何年もかかることもあるのだ。
　織りあがると、洗いの工程だ。洗うのは裏側から。天日で乾かし、裏面を整えた後に、表面を削る。文字通り刃物で削る。鉋がけっぽい。仕上げると、それはそれは美しい光沢が現れる。
　色にも一つ一つ意味がある。赤は生命の喜び。白は無垢な魂。緑は神聖な色。不滅や不死を。オレンジは信仰の心。空色は平和を。面白いのは、悪い色など存在しないということ。
　色は文様と重なり合い、この世にまたとない意味を持つ。

　私が初めて絨毯の製作場を見たとき、こう思った。
『これってドット絵じゃん！』
　家の南側に絨毯工房が併設されている。１０人位の奴隷の女の子が働いている。この子達は２０歳位で開放されて、どこかに働きに行くとお父さんは言っいた。これ以上続けると目や体がだめになり、かわいそうだし手間がかかるから、新たな奴隷を買うと。
　この子たちとも仲良しだ。いつもナツメヤシや焼き菓子を持ってきて、一緒に休憩する。１時間に１回位休憩しないと間違えるから、必ず目を休めないといけないそうだ。

『クロスステッチにも似てるなあ。』
　クロスステッチというのは、手芸屋さんで昔から売ってる、ドット絵のように刺繍するもので、クッションカバーとかタペストリーが完成品だったりする。ご多分に漏れず、私も前世でやったことが有る。しかし、この、誰がやっても同じように出来てしまうものでさえ、人によってはおかしなことになるのだ。そもそも指に針が刺さりまくって痛くて途中からすごく投げやりになったのを思い出した。

「はい休憩終わりです。時間がないからがんばってください。」
　手を叩きながらコーがやってくる。最近市場で見つけた東国の男の人だ。
「あ、お嬢様。いつもありがとうございます。」（あ、お嬢様、この子達のためにわざわざすみません。いつも思っていますが、拾ってもらって感謝しております。）
「いいのよ。」（好きでやってるから、いいのよ。）
　工房の中の配置が大きく変わっている。いつもは大きな絨毯かタペストリーが二つあって、三人か四人で並んで座り、残りは肩幅位のをやってる。しかし、今は全員が小さな、顔くらいのサイズのものを作っている。それも絹だ。そして、柄が、見慣れぬものだ。色んな動物がリアル（・・・）に描かれている。
　びっくりですよ。本当にドット絵の世界になってる。おまけに絹なのにノット、目の詰まり具合のことだが、これが低い。多分７０も無いのではないでしょうか。それでも、細かく色を変えることにより、とてもきれいに見える。
　象、ライオン、羊、小鳥、鷹、狐、猫、梟、ひと目で分かるものが多々ある。
「コー、これは？」（一体どうしたの、こんなの初めて見た。）
「えー、そうですね。西の国の、あるいは南の国のお姫様にお送りするタペストリーを大急ぎで作らねばならなくなったんです。それで、色々考えて、工夫してみました。」
「へー、おもしろいね。けど、小さい？」（面白くて可愛いけど、すごく小さいんだけど。どうして？）
「これはくっつけるんです。そうすると大きくなります。畳むことも出来ます。でも絨毯ではないので、この作り方は流行らないでしょうが。」
「すごいね。でも絨毯でも出来るんじゃないの？」（そういうデザインにしたらいいんじゃないの？動物柄でなくてもいいしね。）
「ええ、すでにあります。ヘシュティですね。庭園文様と呼んだりもします。」
「それに、狩猟文様とか、樹木文様を足したらいいんじゃないの？」
「それはなかなか、難しいけど、面白そうですね。」（でも、よっぽどでない限り、新しすぎることは難しいですねぇ、面白そうだけど。）
　そうか、残念だ。もっと色んな絨毯を見てみたいなぁ。そしたら、空飛ぶ絨毯も見つかるかもしれない。
　うん、せっかくアラビアンな世界なのだから、本物の魔法に憧れるわよね。