Journey to the West -タケル編-

甲斐枝

文字の大きさ
上 下
5 / 12

第5話 ~ 踏み出す ~ 谷山浩子 風のたてがみ

しおりを挟む

太ると、ウエットスーツが着られなくなります。

これ豆ね。

________________

 海に出るまでに1週間もかかってしまった。
 東京湾を目指してなんとなく南東を目指す。
 地磁気が狂っているので、コンパス系統が役に立たない。μミュータンの
「多分あっち!」
 という声に支えられて丁寧に進む。
 初めは白っぽい砂浜かと思ったのだが、直近まで来てわかった。2mm程のきれいな立方体結晶、拾ってなめてみる。やっぱ塩だな、塩湖、いやソルトレイクじゃねーかこれ。
白眼「体内分析の結果純粋なNaClと判明。白眼もシロメも満タンもやめていただきたい」
 じゃあなんだ、ミューなんて言葉の響き、可愛いものしか思い浮かばない。μはMだな、MU、ムリ、ムナシ、ムッシー、ムッシュ、これだな。
「じゃあムッシュで」
ムッシュ(以下M)「微妙なニュアンスを感じる発音ですが、字義的に問題を感じるものではありませんのでそれでお願いします。」
 それはそれとして、私のからだは体内分析とか出来たのか。
M「元々は健康な肉体を維持するために様々な化合物、微量で人体に有害なものから大量摂取すると健康を害するものまで無害化するためのプラントが体内に埋め込まれています。しかし遊星衝突により外界の状況が変わり、分析Logを残すことなく修理を進行するのは将来のために不安であると結論付けられました。簡単なソフト修正で可能でしたのでアップデートされ、無線で我々にデータが届けられます。これにより次回以降の判定精度が上がります」
「わかった。それはそれとしてなぜカメラ系のシステムもないのに私の顔色がわかるのかね?」
μ「うふふ」
「わかった」
 一応きれいそうな塩をナイロン袋に詰めておく。
 絶対バイタルチェックはされているのだから、脳内物質の変位量や発汗や眼球運動などでわかってしまうのだろう。やりきれない感はあるが、AIであり、人間ではない。嫌われることもないだろう。人間に関するデータ採りの、またとない、いや今となっては唯一のサンプルなのだから。

 塩湖周辺を長時間歩くのはお肌に厳しい様に思われたので、少し内目を大回りして藤沢の辺りを目指すことにした。鎌倉のあたりは微妙に山が多い。

 §

 外界での用意をするにあたって、実は一番苦労したのが靴だ。
 合成樹脂の靴、長靴は原型を保ってはいたが、履いて動いたりするとすぐだめになった。いろいろ試してみたが、まともに歩けそうなものがなかなか見つからなかった。
 結局、研究員のクローゼットにあった革靴だけが、まともだった。メンテナンスキットもあったがそれはだめになっていたので、シェルター内の機器メンテナンス用に脱気密閉されていた機械油やシリコンオイルでなんとかメンテすると新品のようになった。これが500年前のものとは思えない。
 申し訳ないが、きちっとしたウールのスーツ、シルクのシャツ、ネクタイなども頂いた。大切にリュックに入れてある。δデルタの中継施設に人間がいるかも知れず、ボロボロの服のまま接触するのも気が引けるからだ。おかげで荷物が増えたが仕方ない。年寄りのワガママはどうしようもないのです。
 革靴の靴底ではつるつる滑るので、適当な鋲を靴先とかかとに打ち込んだ。それでも滑るだろうが、そもそも土の上だ。場合によっては草鞋みたいなのを編まないといけないかも。靴に植物の繊維を巻くとか。
 
 ただ、まあ道がない。獣もほとんどいないようで、鳥とか蛇とか蜥蜴とかげとか。あと虫。要するに蟲。
 除虫菊でもあればM氏に虫除けの作り方でも教わるのだが、この辺りは不思議なくらい蔦だらけだ。斧で躱しながら進むのだが、小さい羽虫が腕や顔につく。大変に煩わしい。
 蛇は捕まえて食べてみた。久しぶりの、正しい動物性蛋白は、とんでもなくうまかった。骨も焼いて粉にして飲むように食べる。超分解/超吸収の腸を持つ身としては、食せるものは余さず摂取しなければならない。
 くずの根も、デンプンを取るために晒したりする時間がもったいないし、そこまでの水資源にまだ行き当たっていないので、掘り出した根を細く割くように砕いてナイロンの網に入れ、歩きながら乾燥させた。葛根かっこんだ。もちろんそのまま食べても全く美味くない。でも無理やり食べる。なんだか良い化学物質が得られるということだ。たんぽぽも見つければ根を掘って干しておく。時間が出来たらたんぽぽコーヒーを作るのだ。
M「たんぽぽコーヒーは美味しいのですか?」
「いや、飲んだこと無い」
 私は中毒と言っていいくらいコーヒーばかり飲んでいたので、代用でもいいから飲んでみたいのだ。

 自然に生えている、記憶よりかなり大きな茶の木を見つけて茶摘みをしたり、アブラナを見つけて花を食べてみたり種を僅かなが入手したり、蛇を見つけては採取して食べきれない分は手作りの串に挿して干しておく。塩がたいへん役に立った。

 §

 海は広いなと言う歌があったが、海岸に立つと圧倒される。いつもそうだ。広くも大きくも思えないが、その重大な質量感に圧倒されるのだ。広さや大きさは俯瞰したとき、それもある程度の高度から下を見たときに感じるものだと思う。
 海は好きだ。昔は嫌いだったが。遠い昔、少年だった頃。
 海はプールと違い、底が見えない。見えるところはいいが、その頃の日本の海水浴場で、数メートル下がきれいに見えるところなど殆どなかった。見えない水の中には、何かいるのだ。鮫か、水死体か、化け物かなにか、恐ろしいものが。
 しかし、スキューバを始めて、恐怖がなくなった。そこは美しくも恐ろしい未知の世界だった。TVや写真で見たことはあったが、もっとリアルで身近なところだった。咥えたマウスピースが外れれば、エアタンクのレギュレーターが壊れれば、ウェイトが外れて急浮上すれば、多分あっという間に死んでしまう。それさえも楽しく思われた。あまり球技等のスポーツに興味を持てなかったが、これは素晴らしいと思った。
 海、潮の匂いも漣波さざなみの音も風のそよぎも懐かしい。
 池も湖も溜り水は腐るのに、海は腐らない。多量のゴミさえもいつの間にか内懐にしまい込む。私はエコ活動が好きではなかったので、海中のゴミ問題など大したことはないと思っている。海洋は懐が広すぎるので、人類の滅亡まで抱えてくれるだろうと思っていたが、実際に人間が先にほぼほぼ滅亡したのではないか。
 天変地異が直接の引き金だろうけど、核も色々爪痕を残したんだろうから、半分は自業自得だろうね。
「そういえば、放射能汚染はどうなったのだろう?」
M「この300年の間に核爆発によって撒き散らかされた放射性物質は、ウランと一部のプルトニウムを除いて全て半減期を迎えております。ウランは億年単位、プルトニウムでも万年単位なので、これらはどうにもなりませんが。一応ガイガーカウンターでチェックしながら移動しておりますのでご安心ください。」
 それはよかった。
M「服を脱いでいるということは、海に入るつもりですか?」
 きれいな砂浜に丁寧にリュックを置き、ばばっと服を脱ぐ。ウェアラブルデバイスはつけたままだ。
M『少々お待ち下さい、もう少し様子を見たほうがいいかも
 バシャバシャザバザバ。冷たい。気持ちいい。痛い。あれ?いたたたたtttt
μ『クラゲが見えるよ!』
 しまったしくじった。海のほうが陸よりよっぽど危ないんだよまったく。

 §

タケルくんの質問コーナー

Q。 このウェアラブルデバイス、もしかして外れないの?
M「いえ外せますよ。ただ、現状こめかみのインターフェイスと生理結合バイタルコネクトしており、頭蓋骨に響くと思われます。」
「それって骨伝導のため?それとm
μ「そうだよー!」
「わかった」

Q。 一応確認しておきたいんだが、一応だが、生殖行為は可能なの?
M「もちろん可能です。実は以前の肉体は機能的に生殖不能でした。そこは治療してあります。」
「え、そういう改変はありなの?以前のままとか言ってなかったっけ。」
M「人間としての機能の範囲に遺伝子が収まっていれば問題ありません。そもそも遺伝子治療を推進していたのは我々ソピアです。意味不明な倫理観や宗教観によるクローンや遺伝子治療の反対運動は封殺し、どんどん実用化させていきました。」
「封殺って……いや、そうではなく。実際問題として、こうなんというか、そういうシチュエーションを想起しても、落ち着いていると言うか、ムラムラしないと言うか、ピクリとも反応しないと言うか……」
M「もちろんそうならないようにフィジカルエフェクトをかけております。」
「なんで!」
M「タケル様は興奮されると関西弁が出るようですが、生い立ちに理由が?」
「ええから!そんなことはええから!」
M「現在のような極限状況において、生存に全く関係のない非理性的なことにリソースをかけるのは非生産性極まります。」
「そうかもしらんけど!……あれ?おちついてしまっているね。これって
μ「あんまり意味のないことに悩む必要はないよ!もっと自分を信じることだよ!」
「わかった」

________________

まあいろいろと言いたいことはありますが。

ほんとは電気のハイキングが良かったかもですが、次回を考えてパス。
これでわかりますね、次回の話。(嘘。テキトーっす)

三大欲求っていいますが、食欲と睡眠欲は結構死ぬ直前までついて回ります。でも性欲は老人になったら消えちゃうから、比較対象でもないような。そんなふうに思っていた時もありました。はい。
年をとっても基本的に助平は助平ですし、食いしん坊は食いしん坊ですし、面倒くさがりは寝てばかりです。人それぞれでやんす。逆に老人になってからのほうが、欲望が純化することも多いような。

*私、虫とかサソリは経験ありますが蛇を食ったことはないです。ハブ酒とかはいただきましたが。
沖縄の海、えらいことになっているみたいですね、白化現象ですね。首里城も大変なようで、沖縄の方、お心落としのこととお察し申し上げます。
も少し若い頃よく潜りに行ってましたが、オニヒトデ、悪いやつですよこれ。人を刺すし。海月も刺されたことありますが、毒のあるやつが無茶苦茶多い。刺された(噛まれた)ことはないけど、ウミヘビ(穴子っぽくない方)とか、ゴンズイ玉とか、ヒョウモンダコとかアンボイナとかいう貝とか。カサゴを踏んだときはどうなるかと思いました。ハチに刺された以上です。蜂には鼻の頭をやられました。イラガは首筋ですよついでに払った手ですよ、厳しかった。山に入れば速攻ダニとかブヨにやられる方ですしお寿司。
 確か大昔須磨に9月に行って、浸かったとき、妙に皮膚がピリピリして全体に赤くなったことがあります。海月ではなさそうで、もっと小さいプランクトンじみたのが大量に漂っていて、それにチピチプやられたような。あれ?こんなにやられまくってたんか俺。

靴磨きってハマるよね?奥さんが呆れてるけど、楽しいよね?ね?
コバの張ってるイタリア靴が好きだけど、革底かっこよくて好きだけど、何回もすってんころりんして、頭打って、ほとんどみんなビブラム貼っちゃったよ……そりゃ一般的な靴底はみんなラバーソールになるわ……

「風のたてがみ」、RPGのワンシーンみたいでかっこよくて好き。ゴローさん、きっとホントはこんな曲を所望してたんじゃないかな。谷山浩子の曲は可愛いのとか気持ち悪いのとか生理的に纏わりついてくるものが多いけど、映画みたいな、GIF的な映像が迫ってくるものも多いと思う。ライオンの獣人の精悍な少年の顔がめっさ浮かぶ。え?馬?いやいや。それは違うやめて。他にも「冷たい水の中をきみと歩いていく」とかキラキラしてて好き。「空からマリカが」とか。伊藤潤二みたいで怖いけど。
しおりを挟む

処理中です...