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6章

ディータ達の焦り

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「くそっ、てめぇ、本当に人間かよ!」
「あら、もちろんですわ♪」



 エリンシアの拳がナックルの鳩尾に綺麗に決まり、ナックルが表情を歪めながら悪態を吐く。
 ナックルが表情を歪めながらも拳を振るい、エリンシアの顔面を捕らえようとするが、それをヒラリと躱し今度は蹴りを再び鳩尾に決める。



「ぐっ……」
「そろそろトドメを……え?」


 完全に一方的にナックルを追いつめていたエリンシアであったが、何かを感じたのかその動きを止める。
 いや、エリンシアだけではない、それを感じ取ったのはラガナとディータ、そしてアークミスラも一緒だったようだ。


「何、この感じ……」
「禍々しいにも程があるのじゃ……これは……」
「この感じ……まさか」


 一人、心当たりがあるのかアークミスラが呟く。


「この気配が何かわかるの?」
「うむ、絶対とは言えぬが……我らが女神が闇に堕ちた時の気配に似ている……」
「なんですって……」


 一瞬にして表情を強張らせるディータ。


「お待ちなさいな、それって……」


 エリンシアもそのことに気付き口を開く。
 そう、闇に堕ちた女神と言えばリーンの事である。
 ディータも、闇の女神と呼ばれているがディータの使う闇の力と慈愛の女神であるリーンを反転させた『魔』の闇とは性質が違う。
 言ってしまえばディータが司る闇は『暗闇』や『消滅』と言った、目に見てわかるものである。
 だが、リーンの堕ちた『闇』は『心の闇』、目に見えないものなのだ。
 その為、その闇に堕ちた者は性格までもが変わってしまう、心の闇に引きずり込まれ、そして、その人自身の全てを飲み込まれてしまうのだ。


 そして、その闇に堕ちたリーンから『魔』の力まで引き継いでしまっている人間がいる……そう、カモメだ。


「くっ、こうしてはいられないわ……早くカモメの元に!」
「無理」


 フランの手から蔓のようなものが飛び出し、ディータに襲い掛かる。


「くっ」


 ディータはそれを何とか躱すが、不意を突かれ、焦りもあったため、完全には躱すことが出来ず、地面を転がった。


「邪魔をしないで!」
「私言った……あなた達雑魚……私が相手する……だから、死んで」
「アンタなんかの相手をしている場合じゃないのよ!!闇の刃オプスラミナ!」


 ディータが闇の刃をフランに向けて放つが、フランは蔓のようなものを自分の周りに展開させ、それを壁のようにして闇の刃を防いだ。


「くっ……昔の力があれば……」


 今ほど、力を失った自分を不甲斐なく思うことはない。
 ディータは悔しそうに、その顔を歪めるのだった。

 そして、焦り始めたのはディータだけではない、先ほどまで余裕でナックルを攻めていたエリンシアも焦りのせいか攻撃が単調になり始めていた。
 その為、今まで隙の無かったエリンシアにわずかな隙が出来る。そしてナックルはそれを見逃さなかった。


「足元がお留守だぜ!」
「なっ、きゃっ!?」


 足を払われ、バランスを崩すエリンシア。
 そして、体制を崩したエリンシアに、ナックルの一撃が決まる。


「俺様の渾身の一撃受けやがれぇええ!!」
「がふっ」


 ナックルの一撃がお腹に決まり、地面を転がるエリンシアはそのまま、近くの岩に叩きつけられた。


「エリンシア!?」
「……よそ見駄目」
「なっ、しまっ!」


 ディータの周りにいきなり現れた蔓がディータを締め上げる。


「……そのまま、死ぬ」
「ぐっ、がっ……」


 身体を締め上げられながら、苦しそうな声を上げるディータ。


「ディータ殿!凍てつく息コールドブレス!」


 アークミスラの口から凍てつく息がディータを締め上げている蔓に向かって放たれる。
 そのブレスを受けて、蔓は凍り付き脆くなる。
 脆くなった蔓をアークミスラは力任せに破壊し、ディータを助け出した。


「大丈夫か?」
「ええ、助かったわ……くっ……情けない、今の私は弱すぎる……こんなことならもっと魔石を集めておけば良かったわ……」
「魔石?」
「私……というか、このソウルイーターの体は生きているものの魂を食べて成長するのよ、だから魔物の残す魔石は私にとって力を上げる材料になるわけ……まあ、魔石じゃないといけないってわけじゃないんだけど、生きているものをそのまま食べるなんて私には出来ないしね」
「……なるほど」
「……おしゃべり、禁止」


 再びフランの手から現れる蔓がディータ達に向かって迫りくる、それをディータは闇の刃でアークミスラはブレスで撃退するが、次々に現れる蔓を防ぐのがやっとになっていた。


「くっ……このままじゃ、ジリ貧ね」
「闇の女神よ、私に考えがある」
「何か手があるの?」
「うむ」


 アークミスラの提案とは驚くべきものであった。
 現在、人型の姿であるアークミスラがディータを手に持ち、竜の姿へと戻る。
 そうすることでアークミスラの大きさが変わり、敵の攻撃の来ていない上空にディータを移動させることが出来る。そして、その上空からフランがこちらの攻撃を切り替える前にディータにフランへ近づいてもらい闇の魔法を喰らわれるという物であった。

 

「確かに意表はつけると思うけど……相手がこちらに攻撃を変える前に私が近づけるとは思えないわよ?」
「大丈夫だ、そこも考えがある」


 ならいいけどとディータは提案を受諾する。


「行くぞっ、闇の女神よ!」
「わかったわ!」


 掛け声とともに、アークミスラは竜の姿へと変身した。


「……?」


 フランの攻撃はアークミスラが巨大化したことでアークミスラの股下を通り抜けることになる。
 一瞬何が起こったのか理解できなかったフランは少し、ほんの少し思考が停止するが、すぐに状況を理解し、巨大化したアークミスラの顔の方へと視線を上げる、そこにはまるで野球のピッチャーのようなフォームを取った竜の姿があった……そして。


「ちょ、ちょっと待ちなさい、考えって……まさか……」
「後は頼んだぞ、闇の女神よ」


 そう言い、腕を振りぬくと、ディータが射出された。
 そう、つまり……アークミスラはフラン目掛けてディータを投げつけたのだ。
 
 剛速球よろしく、フランの元へと飛んで行くディータ。


「ちょっ、これじゃ、魔法を当てられない……ああ、もうっ、仕方ないわね!」


 凄いスピードで、フランに向かって飛んでいるディータには闇の刃や闇魔滅砲を放ち、フランに当てることは出来ない、それどころか放った闇の魔法に自分が追い付き、自分が喰らってしまう可能性がある。

 それならば……と、ディータは闇の魔法を自分に纏い、自分が弾丸のようになってそのままフランに突っ込むことにした。


「……なっ」
「くらええええええ!!」


 弾丸となったディータはフランの胸を貫き、そのまま地面へとめり込む。
 そして、貫かれたフランの胸には大きな風穴が開いていた。


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