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5章

王子

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 「みなさーん、押さないでください!我がギルドは十分な広さがあります!ですから、おさないでくださーい!」


 大声で人の波に押しつぶされそうになりながら叫ぶその女性はグランルーンのギルド受付を担当するヴァネッサだ。
 彼女は避難してくる住民を冒険者ギルドの奥にある普段は冒険者たちが己を鍛えるために使っている訓練場へと案内していた。
 そこは有事の際に住民たちの避難所として開かれる場所でもある為、今回のようなことがあればギルドは住民たちを受け入れてくれる。
 
 もちろん、ヴァネッサの他の職員や冒険者達もそれぞれ住民を避難させているが、今回の目的は避難のための誘導ではなかった。

 押し寄せてくる住民たちが訓練場の中に納まると、息を切らせながらヴァネッサは後輩の職員に伝言を頼む。


 「避難してきた方の誘導は終わりましたとラインハルト様に伝えて」
 「わかりました」


 後輩の職員がそう頷くと、彼は奥の部屋へと姿を消した。



 「闇の魔女が襲ってきたんだってよ……」
 「一体この国はどうなっちまうんだよ……ただでさえ最近は大臣のゴリアテの横暴が目に余るってのに」
 「行方不明者も結構出てるって聞くわよ……怖いわ」
 「王子様も行方不明なんだろ…?」
 「大臣に殺されたって噂もあるわよ」
 「俺は闇の魔女に殺されたってきいたぜ」

 住民たちが口々に話し合っていると、訓練場に続くドアが大きく開かれた。
 突然開いたドアに驚きドアの近くにいた住民たちがそちらの方を見る。
 

 「え……あれ?」
 「あれって……」


 訓練場に現れたのはマルティスであった。


 「マルティス王子?」
 「え……王子様?」
 「ラインハルト騎士団長もいるぞ」
 「騎士団長がいるってことはあの王子は本物なのか?」


 住民たちが驚きと惑うのも無理はない、行方不明になっていた王子が闇の魔女が襲ってきた今この時に、なぜか冒険者ギルドの訓練場等という場所に現れたのだ。


 「みんな、話を聞いて欲しい、僕がなぜここにいるのか、そして、なぜ闇の魔女がグランルーンに襲撃を掛けたのか……そのすべてを説明する」


 唐突に口を開いたマルティスに住民たちは戸惑いながらも耳を傾けた。そして、王子の口から出てくる言葉の数々に驚きを隠せずにいたのだ。


 「先王を殺したのが闇の魔女じゃない……?」
 「王子もラインハルト騎士団長も大臣から逃げて……?」
 「いや、それよりも、闇の魔女が王子様に協力をしたのか?」
 「信じられないわ……」


 マルティスの言葉をにわかには信じられないでいる国民たち、それもそのはずだ、もしそれが本当であるのならば自分たちは無実の人間をずっと恨んでいたのだから。
 もしそうなのだとしたら、自分たちはその少女にひどい仕打ちをしたということになる……グランルーンの人々はその罪の意識を認めたくは無かった。


 「認めない気持ちは分かる、だが、我々はそれだけの事をあの者にしてしまっていたのです、いえ、僕はもっとひどい、ラインハルトにその事を知らされていたのに黙っていたのですから」
 「王子様は知っていた…?」


 それならなぜ、それを知らせなかったのか、当然国民たちはそう思う。
 それはそうだ、もしそれを知らせていればその少女を追いつめることは無かった。
 この国から追放し、追いかけるなんてこは無かったのだ。


 「だが、もし僕がそれを表に出そうとしていれば、僕はゴリアテか宮廷魔導士のどちらかに殺されていただろう……そして、それはまた、姉う…ゴホン、カモメ殿の罪になっていた」


 そう、幼いマルティスにはそのことを公にする力は無かった。同様にラインハルトも……いや、英雄のパーティにいたラインハルトでさえも不気味な力を持つ宮廷魔導士を抑え、公言することもできなかったのだ。それもそのはずだ、その宮廷魔導士は魔族であるヘインズだったのだから。



 「だが、それだけの仕打ちをした我が国に、カモメ殿はその力を貸してくれた、彼女が我が国に襲撃を仕掛けたのは僕やラインハルトではこの国の人間を人質に取られてしまう、だけど、彼女たちなら復讐に来たと思わせればその心配はない、それを利用して人質になる可能性のある君たちを避難と称して一か所に集めさせるためだったんです」


 つまりは、グランルーンの国民を逃がすためにカモメ達は一芝居を打ったということなのだ、それを聞いたグランルーンの人達はさらに困惑をした。
 それだけの仕打ちを受けてなお、自分たちを助けようとしてくれたのか……それは本当なのだろうかと……。


 そして、その困惑を見たマルティスは戸惑う。彼はこれだけの事実を話せば国民も納得をしてくれるだろうと多寡をくくっていたのだ。だが、現実はそんなに甘くはない、理解力ある人間ばかりではないのだ。


 困り、再び、何かを言おうとマルティスが口を開いた時、とてつもない轟音と地鳴りがその場を襲ったのだ。


 「な、なんだ!?」
 「王子、こちらに!!」


 尋常ではない音と地鳴りにラインハルトはすぐさまマルティスに駆け寄る。
 国民は何事かと右往左往するのだ。


 「ラインハルト様!外が……お城が……山が!!!」


 ヴァネッサが慌てて扉から入ってくると、要領を得ない言葉を口にする。


 「城になにかあったのか?」


 城にはカモメ達が騒ぎを起こしに向かっている筈である。
 ラインハルトはカモメ達に出来るだけ、城や街に被害を出さないよう頼んでいた。
 だが、同時にヴィクトールの娘であるカモメだ、もしかしたら城を壊してしまう可能性も考えていたのだ。城にいるであろう宮廷魔導士たちと戦闘を行っていれば穏便には済まないだろうと思っていたのだ。

 だが、最後に出た、山とはなんだ……?そう思いながらヴァネッサが誘導するようにギルドの外を指すので一旦ギルドから外に出て城の方へと視線を渡らせた。


 「なっ……これは……何が起きたというのだ……?」


 ラインハルトが驚愕する、幾多の戦闘を経て、英雄のパーティと呼ばれるパーティに所属し、あらゆる場面を見てきた男が驚愕する。


 それもそのはずだ、城の上部分はほぼ半分がその形を失っていた、それだけであるのならばラインハルトはここまで驚かなかっただろう……予想外の光景であったのはその後ろである。

 そこにはグランルーンを護るように高い山がいくつかそびえ立っていたのだ、少なくともこのギルドに入る前まではその様な光景が広がっていた……だが、今の城の後ろには何もない。山どころか丘も、いや小さな砂山すらない……まっ平なのだ。

 まるで、そこだけ絵描きが書き間違えたとホワイト入れたように、何もなくなっているのだ。


 「な、なにがなんだかわからない……」


 普段は冷静でクールなラインハルトであるが……今の顔はとても間の抜けた顔だっただろう、もしこの場にヴィクトールがいれば大笑い間違いなしの珍しい表情だったのだ。

 
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