上 下
19 / 361
1章

闇の子

しおりを挟む
「ま、まさか皇太后か・・・」
「ひひひひひ!悪魔の子!やっと死んだ!!これで息子は安泰よ!!ひひひひひ!」
「な、なにを言っている!王はすでに立派に国を治めているではないか!!アスカは何も邪魔などしていない!今更アスカを狙う理由がどこにあると言うのだ!!」
「ひひひひ、悪魔の子!死んだ!死んだ!」
「く、狂っているのか・・・?」


見るからに様子のおかしかった皇太后がまるで子供の用に小躍りをしながら死んだ死んだと叫んでいた。
その姿は明らかに異常であった。


「一体、どうしたと言うのだ・・・」
『それは・・・私が答えよう』


気配はなかった・・・姿も見えなかった・・・だが声はどこからともなく聞こえる。


「誰だ!」


私が声を上げると、何もなかった場所に小さな黒いひずみが出来、そこから異形の物が現れた。
全身が黒く、体は細く胴回りが女性の腕くらいしかない、そしてその顔には三つの黒い円が目と口の位置にある白いお面のようなものを被っていた。


「貴様・・・魔族か?」
「ご明察・・・」


私は以前、邪竜を倒した際に魔族と戦ったことがある。
その時の魔族も、何もない空間から突如として現れた。


「まさか、まだ魔族がいたとはな・・・奴で最後かと思ったが」
「それこそまさかだな。我ら魔族が滅びるなどありえん」
「それで、彼女はお前が狂わせたのか?」
「ふ・・・察しがいいな」


ふざけている・・・いや、こうしている間にも背中の妻は徐々に呼吸が弱くなっている。こんな話をしている場合ではない。


「悪いが先を急いでいるんでな、通してもらうぞ」
「そうはいかん・・・その女の息の根を止めねばならんのでな」
「なに?」


魔族がなぜアスカを狙う?
いや、それも考えている時ではないな。
私はそう思いなおし、娘も抱えこの場を去ろうとする。そこに・・・

魔族が右手をかざし炎の魔法を放ってきた。
その魔法の大きさは直径5メートルを超えるほどの大きさで私は瞬時躱すことも出来なかった。
だが、その火球は私の前で霧散する。


「なっ・・・・」
「あなた・・・私を置いて・・・カモメを連れて逃げて・・・・」


妻が魔法を使って魔族の魔法を相殺したのだ。


「ば、馬鹿な!そんなこと出来るわけがない!」


私の腕には聖武具である手甲を装備している。戦おうと思えば魔族と戦う事も出来る。
だが、そうすれば妻は確実に死んでしまう・・・。


「さすがは闇の子よ・・・恐るべき力よな」
「ひひひひ!悪魔の子は闇の子!ひひひひ!」
「闇の子?なんだそれは?」
「貴様ら人間が知る必要はない」


再び火球が私を襲う。
私はアスカとカモメを降ろし、拳を構えた。
逃げることはできない、ならば最速で魔族を倒し、治癒師の所へ向かうしかない。
そう考えた私は、聖武具を装備した拳で目の前の火球を弾き飛ばした。


「なに!?」


驚愕する魔族に私は超スピードで駆け寄る。
そして右腕を振りかぶり一撃で魔族を倒すため聖武具にありったけの魔力を込めた。
後は右腕を突き出し、魔族を殴るだけの所で目の前に割り込む者がいた。


「ばあ!ひひひひひひ!」


皇太后だ。
私は、とっさに拳を止めてしまった。
このまま右腕を振りぬけば、皇太后ごと魔族を倒せたかもしれないかったのだが私は、拳を止めてしまったのだ。


「スキありだ」


魔族は火球を放つ。
その火球は皇太后を一瞬で消し炭にし私に襲い掛かった。


「しまったっ!」


私は炎に飲まれながらも聖武具を前面に出し、魔力を流し盾とした。
そのおかげでなんとか命は繋いだものの、すでに動けぬほどのダメージを全身に受けてしまったのだ。


「く・・・」
「あなた・・・」


妻の声が聞こえる・・・普段の明るく元気な彼女の声ではない・・・か細い、今にも消えてしまいそうな声だ。


「おかーさん!おとーさん!」


娘の声が聞こえる・・・優しく、太陽のように明るい娘・・・その娘が泣いている。


「ぐうっ!」


私は再度全身に力を入れ立ち上がる。
足は焼かれており、力を入れるだけで激痛が走る。
体は焦げており、息をするのもままならない。
腕は特にひどく、すでに感覚がない・・・・・。
だが、知った事か!私は父親で夫だ!家族を守る為ならばこの体のすべてが壊れようと戦い続ける!


「ぬおおおおお!」
「ほう・・・まだ動くか・・・だが」


全身に激痛を感じながらも魔族に殴りかかろうとしたその時・・・魔族の手の中で動くものを見つける。
先ほどまで私の後ろで泣いていたはずだ。
・・・なぜ、そこに?


「なぜという顔をしている・・・答えよう、私の体は伸縮自在だ。故に腕を伸ばし掴んだ、それだけだ」
「ぐっ・・・」
「動くな、動けばこの娘を殺す」


馬鹿な・・・動かなかったとしても生かしておく気など無いだろう・・・だが、私は動けん・・・娘を見殺しになど出来るものか・・・。


「それでいい」


そう言い、魔族は再び火球を放った。
私は死を覚悟したが、その火球は私に届くことはなかった。
妻が私の前に立ち己の体と魔力を使い私を護ったのだ。


「あなた・・・負けないで・・・」
「アスカああああ!!」


妻は私の方を振り向くと微笑み、炎をに飲まれた。
次の瞬間、そこにはもう妻の姿はなかった。
妻がいたであろう場所に黒い焦げた跡だけが残っていたのだ。

「おかーさん?・・・おかーさん!?・・・・・・」
「貴様・・・」
「すぐに後を追わせてやる」


魔族は再び火球を作り出す。
だが、その時、私の視界が歪む・・・。
なんだ?いや、体のダメージが限界に達したのか?
だが、そうではないことを次の魔族の言葉が証明した。


「な、なんだこれは・・・」


魔族の驚愕の声、そして、魔族の手の中にいる我が娘の様子がおかしい。


「カモメ!」


カモメの目から光が消えている。
どういうことだ、様子がおかしい、それはわかる・・・だが、私のこの『感情』はどうしたことだ。

私は、カモメを見た瞬間、言いようがないほどの恐怖に駆られた。
恐怖しているのは私だけではない魔族もだ。


「な、なんなのだこれは!!!」


そう、魔族が恐怖している。
魔族こそが人々の恐怖の象徴であるはずだ、なのにその魔族が恐怖している。
その状況に私は焦りを覚える・・・あそこにいるのは本当にカモメなのか?
カモメは徐々に黒いオーラのようなものを躰から湧き上がらせる。
・・・あれはなんだ?
いや、あれはもしかして魔力か?

以前、妻が魔力の絶対容量を上げる為の修練法として魔力をあのように湧き上がらせていた。
しかし、その時の魔力の色は少し青みがかった透明色であった、あのように黒い色ではなかったはずだ。
だが、私の予想が当たっていることを魔族が証明した。


「く、黒い魔力・・・まさか・・・」
「許さない・・・」
「・・・・なっ!?」


カモメが右腕を魔族に向けた瞬間、黒い刃のような物が放たれる。
そしてその黒い刃は易々と魔族の右肩から先を斬り飛ばし、後ろにあった家屋を真っ二つにした。


「な、なんという威力だ・・・」
「今のは闇の魔法・・・」


闇の魔法、魔族は確かにそう言った。
この世界に存在する魔法は火、水、土、雷、風、光の6種類しかないはずだ。
(厳密には水の中に氷があったりなど細かな種類もあるが)
闇の魔法などというものは聞いたことが無い。


「本当はこんなことはしたくなかったのだけれど・・・仕方ないわよね」


カモメの声ではない誰かの声がカモメの口から聞こえた。


「ならば・・・闇の子はあの女ではなく貴様っ・・・がっ、ぎゃああああああああああああああああああああああ!!」


魔族は最後まで言葉を言う事はなかった。
カモメが再び右手をかざすと今度は黒い炎のようなものが魔族を跡形もなく消し去ったのだ。





カモメは支える者がいなくなり、地面へと落ちた。


「カモメ!」


私はカモメに近寄る。
もしかしたら、先ほどの黒い攻撃を私にもしてくるかもしれないが知った事ではない。
私より娘の方が大事だ。


「カモメ・・・よかった、息はある・・・」


私は安堵すると黒く焦げた大地を見る。


「アスカ・・・」


何もないその場所を見て、私の頬に流れる物があった。
そして、娘を治癒師に診せる為、私はその場を後にしたのだ。



《クオンside》



「闇の魔法・・・」
「うむ、あの時確かに魔族はそう言った。そして、あのカモメの様子も未だに私の脳裏に焼き付いている」
「カモメはその後、その魔法を使ったことは?」
「ない、あの時だけだ」
「そうですか・・・」


魔族をも簡単に倒してしまう魔法・・・確かにヘインズとの戦いのときにカモメはそんな魔法は使っていなかった。


「それだけではない、あの時の母親が自分を庇って魔物にやられた後のことをカモメは覚えていない」
「記憶がないのですか・・・」
「ああ、だから、カモメは母親を殺した相手は私が倒して終わったと思っている」
「なぜ、この話を僕に?」
「今回魔族らしきものがいるというのが一番の理由だな」
「また、カモメがその時のようになると?」
「かもしれん」


確かに、母親が死んだときも魔族が絡んでいた。
だとすれば、魔族が現れたときにカモメがその状態になるのかもしれない。


「クオン・・・」
「・・・はい?」
「もし、またカモメがその状態になった時、もし普通では無かったらその時はあいつを止めてやってくれ」
「僕が・・・ですか?」
「ああ、あいつはお前にかなり心を開いている・・・同じような境遇だからなのか分からぬが頼めるのはお前しかいない・・・そう思うのだ」
「ヴィクトールさん・・・」
「勘だがな」
「・・・勘ですか」
「うむ」


まったく、真剣な話をしているかと思えば・・・。


「だが、私の勘はよく当たるのだ」


そして、僕を見てニヤリと笑う。
確かに、その闇の魔法というのは正体不明で恐ろしいが使っているのはあのカモメだ。
根っからのお人好しでお節介で、泣き出した子供相手にアタフタしてしまうような女の子だ。
何が怖いというのだろうか。


「仕方ありませんね、もしそれで敵以外の人間を傷つけようとしたらほっぺたをつねって止めてあげますよ」
「ふ・・・頼んだぞ」
「ええ」


ヴィクトールさんがどこまで本気だったのか正直ちょっとわからなかったがカモメの過去を話してくれたということは僕の事を本当に信頼してくれているのだろう。
なら、その信頼には答えたい。


「では、明日に備えて寝るとするか」
「そうですね」


僕はヴィクトールさんが部屋から出ると再び窓の外に目を向けた。
そして、先ほどの話を考える。
カモメの使う闇の魔法か・・・魔族が怯えるほどの魔法か・・・一体どんなものなんだろう。


「はあ・・・余計眠れなくなった・・・」


月夜の部屋に僕は一人、頭を抱え溜息を吐いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

【完結】義妹とやらが現れましたが認めません。〜断罪劇の次世代たち〜

福田 杜季
ファンタジー
侯爵令嬢のセシリアのもとに、ある日突然、義妹だという少女が現れた。 彼女はメリル。父親の友人であった彼女の父が不幸に見舞われ、親族に虐げられていたところを父が引き取ったらしい。 だがこの女、セシリアの父に欲しいものを買わせまくったり、人の婚約者に媚を打ったり、夜会で非常識な言動をくり返して顰蹙を買ったりと、どうしようもない。 「お義姉さま!」           . . 「姉などと呼ばないでください、メリルさん」 しかし、今はまだ辛抱のとき。 セシリアは来たるべき時へ向け、画策する。 ──これは、20年前の断罪劇の続き。 喜劇がくり返されたとき、いま一度鉄槌は振り下ろされるのだ。 ※ご指摘を受けて題名を変更しました。作者の見通しが甘くてご迷惑をおかけいたします。 旧題『義妹ができましたが大嫌いです。〜断罪劇の次世代たち〜』 ※初投稿です。話に粗やご都合主義的な部分があるかもしれません。生あたたかい目で見守ってください。 ※本編完結済みで、毎日1話ずつ投稿していきます。

私は、忠告を致しましたよ?

柚木ゆず
ファンタジー
 ある日の、放課後のことでした。王立リザエンドワール学院に籍を置く私マリエスは、生徒会長を務められているジュリアルス侯爵令嬢ロマーヌ様に呼び出されました。 「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」  ロマーヌ様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は常に最愛の方に護っていただいているので、貴方様には悪意があると気付けるのですよ。  ロマーヌ様。まだ間に合います。  今なら、引き返せますよ?

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

妹とそんなに比べるのでしたら、婚約を交代したらどうですか?

慶光
ファンタジー
ローラはいつも婚約者のホルムズから、妹のレイラと比較されて来た。婚約してからずっとだ。 頭にきたローラは、そんなに妹のことが好きなら、そちらと婚約したらどうかと彼に告げる。 画してローラは自由の身になった。 ただし……ホルムズと妹レイラとの婚約が上手くいくわけはなかったのだが……。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

処理中です...