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2、教育係

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「あんな大国に婿入りって……一体何をすればいいんだろう。」

 誰もいない部屋で1人言る。

 スワニ帝国には、まだユノの母が生きていた頃に一度行ったことがある。ユノのスワニ帝国旅行の思い出はそれなりに楽しいものだったが、スワニ帝国出身と思われた母だけは体調を崩して参加出来なかった。

 まさかスワニ帝国に婿入りするとは。
 現実感が全く沸いてこない。

 と、いうよりも、こんな、おおよそ王子様らしくない、小汚ない痩せっぽっちが相手になってしまったスワニ帝国の貴族のご令嬢様が不憫でならない。……、自分を見た瞬間逃げ出してしまうのではないか、とユノは考えた。


 でも、自分ではどうすることもできない。
 日々生きていくだけでいっぱいいっぱいだからだ。


 ため息と共に吐き出された言葉は、ベッドとチェストくらいしかない質素な部屋に吸い込まれていった。


 母が亡くなるといつの間にか母の遺品であるきらびやかな物が部屋から次々に無くなっていったのだ。


「とりあえず……食べるものを用意しよう。」


 もう夕方になる。昨日ロイが届けてくれた肉やパンがまだあるし、畑の野菜を使って定番のスープを作ることにした。


 畑で作業していると、珍しく足音が近づいてくる。辺りが静かなので話し声まで聞こえてきた。


「ユノ……様の離宮はこちらでしたが……まさかこのような有り様とは……。」
「ジャス様、このような場所に足を運んでいただくのは申し訳ないです。」
「えぇ、今からでも客室に参りませんか?」


 ジャス様、とは一体誰のことか。


 このような場所……、か……。


 ユノは騒がしい一団に視線を向けた。


「まぁっ! ユノ様っ、そのような格好でそのような場所に……!!」
「お早く! こちらへお越し下さい!」
「スワニ帝国よりお越し下さいましたジャス様を紹介いたしますのでっ!」


 メイド達の焦りようが手に取るように分かる。


 まさか王子と言われているユノが小汚ない格好で畑仕事をしているとは思いもしなかったのだろう。


「ほぅ。これはこれは。 初めまして。 ユノ殿下。 私は隣国のスワニ帝国からやって参りました、教育係のジャスでございます。」


 ユノの濁った緑の瞳は驚愕に見開かれた。


 ジャスと名乗った人物は、美しくサラサラの少し長めの黒髪に、丸渕のメガネが掛けた切れ長の濃い青色の瞳を持つ美丈夫だったのだ。シェールズ国の文官のような格好をしているが、剣を持っても様になりそうだ。痩せて小汚ないユノが近くに行くことすら憚られる、そんな男だった。


 ジャスはただ微笑んでいた。


 先程から教育係教育係と言われているジャスだが、こんな王宮の端っこにやってきていったいどうしたというのか。


 ユノは訳がわからなかった。


 ユノの国である、シェールズ国は、15歳になるとそれなりの貴族は貴族が集う学園へ通う。


 だが、ユノはばっちりスルーされ、19歳になってしまった。母が生きている頃はそれなりに教育も施されていたが、今では畑の師匠である庭師のグリエドがたまに差し入れてくれる本を読むことくらいしかしていない。





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