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第4章
第1話 捕獲
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街道の茶店から吹き流しが上がった。
一見、客を呼ぶための目印に見えるが、竹竿を繋いで高く上げているので近い者ほど目に入らない。
茶店から十町ほど離れた木陰で待機していた組頭達は、吹き流しを見て大里領からの侵入が始まったことを知った。
茶店の前を旅姿をした武士が通り過ぎる。
武士は幸田の領内に入って間もなく、行く手を武具を着けた二人の男に遮られた。
「大里領から参られたか」
後ろから声をかけられ、武士が振り返ると既に腰に刃が突きつけられている。
「企ては露見してござる。我々に従って貰えば命は取らぬ」
武士は刀を抜き取られ、四人の男に囲まれて連れ去られた。
「笠を被ったあの男」
小夜が指示したその武士は、四半刻前に街道を三人で歩いていた。
幸田の領内に入る手前で、先頭を歩いていた男が指示を出した。
「これよりは目立たぬ様に離れて歩くか、刻を隔ててまいろう」
小夜の合図で二人の組頭が、一人になった最後尾の笠の男の後に付く。
それを見た前方の二人の組頭が男の前に立ち塞がると、先程と同じように、武士を連れ去った。
二番目の位置を歩いていた武士を捕獲したとき、先頭を歩いていた武士が振り返って気付き、急に走り出した。
途端、右足の脹ら脛に受けた衝撃で、倒れ込んだ。
見ると矢が刺さっている。
「やられる」
武士は二の矢を射られる恐怖に刀を振り回し叫んだ。
「殺しはせぬ。静まれ」
落ち着いた声に、ようやく気を取り直すと、木の陰から男が三人と弓を持った女が一人、姿を現した。
「このままであれば矢に肉が巻き付くので、取り敢えずは矢を抜き手当をする。その刀を収めて渡されよ」
傷ついた獣を罠から解き放つ様に言って、男が矢を抜いた。
鏃を布で丁寧に拭き、矢を女に渡すと女は武士に詫びるように頭を下げて姿を消した。
矢を抜いた男は竹筒の水で傷口を洗い、小壺の油を塗ると傷を布で固く縛り武士を立ち上がらせた。
「我等の蔵でしばらくお休み頂こう。お仲間もおられるが慮外な振る舞いはならぬ」
武士が蔵に入ると、先に入っていた者達が寄ってきた。
四人が右足の脹ら脛を布で巻いている。
「五人目じゃ。これで間違いない」
「何がだ。教えてくれ。儂はなにがどうなっているのかさっぱり解らん」
「捕われて蔵に入れられた者が十数人のときは、なにゆえ見破られたかを話し合った」
「企てが露見していると言われたので抵抗する気も失せたわ。その時は軍師が捕まり彼奴が我等を指し示したのかと思うた」
「だが軍師とまったく面識の無い者が捕まっているので、そのことではない。また、服装、立ち居振る舞いなども、それ以前のことで、これも違う。つまり、何故露見したかは解らぬままだ」
「次に足を射られた者が来た」
「二人目が来たときは、同じ傷じゃと偶然が可笑しくて笑うたがの」
「三人目が来たときは、これは偶然ではないと、笑う気が失せた。もう信じるしかない。居るのだ。幸田にはこのような弓の神業を持つ者が何人もな」
「そう話していたときに、五人目のお主が来たのだ」
矢傷を受けた五人の武士は深く嘆息して顔を見合わせた。
「恥を言うが、儂は足に矢が刺さったのを見たとき、恐ろしくてたまらなくなってな。次は顔に来るか腹に来るかと思うと、刀を振り回して叫ばずにはおれなんだが、そのときに弓を持つ者は女子であったぞ」
蔵の奥から、「臆病者め」という声がした。
「紛れもなく儂は臆病者じゃ。それがどうした。お主は違うのならなぜここにいる」
「儂は反撃の機会を狙っておるのよ。それよりお主のような臆病者が何故武士をやっておる。百姓にでもなればよいものを」
「儂が武士をするは武家の家に生まれてきたからでしかない。お主の言う武士だがな、これ程の手勢を差し向けて、何の罪も恨みもない一人の女子を殺めようとする。これが武士のすることであればいかに武士が情けないものであることか、お主にはわからんのか」
「罪の無い女子では無かろう。儂は尾口典明様から、その女は米の穫れだかを偽り、年貢を誤魔化して農民や領主から富を搾取する極悪な女当主と聞いたぞ」
「いや。その話はおかしい」と矢を受けた一人が加わった。
五人には逃げて矢を射られたという、劣等感にも似た共同意識が芽生えていた。 「我等が殺めようとする女子はこの村の統領で、自分の私財をつぎ込んで田畑の改良を続けていると、儂をここに連れてきた者が言った。それが為にこの蔵は言うに及ばず、村にも贅沢な値打ちの物が殆ど無いと。そのとおりではないか」
「だが此の村は裕福であると聞くぞ」
「そこよ。なので当主が民から搾取しているのであれば、村人が裕福なはずがないし極悪当主であれば、それを殺そうとする我等は村民にとって味方の筈だろう」
「儂は、むしろ利のために人を殺めんとしているのは我が殿、天恐門院様、軍師殿の方ではないかと考える。幸田の統領を殺め、村人が作業で村から居なくなるのを待ち、年寄り子供などの村人を殺めて村を取り、我が国から百姓を入れて幸田を支配させるという。これの一体どこに武士の面目がある」
「まて。我等はそんな指示はうけておらぬぞ。その話しも初めて聞く」
「そうだ。儂もそんな話しは初めて聞いた」
誰かが驚いた声で言った。
「だとしてもじゃ。国盗りとはそういうものよ。それで我等も富の分け前に預かる。藩の命に従うことで武士としての忠もまた尽くしたことになるであろうが」
「何をぬかすか。あげく捕らわれてこのていたらくじゃ。笑うしかないが、お主の名を聞いておこうか。儂は村井惣右衞門」
「儂は田島伝七郎と申す」
「まあ、田島殿は軍師に従い、好きなように生きられよ。儂は女子供や年寄りを殺めずとも良いのならここに閉じ込められたままでおる方が余程良いわ」
蔵から戻った組頭が忠兵衛に報告する。
「もう五十人ほどになり蔵がいっぱいです。あとは二の蔵に入れましょうか」
「ならばあと五十じゃな。こんなところで良いかの」
「はい。では残りの五十は明日未明、襲撃の時に捕獲しましょう。組頭と弓衆は指示があるまで休んでおきなさい」
一見、客を呼ぶための目印に見えるが、竹竿を繋いで高く上げているので近い者ほど目に入らない。
茶店から十町ほど離れた木陰で待機していた組頭達は、吹き流しを見て大里領からの侵入が始まったことを知った。
茶店の前を旅姿をした武士が通り過ぎる。
武士は幸田の領内に入って間もなく、行く手を武具を着けた二人の男に遮られた。
「大里領から参られたか」
後ろから声をかけられ、武士が振り返ると既に腰に刃が突きつけられている。
「企ては露見してござる。我々に従って貰えば命は取らぬ」
武士は刀を抜き取られ、四人の男に囲まれて連れ去られた。
「笠を被ったあの男」
小夜が指示したその武士は、四半刻前に街道を三人で歩いていた。
幸田の領内に入る手前で、先頭を歩いていた男が指示を出した。
「これよりは目立たぬ様に離れて歩くか、刻を隔ててまいろう」
小夜の合図で二人の組頭が、一人になった最後尾の笠の男の後に付く。
それを見た前方の二人の組頭が男の前に立ち塞がると、先程と同じように、武士を連れ去った。
二番目の位置を歩いていた武士を捕獲したとき、先頭を歩いていた武士が振り返って気付き、急に走り出した。
途端、右足の脹ら脛に受けた衝撃で、倒れ込んだ。
見ると矢が刺さっている。
「やられる」
武士は二の矢を射られる恐怖に刀を振り回し叫んだ。
「殺しはせぬ。静まれ」
落ち着いた声に、ようやく気を取り直すと、木の陰から男が三人と弓を持った女が一人、姿を現した。
「このままであれば矢に肉が巻き付くので、取り敢えずは矢を抜き手当をする。その刀を収めて渡されよ」
傷ついた獣を罠から解き放つ様に言って、男が矢を抜いた。
鏃を布で丁寧に拭き、矢を女に渡すと女は武士に詫びるように頭を下げて姿を消した。
矢を抜いた男は竹筒の水で傷口を洗い、小壺の油を塗ると傷を布で固く縛り武士を立ち上がらせた。
「我等の蔵でしばらくお休み頂こう。お仲間もおられるが慮外な振る舞いはならぬ」
武士が蔵に入ると、先に入っていた者達が寄ってきた。
四人が右足の脹ら脛を布で巻いている。
「五人目じゃ。これで間違いない」
「何がだ。教えてくれ。儂はなにがどうなっているのかさっぱり解らん」
「捕われて蔵に入れられた者が十数人のときは、なにゆえ見破られたかを話し合った」
「企てが露見していると言われたので抵抗する気も失せたわ。その時は軍師が捕まり彼奴が我等を指し示したのかと思うた」
「だが軍師とまったく面識の無い者が捕まっているので、そのことではない。また、服装、立ち居振る舞いなども、それ以前のことで、これも違う。つまり、何故露見したかは解らぬままだ」
「次に足を射られた者が来た」
「二人目が来たときは、同じ傷じゃと偶然が可笑しくて笑うたがの」
「三人目が来たときは、これは偶然ではないと、笑う気が失せた。もう信じるしかない。居るのだ。幸田にはこのような弓の神業を持つ者が何人もな」
「そう話していたときに、五人目のお主が来たのだ」
矢傷を受けた五人の武士は深く嘆息して顔を見合わせた。
「恥を言うが、儂は足に矢が刺さったのを見たとき、恐ろしくてたまらなくなってな。次は顔に来るか腹に来るかと思うと、刀を振り回して叫ばずにはおれなんだが、そのときに弓を持つ者は女子であったぞ」
蔵の奥から、「臆病者め」という声がした。
「紛れもなく儂は臆病者じゃ。それがどうした。お主は違うのならなぜここにいる」
「儂は反撃の機会を狙っておるのよ。それよりお主のような臆病者が何故武士をやっておる。百姓にでもなればよいものを」
「儂が武士をするは武家の家に生まれてきたからでしかない。お主の言う武士だがな、これ程の手勢を差し向けて、何の罪も恨みもない一人の女子を殺めようとする。これが武士のすることであればいかに武士が情けないものであることか、お主にはわからんのか」
「罪の無い女子では無かろう。儂は尾口典明様から、その女は米の穫れだかを偽り、年貢を誤魔化して農民や領主から富を搾取する極悪な女当主と聞いたぞ」
「いや。その話はおかしい」と矢を受けた一人が加わった。
五人には逃げて矢を射られたという、劣等感にも似た共同意識が芽生えていた。 「我等が殺めようとする女子はこの村の統領で、自分の私財をつぎ込んで田畑の改良を続けていると、儂をここに連れてきた者が言った。それが為にこの蔵は言うに及ばず、村にも贅沢な値打ちの物が殆ど無いと。そのとおりではないか」
「だが此の村は裕福であると聞くぞ」
「そこよ。なので当主が民から搾取しているのであれば、村人が裕福なはずがないし極悪当主であれば、それを殺そうとする我等は村民にとって味方の筈だろう」
「儂は、むしろ利のために人を殺めんとしているのは我が殿、天恐門院様、軍師殿の方ではないかと考える。幸田の統領を殺め、村人が作業で村から居なくなるのを待ち、年寄り子供などの村人を殺めて村を取り、我が国から百姓を入れて幸田を支配させるという。これの一体どこに武士の面目がある」
「まて。我等はそんな指示はうけておらぬぞ。その話しも初めて聞く」
「そうだ。儂もそんな話しは初めて聞いた」
誰かが驚いた声で言った。
「だとしてもじゃ。国盗りとはそういうものよ。それで我等も富の分け前に預かる。藩の命に従うことで武士としての忠もまた尽くしたことになるであろうが」
「何をぬかすか。あげく捕らわれてこのていたらくじゃ。笑うしかないが、お主の名を聞いておこうか。儂は村井惣右衞門」
「儂は田島伝七郎と申す」
「まあ、田島殿は軍師に従い、好きなように生きられよ。儂は女子供や年寄りを殺めずとも良いのならここに閉じ込められたままでおる方が余程良いわ」
蔵から戻った組頭が忠兵衛に報告する。
「もう五十人ほどになり蔵がいっぱいです。あとは二の蔵に入れましょうか」
「ならばあと五十じゃな。こんなところで良いかの」
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