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Untold Storys
七顛八倒
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最後の街コンの日。
がんばろうなって、いつもみたいに新に声を掛けた。
きっとこれを最後にするっていうのは、もういく必要がないってことだ。
きっと新は自分の人生のヒロインを見つけたんだろう。
俺がそれになりたかったな。
今日は珍しく自分から女性に話しかけている。
俺は部屋の隅に立って、ワインを飲んでいた。
声をかけてくれた女性と話しながら、時々新の様子を伺う。
あいつなんも食べずに、ずっと飲んでばっかじゃないか?
悪酔いするから、なんか腹に入れろっていつも言ってるのに。
しかもいつもよりペースが早い。
高岡さんとなんかあったのか?
まずい…
俺は持っていたグラスをテーブルに置いて、新のところへ駆け寄った。
倒れそうになった新の体を支える。良かった。間に合った。
椅子に座らせ、肩に頭をもたれさせた。
頼むから、そんな飲み方するなよ。
俺はもう、今日でお前の世話係を卒業するつもりでここに来たのに、そんなお前を見たら…
俺は運営の人に状況を話し、会場を後にした。
家も鍵の場所も知っている。
俺は新を家まで送ることにした。
「ついたぞ」
と言った瞬間、あいつはさっきまで胃におさめていたものを吐き出した。
まったく。
俺はすぐに服を脱いで、風呂場の洗面器に放り込んだ。
水は流したまま。
とりあえず、新をトイレに連れて行き、全部吐かせた。
抱えて部屋に行き、ベッドの上に寝かせると、洗ったタオルで顔を拭いた。
新の服も汚れたかもしれない。
俺は着ていたシャツとズボンを脱がせた。相変わらず色白いな。
時々一緒に温泉も行ったりする。
見慣れているはずの新の体なのに…
俺はそっと新の下着に手を伸ばそうとして、途中で我にかえった。
何やってんだ俺は。
酔って寝ている友達にこんなこと…
最低だな。
それにこいつはもう、俺じゃない誰かのものなのに。
新にパジャマを着せて、自分たちの服を洗面所で洗ってから、洗濯機で洗った。
洗濯機を回している間に俺はシャワーを浴びてた。
バスルームの外に出ると、ちょうど洗濯機が止まる音がする。
浴室乾燥機。便利なもんだな。
とりあえず下着をはいて、服を干して部屋に戻ると、スマホを握りしめた新と目があった。
誰に連絡しようとしたんだ?まぁ聞くまでもないか。
「聡?」
「あぁ。起きたのか?もう大丈夫か?」
「倒れた時、支えてくれたのも聡だった?」
「うん。見てたらふらふらしだしたからちょっと焦った。間に合って良かった…」
「ありがとう。迷惑かけてごめん。シャワー浴びたの?」
「うん。ごめん。汗だくだったから勝手に借りた」
「それは別にいいけど、服は着なよ。パンツ1枚で何してんの!」
「いや、これだけ無事だったんだよ。Tシャツとズボンは、俺の汗とお前のリバースしちゃったやつで大変だったから、今は浴室にぶら下がってる。流石にタンスを勝手に漁るのは気が引けたから、とりあえずこの状態でおさまった」
「本当ごめん!吐いちゃったんだな。記憶があんまないけど」
「帰って来た途端な。安心したんだろうな。えらいよ」
「マジでごめん。服は勝手に取ってもいいよ。サイズが合わないかもだけど…だから僕も着替えさせてくれた?」
「ん。お前の服も今、風呂場。浴室乾燥って便利な。一応予備洗いして、そのあと洗濯機で洗ったから安心しろ。ほとんど俺のシャツとトイレに吐いたし、軽く汚れたかもしれないとこは掃除したけど、まだ気になるとこあったら自分でやって?あぁ、あと体と顔はタオルで拭いたけど、元気になったならシャワー浴びてこいよ。そのあと行けそうなら飯行くか?家にあるもの使っていいなら、なんか作るけど?」
「食材、なんでも好きに使っていいよ。スーパー行けてないから大したものは無いけど」
「わかった。風呂場で寝るなよ?」
「大丈夫だよ!」
1人で行かせて大丈夫だったかな。あいつ、風呂場で倒れてないだろうか。
時折様子を見に行っては、キッチンに戻ってを繰り返す。
「出たのか?ズボンだけ適当に借りたぞ」
「なんで上、着ないのさ?」
「料理してると暑いだろ?夏場とかは、家ではいつもこうだよ」
「ふーん。確かに暑いけどね」
「もう出来るよ」
お粥とおかずを何品か作った。
「ほら。風邪ひくと困るから、やっぱTシャツ着て」
とTシャツを俺に貸してくれた。サイズが新のものにしては大きい。そうか…高岡さんが置いてったのか。
お前は俺の裸を見たって、何も感じないんだな。
「いただきます」
「お前と結婚する人は幸せだな。旦那が料理上手なんて、絶対嬉しいよな」
「そうかな」
「3回街コン行ったけど、恋人候補は見つかった?」
「どうかな。話してて楽しいとは思うけど、付き合うまでいくかは微妙なとこかも。お前は?今回積極的に話しかけてたじゃん?いい子いたの?」
「話しかけたけど、なんも覚えてない」
「それは酔っ払い過ぎだろ」
と笑うと新は言った。
「そういうんじゃなくて、なんでかずっともどかしさっていうか、焦燥感というか、罪悪感というか、モヤモヤというか、なんかずっと落ち着かなくて、気持ちが全くそういう方に向いてなかった感じ…」
「それはさ…出来たんじゃないか?本当に好きな人」
「え?」
「だから街コンも最後にしたかったんだろ?気持ちもついてこなかったのは、多分そういうことじゃないかな?」
と言って、俺は立ち上がった。
「どこ行くの?」
「食べ終わったし、帰るよ。新、もう大丈夫だろ?服、洗って返す」
「もう大丈夫だけど、ちょっと待って!少し相談乗って欲しいんだ」
「何?」
「えっと、えっと…聡は男と付き合うってどう思う?」
もういいよ。これ以上は辛いだけだ。
「ごめん、急に。友達が最近、男友達に告白されたって聞いたからさ。アドバイス求められだけど、僕もよくわからなくて…」
とまた嘘をついた新を見た。
もうこの気持ちを終わらせる、いいタイミングじゃないか。
「その友達はどうしたいの?女の子しか好きになれないのか、それとも男でも好きになれるのか。そいつの気持ち次第だろ?」
「まぁ、そうだよな…」
「付き合ったとして、男同士と男女のカップルじゃ全く違う。相手が女なら出来ることも、相手が男だと出来ない。結婚も、子供を持つことも叶わない。世間体とか気にするなら、外で手を繋ぐこともままならない」
「確かにそうだね」
「それでも一緒にいたいのか?」
「たぶん…いや、わかんないけど…」
きっと、本気なんだ。だから悩んでるんだろうな。
相手が俺なら、一緒に悩んであげられたのに。
「ならもう、答えは出てるんじゃないか?その友達は告白してきた相手が好きなんだと思う。ただ、新に相談したのは、お前がどう反応するか知りたかったんだろ。友達が知ったら、男と付き合うなんて考えられないと差別して自分を突っぱねるのかどうか。もしくは新のことが本当は好きで、お前に止めて欲しいと思ったのかもしれない」
「え?」
蒼さんが言っていた。心と体は別もんだと。
恋愛は女とするが、体の関係は男がいいという人もいるんだとも言っていた。
心を他の誰かに奪われたのなら、体だけでもお前と繋がりたい…
一瞬そう思ってしまった自分に腹が立つ。
いい加減諦めろよ。
「というか新はどうなんだよ…」
「何が?」
「先週の土曜日、陶芸の後俺が飯誘ったら、お前は仕事があるって帰っただろ?でも俺見たんだ。服着替えて、お前が高岡さんと歩いてるとこ」
「あ…あれは汗かいたから着替えに帰っただけで…」
まだ誤魔化すのか?
「俺が言いたいのはそんなことじゃない。なんで俺に嘘ついて、高岡さんと会ったのかって話をしてる」
新が精一杯、何かを言おうとする。
「嘘っていうか、それは…」
「お前が好きなのは高岡さんなんだろ?良かったんじゃない?たぶん高岡さんもお前のこと好きだよ」
「なんで知って…」
やっぱり…
俺はすぐにTシャツを脱ぎたかった。でもまだ俺の服は乾いてない。
「さっきの話、自分のことだろ?」
「あ…」
「嘘なんかつかなくても、好きな人が出来たって、素直にそう言えば良かったのに。俺は新が誰を好きでも、差別も軽蔑もしないよ」
「ちが…」
新はなぜか泣いている。
泣きたいのは俺の方なのに。
「じゃあ帰るわ。高岡さんによろしく。もうお前の世話係は今日で卒業だな」
と言って部屋を出た。
苦しくて苦しくて、息が詰まる。
あいつの部屋を出て、しばらく歩いて落ち着いた頃、俺は蒼さんに電話をかけた。
「遅くなってすみません。今日お皿取りに行くってお約束でしたよね?今から行っていいですか?」
蒼さんの店に行く途中、あの喫茶店で流れていた曲を思い出した。
誰の曲か調べようと思っていたのに、なんかそれどころじゃなかったな。
店に着くと蒼さんは待っていてくれた。
「今晩は。ごめんなさい。もう閉店時間なのに」
「いいよ。取りに来ただけだろ?」
「うん。お皿持って帰ります」
「新の徳利たちは?」
「それは…新に直接渡して」
「あれ、出来上がったら、それで一緒に酒飲むんじゃなかったっけ?」
「あいつには俺より一緒にいたい人がいるんですよ…だからもう…」
「せっかくお揃いの模様にして、裏にあんなメッセージまで残したのに?」
「気付いてたんですか?」
「当たり前だろ?誰が焼いたと思ってるんだよ」
「そうですね。じゃあこの皿も、あいつにあげてください。あいつはたぶんメッセージには気付かないだろうし。俺、今月いっぱいで、教室も辞めようと思います。じゃあこれで…」
「聡!」
と呼び止められて振り返った俺に、蒼さんが自分の家の鍵を投げた。
「先に俺の家行ってて。店閉めたら、酒買って帰るから」
俺が蒼さんの家に着いてしばらくして、蒼さんが帰ってきた。
「早いっすね」
「自転車、必死に漕いだらこんなもんよ」
蒼さんは酒をテーブルの上に置いた。
「あつー!あ、つまみ買うの忘れた。聡、料理うまいんだよな?なんか作って」
そう言いつつ、彼は汗で濡れたTシャツを、洗濯機に放り込んだ。
いくつか冷蔵庫から食材を出して、つまみを作っていると、蒼さんが後ろから俺を抱きしめる。
「蒼さん。何してるんですか?料理中ですよ…」
「いいじゃん。お前も心のどっかで期待してた。だからここに来たんだろ?」
確かに心のどこかで、蒼さんに触れられたら、新のことを少しでも早く忘れられると思った。
「…」
「その沈黙は、YESと受け取っていいよな?」
そう言って、俺のシャツの下に手を入れて、首筋にキスをした。
いつもと同じ香水なのに、彼の上がった体温が、より香りを強くする…
「ぁあ…」
呼吸が荒くなり、心拍数が上がる。
俺はコンロの火を止め、後ろを向いたまま聞いた。
「なんで?」
「何が?」
「あなたの目的は?」
「目的?」
「こんなことをする目的ですよ」
「なんだろうね」
「ただの暇つぶし?性欲の処理?それとも俺をおちょくって…」
蒼は俺を自分の方に向けると、息もできないほど激しく口づけをした。
「…どんな答えなら満足?俺になんて言って欲しいの?」
「わかんないよ!ただ、この前、新の代わりにしたいと望むなら、それでいいって。そう言ったじゃないですか」
「言ったね」
「それって、俺があなたを好きになってもいいってことですか?」
「あぁ…なるほど。それで答えが欲しかったの?俺に好きだって言って欲しかった?もう辛い片想いは嫌だから?」
「…」
「俺が好きだって言えば、聡も俺を好きになるのか?身も心も俺の物になるのか?違うだろ?」
「でも今日、1人でいたくなかった。苦しくてどうしようもなくて。そんな時、蒼の顔が浮かんだ。忘れさせてもらえませんか?あいつのこと…あなたなら出来るでしょう?」
泣いてる俺の涙を拭いて
「俺はお前が好きだよ?苦しんでるなら、出来る限りのことをして、助けてあげたいくらいには好き。…忘れなくていいよ。そんな簡単な話じゃないだろ?それに、それが出来るかどうかは、俺じゃなくて聡次第だ。時間はかかるかもしれないけど、気が済むまで一緒には居てやるから」
と言うと俺のことを優しく抱きしめた。
俺は蒼の手を引っぱって、ベッドに連れてった。
シャツを脱ぎながら、横になった彼の上に跨る。
この先のことを、何も考えていなかった俺は、すぐに上から退こうとした。
蒼はそんな俺の様子を見て、腕を掴むと、自分に引き寄せてキスをした。
彼は俺のベルトを外し、ズボンのチャックに手をかける。
「はぁ…はぁ…」
蒼の呼吸が荒くなっている。顔も赤い。
夏場に自転車を必死になって漕いだからか?
それとも興奮して…?そんなわけないか。
「蒼、顔赤いよ?呼吸も荒いし、今日はやめとこう?」
俺は一度冷静になろうとした。でも蒼は続ける。
俺の下着の中に手を入れながら、
「誰のせいだよ…それにお前も、もうこんなになってるのに、今更やめるとか無理だろ?」
ダメだ。
とろんとした彼の目を見ているだけで、俺の中に何かが押し寄せて来る。
忘れられるかどうかは俺次第…
「蒼、俺この間より…」
俺の言葉を口で封じた後、
「わかってるよ」
とだけ言った。
今日は同時に、お互いの体を洗っていく。
熱い…
シャワーのせいじゃなくて、彼の体温が自分に伝わって、やがて同じになる。
そのくらい俺の体も火照っていた。
また優しく手で触られて、感じてしまう。
そう思った時、蒼はちらっと俺の目を見て、上からゆっくりと、全身にキスをしながらしゃがみこんだ。
「ちょっ!蒼?」
わかってるってこういうことか…
俺は自然と彼の頭に手を添えた。
「んっ…あっ…いい…」
今までのどんな相手より気持ちが良かった。
しばらくして、そっと立ち上がった蒼が、
「すごく、感じてたな。だからこんなにも早く…」
と耳元で言った。顔が熱くなる。
「じゃあ俺も…」
と言ってしゃがもうとすると、彼は俺を抱きしめて、
「無理しなくていい。聡はこないだと同じでいいよ」
とこの前と同じようにキスをしながら、俺の手を自分の方に持っていった。
俺は先にバスルームを出ると、つまみの続きを作り始めた。
5分ほどして蒼が出てくる。
「座ってて。もう出来るから」
俺たちは出来たつまみを食べながら、また泡盛で乾杯する。
蒼は今日も、自分からは何も聞かなかった。
「俺、わかってるよって言われたから、もっとハードなのを想像してました」
「ハードなのって?」
「いや、だからその…」
「あぁ…なるほど。そういうのが良かった?」
と蒼は笑った。
「いや、よかったっていうか、男同士ってそれがスタンダードだと思ってたんで…」
「まぁ、好きな人は好きだよね。でも好みはあるし、全員がするわけじゃないよ」
「蒼は?」
「何とも言えないけど、結構大変なんだよ。準備とか後のこととか。ドラマなんかではさらっと流してるけどね。ちなみに聡はどっちがいい?」
「え?」
「挿れたい?それとも挿れられたい?」
サラッと聞いてくる。
「わかんないです。どっちの経験もないんで…」
「でも、さっきもっとハードなのを想像してたって言ったよな?」
「はい」
「そん時、君はどっち側だった?」
「…覚えてないです」
「ふっ。嘘つき」
と蒼は笑っていた。
その時、あの美容師の言葉を思い出した。
"新さんの言われて嬉しい言葉は?
恋人にして欲しいことは?
体のどこが1番感じるかは、知ってます?"
どこが1番感じるか…
「蒼は…どこが1番感じるの?」
新に聞けないことを、代わりに蒼に聞いたのか、それとも純粋に、蒼のことを知りたくて聞いたのか、俺にはわからなかった。
「ん?そうだなー」
と俺の手を掴んで、少し顔を近付けて微笑むと、こう言った。
「キスしてくれたら教えてやるよ」
冗談で言ったのか、本気だったのかはわからない。
俺はそのまま、腕を背中まで回して抱きしめると、彼の唇に自分の唇を重ねた。
俺からのキスは初めてか…多分これが俺の質問に対する答えなんだな。
蒼が腕をそっと俺の首に回す。
ここで止めるべきか…
でも昂ってしまった感情を、俺たちは抑えられなくなっていた。
部屋のエアコンは冷房なのに、俺たちは興奮とアルコールのせいか、少し汗ばんでいる。
ソファからベッドに移ると、蒼は横たわる俺の首に滲んだ汗を、ぺろっと舐めた。
「んっ…!」
そのままゆっくりと、鎖骨や胸、下腹部とまたゆっくりキスをする。
「聡は首筋から鎖骨にかけて、すごく感じるよな?」
と言った。
「蒼はキスが好きですよね?」
蒼はニヤっと笑って、上唇を舐めると、さっきと同じように口で咥えて、ゆっくり動かし始めた。
「あ…待って、蒼。次は俺も…」
声にならない声で言うと、
「じゃあ…」
とそのまま体の向きを変える。
俺は初めて男のそれを咥えた。
ゆっくり上下させながら、時折舌を動かす。
「はぁ…あっ!…んっ…」
俺のを咥えながら喘ぐ蒼の声が、たまらなくエロい。
「蒼、そんなにも感じてくれてるの?」
「ん。だって…お前…」
自分がされていることよりも、同時に相手も感じながら、自分のを咥えていると思うと、さっきよりも興奮した。
「蒼…もうダメ。我慢出来ない…」
と言うと
「じゃあ一緒に…」
と彼は言った。
しばらくして落ち着くと、また蒼が俺を見て言った。
「聡。笑ってみ?」
俺は笑顔を作った。
「まだ不合格だな」
と蒼は笑った。
「それ合格する日くるの?ところで今日のは、5割くらい?」
と聞いた俺に、
「んー?3割」
と笑って言った。
2人で並んで横になっていると、俺は気になっていたこと
を思い出した。蒼の方を向いて、聞いた。
「聞いてもいい?」
「ん?」
「狙って落とせなかった人が、1人いたって言ってたよな?それってどんな人?」
「あーそれね」
蒼の反応を見て、俺は触れてはいけないところに、触れてしまった気がした。
蒼はいつも自分から詮索はしない。
「ごめん。やっぱいい」
と俺は慌てて体を起こす。
「いいよ。聞いて」
彼は天井を眺めたまま、静かに話し始めた。
「昔さ。俺、大好きな人がいて。ほんとすげー好きで。向こうも可愛がってくれて、告白したいけど、拒絶されるのも怖いし、元の関係に戻れなくなるのも嫌で、ずっとただそばにいるだけだった」
あれ、そんな話どっかで…
ふと蒼の顔を見ると、目が合った。
「誰かさんみたいだろ?」
そう言われ、俺は思わず目を逸らした。
ふっと鼻で笑った彼は、続きを語り始める。
「ある日、その人に呼ばれて喫茶店に行くと、ある人を紹介された。付き合ってる人がいるのは知ってた。んで、その人は言った。自分達の結婚式に来てほしいと」
「うん…」
相手が結婚したから、落とせなかったのか。男か?女か?
「相手の人はその人よりも10個も歳上で、笑顔が素敵で包容力のある、優しい人だった。工房にもよく迎えに来たりしてたから、いつも3人で話をしたよ」
だった…?3人でって。悲しいな。
「相手の人は、町田隆平っていう、業界では結構有名な写真家さんだったんだけど、仕事に行くために乗った飛行機が事故に遭って、ある日突然帰らぬ人になった。結婚してまだ1年だったのに…」
まさか、そんなことって。
「もうそっからは、見ていられないくらい落ち込んでてさ。どんどんやつれていくし、もしかしたら、後を追っちゃうんじゃないかって、それだけが心配で…誰かが見ていないと、あの人も急にいなくなりそうで怖かった」
いつもとは違う蒼の表情に、胸が押しつぶされる気がした。
本気で好きだったんだろうな。
「俺は、あの人の恋人でもなく、新しい旦那でもなく、ただ見守るだけの人になりたいって思った。悲しくなったらそばにいて、嬉しい時は一緒に笑って、ストレスが溜まったら、酒飲んで愚痴を聞く。それが俺にできる唯一のことだって。もし誰か新しい相手を好きになって、幸せになってくれるなら、それまで俺が、あの人のお守りになろうって、そう決めたんだよ」
蒼はずっと上を向いたまま、話をしている。
瞬きもせず、ただ天井を見上げたまま。
俺は何を思ったのか、蒼にキスをした。
慰めるつもりだったのか?
同情したのか?
あるいは自分を重ねたか…
びっくりしていた蒼も、目を閉じてキスを返した。
「落ち着いた?」
「おう」
「そうか…」
「あんなの反則な。あんな風にキスされたら、また興奮するだろ。次やったら犯すぞ?」
「やれるもんならやってみろ」
そう笑いながら立ち上がると、俺は服を着た。
「帰るのか?」
「今週中に仕上げたいプレゼンの準備があるから、そろそろな」
「わかった…」
「蒼は?明日仕事?」
「うん。先輩の代わりに店。明日は命日だから…」
そう言いながら、俺を玄関まで見送ってくれた。
がんばろうなって、いつもみたいに新に声を掛けた。
きっとこれを最後にするっていうのは、もういく必要がないってことだ。
きっと新は自分の人生のヒロインを見つけたんだろう。
俺がそれになりたかったな。
今日は珍しく自分から女性に話しかけている。
俺は部屋の隅に立って、ワインを飲んでいた。
声をかけてくれた女性と話しながら、時々新の様子を伺う。
あいつなんも食べずに、ずっと飲んでばっかじゃないか?
悪酔いするから、なんか腹に入れろっていつも言ってるのに。
しかもいつもよりペースが早い。
高岡さんとなんかあったのか?
まずい…
俺は持っていたグラスをテーブルに置いて、新のところへ駆け寄った。
倒れそうになった新の体を支える。良かった。間に合った。
椅子に座らせ、肩に頭をもたれさせた。
頼むから、そんな飲み方するなよ。
俺はもう、今日でお前の世話係を卒業するつもりでここに来たのに、そんなお前を見たら…
俺は運営の人に状況を話し、会場を後にした。
家も鍵の場所も知っている。
俺は新を家まで送ることにした。
「ついたぞ」
と言った瞬間、あいつはさっきまで胃におさめていたものを吐き出した。
まったく。
俺はすぐに服を脱いで、風呂場の洗面器に放り込んだ。
水は流したまま。
とりあえず、新をトイレに連れて行き、全部吐かせた。
抱えて部屋に行き、ベッドの上に寝かせると、洗ったタオルで顔を拭いた。
新の服も汚れたかもしれない。
俺は着ていたシャツとズボンを脱がせた。相変わらず色白いな。
時々一緒に温泉も行ったりする。
見慣れているはずの新の体なのに…
俺はそっと新の下着に手を伸ばそうとして、途中で我にかえった。
何やってんだ俺は。
酔って寝ている友達にこんなこと…
最低だな。
それにこいつはもう、俺じゃない誰かのものなのに。
新にパジャマを着せて、自分たちの服を洗面所で洗ってから、洗濯機で洗った。
洗濯機を回している間に俺はシャワーを浴びてた。
バスルームの外に出ると、ちょうど洗濯機が止まる音がする。
浴室乾燥機。便利なもんだな。
とりあえず下着をはいて、服を干して部屋に戻ると、スマホを握りしめた新と目があった。
誰に連絡しようとしたんだ?まぁ聞くまでもないか。
「聡?」
「あぁ。起きたのか?もう大丈夫か?」
「倒れた時、支えてくれたのも聡だった?」
「うん。見てたらふらふらしだしたからちょっと焦った。間に合って良かった…」
「ありがとう。迷惑かけてごめん。シャワー浴びたの?」
「うん。ごめん。汗だくだったから勝手に借りた」
「それは別にいいけど、服は着なよ。パンツ1枚で何してんの!」
「いや、これだけ無事だったんだよ。Tシャツとズボンは、俺の汗とお前のリバースしちゃったやつで大変だったから、今は浴室にぶら下がってる。流石にタンスを勝手に漁るのは気が引けたから、とりあえずこの状態でおさまった」
「本当ごめん!吐いちゃったんだな。記憶があんまないけど」
「帰って来た途端な。安心したんだろうな。えらいよ」
「マジでごめん。服は勝手に取ってもいいよ。サイズが合わないかもだけど…だから僕も着替えさせてくれた?」
「ん。お前の服も今、風呂場。浴室乾燥って便利な。一応予備洗いして、そのあと洗濯機で洗ったから安心しろ。ほとんど俺のシャツとトイレに吐いたし、軽く汚れたかもしれないとこは掃除したけど、まだ気になるとこあったら自分でやって?あぁ、あと体と顔はタオルで拭いたけど、元気になったならシャワー浴びてこいよ。そのあと行けそうなら飯行くか?家にあるもの使っていいなら、なんか作るけど?」
「食材、なんでも好きに使っていいよ。スーパー行けてないから大したものは無いけど」
「わかった。風呂場で寝るなよ?」
「大丈夫だよ!」
1人で行かせて大丈夫だったかな。あいつ、風呂場で倒れてないだろうか。
時折様子を見に行っては、キッチンに戻ってを繰り返す。
「出たのか?ズボンだけ適当に借りたぞ」
「なんで上、着ないのさ?」
「料理してると暑いだろ?夏場とかは、家ではいつもこうだよ」
「ふーん。確かに暑いけどね」
「もう出来るよ」
お粥とおかずを何品か作った。
「ほら。風邪ひくと困るから、やっぱTシャツ着て」
とTシャツを俺に貸してくれた。サイズが新のものにしては大きい。そうか…高岡さんが置いてったのか。
お前は俺の裸を見たって、何も感じないんだな。
「いただきます」
「お前と結婚する人は幸せだな。旦那が料理上手なんて、絶対嬉しいよな」
「そうかな」
「3回街コン行ったけど、恋人候補は見つかった?」
「どうかな。話してて楽しいとは思うけど、付き合うまでいくかは微妙なとこかも。お前は?今回積極的に話しかけてたじゃん?いい子いたの?」
「話しかけたけど、なんも覚えてない」
「それは酔っ払い過ぎだろ」
と笑うと新は言った。
「そういうんじゃなくて、なんでかずっともどかしさっていうか、焦燥感というか、罪悪感というか、モヤモヤというか、なんかずっと落ち着かなくて、気持ちが全くそういう方に向いてなかった感じ…」
「それはさ…出来たんじゃないか?本当に好きな人」
「え?」
「だから街コンも最後にしたかったんだろ?気持ちもついてこなかったのは、多分そういうことじゃないかな?」
と言って、俺は立ち上がった。
「どこ行くの?」
「食べ終わったし、帰るよ。新、もう大丈夫だろ?服、洗って返す」
「もう大丈夫だけど、ちょっと待って!少し相談乗って欲しいんだ」
「何?」
「えっと、えっと…聡は男と付き合うってどう思う?」
もういいよ。これ以上は辛いだけだ。
「ごめん、急に。友達が最近、男友達に告白されたって聞いたからさ。アドバイス求められだけど、僕もよくわからなくて…」
とまた嘘をついた新を見た。
もうこの気持ちを終わらせる、いいタイミングじゃないか。
「その友達はどうしたいの?女の子しか好きになれないのか、それとも男でも好きになれるのか。そいつの気持ち次第だろ?」
「まぁ、そうだよな…」
「付き合ったとして、男同士と男女のカップルじゃ全く違う。相手が女なら出来ることも、相手が男だと出来ない。結婚も、子供を持つことも叶わない。世間体とか気にするなら、外で手を繋ぐこともままならない」
「確かにそうだね」
「それでも一緒にいたいのか?」
「たぶん…いや、わかんないけど…」
きっと、本気なんだ。だから悩んでるんだろうな。
相手が俺なら、一緒に悩んであげられたのに。
「ならもう、答えは出てるんじゃないか?その友達は告白してきた相手が好きなんだと思う。ただ、新に相談したのは、お前がどう反応するか知りたかったんだろ。友達が知ったら、男と付き合うなんて考えられないと差別して自分を突っぱねるのかどうか。もしくは新のことが本当は好きで、お前に止めて欲しいと思ったのかもしれない」
「え?」
蒼さんが言っていた。心と体は別もんだと。
恋愛は女とするが、体の関係は男がいいという人もいるんだとも言っていた。
心を他の誰かに奪われたのなら、体だけでもお前と繋がりたい…
一瞬そう思ってしまった自分に腹が立つ。
いい加減諦めろよ。
「というか新はどうなんだよ…」
「何が?」
「先週の土曜日、陶芸の後俺が飯誘ったら、お前は仕事があるって帰っただろ?でも俺見たんだ。服着替えて、お前が高岡さんと歩いてるとこ」
「あ…あれは汗かいたから着替えに帰っただけで…」
まだ誤魔化すのか?
「俺が言いたいのはそんなことじゃない。なんで俺に嘘ついて、高岡さんと会ったのかって話をしてる」
新が精一杯、何かを言おうとする。
「嘘っていうか、それは…」
「お前が好きなのは高岡さんなんだろ?良かったんじゃない?たぶん高岡さんもお前のこと好きだよ」
「なんで知って…」
やっぱり…
俺はすぐにTシャツを脱ぎたかった。でもまだ俺の服は乾いてない。
「さっきの話、自分のことだろ?」
「あ…」
「嘘なんかつかなくても、好きな人が出来たって、素直にそう言えば良かったのに。俺は新が誰を好きでも、差別も軽蔑もしないよ」
「ちが…」
新はなぜか泣いている。
泣きたいのは俺の方なのに。
「じゃあ帰るわ。高岡さんによろしく。もうお前の世話係は今日で卒業だな」
と言って部屋を出た。
苦しくて苦しくて、息が詰まる。
あいつの部屋を出て、しばらく歩いて落ち着いた頃、俺は蒼さんに電話をかけた。
「遅くなってすみません。今日お皿取りに行くってお約束でしたよね?今から行っていいですか?」
蒼さんの店に行く途中、あの喫茶店で流れていた曲を思い出した。
誰の曲か調べようと思っていたのに、なんかそれどころじゃなかったな。
店に着くと蒼さんは待っていてくれた。
「今晩は。ごめんなさい。もう閉店時間なのに」
「いいよ。取りに来ただけだろ?」
「うん。お皿持って帰ります」
「新の徳利たちは?」
「それは…新に直接渡して」
「あれ、出来上がったら、それで一緒に酒飲むんじゃなかったっけ?」
「あいつには俺より一緒にいたい人がいるんですよ…だからもう…」
「せっかくお揃いの模様にして、裏にあんなメッセージまで残したのに?」
「気付いてたんですか?」
「当たり前だろ?誰が焼いたと思ってるんだよ」
「そうですね。じゃあこの皿も、あいつにあげてください。あいつはたぶんメッセージには気付かないだろうし。俺、今月いっぱいで、教室も辞めようと思います。じゃあこれで…」
「聡!」
と呼び止められて振り返った俺に、蒼さんが自分の家の鍵を投げた。
「先に俺の家行ってて。店閉めたら、酒買って帰るから」
俺が蒼さんの家に着いてしばらくして、蒼さんが帰ってきた。
「早いっすね」
「自転車、必死に漕いだらこんなもんよ」
蒼さんは酒をテーブルの上に置いた。
「あつー!あ、つまみ買うの忘れた。聡、料理うまいんだよな?なんか作って」
そう言いつつ、彼は汗で濡れたTシャツを、洗濯機に放り込んだ。
いくつか冷蔵庫から食材を出して、つまみを作っていると、蒼さんが後ろから俺を抱きしめる。
「蒼さん。何してるんですか?料理中ですよ…」
「いいじゃん。お前も心のどっかで期待してた。だからここに来たんだろ?」
確かに心のどこかで、蒼さんに触れられたら、新のことを少しでも早く忘れられると思った。
「…」
「その沈黙は、YESと受け取っていいよな?」
そう言って、俺のシャツの下に手を入れて、首筋にキスをした。
いつもと同じ香水なのに、彼の上がった体温が、より香りを強くする…
「ぁあ…」
呼吸が荒くなり、心拍数が上がる。
俺はコンロの火を止め、後ろを向いたまま聞いた。
「なんで?」
「何が?」
「あなたの目的は?」
「目的?」
「こんなことをする目的ですよ」
「なんだろうね」
「ただの暇つぶし?性欲の処理?それとも俺をおちょくって…」
蒼は俺を自分の方に向けると、息もできないほど激しく口づけをした。
「…どんな答えなら満足?俺になんて言って欲しいの?」
「わかんないよ!ただ、この前、新の代わりにしたいと望むなら、それでいいって。そう言ったじゃないですか」
「言ったね」
「それって、俺があなたを好きになってもいいってことですか?」
「あぁ…なるほど。それで答えが欲しかったの?俺に好きだって言って欲しかった?もう辛い片想いは嫌だから?」
「…」
「俺が好きだって言えば、聡も俺を好きになるのか?身も心も俺の物になるのか?違うだろ?」
「でも今日、1人でいたくなかった。苦しくてどうしようもなくて。そんな時、蒼の顔が浮かんだ。忘れさせてもらえませんか?あいつのこと…あなたなら出来るでしょう?」
泣いてる俺の涙を拭いて
「俺はお前が好きだよ?苦しんでるなら、出来る限りのことをして、助けてあげたいくらいには好き。…忘れなくていいよ。そんな簡単な話じゃないだろ?それに、それが出来るかどうかは、俺じゃなくて聡次第だ。時間はかかるかもしれないけど、気が済むまで一緒には居てやるから」
と言うと俺のことを優しく抱きしめた。
俺は蒼の手を引っぱって、ベッドに連れてった。
シャツを脱ぎながら、横になった彼の上に跨る。
この先のことを、何も考えていなかった俺は、すぐに上から退こうとした。
蒼はそんな俺の様子を見て、腕を掴むと、自分に引き寄せてキスをした。
彼は俺のベルトを外し、ズボンのチャックに手をかける。
「はぁ…はぁ…」
蒼の呼吸が荒くなっている。顔も赤い。
夏場に自転車を必死になって漕いだからか?
それとも興奮して…?そんなわけないか。
「蒼、顔赤いよ?呼吸も荒いし、今日はやめとこう?」
俺は一度冷静になろうとした。でも蒼は続ける。
俺の下着の中に手を入れながら、
「誰のせいだよ…それにお前も、もうこんなになってるのに、今更やめるとか無理だろ?」
ダメだ。
とろんとした彼の目を見ているだけで、俺の中に何かが押し寄せて来る。
忘れられるかどうかは俺次第…
「蒼、俺この間より…」
俺の言葉を口で封じた後、
「わかってるよ」
とだけ言った。
今日は同時に、お互いの体を洗っていく。
熱い…
シャワーのせいじゃなくて、彼の体温が自分に伝わって、やがて同じになる。
そのくらい俺の体も火照っていた。
また優しく手で触られて、感じてしまう。
そう思った時、蒼はちらっと俺の目を見て、上からゆっくりと、全身にキスをしながらしゃがみこんだ。
「ちょっ!蒼?」
わかってるってこういうことか…
俺は自然と彼の頭に手を添えた。
「んっ…あっ…いい…」
今までのどんな相手より気持ちが良かった。
しばらくして、そっと立ち上がった蒼が、
「すごく、感じてたな。だからこんなにも早く…」
と耳元で言った。顔が熱くなる。
「じゃあ俺も…」
と言ってしゃがもうとすると、彼は俺を抱きしめて、
「無理しなくていい。聡はこないだと同じでいいよ」
とこの前と同じようにキスをしながら、俺の手を自分の方に持っていった。
俺は先にバスルームを出ると、つまみの続きを作り始めた。
5分ほどして蒼が出てくる。
「座ってて。もう出来るから」
俺たちは出来たつまみを食べながら、また泡盛で乾杯する。
蒼は今日も、自分からは何も聞かなかった。
「俺、わかってるよって言われたから、もっとハードなのを想像してました」
「ハードなのって?」
「いや、だからその…」
「あぁ…なるほど。そういうのが良かった?」
と蒼は笑った。
「いや、よかったっていうか、男同士ってそれがスタンダードだと思ってたんで…」
「まぁ、好きな人は好きだよね。でも好みはあるし、全員がするわけじゃないよ」
「蒼は?」
「何とも言えないけど、結構大変なんだよ。準備とか後のこととか。ドラマなんかではさらっと流してるけどね。ちなみに聡はどっちがいい?」
「え?」
「挿れたい?それとも挿れられたい?」
サラッと聞いてくる。
「わかんないです。どっちの経験もないんで…」
「でも、さっきもっとハードなのを想像してたって言ったよな?」
「はい」
「そん時、君はどっち側だった?」
「…覚えてないです」
「ふっ。嘘つき」
と蒼は笑っていた。
その時、あの美容師の言葉を思い出した。
"新さんの言われて嬉しい言葉は?
恋人にして欲しいことは?
体のどこが1番感じるかは、知ってます?"
どこが1番感じるか…
「蒼は…どこが1番感じるの?」
新に聞けないことを、代わりに蒼に聞いたのか、それとも純粋に、蒼のことを知りたくて聞いたのか、俺にはわからなかった。
「ん?そうだなー」
と俺の手を掴んで、少し顔を近付けて微笑むと、こう言った。
「キスしてくれたら教えてやるよ」
冗談で言ったのか、本気だったのかはわからない。
俺はそのまま、腕を背中まで回して抱きしめると、彼の唇に自分の唇を重ねた。
俺からのキスは初めてか…多分これが俺の質問に対する答えなんだな。
蒼が腕をそっと俺の首に回す。
ここで止めるべきか…
でも昂ってしまった感情を、俺たちは抑えられなくなっていた。
部屋のエアコンは冷房なのに、俺たちは興奮とアルコールのせいか、少し汗ばんでいる。
ソファからベッドに移ると、蒼は横たわる俺の首に滲んだ汗を、ぺろっと舐めた。
「んっ…!」
そのままゆっくりと、鎖骨や胸、下腹部とまたゆっくりキスをする。
「聡は首筋から鎖骨にかけて、すごく感じるよな?」
と言った。
「蒼はキスが好きですよね?」
蒼はニヤっと笑って、上唇を舐めると、さっきと同じように口で咥えて、ゆっくり動かし始めた。
「あ…待って、蒼。次は俺も…」
声にならない声で言うと、
「じゃあ…」
とそのまま体の向きを変える。
俺は初めて男のそれを咥えた。
ゆっくり上下させながら、時折舌を動かす。
「はぁ…あっ!…んっ…」
俺のを咥えながら喘ぐ蒼の声が、たまらなくエロい。
「蒼、そんなにも感じてくれてるの?」
「ん。だって…お前…」
自分がされていることよりも、同時に相手も感じながら、自分のを咥えていると思うと、さっきよりも興奮した。
「蒼…もうダメ。我慢出来ない…」
と言うと
「じゃあ一緒に…」
と彼は言った。
しばらくして落ち着くと、また蒼が俺を見て言った。
「聡。笑ってみ?」
俺は笑顔を作った。
「まだ不合格だな」
と蒼は笑った。
「それ合格する日くるの?ところで今日のは、5割くらい?」
と聞いた俺に、
「んー?3割」
と笑って言った。
2人で並んで横になっていると、俺は気になっていたこと
を思い出した。蒼の方を向いて、聞いた。
「聞いてもいい?」
「ん?」
「狙って落とせなかった人が、1人いたって言ってたよな?それってどんな人?」
「あーそれね」
蒼の反応を見て、俺は触れてはいけないところに、触れてしまった気がした。
蒼はいつも自分から詮索はしない。
「ごめん。やっぱいい」
と俺は慌てて体を起こす。
「いいよ。聞いて」
彼は天井を眺めたまま、静かに話し始めた。
「昔さ。俺、大好きな人がいて。ほんとすげー好きで。向こうも可愛がってくれて、告白したいけど、拒絶されるのも怖いし、元の関係に戻れなくなるのも嫌で、ずっとただそばにいるだけだった」
あれ、そんな話どっかで…
ふと蒼の顔を見ると、目が合った。
「誰かさんみたいだろ?」
そう言われ、俺は思わず目を逸らした。
ふっと鼻で笑った彼は、続きを語り始める。
「ある日、その人に呼ばれて喫茶店に行くと、ある人を紹介された。付き合ってる人がいるのは知ってた。んで、その人は言った。自分達の結婚式に来てほしいと」
「うん…」
相手が結婚したから、落とせなかったのか。男か?女か?
「相手の人はその人よりも10個も歳上で、笑顔が素敵で包容力のある、優しい人だった。工房にもよく迎えに来たりしてたから、いつも3人で話をしたよ」
だった…?3人でって。悲しいな。
「相手の人は、町田隆平っていう、業界では結構有名な写真家さんだったんだけど、仕事に行くために乗った飛行機が事故に遭って、ある日突然帰らぬ人になった。結婚してまだ1年だったのに…」
まさか、そんなことって。
「もうそっからは、見ていられないくらい落ち込んでてさ。どんどんやつれていくし、もしかしたら、後を追っちゃうんじゃないかって、それだけが心配で…誰かが見ていないと、あの人も急にいなくなりそうで怖かった」
いつもとは違う蒼の表情に、胸が押しつぶされる気がした。
本気で好きだったんだろうな。
「俺は、あの人の恋人でもなく、新しい旦那でもなく、ただ見守るだけの人になりたいって思った。悲しくなったらそばにいて、嬉しい時は一緒に笑って、ストレスが溜まったら、酒飲んで愚痴を聞く。それが俺にできる唯一のことだって。もし誰か新しい相手を好きになって、幸せになってくれるなら、それまで俺が、あの人のお守りになろうって、そう決めたんだよ」
蒼はずっと上を向いたまま、話をしている。
瞬きもせず、ただ天井を見上げたまま。
俺は何を思ったのか、蒼にキスをした。
慰めるつもりだったのか?
同情したのか?
あるいは自分を重ねたか…
びっくりしていた蒼も、目を閉じてキスを返した。
「落ち着いた?」
「おう」
「そうか…」
「あんなの反則な。あんな風にキスされたら、また興奮するだろ。次やったら犯すぞ?」
「やれるもんならやってみろ」
そう笑いながら立ち上がると、俺は服を着た。
「帰るのか?」
「今週中に仕上げたいプレゼンの準備があるから、そろそろな」
「わかった…」
「蒼は?明日仕事?」
「うん。先輩の代わりに店。明日は命日だから…」
そう言いながら、俺を玄関まで見送ってくれた。
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