ナツキ

SHIZU

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傷付けないで

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ドラマの放送が始まって、俺たちは2人で揃って観ることにした。
これから、ピンの仕事も2人の仕事も、全部出来るだけ2人で目を通そうって。
7話目か8話目の放送日、那月が珍しくソワソワしている。
「どうしたの?落ち着きないじゃん」
「今日の放送で、あのシーンが出てくる…」
「何?見られるのやなの?」
「うん。だいぶ恥ずかしい…」
「練習までさせられたんだから、しっかりその成果を観るよ!」
ドラマの2人は両思いだとお互いわかっている。
でも彼は彼女の夢の邪魔はしたくないから、これを最後に身を引く。
その最初で最後の、2人が絡まるシーン。
練習でも言っていたあの言葉を言って、那月は田所美琴にキスをした。
俺との練習の時よりも、激しく2人はキスをして絡み合う。
まあもちろん下着や服はほとんど着たままだけど、2人のラブシーンはなんだか生々しかった。
「なぁ、本当に付き合ってないの?」
「は?付き合ってないって言っただろ」
「こんなに生々しいのに?」
「演技だから、その辺は指示に従って、色々とまぁ…」
「ふーん」
「何だよ…嫉妬か?なんなら、もう1回キスしようか?」
と那月は言うと、俺の首を掴んで自分の方へ引き寄せた。
「嫉妬なんてしてないよ!…離れろよ!もう本番終わったんだから、練習とかいらないでしょ!」
「練習はもういらないけど、1回しちゃったら、もう2回も100回も一緒じゃない?」
「そういう問題じゃない!それでなくても俺のファーストキスは奪われたのに…」
「それはお互い様だろ?俺の相手だってお前なわけだし」
「だって練習させろとか、ファーストキスするなら田所さんよりはお前の方がいいとか言うから…」
「そんなにお前は嫌だった?俺はお前がファーストキスの相手で良かったと思ってるよ」
「嫌って言うか…何というか…なんか、困る!あと、またお前って呼んでる!」
なんか那月が変…
いや、俺が変?


数日後、仕事を終えて事務所を出ると、俺たちは2人で晩御飯を食べに行った。
最近よく行く居酒屋だ。
もちろん酒はダメだから、ウーロン茶で乾杯してひと通りご飯を食べて店を出る。
「こないだ見つけた近道、こっちだったよな?」
「そう!その公園のとこ」
灯もなくてちょっと暗いけど、だいぶ近道になる。
人気のない公園を通っていると、何となく誰かに見られている気がする。
また雑誌の記者さんかな。
ふと振り向くと、那月に向かって走ってくる若い男。
手には何か持っている。
それが何かは近付くまでわからなかったけど、嫌な予感がした。
「危ない!」
俺は那月を庇って、そのまま2人で倒れ込む。
そこでようやく、男が持っていたものがカッターナイフだとわかった。
「お前…田所美琴に手を出すな」
と刃先を向けたまま言った。
「おい!?夏!大丈夫か?血が…」
俺の腕からは血が滲んでいた。
そんな深くはない。
病院には歩いていけるだろう。
那月は春陽さんに電話をして、車で来るように言った。
誰かと2人で来るようにも指示をした。
逃げようとした男を那月が呼び止める。
「おい!お前…待てよ!」
「何だよ。お前が悪いんだ」
「お前、田所美琴の彼氏?」
「違う。俺はファンだ」
「ファンて…お前。週刊誌のせいか?」
「そうだ」
「あれはお互いの事務所から、否定のコメントを出したはずだけど?」
「そんなものは信じないよ。それにお前のコンサートグッズを、彼女が持ってた。SNSで見たんだ」
あれは俺たちのコンサートに行きたくて、チケット取ったのに、仕事で行けなくなったと落ち込んでいた美琴ちゃんに、俺が渡したものだった。
「じゃあ何で俺じゃなく、夏を傷付ける?」
「それはたまたま、そいつが邪魔したから…」
「次、こいつ傷付けたら許さないからな!……春陽、そういうことだからそいつ警察連れてって」
といつのまにか、その男の後ろに立っていた春陽さんたちに那月が言った。
男を連れて行こうとした春陽さんたちを、
「ちょっと待って!」
と止めた。
「その人事務所に連れてってくれない?病院行ってから俺たちも行くから…」

俺の腕の傷は縫うほどもなく、止血と消毒をしてもらって帰された。
事務所に着くと、会議室には春陽さんと沙織さん、あと2人スタッフの人がいた。
椅子に座らされて、みんなに囲まれた男は斉田彰人さいだあきとというらしい。
俺たちと同い年だって。
俺は彼に近寄って目を見た。
「いつからファンなの?美琴ちゃんの」
「デビューした時というか、オーディション番組からずっと見てて、この子をずっと応援しようって思った…」
「わかる!あの番組面白かったよね!俺もあれ見て美琴ちゃんのファンになったもん」
「え?あんたも?」
「そう!Mストで共演出来た時はめっちゃ嬉しかったけど、やっぱ向こうはスターだし、こんな駆け出しの俺らとは目も合わないわけよ!そう考えたら君たちの方が、ずっと彼女の近くにいるよねー」
彼は少し俯きながら俺を見ていた。
「あのドラマ、俺も出てるの知ってる?脇役だけど!」
「うん。コンビニの…」
「そうそう!憧れの芸能人とせっかく共演できるって聞いて、テンション上がったのに相手役は俺じゃなくて相方のこいつよ!?悔しいったらないよな!」
「……」
「でもさ、今の俺には他の誰かより、こいつの方が大事なんだよ。2人で頑張るって決めたから…だからもう傷付けないでやって?美琴ちゃんとは本当に恋愛とか関係なく、ただの友達だから」
「…わかった」
「じゃあ警察に…」
といったスタッフの人を俺は止めた。
「いいよ。もう。大した傷でもないし、この人は誰かを傷つけるようなことはもうしないよ。今回も本気じゃなかっただろうし。大事になったら、美琴ちゃんも悲しむしね。それに好きなもの失ったら、生きるの辛くなるもんね?わかるよ。その気持ち…」
彼は本当に申し訳ないという顔で
「ごめんなさい…」
と謝った。










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