不可抗力

SHIZU

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色のない生活

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 自分の気持ちを秘密箱に入れたまま、勉強やバイトに忙殺されることで、過去を振り返らないようにしていた。それでも前よりは思い出さなくなったし、効果はあったんだと思う。
 2年の夏、母さんから連絡が来た。
「藍?元気してるの?そういやあんた、成人式の時の服、袴でいいわよね?」
「他に選択肢あんの?」
「ないわよ!どうせ帰ってこないならこっちで決めていい?」
「いいよ。派手なのはやめてよ?」
「まぁ、黒かグレーの紋付きのどっちかよ」
「じゃあ任せる」
「体型変わってないわよね?」
「全然」
「わかった!じゃあね!」
 自分の言いたいことだけ言って切りやがった。
「成人式か……」
 会いたいけど会いたくない。今あいつに会ったら、どんな気持ちになるか怖い。

 颯人や奏多や恵美とはたまに会ってお茶したり、泊まってったりしていたから、そんな久しぶりってこともなかった。
「お!  藍ー!」
 式場に着くと、奏多がこっちを向いて腕がちぎれそうなくらい手を振っている。俺は軽く手を振りかえす。
「おー!  袴かっけぇじゃん!」
「ありがとう」
「やっぱ和服似合うよな」
 颯人が言ってくれた。
「お前らもスーツきまってるじゃん」
「まぁね。馬子にも衣装だろ?でも俺たちは全然よ。見て、あっちのラスボスを……」
 目線を送る先には、萌ちゃんと笑いながら話をしている凱がいた。
 身長184センチってだけでも目立つのに、茶色みがかった癖毛をナチュラルにセットして、シングルのスリーピースのスーツに身を包んだ凱は、ハリウッド俳優のようで一際目立っていた。
「確かにラスボス感あるな」
「だろ?  まぁお前もなかなかだけどな」
「それな。なんかの襲名式みたいじゃん」
 と奏多と颯人に茶化される。
「よ!」
 そこに恵美が声をかけてきた。
「おー!  おはよう!」
「振袖。似合うじゃん」
「これもまた大変だったんだから……」
「母さんたちか?」
「そうだよ!  うちと藍と萌のお母さんがまた盛り上がっちゃってもう……打ち合わせだけで6時間かかったんだから。着るの私たちなのに」
「でも2人とも綺麗だよ」
「ありがと!  藍もかっこいいよ」
「ありがとう」

 式が終わった後、会場の前に停まっていた車から、1人の男性がこちらに向かって手を挙げている。
「萌!」
「じゃあね!また連絡するから!」
 そう言って萌ちゃんは男性の方へ向かって歩き出した。
「あれ誰?  萌ちゃんのお兄さん?」
 と俺が聞くと
「え?  彼氏だよ?  知らなかった?」
 と恵美に言われた。
 は?  ……え?
 混乱している俺を引っ張ってみんなから少し離れたとこに連れて行く。
「大学入って3個上の先輩と付き合い始めたの」
「でもそれなら凱は……?」
「高校の卒業式の日に別れたって」
「え?  そんな前? だってあの時全然そんなこと……」
「ショックもあったんだろうけど、薄々そんな気がしてたとも言ってた」
「……そっか」
「萌と凱がまだ付き合ってると思ってた?」
「うん。何も知らなかった」
「そっか。藍はこの後ホテルでやる高校の同窓会、行くでしょ? 萌は帰っちゃったけど、颯人たちは行くって言ってたし」
「うん、行くよ。その後夜通し飲もうって奏多たちと言ってて。恵美も?」
「行くよ!  久しぶりにバレー部のみんなや顧問の先生とも会えるからね!」
「そっか。じゃあ一緒に行こうか」

 ホテルの宴会場には、俺たちの学年の生徒やお世話になった先生がたくさん集まっている。
 恵美や颯人たちと話しながら食事を楽しんでいた。
「私、先生やみんなのとこ行ってくるね!」
「行ってらっしゃい」
 その恵美の後ろ姿を見て考える。
 卒業式の日に別れたってことは、きっと萌ちゃんの幸せを壊したのは俺なんだろうな。
 あの卒業旅行の、きっとあの時交わしたキスのせいで、凱も自分の気持ちを誤魔化せなくなった。
 萌ちゃんが今幸せならそれでいいけど、少し申し訳ないような気がした。
 恵美はどうなんだろう……ちゃんと前に進めているんだろうか……って余計なお世話か。俺が言えたことじゃないよな。

「お疲れ」
 声の方を向くと凱が立っていた。
「……お疲れ」
「久しぶりだな」
「そうだな。約2年ぶりか」
「元気してたか?」
「うん。それなりに。お前は?」
「俺もそれなりに……」
「そっか」
 何を話していいかわからない。話したいこと聞きたいことはたくさんあるのに、どれも言葉に出来ない。
「来ないかと思った」
「え?」
「俺がいるから、今日来ないかと思った」
「そんなことしないよ。みんなに会いたいし、行かないなんて親が許してくれない。随分前から準備してくれてたから」
「そうか……そうだな。それ、似合ってるよ」
「ありがとう。颯人たちには、何の襲名だっていじられたけどな。凱も流石だな。格好良いじゃん」
 俺は平然を装った。ただの世間話で、自然な笑顔で、もう何とも思ってないって思わせたくて。それからも、何を話したか思い出せないくらい、どうでも良いようなことばかりを話し続けた。


















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