不可抗力

SHIZU

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最後の想い出

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  大学受験が終わり、俺たちは安堵に包まれていた。
「やっとみんな終わったなー」
「そうだな。疲れたわ」
「あとは卒業式だな」
「うん」
 俺たち6人は卒業旅行に行く予定を立てた。
「恵美や萌ちゃんや颯人たちと卒業旅行に行くことにしたんだけど……」
俺と凱は、お互いがいることを伏せて親に了承を得た。隠しただけで、嘘はついてない。
 神様お願い。この旅行だけはどうしても行かせてほしい。全部終わらせるために。

 行き先は箱根。みんなで電車でワイワイ。恵美と萌ちゃん。颯人と奏多。俺と凱でひと部屋ずつ。
    2泊3日の旅行。
    俺たちは流石に高級旅館なんて泊まれないから、ビジネスホテルに部屋をとった。
    行ったその日は、ホテルの人に聞いて近くの美味しいお店を食べ歩いたりお土産を買ったり、温泉に浸かって箱根の1日目を満喫した。
「修学旅行みたいだな!」
「あー!  懐かしい!」
本当に懐かしい。
あの頃に戻りたい。
こんな苦しみを味わうなんて、思いもしていなかったあの頃に。

「風呂、先入れば?」
「うん。じゃあお先に」
   なんとか平常心を保つ。
   気付かれないように。誰にも。
「ふぅぅぅ…」
   大きくため息をついて風呂を出た。
   テレビをつけて気が紛れそうな番組を探す。お笑い番組か。これならいいかもな。
「何観てんの?」
   風呂から出てきた凱が言った。
「なんかバラエティやってる。これ俺らのとこじゃ違う曜日だよな?」
「確かに」
   良かった。ちゃんと普通に話せてる。
「もう卒業だな」
「うん」
「大学、同じだろ?だからまた4年間よろしく。藍は嫌かもしれないけど……」
「あ、俺。大学変えたんだ」
「え?」
「親父の母校に行くはずだったんだけど、違う所に変えたんだ。憧れのデザイナーさんが行ってたところに行きたくてさ。家から遠くなるから一人暮らしになるけど、父親に言ったらやってみればいいって言ってくれて」
「じゃあ……」
「これでやっと凱ともお別れだな。せいせいするだろ?」
と笑ってみた。
「なんでもっと早く……」
「うん。なんか言いそびれちゃってさ」
「そうか……でもいいと思うよ。離れても応援してる」
「ありがとう」
   涙を飲み込んで、絞り出したありがとう。
   お前から逃げるために大学を変えたなんて言えないよ。
   萌ちゃんと幸せそうに笑い合う姿を見なくていいように……
   もう凱の体温を思い出さなくていいように……
   これ以上好きにならないように……
   思いが少しでも早く風化するように……
   テレビから流れてる芸人さんの笑い声が、俺を笑ってるように聞こえて悲しくなった。

「まずはどこ行く?」
 2日目はみんなの行きたいところに1箇所ずつ行くことにしていた。
   事前に自分で予約したりして、どこに行くかは本人しか知らない。
   プチミステリーツアーみたいで楽しそうって。
   湖を見て、足湯に浸かって、美術館に行って…
   最後は俺の行きたかったとこ。
「藍!これって…」
颯人と奏多が俺を見た。
「うん。秘密箱。というか組み木細工の工房」
「持ってきたん?」
「いや持ってきてない。でも俺も自分で欲しいなって思って」
「そっか」
「うん。オルゴールとかコースターとか色々あるみたいだから」
   恵美と萌ちゃんはお揃いの組み木細工のイヤリングを買っていた。
   俺は自分用に秘密箱を買った。

「今日は歩いたなー」
「マジ疲れたな」
「今日は先に風呂入んなよ」
「うん。ありがとう」
    凱が出てきて、入れ違いに俺が入る。
    もう少し。もう少しだけ頑張れば……
「今日のあのお店……」
「ん?  組み木細工の?」
「うん。昔、うちにもあの箱あったかも。秘密箱だっけ?」
「そう。ひいおじいちゃんが亡くなって、開け方わかんなくなったんだよね。持ってきて聞いたらわかるかなとも思ったんだけど、結構古いものだし、開けずに持っておくのも浪漫かなって」
「へぇ。昔流行ってたのかな。うちには開け方が書いてある紙が残ってるけど、本体がなくてさ。誰に聞いても箱どこ行ったかわからないって」
「俺がもらったのは振ってみたらカサカサ音がするんだ。なんか紙がいっぱい入ってるっぽい。食べもんじゃなさそうだから良かったよ。もし何十年後とかに開けて何これ?  とかなったら困るし」
「それは困るな」
って2人で笑った。
    顔を上げると凱と目が合った。多分2、3秒。
    でもこれ以上は……そう思って俺は目を逸らす。
「藍……」
そう呟いた凱は、俺の顔を自分に近付けて唇を奪った。
「……ん」
離れたい。でも離れがたい。
だんだん激しく深く凱が入ってくる。
「ん……ぁ……」
もう我を忘れそうになる。
「……だ、だめ!」
凱を突き放した。
「ごめん。でも俺、藍のこと……」
俺は左手で凱の口を塞いだ。
「だめ! それ以上は言っちゃだめだ……聞きたくない」
「でも本当はずっと……」
「だめだって! その後の言葉を口にしても誰も幸せになれないから」
「けどもう……」
    後戻りは出来ない。
 その苦しそうな表情で凱の想いに気付く。自分だけが想ってたんじゃない。でも……
「親も悲しませるし、恵美と萌ちゃんにも辛い思いさせる……だからなかったことにしよ。今のキスも、この気持ちも全部……」
「でも、俺とお前の気持ちは同じだろ?」
「違うよ。俺はずっと凱のことを疎ましく思ってたんだ。昔から事あるごとに比べられて、こんなの早く終わればいいって思ってた」
「でも嫌いじゃないって……」
「そうだな。言ったかも。でもこんなことになるなら、嫌いでいた方が良かった……」
「藍……」
「もう寝よう。おやすみ」
    これで大丈夫。時間が経てば、この想いも全て過去になる。









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