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「こんにちわー」
「こんにちわー。上の方はどうでした?」
「雲のない良い景色でしたよ」
「いやぁ良いですねぇ。もうひと頑張りしますか! あなたも大変そうですが、頑張ってください」
「どうもどうも」
よいしょ、とふたり分の荷物のつまったリュックを背負い直す。
腕の中には少女の寝息。
こいつ自分がお姫様だっこされてる自覚あるのかね。
かたや年齢よりもだいぶ上に見られる男、かたや年齢よりもだいぶ下に見られる女。
同い年なのに、お子さんですかと訊かれる俺の身にもなって欲しい。
俺達まだ中学生だろう。
それにしても俺は家で寝ていたかったのに、溢れる元気さでこの山へ誘ったはずの本人が眠っているのはどういうことだ。
自宅でもないのに安眠しやがって。
やっかいな幼馴染だ。
家も隣だから昔から遠慮がない。
登りきっての景色は素晴らしかった。
住んでいる町並みが、家々が、とても小さくずらりと並んでいて。
隣人や同郷への親しみは、こういう景色を共有するから生まれるのかもしれない。
雲ひとつない見晴らしに尊さを覚え、心を打たれた。
隣であがる歓声に、胸がじんわりと熱くなる。
そうか、お前にもわかるか。これが俺達の暮らす世界だ。
よし、どこかに座って語り合おう、いい気分だ。
……くっ、そうだ。思い出すと納得がいかない。
2人分の荷物を背負って登ったのは俺なんだぞ。
満足したとたん疲労の限界みたいに寝やがって……
涼やかな風が吹いていた。
熱くなった首元や、まくった腕に心地いい。
景色を観終わって一緒にベンチに座り、ペットボトルで喉を潤した直後だった。
俺に寄り掛かってあっさり意識を手放した。
ベンチと地面の間で細い足が垂れている。
後は任せたといわんばかりの態度だが、寝息はしおらしかった。
そこまで大きくはないけれど。
意識しないと登らなかった山。
ひとりでは、きっと立つ事のなかった頂。
これはいつまで並んで味わえるのだろう。
足元に注意して下山をつづける。
ときどき登山者とすれ違い、挨拶を交わした。
汗が目に入りそうになっては頭を振って散らす。
ただでさえ暑いのにふたり分の体温は容赦なく、汗はとめどない。
意識を強くもって、慎重にあるく。
――――ブン
音。
羽音。
スズメバチの羽音。
我に返る。
腕の中。
黄と黒の縞が、うちのお姫様の頬へ降りようとしていた。
消える飛行音。
俺はヒト噛みで磨り潰したスズメバチをペッと道の脇へ吐き出す。
触れさせねぇよ。
抱き締める腕に力が篭もる。
寄ってくる虫を払いながら、俺は人生を進んでいく。
帰るべき場所へ、ふたりで体温を重ねて歩いていく。
登山道が終わると、傾斜はなだらかになった。
「おはよう……」
こちらを見上げる寝ぼけた声。
斜面が終わったとたんの、冗談みたいなタイミングで起きるのは何故なのか。
聞き慣れた声を、久しぶりに聞いた気がする。
「おはよう」
「……すやぁ」
そして迷わず二度寝するのは何なのか!
「こんにちわー。上の方はどうでした?」
「雲のない良い景色でしたよ」
「いやぁ良いですねぇ。もうひと頑張りしますか! あなたも大変そうですが、頑張ってください」
「どうもどうも」
よいしょ、とふたり分の荷物のつまったリュックを背負い直す。
腕の中には少女の寝息。
こいつ自分がお姫様だっこされてる自覚あるのかね。
かたや年齢よりもだいぶ上に見られる男、かたや年齢よりもだいぶ下に見られる女。
同い年なのに、お子さんですかと訊かれる俺の身にもなって欲しい。
俺達まだ中学生だろう。
それにしても俺は家で寝ていたかったのに、溢れる元気さでこの山へ誘ったはずの本人が眠っているのはどういうことだ。
自宅でもないのに安眠しやがって。
やっかいな幼馴染だ。
家も隣だから昔から遠慮がない。
登りきっての景色は素晴らしかった。
住んでいる町並みが、家々が、とても小さくずらりと並んでいて。
隣人や同郷への親しみは、こういう景色を共有するから生まれるのかもしれない。
雲ひとつない見晴らしに尊さを覚え、心を打たれた。
隣であがる歓声に、胸がじんわりと熱くなる。
そうか、お前にもわかるか。これが俺達の暮らす世界だ。
よし、どこかに座って語り合おう、いい気分だ。
……くっ、そうだ。思い出すと納得がいかない。
2人分の荷物を背負って登ったのは俺なんだぞ。
満足したとたん疲労の限界みたいに寝やがって……
涼やかな風が吹いていた。
熱くなった首元や、まくった腕に心地いい。
景色を観終わって一緒にベンチに座り、ペットボトルで喉を潤した直後だった。
俺に寄り掛かってあっさり意識を手放した。
ベンチと地面の間で細い足が垂れている。
後は任せたといわんばかりの態度だが、寝息はしおらしかった。
そこまで大きくはないけれど。
意識しないと登らなかった山。
ひとりでは、きっと立つ事のなかった頂。
これはいつまで並んで味わえるのだろう。
足元に注意して下山をつづける。
ときどき登山者とすれ違い、挨拶を交わした。
汗が目に入りそうになっては頭を振って散らす。
ただでさえ暑いのにふたり分の体温は容赦なく、汗はとめどない。
意識を強くもって、慎重にあるく。
――――ブン
音。
羽音。
スズメバチの羽音。
我に返る。
腕の中。
黄と黒の縞が、うちのお姫様の頬へ降りようとしていた。
消える飛行音。
俺はヒト噛みで磨り潰したスズメバチをペッと道の脇へ吐き出す。
触れさせねぇよ。
抱き締める腕に力が篭もる。
寄ってくる虫を払いながら、俺は人生を進んでいく。
帰るべき場所へ、ふたりで体温を重ねて歩いていく。
登山道が終わると、傾斜はなだらかになった。
「おはよう……」
こちらを見上げる寝ぼけた声。
斜面が終わったとたんの、冗談みたいなタイミングで起きるのは何故なのか。
聞き慣れた声を、久しぶりに聞いた気がする。
「おはよう」
「……すやぁ」
そして迷わず二度寝するのは何なのか!
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