登山するよ

三毛狐

文字の大きさ
上 下
1 / 1

1

しおりを挟む
「こんにちわー」
「こんにちわー。上の方はどうでした?」
「雲のない良い景色でしたよ」
「いやぁ良いですねぇ。もうひと頑張りしますか! あなたも大変そうですが、頑張ってください」
「どうもどうも」

 よいしょ、とふたり分の荷物のつまったリュックを背負い直す。
 腕の中には少女の寝息。
 こいつ自分がお姫様だっこされてる自覚あるのかね。

 かたや年齢よりもだいぶ上に見られる男、かたや年齢よりもだいぶ下に見られる女。

 同い年なのに、お子さんですかと訊かれる俺の身にもなって欲しい。
 俺達まだ中学生だろう。

 それにしても俺は家で寝ていたかったのに、溢れる元気さでこの山へ誘ったはずの本人が眠っているのはどういうことだ。

 自宅でもないのに安眠しやがって。
 やっかいな幼馴染だ。
 家も隣だから昔から遠慮がない。

 登りきっての景色は素晴らしかった。

 住んでいる町並みが、家々が、とても小さくずらりと並んでいて。
 隣人や同郷への親しみは、こういう景色を共有するから生まれるのかもしれない。

 雲ひとつない見晴らしに尊さを覚え、心を打たれた。

 隣であがる歓声に、胸がじんわりと熱くなる。
 そうか、お前にもわかるか。これが俺達の暮らす世界だ。
 よし、どこかに座って語り合おう、いい気分だ。

 ……くっ、そうだ。思い出すと納得がいかない。
 2人分の荷物を背負って登ったのは俺なんだぞ。
 満足したとたん疲労の限界みたいに寝やがって……

 涼やかな風が吹いていた。
 熱くなった首元や、まくった腕に心地いい。
 景色を観終わって一緒にベンチに座り、ペットボトルで喉を潤した直後だった。

 俺に寄り掛かってあっさり意識を手放した。
 ベンチと地面の間で細い足が垂れている。

 後は任せたといわんばかりの態度だが、寝息はしおらしかった。
 
 そこまで大きくはないけれど。
 意識しないと登らなかった山。

 ひとりでは、きっと立つ事のなかった頂。
 これはいつまで並んで味わえるのだろう。

 足元に注意して下山をつづける。

 ときどき登山者とすれ違い、挨拶を交わした。
 汗が目に入りそうになっては頭を振って散らす。

 ただでさえ暑いのにふたり分の体温は容赦なく、汗はとめどない。
 意識を強くもって、慎重にあるく。

 ――――ブン

 音。
 羽音。
 スズメバチの羽音。

 我に返る。
 腕の中。

 黄と黒の縞が、うちのお姫様の頬へ降りようとしていた。
 消える飛行音。

 俺はヒト噛みで磨り潰したスズメバチをペッと道の脇へ吐き出す。

 触れさせねぇよ。

 抱き締める腕に力が篭もる。
 
 寄ってくる虫を払いながら、俺は人生を進んでいく。
 帰るべき場所へ、ふたりで体温を重ねて歩いていく。

 登山道が終わると、傾斜はなだらかになった。

「おはよう……」

 こちらを見上げる寝ぼけた声。
 斜面が終わったとたんの、冗談みたいなタイミングで起きるのは何故なのか。

 聞き慣れた声を、久しぶりに聞いた気がする。

「おはよう」
「……すやぁ」

 そして迷わず二度寝するのは何なのか! 
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

ブラック企業を退職したら、極上マッサージに蕩ける日々が待ってました。

イセヤ レキ
恋愛
ブラック企業に勤める赤羽(あかばね)陽葵(ひまり)は、ある夜、退職を決意する。 きっかけは、雑居ビルのとあるマッサージ店。 そのマッサージ店の恰幅が良く朗らかな女性オーナーに新たな職場を紹介されるが、そこには無口で無表情な男の店長がいて……? ※ストーリー構成上、導入部だけシリアスです。 ※他サイトにも掲載しています。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

今日の授業は保健体育

にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり) 僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。 その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。 ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。

皇帝陛下は身ごもった寵姫を再愛する

真木
恋愛
燐砂宮が雪景色に覆われる頃、佳南は紫貴帝の御子を身ごもった。子の未来に不安を抱く佳南だったが、皇帝の溺愛は日に日に増して……。※「燐砂宮の秘めごと」のエピローグですが、単体でも読めます。

緊急事態

工事帽
ファンタジー
VRMMOにログイン中に起こった緊急事態

先生と生徒のいかがわしいシリーズ

夏緒
恋愛
①先生とイケナイ授業、する?  保健室の先生と男子生徒です。 ②生徒会長さまの思惑  生徒会長と新任女性教師です。 ③悪い先生だな、あんた  体育教師と男子生徒です。これはBLです。 どんな理由があろうが学校でいかがわしいことをしてはいけませんよ〜! これ全部、やったらダメですからねっ!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...