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夜が明けた。
あたしはパチッと目を覚ます。だって朝だから、もう朝だから。
顔を洗って、歯を磨いて、ご飯を食べて、また歯を磨く。
朝のルーチンをこなすと、着替えて玄関を飛び出した。
とてもいい朝だった。
辺りからもにゃあにゃあ合唱が聞こえてくる。
みんな元気だ。
うちの近所には野良猫が多い。あっちもこっちも多頭飼育崩壊をやらかして、窓から猫が溢れている。今日も玄関をでると、野良猫の群が通るのを待ってから、歩道を渡る。左よし、右よし、猫もよし。左右を確認したら右手を上げて安全に歩く。白黒白黒ふみ歩く。上げた右手には塀から飛び降りた猫が留まって、にゃあと鳴く。あたしも元気ににゃあと鳴く。空は青く抜けていて、とても良い日だ。どこにでもある日常をあたしは享受する。
今日は動物園の日だから悠々と向かう。
ライオンを観にいこう。虎を観にいこう。ピューマをサーバルをユキヒョウを観にいこう。おっきな猫が沢山いてあたしも嬉しい。もふもふだ。触りたい。でも檻に腕を入れるのは怒られるからもうやらない。3日も動物園を出入禁止になったのだ。残酷すぎるよ。あんまりだ。久しぶりにあたしがキャーキャー騒いでいると園長さんが近づいてきた。
「嬢ちゃん、また来たのかい」
そういってあたしをしげしげと見つめてくる。
これはいつまでも見慣れない珍獣を観る目付きだ。
ふさふさの猫耳ヘアバンドはちゃんと人耳も隠す。空色のワンピースには、雲のようなしっぽが腰辺りから生えて全身に巻き付いているデザインだ。さらに肉球型の大きなポッケが前に2つ、後ろに2つ。背中には仔猫がモコモコと重なって眠っているような立体構造になってるリュック。
すべてあたしのデザインだ。
10歳にして天才なのだ。
「相変わらず猫グッズでまみれていて可愛いね」
あたしを出入禁止にした園長さんは残酷だけれど優しくて、他の飼育員さんたちが怯えても、恐れず話し掛けてきてくれる。尾まで含めると2メートル近くあるユキヒョウに跨って、あたしを高みから見下ろしている。これが今のあたしと園長さんの心の距離でもあった。
「この動物園もネコ科ばかり集めたのは良いが、これだけ頻繁に訪れるのは嬢ちゃんくらいのもんだ。野良猫が多いからね。わざわざ動物園まで猫を観に来ないんだよね」
園長さんはため息をついた。大丈夫だよガンガン通うから心配しないで! あたしは園長さんを元気づける。園長さんは少し黙ったあと、静かにユキヒョウから降りてきた。心の距離が近づいてきた。
「この動物園を始めるときにね。猫神さまからとあるスイッチを貰ったんだ」
そういうと園長さんはポケットからスイッチを取り出した。
「このスイッチを押すと増えすぎた野良猫を園に吸収できる。ただし、その時に園にいた動物たちは野生に帰る。これを押せば野良猫はいなくなり、ネコが珍しくなるってことだ。つまり園のお客さんが増えるかもしれない」
園長さんの手元には片手に収まる、早押しクイズの赤いボタンみたいなものがある。
これが猫神さまからの贈り物。ボタンは肉球の形をしていた。
「この動物園も赤字続きでね。閉めるかどうかを考える時期には来ている。ボクは迷っているんだ。嬢ちゃんはどう思う?」
あたしはスイッチを押した。園長さんは口を半開きにしてあたしを見た。園長さんの手の上にあるスイッチは前触れもなく押されて凹んでいる。あたしは笑顔で言い放った。
「押してみたらツルツルだと思った」
園長さんが凄い顔でこっちを見て何か言っていたけれど、急速に世界の音が遠くなっていく。本当に世界が塗り替わるのかもしれない。もしくは熱中症か何かかもしれない。あたしは意識が途絶える前に何歩か進むと、両腕をあげてユキヒョウの背に倒れ込んだ。
・
目を開けるとお布団にいた。ここはあたしの部屋だ。え、夢? カレンダーを見る。今日は動物園の日だ。ベッドから降りると顔を洗って、歯を磨いて、ご飯を食べて、また歯を磨く。朝のルーチンを色々こなして、玄関から飛び出した。
マヌルネコの群が通り過ぎるのを待ってから、歩道を渡る。キョロキョロ見渡すと、近所の家の窓から出ようとしたクロヒョウが上半身だけ外にだして、お腹がつっかかったのかそのままブラブラ脱力していた。苦しくはなさそうだ。さらに見上げると屋根の上から見下ろしてくるジャガーと目があう。鋭い眼光がカッコイイ。日常ってこうだっけ? あたしは動物園へ向う。暫く歩くと、ハーレムを築いているライオンの群がコンビニから出てきたので、わあ、と言った。
動物園には人が沢山いた。みんな猫まみれになっている。園外とは違い、ここは小型の猫が沢山いる。動物園だから当然だ。あれ、夢の中だと、そうでもなかったかも? 夢だからね、しかたないね。あたしが頭と両肩に猫を乗せて歩いていると、向こうから園長さんが歩いてきた。今日も頭の上に猫5段重ねだ。この人はいつも猫の乗物になっている。
「嬢ちゃんか、いえーい!」
「いえーい!」
ハイタッチを交わす。
あたしはこの園長さんと仲が良い。まるでなにかの秘密を共有しているかのような仲の良さだ。
動物園は連日大賑わいであたしも嬉しい。園長さんも嬉しい。お客さんたちも嬉しそうだ。
どこにでもある日常をあたしは今日も、笑顔で享受する。
あたしはパチッと目を覚ます。だって朝だから、もう朝だから。
顔を洗って、歯を磨いて、ご飯を食べて、また歯を磨く。
朝のルーチンをこなすと、着替えて玄関を飛び出した。
とてもいい朝だった。
辺りからもにゃあにゃあ合唱が聞こえてくる。
みんな元気だ。
うちの近所には野良猫が多い。あっちもこっちも多頭飼育崩壊をやらかして、窓から猫が溢れている。今日も玄関をでると、野良猫の群が通るのを待ってから、歩道を渡る。左よし、右よし、猫もよし。左右を確認したら右手を上げて安全に歩く。白黒白黒ふみ歩く。上げた右手には塀から飛び降りた猫が留まって、にゃあと鳴く。あたしも元気ににゃあと鳴く。空は青く抜けていて、とても良い日だ。どこにでもある日常をあたしは享受する。
今日は動物園の日だから悠々と向かう。
ライオンを観にいこう。虎を観にいこう。ピューマをサーバルをユキヒョウを観にいこう。おっきな猫が沢山いてあたしも嬉しい。もふもふだ。触りたい。でも檻に腕を入れるのは怒られるからもうやらない。3日も動物園を出入禁止になったのだ。残酷すぎるよ。あんまりだ。久しぶりにあたしがキャーキャー騒いでいると園長さんが近づいてきた。
「嬢ちゃん、また来たのかい」
そういってあたしをしげしげと見つめてくる。
これはいつまでも見慣れない珍獣を観る目付きだ。
ふさふさの猫耳ヘアバンドはちゃんと人耳も隠す。空色のワンピースには、雲のようなしっぽが腰辺りから生えて全身に巻き付いているデザインだ。さらに肉球型の大きなポッケが前に2つ、後ろに2つ。背中には仔猫がモコモコと重なって眠っているような立体構造になってるリュック。
すべてあたしのデザインだ。
10歳にして天才なのだ。
「相変わらず猫グッズでまみれていて可愛いね」
あたしを出入禁止にした園長さんは残酷だけれど優しくて、他の飼育員さんたちが怯えても、恐れず話し掛けてきてくれる。尾まで含めると2メートル近くあるユキヒョウに跨って、あたしを高みから見下ろしている。これが今のあたしと園長さんの心の距離でもあった。
「この動物園もネコ科ばかり集めたのは良いが、これだけ頻繁に訪れるのは嬢ちゃんくらいのもんだ。野良猫が多いからね。わざわざ動物園まで猫を観に来ないんだよね」
園長さんはため息をついた。大丈夫だよガンガン通うから心配しないで! あたしは園長さんを元気づける。園長さんは少し黙ったあと、静かにユキヒョウから降りてきた。心の距離が近づいてきた。
「この動物園を始めるときにね。猫神さまからとあるスイッチを貰ったんだ」
そういうと園長さんはポケットからスイッチを取り出した。
「このスイッチを押すと増えすぎた野良猫を園に吸収できる。ただし、その時に園にいた動物たちは野生に帰る。これを押せば野良猫はいなくなり、ネコが珍しくなるってことだ。つまり園のお客さんが増えるかもしれない」
園長さんの手元には片手に収まる、早押しクイズの赤いボタンみたいなものがある。
これが猫神さまからの贈り物。ボタンは肉球の形をしていた。
「この動物園も赤字続きでね。閉めるかどうかを考える時期には来ている。ボクは迷っているんだ。嬢ちゃんはどう思う?」
あたしはスイッチを押した。園長さんは口を半開きにしてあたしを見た。園長さんの手の上にあるスイッチは前触れもなく押されて凹んでいる。あたしは笑顔で言い放った。
「押してみたらツルツルだと思った」
園長さんが凄い顔でこっちを見て何か言っていたけれど、急速に世界の音が遠くなっていく。本当に世界が塗り替わるのかもしれない。もしくは熱中症か何かかもしれない。あたしは意識が途絶える前に何歩か進むと、両腕をあげてユキヒョウの背に倒れ込んだ。
・
目を開けるとお布団にいた。ここはあたしの部屋だ。え、夢? カレンダーを見る。今日は動物園の日だ。ベッドから降りると顔を洗って、歯を磨いて、ご飯を食べて、また歯を磨く。朝のルーチンを色々こなして、玄関から飛び出した。
マヌルネコの群が通り過ぎるのを待ってから、歩道を渡る。キョロキョロ見渡すと、近所の家の窓から出ようとしたクロヒョウが上半身だけ外にだして、お腹がつっかかったのかそのままブラブラ脱力していた。苦しくはなさそうだ。さらに見上げると屋根の上から見下ろしてくるジャガーと目があう。鋭い眼光がカッコイイ。日常ってこうだっけ? あたしは動物園へ向う。暫く歩くと、ハーレムを築いているライオンの群がコンビニから出てきたので、わあ、と言った。
動物園には人が沢山いた。みんな猫まみれになっている。園外とは違い、ここは小型の猫が沢山いる。動物園だから当然だ。あれ、夢の中だと、そうでもなかったかも? 夢だからね、しかたないね。あたしが頭と両肩に猫を乗せて歩いていると、向こうから園長さんが歩いてきた。今日も頭の上に猫5段重ねだ。この人はいつも猫の乗物になっている。
「嬢ちゃんか、いえーい!」
「いえーい!」
ハイタッチを交わす。
あたしはこの園長さんと仲が良い。まるでなにかの秘密を共有しているかのような仲の良さだ。
動物園は連日大賑わいであたしも嬉しい。園長さんも嬉しい。お客さんたちも嬉しそうだ。
どこにでもある日常をあたしは今日も、笑顔で享受する。
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