「婚約破棄され奴隷まで堕ちましたが、あなたは王子様に見初められ人々に愛されました」を含む短編集

三毛狐

文字の大きさ
上 下
2 / 5

聖女パンドラ国外追放と聞いて「そんな!」と返す

しおりを挟む
「聖女パンドラよ。お前をこの国から追放する!」
「そんな!」

 国王陛下からの直々のお言葉にわたくしは胸が張り裂ける思いでした。

「どうしてですか! わたくしはこれまで国の為に尽くして参りました! 本当ですわ!」
「そうだな。その通りだ。お前は優秀だよ」

 重々しく頷く。
 老いて尚、美しい収穫期の麦のような黄金の髪がキラキラと揺れた。

「お前はワシの息子、イデオンとの婚約があったのを覚えているか」
「はい。イデオン殿下はそれはそれは優秀で、どこに出しても恥かしくない美丈夫でございましたわ」
「頭脳も肉体も常に鍛えていたからな。精神的にも安定していて、将来が楽しみだった」
「ええ、本当に優秀でした。大きな夢を持つ素晴らしい男性でしたわ」

 何でも吸収し、素直に未来を見据える、大きなものを背負えるお方でした。
 ええ、いま思い返しても国の将来のために必要なお方でした。

「だから婚約者ではあるが、優秀なお前に教育を任せたのだ。その結果、どうなった?」
「船乗りになりましたわ」
「なんてことを!」

 陛下が悔しそうに地団太を踏む。
 大臣がオロオロとしているけれど、それ以上は陛下が取り乱さなかったので様子見のまま何も言いませんでした。

「イデオン殿下は国のために漁業を発展させる決意をなさり、大海原を自在に行き来する夢を叶えたのですわ。ご立派ですわ」
「お前がスキル漁船創造とスキル海流操作なんてものを与えるからだ!」
「愛する殿方の美しくも儚い夢です。応援したくなるじゃありませんか」
「叶えちゃ駄目な夢もあるんだよ! お前は夢を語るイデオンを嗜め、王族として育てるべきだったんだ!」

 そんな未来もあったのかもしれません。
 ですが、殿下は夢を掴み、羽ばたいたのです。
 遠洋と港の往復ばかりで、滅多に帰ってこなくなりましたが。

 今は祝福しましょう。
 きっと陛下もいつか判ってくださいます。

 その頃にはどうやらわたくしはここに居ないのが残念ですが。
 遠くの空の下で父と子の和解を祈りましょう。

「イデオン殿下の件で、わたくしは追放されるのですね……」
「違う」

 と思ったら、陛下から即座に否定されましたわ。

「違う……のですか」
「お前はゴルディオンを覚えているか」

 ゴルディオン殿下はイデオン殿下の弟君でございます。
 頭を使うのが苦手でしたが、その勇猛さから兵たちからの支持は厚いお方でした。
 
 仲間思いで、優しくて。
 数字が苦手で、文字も苦手でしたが。

「イデオン殿下が夢を掴んだあと、わたしくに勉強を教えて欲しいとおっしゃいました」
「そうだな、そしてどうなった?」
「学者になりましたわ」

 陛下が再び地団太を踏む。

「軍を辞めてな! どうしてこうなった!」

 スキル識字を与えたところ、次々に本を読破し、数字にも強い筋肉になりましたわ。
 そして本来の優しさから人を傷つけたくなかったゴルディオン殿下は、積み重なった本の山の後方から支援する筋肉へと生まれ変わったのです。

「他国の兵や魔物を相手にするより、国内の食糧事情の改善に命を捧げたいと……」

 ご立派ですわ。
 自分に何が向いているのかを自覚し、大きな夢を持って前進なさったのです。

「誰かが全体を見て国を護らねばならないのだ」

 陛下が悲しそうな目をしてらっしゃいます。

「ワシも長くはないだろう。だから後を任せられる者を育てたかった」

 しかし二人の息子は自分の道をみつけてしまった。
 息子はあとひとり居るが若過ぎる。

「パンドラよ。お前をコントロールすることは出来ん。だから国が滅ぶ前に追放することにしたのだ」

 陛下はご自身の命に不安があり、国の未来を憂いてらっしゃるのがよく伝わりました。

「判りましたわ」

 わたくしもようやく何をしたら良いのか見えました。
 立場を理解し弁えました。出来ることをいたしましょう。

「すまぬな。お前が優秀なのは判っているのだ。だが」
「陛下。お言葉を遮る無礼をお許しください」
「……なんだ? 確かに優秀な大臣から次の王を選ぶのも良いが、ワシの息子以上に器ではないと思うぞ」

 周囲の大臣たちも、うんうんと頷いている。

 大丈夫。政治でも軍部でも抜きん出ているお方がちゃんとおります。
 その事を指摘するのが、きっとわたくしのすべきこと。

 この国で王といえば、ただひとり。

「陛下に『永遠の若さ』と『不老』を与えて宜しいでしょうか」

 その場がざわめく。

「お前にそれが……そこまで出来たのか?」

 隠し切れない驚きを滲ませる陛下から確認されました。

「はい。わたくしの眷属となっていただきますが、可能ですわ」

 尖った犬歯を覗かせながら、わたくしは陛下に正体を明かすのでした。

 ・

「追放は中止だ! がははははは!」

 20代の肉体を取り戻した陛下が機嫌よく笑ってらっしゃいます。

「パンドラ様! 見てくだされ! ワシのこの筋肉を!」

 陛下がポーズを取ると全身の筋肉が隆起し、まるで人体の見本のようです。

「若々しいですわ」
「そうだろう! そうだろう! がははははは!」

 これで将来の憂いも晴れましたわ。
 陛下の現役が続くので、殿下たちも自由を謳歌できるのです。

「パンドラさま……父上はどうしたのでしょう。あれは本当に父上なのでしょうか」

 わたくしの傍に第三王子であらせられる、ギルガメッシュ殿下が寄ってらっしゃいました。

「うふふ。陛下は若返りました。ギルガメッシュ殿下も自由に夢を見て良いんですよ」
「本当ですか!」

 まだ5歳の可愛らしいギルガメッシュ殿下が花の咲くような笑顔をみせてくださいました。
 心の清涼剤ですわ。やっぱりギルガメッシュ殿下にもやりたいことがあったのですね。

「じゃあ、僕はパンドラさまのお婿さんになりたい……」
「え?」

「あなたを癒す存在になれるでしょうか」

 まだ子供だからなのか、迷いの無い表情でまっすぐにわたくしを見ております。

「この国は沢山のものを与えて貰いました。僕は、あなたに与えられる人間になりたい」
「……あらあら」

 年齢のことはとやかく言いません。
 人類なんてわたくしから見れば赤子のようなものなのだから。

「わたくし、イデオン殿下との婚約の件がうやむやでしたね……」
「兄上には負けません。誰よりもあなたを愛します」

 ギルガメッシュ殿下は神童と呼ばれるだけあり、この国の状況も、世界情勢も理解している。
 一時の気の迷いではないのでしょう。

「そして誰よりもあなたに愛されてみせます」

 綺麗な青い瞳。
 微かに濡れた宝石のような輝きが心に切り込んでくる。

 どうしましょう、堕ちそう。堕ちた。
 いやまだ未遂。未遂ですわ!

「……じゃあまず、友達からでいかがでしょう」
「わぁい! じゃあギルって呼んでください!」

 ギルガメッシュ殿下が愛らしく喜びます。
 そのまま駆け出してしまいました。

 イデオン殿下が帰港するたび子供を増やしているのは知っています。
 ギルガメッシュ殿下と改めて婚約するのも良いかもしれません。

「陛下。ギルガメッシュ殿下をいただけます?」
「パンドラ様がお望みならばいつでもどうぞ。味見からでも」

 試しに陛下に確認をとると、あっさりとしたものでした。
 言い方はギルガメッシュ殿下に……ギルに失礼な気はしますが。

 そうですね。
 わたくし、ギルと幸せになりますわ!

 ・
 ・
 ・

「え、パンドラがギルと結婚?」

 港に帰って休んでいるとイデオンの耳にその情報が入って来た。

「……確かにな。俺は海に夢中だったものな。まぁ港に戻るたびに女を抱いていたのも知られていたみたいだが」

 イデオンの子供は既に15人いる。
 全員、母親が違った。

「よーし、祝福に行くか!」

 おおー!!
 と、酒場の男たちの歓声が沸いた。

「船長、寝取られましたね!」
「馬鹿いえ。家族になったのさ」

 イデオンはニヤリと笑うと、新鮮な海産物の山を物色するのだった。

 ・
 ・
 ・

「パンドラがギルと結婚!? イデオンの兄上は!? 父上はなんと!?」

 久しぶりに書庫の奥から出てきたゴルディオンは驚愕した。

「えっ、父上が若返った!? 永遠に国を治めるから好きにしろ!? あとイデオンの兄上にはもう15人の子供がいる!?」

 書庫の奥に篭っていては知られない、新鮮な現在の情報という暴力に晒される。

「えっえっ……ええ?」

 スキル識字を得てから乾いたスポンジのように情報を吸ってきたゴルディオンは、その知識でも筋肉でも対処できず混乱していた。

「まぁ良いなら良いか。祝福しなきゃ」

 ・
 ・
 ・

 パンドラとギルの婚約が決まってから数ヶ月後、結婚となった。

 若返った国王ゼウスからの、永遠の治世を敷くという宣言。
 長兄次兄からの祝福。

 国を挙げての祭りとなった。

「国王陛下はどうやって若返ったんだ?」
「王族にも色々あるんじゃね」
「今はめでたい! パンドラ様とギルガメッシュ様に祝福あれ!」

 国民も大らかに喜びを示す。

「パンちゃん、あっちの串焼きを食べよう!」
「ギルまってー」

 ギルガメッシュに合わせて自身の姿も若返らせたパンドラが駆けていく。
 国の平和は長く続きそうだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約破棄されたので田舎に引きこもったら、冷酷宰相に執着されました

21時完結
恋愛
王太子の婚約者だった侯爵令嬢エリシアは、突然婚約破棄を言い渡された。 理由は「平凡すぎて、未来の王妃には相応しくない」から。 (……ええ、そうでしょうね。私もそう思います) 王太子は社交的な女性が好みで、私はひたすら目立たないように生きてきた。 当然、愛されるはずもなく――むしろ、やっと自由になれたとホッとするくらい。 「王都なんてもう嫌。田舎に引きこもります!」 貴族社会とも縁を切り、静かに暮らそうと田舎の領地へ向かった。 だけど―― 「こんなところに隠れるとは、随分と手こずらせてくれたな」 突然、冷酷無慈悲と噂される宰相レオンハルト公爵が目の前に現れた!? 彼は王国の実質的な支配者とも言われる、権力者中の権力者。 そんな人が、なぜか私に執着し、どこまでも追いかけてくる。 「……あの、何かご用でしょうか?」 「決まっている。お前を迎えに来た」 ――え? どういうこと? 「王太子は無能だな。手放すべきではないものを、手放した」 「……?」 「だから、その代わりに 私がもらう ことにした」 (いや、意味がわかりません!!) 婚約破棄されて平穏に暮らすはずが、 なぜか 冷酷宰相に執着されて逃げられません!?

【完結】「私は善意に殺された」

まほりろ
恋愛
筆頭公爵家の娘である私が、母親は身分が低い王太子殿下の後ろ盾になるため、彼の婚約者になるのは自然な流れだった。 誰もが私が王太子妃になると信じて疑わなかった。 私も殿下と婚約してから一度も、彼との結婚を疑ったことはない。 だが殿下が病に倒れ、その治療のため異世界から聖女が召喚され二人が愛し合ったことで……全ての運命が狂い出す。 どなたにも悪意はなかった……私が不運な星の下に生まれた……ただそれだけ。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※他サイトにも投稿中。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※小説家になろうにて2022年11月19日昼、日間異世界恋愛ランキング38位、総合59位まで上がった作品です!

死に戻りの魔女は溺愛幼女に生まれ変わります

みおな
恋愛
「灰色の魔女め!」 私を睨みつける婚約者に、心が絶望感で塗りつぶされていきます。  聖女である妹が自分には相応しい?なら、どうして婚約解消を申し込んでくださらなかったのですか?  私だってわかっています。妹の方が優れている。妹の方が愛らしい。  だから、そうおっしゃってくだされば、婚約者の座などいつでもおりましたのに。  こんな公衆の面前で婚約破棄をされた娘など、父もきっと切り捨てるでしょう。  私は誰にも愛されていないのだから。 なら、せめて、最後くらい自分のために舞台を飾りましょう。  灰色の魔女の死という、極上の舞台をー

久しぶりに会った婚約者は「明日、婚約破棄するから」と私に言った

五珠 izumi
恋愛
「明日、婚約破棄するから」 8年もの婚約者、マリス王子にそう言われた私は泣き出しそうになるのを堪えてその場を後にした。

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

リストラされた聖女 ~婚約破棄されたので結界維持を解除します

青の雀
恋愛
キャロラインは、王宮でのパーティで婚約者のジークフリク王太子殿下から婚約破棄されてしまい、王宮から追放されてしまう。 キャロラインは、国境を1歩でも出れば、自身が張っていた結界が消えてしまうのだ。 結界が消えた王国はいかに?

「役立たず」と言われ続けた辺境令嬢は、自由を求めて隣国に旅立ちます

ネコ
恋愛
政略結婚の婚約相手である公爵令息と義母から日々「お前は何も取り柄がない」と罵倒され、家事も交渉事も全部押し付けられてきた。 文句を言おうものなら婚約破棄をちらつかされ、「政略結婚が台無しになるぞ」と脅される始末。 そのうえ、婚約相手は堂々と女を取っ替え引っ替えして好き放題に遊んでいる。 ある日、我慢の限界を超えた私は婚約破棄を宣言。 公爵家の屋敷を飛び出した途端、彼らは手のひらを返して「戻ってこい」と騒ぎ出す。 どうやら私の家は公爵家にとって大事で、公爵様がお怒りになっているらしい。 だからといって戻る気はありません。 あらゆる手段で私を戻そうと必死になる公爵令息。 そんな彼の嫌がらせをものともせず、私は幸せに過ごさせていただきます。

断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる

葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。 アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。 アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。 市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。

処理中です...