僕たちのスタートライン

仙崎 楓

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高校3年の秋

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スタートラインに立った瞬間が好きだ。

 頭上でどこまでも続く青い空、そして一番に飛び出せば誰もいないだだっ広いこの場所で、思いっきり走れるのかと思うとゾクゾクしてたまらない。

  パン!
 スタートの合図と共に、俺は誰よりも速くつま先を蹴って走り出した。
 俺の両側を風がどんどん通り抜けていく。

  ヤバい。
  すげー気持ちいい。

 あっという間にフィニッシュラインが見えてくる。
 まだまだ走れそうだ。
最後でぐんと加速する。
ああ、今日もいつも通り絶好調だ。
タイムなんか見なくたって分かる。

 フィニッシュラインの向こうで待っているアイツの漆黒の瞳が、全部教えてくれる。

「サンキュ、静」
 俺は静からタオルを受け取って、無造作に汗ばんだ頭をガシガシと拭いた。
「相変わらず調子いいね、うちのエース」
 静は大きな瞳を細めて、きゅっと笑った。
「当ったり前だろ。
  次の大会で推薦決まるんだぜ。
  静だって一緒だろうが。
  上着着たままで、練習する気ないのかよ」
 ジャージの胸元からのぞく首筋や手首は男とは思えないほど白く、華奢だ。
外で一緒に走ってるのに、浅黒い俺とは全く違う。

「だって、もうすぐ進路相談でしょ」
「ヤッベ!
  忘れてた!」
 静は肩をすくめてため息をついた。
「だと思った。
 相談終わる頃には部活も終わってるから、    着替えておかないと。
 はい、部室の鍵 」
「さっすが静!」
 俺たちは急いで部室で着替えを済ませると、速足で進路相談室に向かった。

遅い。
 たかが進路相談にいつまでかかってんだ。

 俺はズボンのポケットからスマホを取り出した。
自分の進路相談はあっさり終わった。
ギリギリまで陸上やって、陸上の強い大学へ推薦入学。
「勉強頑張れよ~」と困り顔の担任を軽く受け流し、静にバトンタッチした。
普通に話しても15分くらい待てば静から終わったよメールが入ると思っていた。
けど何度見たって連絡はきていない。
 俺は乱暴にスマホをしまうと、洗いざらしの髪をぐしゃっとかきあげた。

 几帳面なアイツが時間に遅れることなんてありえない。
 連絡がないってことは、もう来るんだよな。
 そんな風に思っているうちにもう一時間も経ってしまった。

「あ、神原くん。
 もう進路相談終わったよね?
 彼女でも待ってるの?」
 同じクラスの女子が声をかけてきた。
「違うって。静見てない?」
「しずか?
 何組の子?
 やっぱ彼女だ」
 女子がはしゃぎ始めたので、俺は慌てて訂正した。
「ちげーよ。
  西林静」
 女子は突然黙った。
かと思うと、また騒ぎ始めた。
「西林くんて、しずかって名前だったんだ!
 女の子かと思った」
「あ~、もう違うって言ってんじゃん」

 他にも色々聞きたそうにする女子に俺は段々うんざりしてきた。
もうここでじっと待つのは限界だ。
 俺は女子をそのまま残して、教室に向かった。
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