42 / 71
7.齟齬
2
しおりを挟む「イオくん、とりあえず、落ち着いて」
「落ち着いてます」
ふんっと鼻息荒いイオは、まるで小型犬が怒っている様だ。総司はそんな様子すら可愛いと思ったが、慌てて思考を振り払う。
「さっきのことで怒っているなら謝る。ごめんなさい。俺がイオくんのことを考えてなかった」
「さっきのこと?」
今度はイオが疑問を抱く番だった。
(俺が怒る?何のこと?でも、ここで話していたら、どんどん総司さんのペースに巻き込まれてしまう。早く出ていこう)
イオは覚悟を決め、玄関へと歩み出す。狭い廊下では必然的に総司と対面することになる。二人は見つめ合う。総司の視線は優しいものだが、イオの視線は狼狽している。
「イオくんが出ていくって言うなら、俺が出ていくよ」
「なんで、そうなるんですか……!」
「そうでもしないと、イオくんは俺の話を聞いてくれないだろう?」
「聞いてます」
「明日の朝になったら帰ってくるから、もう一度話し合おう」
総司が踵を返し、部屋を出ていこうとする。イオは「待ってください」と慌てて総司の腕を掴み、それを止めた。振り返った総司の視界に飛び込んできたのは、イオの泣きそうな表情だった。
「出ていくのは、俺のほうです。これ以上迷惑かけられません」
「迷惑じゃないって、何度言ったら……」
「嘘です、総司さんは優しいから、そんな嘘……」
「嘘じゃないよ」
「嘘です……」
(駄目だ、泣いてしまう。泣いても、何も解決しない)
イオは涙を我慢するために腹に力を入れる。しかし、涙はポロリと流れ落ちた。一度涙が流れると、止まらない。イオの頬を次々と涙が濡らす。
「ごめんなさい、泣く、つもりじゃ……」
涙を流すイオを前に、総司の身体は勝手に動いていた。総司はイオに掴まれた腕を引きつけ、イオの身体を優しく抱きしめる。体格差で、イオの身体は総司の腕の中にすっぽりと包まれてしまう。
「っ……?!」
(俺、今、総司さんに抱きしめられてる……?!)
驚きのあまり、イオの涙は止まる。
驚いたのはイオだけではなく、総司もだった。総司は自らの行為が信じられなかったが、すでに抱きしめてしまった以上、後戻りはできない。イオに突き返されなかったのが幸いだと、内心安堵していた。
(総司さんの腕の中は温かいし、総司さんの匂いに包まれて安心する)
一度止まったイオの涙だが、総司の優しさに、また零れ始めた。
(総司さんは優しい。もうアイドルじゃない俺にも、優しくしてくれて、大事にしてくれて……。それは、嬉しくて幸せなことで……)
「総司さん」
(だから……、俺はそんな優しい総司さんが好きだ……)
イオは涙を拭って、顔を上げた。総司の視線とイオの視線が交わる。そして、背伸びをしたイオは、総司に口づけた。一瞬の唇の触れ合いに、総司は驚いて目を見開く。
「今までありがとうございました。さようなら」
イオは総司の腕を抜け出し、そのまま部屋を出ていった。残された総司はしばらく動けずに、玄関に立ち尽くしていた。
0
お気に入りに追加
96
あなたにおすすめの小説
【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】
紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。
相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。
超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。
失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。
彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。
※番外編を公開しました(10/21)
生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。
※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。
※4月18日、完結しました。ありがとうございました。
学園と夜の街での鬼ごっこ――標的は白の皇帝――
天海みつき
BL
族の総長と副総長の恋の話。
アルビノの主人公――聖月はかつて黒いキャップを被って目元を隠しつつ、夜の街を駆け喧嘩に明け暮れ、いつしか"皇帝"と呼ばれるように。しかし、ある日突然、姿を晦ました。
その後、街では聖月は死んだという噂が蔓延していた。しかし、彼の族――Nukesは実際に遺体を見ていないと、その捜索を止めていなかった。
「どうしようかなぁ。……そぉだ。俺を見つけて御覧。そしたら捕まってあげる。これはゲームだよ。俺と君たちとの、ね」
学園と夜の街を巻き込んだ、追いかけっこが始まった。
族、学園、などと言っていますが全く知識がないため完全に想像です。何でも許せる方のみご覧下さい。
何とか完結までこぎつけました……!番外編を投稿完了しました。楽しんでいただけたら幸いです。
【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?
寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。
ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。
ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。
その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。
そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。
それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。
女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。
BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。
このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう!
男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!?
溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。
人気俳優と恋に落ちたら
山吹レイ
BL
男性アイドルグループ『ムーンシュガー』のメンバーである冬木行理(ふゆき あんり)は、夜のクラブで人気俳優の柏原為純(かしわばら ためずみ)と出会う。
そこで為純からキスをされ、写真を撮られてしまった。
翌日、写真はネットニュースに取り上げられ、為純もなぜか交際を認める発言をしたことから、二人は付き合うふりをすることになり……。
完結しました。
※誤字脱字の加筆修正が入る場合があります。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる