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3.理由
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しおりを挟む「……くん、イオくん」
名前を呼ばれ、イオの意識は僅かに覚醒する。
柔らかい布団に包まれる心地よさと温かさに、身体はまだ眠っていたいと抵抗する。沈んでいく意識に揺蕩っているイオだったが、ゆさゆさと身体を揺さぶられ、ゆっくりと目を開けた。見慣れない天井に疑問を覚えたのは一瞬で、目の前に総司の顔が現れて、一気に目が覚めた。
「うわっ」
イオの驚く声に、総司は驚き、慌ててベッドから離れた。イオは飛び起きると、周囲を見渡す。部屋の隅の祭壇に、もう一度驚いた。昨夜の記憶が蘇ってきて、現実に身体が重くなる。
「起こしてごめん」
総司は謝ると、両手をハンズアップし、無害であることを主張した。
「断じて、イオくんの寝顔を見てたとか、そういうことじゃないから。寝てるイオくんの健やかな表情可愛いな、とか、ノーメイクでも肌綺麗だなって思ってないから」
(全部口に出てるって気づかないのかな……)
イオは飽きれ半分で、総司を見つめる。
しかし、「ああっ、冷ややかなイオくんの視線!」と総司のテンションが上がってきたため、視線を外し、枕元に置いてあるスマホを手に取った。時間を確認すると、朝の七時。総司の服装も昨日とはがらりと変わり、スーツ姿だ。ライブや特典会で何度も見ている格好に、イオは安心感すら覚える。
「えっと、起こしてごめんね」
いまだに息が荒い総司に、イオは眉根を寄せつつも話を聞く。
「俺出勤しないと行けなくて、それで……」
(そうだ、一晩だけって約束だったから……。ここから出て行かないと……)
イオがベッドから降りようとすると、「あ、違う違う」と静止の声がかけられる。
「これ、渡しておこうと思って」
総司差し出されたのは、茶封筒だった。イオは首を傾げながら、それを受け取る。封がされていない封筒の中身を検めると、一万円札が入っていた。しかも、一枚ではない。確認すると十枚だった。
「なんですか、これ……?」
「とりあえず渡しておくから、今後のために使って」
「え、そんな、受け取れないです、お金なんて」
「いいから」
「でも、だって……」
「ほんの気持ちだから」
イオは総司に封筒を突き返すが、その手を押し返されてしまう。それをまたイオは押し返し、総司はそれを跳ね返す。封筒が二人の間で行ったり来たりを繰り返して、最終的にイオの手の中に収まった。
イオは茶封筒を大事に、しかしどこか遠ざけたさを感じさせるように、手に持つ。
「泊まらせてもらっただけで十分なのに、お金まで……。しかも、こんなに……」
「本当に気にしないで。今まで俺がイオくんからもらった全てに比べたら、全然大したことないから」
総司のまっすぐな言葉と真剣な眼差しに、イオは何も言えなくなった。さらに、申し訳なさが募る。
「本当にありがとうございます」
「お礼なんて……、あ、時間!」
総司は慌てた様子で腕時計を確認した。
「俺出勤しなきゃいけないから、イオくんはゆっくりしてて」
「え?」
「スペアキーはリビングの机に置いてあるし、冷蔵庫は何もないけど、キッチンラックにはレトルトカレーとかカップ麺があるから。あとWi-Fiはリビングの本棚に置いてあるから使っていいよ」
「でも」
「落ち着くまでここに居てもかまわないから。じゃあ、いってきます」
イオが言葉を挟む時間を与えず、総司は一方的に話してから、寝室を出て行った。その背中に、イオは慌てて「いってらっしゃい」と声をかけた。しかし、総司はすでに廊下にいて、せっかくの推しのお見送りの言葉を聞くタイミングを逃してしまったのだった。
慌しい時間を噛み締めるように、イオはふぅと息を吐いた。持っている茶封筒を近づけて、遠ざけて、また近づけて、じっと見つめる。
(お金までもらってしまった。ここに居てもいいって言ってたし、これからどうしよう)
総司に甘えてしまうことは簡単だが、どうも抵抗感がある。イオはしばらく考えていたが、まだ身体は睡眠を欲していた。自然とあくびが漏れる。
(もう少し寝よう)
イオはそう決めて、ベッドに倒れ込んだ。目を閉じると、シーツの優しい匂いが漂って、やけに安心した。
(総司さんの匂いがする。洗剤とか香水とかかな)
浅い眠りの中、イオはそんなことを考えていた。
(アイドルじゃなくなった俺に、いつまで優しくしてくれるんだろう)
一抹の不安を抱えつつ、イオはいつのまにか深い眠りに落ちていった。
次回、更新未定です。
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