家に帰ると推しがいます。

えつこ

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2.邂逅

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「総司さん、落ち着いて……」
「あぁ……、イオくんが、俺の名前呼んで……?もう呼んでもらえないかと思ってたのに……」

 どばどばと涙を流しながら、総司は再びイオを拝む。目の前には確かにイオがいて、総司をじっと見つめている。

(イオくんが、今、ここに存在している奇跡……。困ったような表情も可愛い……)

「お願いですから、落ち着いて……」
「イオくんを目の前にして、落ち着いていられると思う……?!あ、また話しちゃった。そうだ、お金払うよ。特典券の代わりにお金払うから!えっと……、今何秒話したかな……」

 スラックスのポケットから財布を取りだそうとする総司に、イオは「あの!」と大きい声を出した。総司は思わず目を丸くする。

「あの……!僕の話を聞いてくれると嬉しいです」
「もちろん聞くよ」
「じゃあ、一度落ち着いてもらっていいですか?」
「落ち着いてるから」

 どこがだ、と思わずツッコミそうになるのをイオは我慢した。

「えっと、どうしよう。ちょっと待って、待って……」

 総司はもう一度手のひらをイオに向けた。その場で目を瞑って、一旦冷静になろうと深呼吸を繰り返す。
 しかし、途端に気持ち悪さに襲われる。腹の中から、何かが迫り上がってくる感じに、総司は思わず口を抑えた。

「総司さん……?」

 先程から十分変だった総司の異変に、イオは目敏く気づく。それに、総司が纏うアルコールの匂いに、嫌でも察してしまう。慌てて荷物を置き、そっと総司に寄り添う。

「吐きそうですか?」
「……きもち、わるい」

 倒れそうになる総司を支えたイオは、一瞬躊躇した後、スニーカーを脱いで部屋に上がる。そして、総司に肩を貸す。

「トイレどこですか?」

 総司の目線は、廊下途中のドアへ示す。

「ゔぅ……はきそう……」
「もうちょっと我慢してください」

 イオは総司を支えながら、二人で廊下をよたよたと歩く。
 ようやく辿り着いたトイレのドアを開けたのはイオで、総司はトイレに倒れ込んだ。なんとか便器に近づいた総司は、迫り上がってくるものを吐こうとするがうまくいかない。気持ち悪さや吐き気が募るだけだ。

「ゔ……、っ、おえ……」
「総司さん、大丈夫ですか……?」

 イオは総司の背中を優しく撫でる。

(こんなみっともない状態の俺を気遣ってくれるなんて……。さながら戦場の天使……)

 イオの天使のような優しさに、総司はぽろぽろと泣いた。さらに、吐けない苦しさも相まって、涙が止まらない。

「泣かないでくださいよ」

 総司の背中に、イオの声が落ちる。しかし、その声は、震えて、掠れていた。そのため、総司は何事かとイオを見上げた。

「イオ、くん……、泣いて……?」

 イオは泣いていた。大粒の涙が、イオの頬を伝う。

(なんで、泣いて……?え、天使が泣いてる?泣いてても顔がすっごい綺麗……。涙なんてダイアモンドみたい……。というか、泣き顔初めて見たかも……?これ、無料で見てもいい?有料コンテンツじゃないの?)

 総司は心の中で騒いだが、先ほどより幾分冷静になったおかげで、口には出さなかった。そして、純粋にイオが心配になる。

(そうだよ、はしゃいでる場合じゃない。俺の部屋に来たのも何か理由があるはずだ)

 総司の思考はようやく地に足がついたものになる。こみあげる吐き気に負けそうになりながらも、イオに声をかけた。

「イオくん、大丈夫?ね、泣かないで」
「総司さんも、泣かないで下さい。僕の方が泣きたいんですよ」
「わかった、わかったから。俺も泣くのやめるから、イオくんも泣きやんで」

 はたから見れば、二人してトイレに座りこみ泣いている状態だ。さながら地獄絵図の様相を呈する。

「もう、いいから、早く吐いて下さい」

 イオはぴしゃりと言い放つと、総司の後頭部を手で支えた。そして、反対側の手を総司の口元は移動させる。

「なに、して……?」

 突然のイオの行動に戸惑う総司。だが、次の瞬間、イオの指が総司の口内に突っ込まれた。

「んゔ、んぅ……!」

 イオの細くて白い指が、握手で触れた皮膚が、総司の口内の粘膜に触れる。

(待って、待って、なにこれ?どういう状況?!)

 総司は逃げようとするが、後頭部をイオに抑えられているため、動けない。案外力が強いことに感心する総司だが、それどころではない。イオの指は、無遠慮に、しかし、的確に喉を刺激する。総司は反射的にえずき、腹の中からせりあがってくるものを感じる。

「ミナミにいつもやってるんで、安心して下さい」

「んぅ、ん、ゔゔ……!!」

(そういうことじゃない!なんでここでミナミの名前が出てくる?!)

 総司の心の叫びは、もがき苦しむ声に変わるだけだった。

「総司さん、大丈夫ですから」

 イオに優しく宥められながら、総司はこみあがってくる吐き気と戦っていた。

(早く吐きたい、楽になりたい。でも、イオくんに吐いてるところ見られたくない。こんな汚い俺をイオくんの視界に入れたくない。でも、吐きたい。気持ち悪い。だめだ、吐く……)

 総司は逡巡のなか、あっさりと吐いた。




次回、更新未定です。


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