お隣さんはセックスフレンド

4-1.チョコレートケーキ（番外編）

7

　遼は部屋の前に着くと、隣の王輝の部屋のドアをちらりと見た。無性に会いたかったが、夜遅いため迷惑だと判断する。時刻は二十三時を過ぎていた。それに会ってどうしたいのかがわからなかった。ため息をついて、早く寝てしまおうと鍵を取り出し、ドアを開ける。
　暗く静かな玄関が、遼を出迎えてくれた。ぐったりと重い身体を動かして、靴を脱ぎ、リビングへ続く廊下を歩く。ふと、遼はリビングが明るいことに気づいた。まさかと期待していると、ドアが開き、王輝が顔を覗かせた。
「おかえり」
　王輝の微笑みで、遼の心は急速に温かくなる。一気に身体の力が抜け、遼はその場で座りこんでしまった。驚いたのは王輝で、慌てて遼に駆け寄る。
「大丈夫？」
　王輝は遼に目線を合わせるために、しゃがみこむ。二人の視線が交わった。一瞬の沈黙の後、遼は衝動につき動かされ、王輝に抱き着いた。
「っ、なに？遼？」
　急に抱き着かれた王輝は、勢いで後ろに転げそうになるのを踏ん張る。遼の大きな身体と温かな体温が、王輝を包みこんだ。
「……ごめん、しばらくこのままでいさせて」
　遼はぎゅっと王輝の身体を抱きしめる。王輝は少しの息苦しさを感じながらも、遼に身を委ねた。







「落ち着いた？」
　王輝は浴室から出てきた遼に声をかけた。遼はTシャツとスウェットに着替え、先ほどより表情はスッキリとしている。
「冷蔵庫に酒入ってるから、乾杯しようぜ」
　王輝は缶チューハイを掲げ、遼に見せた。普段遼が家で飲酒することは少ないため、王輝が勝手に冷蔵庫にアルコールをストックしている。だんだん冷蔵庫に王輝のものが増えてきているのは、王輝がそれほど入り浸っている証拠だ。
　遼は明日の仕事のことを考え、一瞬悩んだが、たまにはと冷蔵庫からビールを取り出した。風呂上りの火照った身体に、冷えた缶が触れるだけで心地いい。
　遼はリビングソファへと移動し、王輝の隣に腰かけた。二人分の体重で、ソファはゆっくりと沈む。王輝がテレビを消すと、リビングは一気に静まり返った。遼が缶ビールを開けた音が小さく響く。
「じゃあ乾杯、遅くまでお疲れさま」
「王輝も、お疲れさま」
　遼と王輝は手に持った缶を軽く当てあい、乾杯した。遼はビールを一口飲み、ふぅと息を吐く。
「もう日付変わっちゃったけど、誕生日おめでとう」
　時刻は十二時を過ぎ、八月九日は終わっていた。
「ありがとう」
　王輝の祝いの言葉に、遼は表情を和らげた。その表情の変化に、王輝は胸を撫でおろす。
　帰宅したときは顔色が悪かったため、かなり心配していた。あのあと、遼を宥め、風呂に入らせたのは王輝だった。汗を流せばスッキリするだろうという目論見だったが、それが功を奏した。
　仕事から帰った王輝は、自分の部屋でBloomDreamの生配信を見ていた。遼の様子が変であることは、画面越しでも感じ取れたため、こうして遼の部屋で待っていたのだった。誕生日を直接祝いたい気持ちがあったのは確かだが、心配のほうが大きかった。
「遼」
　王輝は遼に向き直る。手に持った缶は空になり、結露が王輝の手を濡らす。缶ビールに口をつけようとした遼は、王輝の視線に気づき、手を下ろした。
「俺が口をだす話じゃないかもしれないけど、さっきの配信のとき、様子が変だったから気になって……」
　王輝は遼の表情を伺いながら尋ねた。未だに、自分の過去について話していない王輝は、後ろめたさを感じる。
「俺なんかでよければ話を聞くし、もし、遼がよければ、話して欲しい」
　遼は王輝が気を遣っていることを察し、それと同時に王輝の優しさも感じた。
「王輝、心配かけてごめん」
　王輝に心配させてしまったこと、それに同じようにファンも心配をかけたであろうと想像して、遼は反省した。そして、一度言葉を区切り、頭の中に散乱する言葉を形にしていく。王輝は黙って遼の言葉を待った。
「うまく話せるかわからないけど、聞いて欲しい」
　王輝はゆっくりと頷く。遼はひとつ深呼吸をした後、話し始めた。