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4-1.チョコレートケーキ(番外編)

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「お疲れさまでーす!」
 スタッフの声が響き、室内の緊張感は一気に和らぐ。岸は一番に遼に歩み寄った。
 椅子に座った遼は、ふぅと息を吐いてから、立ち上がった。「お疲れさまです」といつも通りに礼儀正しくスタッフに挨拶をしたが、少し顔色が悪い。
「リョウ、大丈夫か?」
「はい」
 全然大丈夫じゃない表情のくせに、と岸は眉根を寄せた。カズとタスクは心配そうに、遼を見つめる。岸は「すぐ終わらせよう」と遼の肩を軽く叩いた。
「そこの壁の前で、三人とリョウ一人のニパターンで撮って」
 岸はカメラマンに指示し、飾り付けられた壁の前に三人を立たせた。シャッターが何度か切られ、三人は表情を決める。次に遼一人だけが壁の前に立ち、同じようにシャターが切られる。
「じゃあ片付け始めて」
 岸の指示でスタッフが慌ただしく片付けを始める。メンバーは部屋の隅に移動し、遼をカズとタスクが囲む。
「リョウ、疲れちゃった?最近忙しかったもんね」
「椅子座ってたほうがいいんじゃない?」
 カズがおろおろとし、タスクにもその焦燥が伝染する。精神的な中心である遼が崩れると、グループとしても一気に崩壊してしまう。岸は常日頃危惧している事態が目の前で起き、今後の課題だと思いつつ、三人に近づいた。
「俺は遼を送っていく。二人はタクシーで帰れそうか?」
「大丈夫です」
 タスクは表情を引き締めて頷く。岸は「頼んだぞ」と言うかわりに、タスクの肩をぽんと叩く。そしてカズの頭をぐしゃりと撫で、元気づけた。
「遼のことは俺に任せて、気をつけて帰れよ」
 岸は二人が頷くのを確認し、遼の肩を抱き、会議室から連れ出した。廊下は明るいが、人通りはなく、静かだ。二人分の足音だけが響く。
「岸さん、俺、大丈夫なんで。一人で帰れます」
 岸の腕から逃れた遼は立ち止まる。先程より気分はマシになってきていた。胸のモヤモヤ感は消えたわけではないが、岸に頼るほどではない。
「鏡で自分の顔見てから言うんだな」
 岸に言われ、遼は自らの頬に触れたが、わかるはずがなかった。
「荷物はレッスン室か?」
「そう、ですけど……」
「車で待っておいてくれ」
 岸は車の鍵を遼に渡し、一人でレッスン室へと向かった。廊下に残された遼は、仕方なく駐車場へと足を向ける。



「チョコレートケーキ、嫌いだったか?」
 岸はハンドルを握りながら、遼に尋ねた。岸が運手する車は道路をスムーズに走る。
「嫌いなわけじゃないんですけど……」
 助手席の遼は、窓の外をぼんやり見ていた。光がどんどん後方に流れ、街の景色の輪郭はぼやける。それと同じように、言葉の輪郭もぼやけていった。チョコレートケーキについて、これ以上言葉を紡ぐことを遼は諦めた。
 岸は言葉の続きを待っていたが、遼は黙ってしまった。顔を顰めながら、ハンドルを操作し、交差点をスムーズに曲がる。遼の住むマンションはもうすぐだ。
「忙しいのに無理させて悪かった」
 ツアーで毎週末はライブを行い、冬に向けてミニアルバムの作成を進めている。その合間にダンスやボイスレッスン、俳優業まで入ってきて、スケジュールは過密だった。その全てを淡々とこなす遼に、甘えていたことに気づく。遼が抱え込んでしまうタイプであることは、岸が一番わかっていた。
 車は静かにマンションの駐車場へと入っていく。高級車が並ぶ駐車場の通路に、岸は車を停めた。
「明日迎えに来るから」
「でも」
 断わろうとした遼を、岸は視線で制する。遼は自分が何を言っても、岸の意思は変わらないことがわかっていたため諦めた。
「ありがとうございます。迷惑かけてすいません」
 遼は岸に頭を下げ、車を降りた。そのままエレベーターホールへと歩いて行く。
 岸は遼の背中を見送る。明日の遼の様子を見て、三門に診てもらうことも考えないといけない。そう考えながら、車を発進させた。



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