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3-3.二人のこれから
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しおりを挟む「今日初日だっけ、王輝くんの舞台」
カズは額に光る汗を拭きながら、遼に話しかけた。
BloomDreamはカウントダウンライブのリハーサルをしていた。屋内に実際にライブで使うセットを組み、パフォーマンスや演出、タイムスケジュールに問題がないかを確認していく。ライブは二週間後に近づいていた。
メンバーはスタッフの作業の邪魔にならないように、セット外で休憩していた。
「そうだな」
遼は相槌を打ち、スポーツドリンクで喉を潤した。遼は立ったままだが、カズとタスクはパイプ椅子に座って休憩していた。
年末は歌番組が増えるため、収録や生放送に忙しい。そして、年明けのテレビやラジオの収録が前倒しされ、スケジュールが詰め込まれていた。いつでも元気なカズだが、疲労が垣間見える。それは遼も同じで、慌ただしく仕事をこなしていく日々で、身体のあちこちが悲鳴をあげていた。
カズの言う通り、王輝の舞台は今日が初日だ。舞台に集中している王輝の姿を見ていたため、遼は是非とも観たかったが、スケジュールが合わなかった。
「王輝くんがカウントダウンライブ来てくれるなら、俺たちも舞台観に行きたかったなぁ」
カズは大きくため息をついた。遼はそれに同意する。
王輝の希望通り、カウントダウンライブの関係者席は確保してあった。王輝が来てくれることに対して、遼は嬉しさと気恥ずかしさがあったが、純粋に嬉しかった。遼にとって、最近の仕事へのモチベーションは、王輝がライブに来てくれることだ。また、王輝の怪我の具合は良好のようで、遼はそれにも安堵していた。
「あ、岸さんが来た」
タスクがぽつりと言った。スーツ姿の岸は、スタッフの合間を抜けて、足早に三人へと近づく。
「お疲れさまです」
三人が口々に挨拶する。カズとタスクは立ちあがろうとしたが、岸はそれを手で制し「お疲れ」と手短に言った。
「どうだ?問題ないか?」
「はい、今のところは」
遼が代表して答える。ライブのリハーサルは順調に進行していたし、演出についても大幅な変更はない。
岸はもちろんそれについては知っていたが、念のために尋ね、三人の顔色を伺った。疲れが滲む三人に、仕方ないとは言え、岸は心苦しく感じる。仕事が立て込んでいるのは岸が一番わかっていた。これでもセーブしている方だが、それでもメンバーの負担は計り知れない。
「今日の弁当は何がいい?」
せめて食事くらいは好きなものを食べさせてやりたいと岸は三人に尋ねた。
「肉がいい!」
元気に片手を上げたのはカズで、タスクも小さく手を上げた。
「遼は?」
「なんでも、岸さんに任せます」
「じゃあ三人とも同じ弁当にするから」
は頭の中で、いくつか弁当屋をピックアップした。疲れた時に肉を食べたい気持ちはわかるが、岸は想像しただけで胸やけしそうになる。年齢の差を感じて、一人で苦笑した。
「他に欲しいものあればメールしておいてくれ」
それだけ三人に言い残し、岸は足早にその場を後にした。
スケジュールが詰まっているため、事務所全体が慌ただしい。岸はBloomDream専属だが、人手が足りないときは他のアーティストや俳優のマネージメントも担当している。人使いが荒い事務所だと恨めしくなるが、岸は適度に忙しいほうが集中できるタイプだ。
多忙な岸の背中を見送った三人に、スタッフから声がかかる。
「すいません、リハ再開します。お願いしまーす!」
カズとタスクはすぐに立ち上がり、筋肉をほぐすように身体を動かした。遼も両手を上にあげ、背筋を伸ばした。あの夜に負傷した肩はすっかり良くなり、内出血の跡はすでに消えている。肩が露出する衣装もあるため、ライブに間に合ってよかったと遼は思っていた。
カウントダウンライブまで、あと少し。王輝に少しでもいいものを見せたいと、遼は心の中で気合を入れ直した。
十二月三十一日、カウントダウンライブ当日。
王輝は朝からそわそわしていた。初めてBloomDreamのライブを生で見るのが楽しみで、昨日は眠りが浅かった。しかし、王輝の気分は爽快で、身体は軽い。その理由は先日までの舞台にあった。
王輝が出演した舞台の公演期間は、休演日を入れて約二週間。今まではドラマやモデルの仕事が多かったため、慣れない舞台に苦戦した部分もあったが、王輝としては及第点の手応えがあった。公演を重ねる度に熟成していく演技、毎回変わる舞台の雰囲気、その場で返ってくる観客の反応など、そのどれもが王輝にとっては新鮮で刺激になった。王輝は全公演が終わってすぐに、舞台の仕事がもっとしたいと須川に伝えた。また、今回地方公演はないが、舞台監督は「次回作にもぜひ」と言ってくれ、王輝は素直に嬉しかった。
それだけでなく、諏訪が舞台を観に来てくれたのだ。それを王輝が知ったのは諏訪のブログに舞台の感想がアップされたときだった。諏訪のブログは映画やドラマ、舞台の感想が気まぐれにアップされる。忖度のない物言いと、諏訪の独自の視点でつづられる感想は、業界では注目されていた。
感想の中には、王輝の演技について書かれたところもあった。諏訪の評価は概ね高評で、王輝は最近その文章を何度も読み返していた。諏訪への苦手意識がなくなったわけではないが、いつか諏訪のディレクションで演技をしたいという王輝の気持ちは一層強くなった。
一つ残念だったことは、スケジュールの関係で、遼が舞台を見に来れなかったことだ。仕事なのだから仕方ないと、王輝は自分に言い聞かせるも、見に来れないと知ったときはかなりがっかりした。しかし、ライブに向けて遼が頑張っている姿を見ていたので、今日のライブを精一杯楽しめばいいと気持ちを切り替えた。
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