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3-2.伝える想い

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 十二月に入り、遼と王輝の日々は慌ただしく過ぎていく。師走と言う名の通り、二人とも仕事に奔走していた。
 王輝は三門の許可を得て、徐々に仕事に復帰し始めた。ドラマの撮影が優先で進み、遅れを取り戻すように舞台稽古にも勤しんだ。
 遼はカウントダウンライブの他に、翌年の春先に発売が決まったBloomDreamのアルバムの製作準備のため、打ち合わせの日々だった。アルバムの発売はカウントダウンライブで初解禁の予定だ。
 必然とセックスする時間が取れなくなり、怪我が治るまでという約束だったが、ずっとお預け状態だった。恋人になったという事実があったため、それほど苦にはならなかった。また、時間が合えば、顔を合わせたり食事をしたりと、なんてことない時間を二人で過ごすことで、精神的に満たされていた。
 王輝はあの夢から逃げるように、遼と一緒に眠ることが増えた。察した遼も断ることなくそれを受け入れる。二人は温かさを分け合い、触れ合って、抱き合って眠る日々を過ごした。それだけでよかった。
 二人の休みが合うのは、元旦から三が日だったため、セックスするのはカウントダウンライブの後だと二人は決めた。



「すいませんでした」
 漠が謝罪した後、王輝に向かって頭を下げた。
 事務所の会議室の一室、そこに王輝と漠、そしてそれぞれのマネージャーが一堂に会した。
 あの時以来、王輝と漠は初めて顔を合わせた。漠は早々に謝罪を申し出ていたが、王輝の入院もあり、このタイミングとなった。
 漠は暗い顔をしており、王輝の目には少し痩せたように映った。
「王輝さん」
 須川に促されて、今度は自分が何か言わなければならないことに王輝は気づく。とは言っても、王輝はもう気にしていなかった。怒りの気持ちはあるが、死にかけたのは結局自らの責任だからだ。それに、稀有な経験ができ、遼と恋人関係になれ、さらに今は漠の仕事もやらせてもらっている。結果だけみれば、王輝にとっては現状は好転した。
 三人の視線に晒されつつ、王輝は口を開いた。
「もう済んだことだし、怪我は自分のせいだし、全然気にしてないから」
 王輝の言葉で、漠の不安そうな表情が和らぐ。その場の緊張が解け、誰もが肩の力を抜いた。
「この件はこれで終わりです。わかってると思いますが、他言無用でお願いします」
 須川は場を仕切った。事は当事者同士が謝罪して和解という形で終わりとなる。会社の方針に則ったが、須川は未だに納得していなかった。須川は気持ちを切り替えるために小さくため息を吐いた。
「いつから復帰するんだ?」
 王輝は気になっていたことを漠に尋ねた。漠は隣に座るマネージャーに視線を移動させた。
「年内は謹慎予定です。復帰は年明けになると思います」
 マネージャーが代わり答える。約一ヶ月程度の謹慎が、長いのが短いのか、王輝にはわからなかった。
 会話がこれ以上展開することなく、場はお開きとなった。
 先に王輝と須川が部屋を出る。すると、漠が追いかけてきて「王輝さん」と呼びかけた。王輝が足を止めると、須川は「私、先行ってますね」と言い残し、廊下を歩いて行った。漠のマネージャーは会釈して、須川とは反対方向へと廊下を歩いて行った。会議室前の廊下で、王輝と漠は二人だけになる。
「俺、今、映画とか舞台とか、出来る限り観てるんです。だから、王輝さんのおすすめあったら教えてください」
 想定外の漠の質問に、王輝は心底驚いた。今までの漠はこんなことを言うタイプでなかったからだ。
 王輝はあの夜、漠に吐いた言葉を覚えていた。今後一切関わるなとは言ったものの、現実的には難しいことはわかっている。今まで通り、変に馴れ合わず、仕事だけの関係を続けたかった。
「すいません、急にこんなこと言われても困りますよね」
 王輝の反応に気づいた漠は、悲し気な表情を見せた。
「違う、そうじゃないけど、あ、そうだけど…」
 王輝が慌ててしどろもどろになると、漠はふっと小さく笑った。それがひどく自然で、今まで見ていた漠の笑顔は何だったのだろうと王輝は思った。
「仕事やめてもいいやって思ってたから、正直謹慎なんてラッキーくらいだったんですけど、ずーっと家にいるの退屈で死にそうで」
 漠は自嘲混じりで続ける。
「案外仕事って楽しかったんだって気づいたんです。好きとか嫌いとかじゃなくて、暇つぶしにはちょうどいいやって」
 暇つぶしという言い方には引っかかるが、漠の瞳は真っ直ぐで、漠なりにやる気を出したのだと王輝は解釈した。
「だから、俺負けないんで、絶対追いついてみせますから」
「そこは、追い抜く、だろ」
「一応、先輩をたてたつもりなんですけど」
「遠慮すんなよ」
 王輝と話は顔を一瞬見合わせて、吹き出すように笑った。
「あ、そうだ。王輝さん、連絡先教えて下さいよ」
 思わぬ提案に、王輝は顔を顰めた。王輝は滅多に他人と連絡先を交換しない。そのため、スマホの連絡先の件数はかなり少なかった。漠に対しても例外でない。仕事で一緒になることがあったので、用があるときは直接会ったときに話していた。あの夜の飲み会のときも、口頭で店の名前と時間をやりとりした。
「そうやってすぐ嫌な顔する」
 漠はけらけらと笑った。王輝は言い返せず、小さくため息を吐いて、スマホを取り出した。今の漠なら、連絡先を交換してもいいと思えた。
「無駄に連絡してくるなよ」
「わかってますって」
 漠もスマホを取り出す。二人はスマホを操作して、連絡先を交換した。王輝の数少ない連絡先に漠の名前が加わった。
「さっき言ってたおすすめ、メッセージで送って下さいね」
 漠はそれだけ言うと、軽く手を上げて、廊下を歩いていった。
 一人取り残された王輝は、嵐のような出来事だったと反芻しつつ、これからの漠の成長が少しだけ楽しみになった。
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