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3-2.伝える想い
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しおりを挟むこれは夢だ。
王輝は真っ暗な闇に落ちていく状況をそう判断した。助けを呼んでも、もがいても、何も変わらない。落ちきってしまえば、死が待つことだけが本能的にわかっていた。落ちれば落ちるほど、だんだん身体は重くなり、息苦しさが増していく。そのうち、すべてを諦めて、落ちてしまったほうが楽だと王輝は思った。
「今ヶ瀬」
ふいに降りそそいだ遼の声に、王輝は身体がふわりと軽くなった。先ほどとは逆で、声に導かれるように身体が浮き上がっていく。辺りが急激に明るくなり、闇が消え去った。
王輝が目を開けると、白い天井が見えた。身体がひどく重くて起き上がれない。王輝は諦めて顔だけ動かして、辺りを見まわした。白を基調とした清潔感のある部屋、そしてベッド脇に置いてあるモニターなどの機械や点滴の薬剤から、ここが病院であることを察した。
目を閉じて、記憶を遡るが、あやふやで思い出せなかった。あの夜、怪我をした後どうなったのだろう。漠は、あの少女は、どうしたのだろう。岸が来てくれた記憶はあるが、あの遼の声は幻聴か何かだったのかもしれない。ため息をついて、王輝は目を開けた。スマホを探すが、王輝の視認できる場所にはない。
ナースコールをすべきか王輝が悩んでいると、部屋のドアが開いて、三門が入ってきた。三門はすぐに王輝の意識が戻ったことに気づき、一安心とばかりに胸を撫でおろした。
「目が覚めてよかったよ。俺は医師の三門。君の主治医だ」
王輝は自己紹介した三門をじっと見つめた。がっしりとした体格で、刈り上げた髪や健康的に焼けた肌が、スポーツマンを想起させた。
「ちょっと失礼するよ」
三門は王輝を触診しながら「名前と誕生日は?」と尋ねた。王輝がそれに答えると、三門は王輝自身にまつわる簡単な質問をいくつか続けた。王輝はそれにスムーズに答えると、三門は頷き、王輝から手を離した。三門はベッド脇の丸椅子に座る。
「ここは俺の病院、君は一昨日の夜に運ばれてきたんだ」
「運ばれてきた?」
「覚えてない?まぁ仕方ないか」
「え、一昨日ですか?今日って何日?」
三門が伝えた日付に、王輝は驚いた。つまり一日眠っていたことになる。
「そんなに寝てたんですか…」
「そうだ、出血多量で身体が悲鳴を上げてたからな」
出血という言葉で、王輝は自分で刺したことを思い出した。左足を動かすと鈍痛が走り、王輝は顔を顰めた。
「傷口の処置は問題なく終わったよ。極力跡が残らないようにはしたが、少しは残るかもしれない」
「すいません、ありがとうございます」
「しばらく仕事は休みなさい。無理すると傷に障る。激しい運動もダメ」
「はい……」
わかってはいたことだが、三門に言われ、王輝は落ちこんだ。自分のせいで、須川や現場に迷惑がかかることを思うと胃が痛くなる。そもそもドラマ撮影の仕事は昨日も今日もあったので、すでに須川は謝罪に奔走しているだろう。王輝はため息をついた。
「仕事もいいが、命が助かったことを喜びなさい。あと、岸と遼にも感謝しろよ」
思わぬ名前が飛びだして、王輝は説明を求めるように三門の顔を見た。
「君をここに運んできたのは遼だからな。岸だって俺に連絡して、万が一に備えてくれたんだぞ」
遼と岸の名前を馴れ馴れしく呼ぶ三門に、王輝の視線は訝しさが滲む。それよりも、遼が病院へと運んできてくれたことに驚いた。夢の中で聞いた遼の声は本物だったのだ。王輝はじんわりと胸が熱くなった。
「余計な話はここまで。君のマネージャーに連絡しないと。それに受けてもらいたい検査もあるし」
三門は立ち上がり、会話を切り上げた。王輝は事の詳細を聞きたかったが、三門がそれを制した。
「詳しい話は遼に聞いてくれ」
軽く手を振り部屋を出ていった三門の背中を王輝は黙って見送った。
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