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3-1.夜に走る

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「救急車を呼んでも時間の無駄だ。直接病院まで連れてこれそうか?」
 三門の言葉に、岸はスマホを操作して、現在地から三門の病院までの道を検索した。距離はおおよそ一キロ。車があれば早いが、繁華街では余計に時間がかかる。それならばここから担いでいくほうが早い。体力勝負になるが、もうすぐ遼が合流するので、岸は遼に賭けることにした。
「リョウが連れていく」
「人使い荒いな。売れっ子アイドルだろ」
「わかってる。緊急事態だ」
 普段ならこんなことはさせないし、巻きこませない。こんなことは今後一切ごめんだ、と岸は心の中で泣き言を言った。
「そもそもどうして怪我したんだ?」
「俺もよくわからないけど、自分で刺したらしい」
「はぁ?」
 思わず声が出た三門は、芸能人だから色々事情があるのだろうとそれ以上は追及しなかった。繁華街で医者をやっていると、訳ありの患者が多く来る。三門はそれらに対しても深く追及しないスタンスを貫いてきた。
「とにかく、できるだけ早く連れて来い。準備して待ってる。表の入口を開けておくから」
 三門はそれだけ言って電話を切った。
 途端、岸は不安な気持ちになる。しかし今は自分がしっかりしなければいけない。ハンカチはすでに血で濡れて、機能を果たしていなかったが、岸はそのまま圧迫を続けた。
「大丈夫だ。もうすぐリョウが来る。病院に連れていくから」
 岸が声をかけると、王輝は目を閉じたまま小さく頷いた。岸は空いた手で王輝の怪我をしていない方の手を握り、ぎゅっと力を入れた。王輝は弱い力で握り返した。
「岸さん!」
 遼の大きな声が、ビル壁に反射した。ビルの角から遼が走ってくる姿が見え、岸は「リョウ、こっちだ」と声をだした。
 遼は岸と王輝の元に駆け寄り、パーカーのフードを外した。壁際でぐったり座り込んでいる王輝の姿を見て、遼は息を飲んだ。王輝の傍にかがみこみ、名前を呼ぶ。
「今ヶ瀬」
 呼びかけに反応し、ゆっくりと王輝は目を開けた。王輝のうつろな瞳が遼の姿を捉え、遼の慈しむ瞳が王輝を捉える。二人は一瞬見つめ合った。王輝は身体の底から力が湧きあがってくるような感覚を覚えた。
「佐季…」
「遅くなってごめん。もう大丈夫だから」
 遼が優しく話しかけると、王輝は僅かに微笑んだ。
 額から流れる汗を拭った遼は、岸に判断を仰ぐ。
「俺はどうすればいいですか?」
「三門の病院に運ぶ。ここから一キロだ。担いでいけるか?」
 身体に疲労が溜まっていた遼だが、ここで弱音を吐いている場合ではない。遼は力強く頷いた。
「リョウ、ハンカチ持ってるか?」
 岸の手元を見て、止血に使うのだと理解した遼は、チノパンのポケットからハンカチを取り出した。それは王輝からもらった薄黄色のハンカチだった。岸はハンカチを受け取ると、王輝の傷口を抑えていた自分のハンカチと取り替えた。薄黄色に赤が滲む。
「三門の病院まで、案内する。俺は後で追いつくから、とにかく走れ」
 岸は遼に説明しながら、ベルトを外し、ズボンから引き抜く。ハンカチを圧迫するために、王輝の大腿部を縛るようにベルトをきつく巻いた。呻き声を出した王輝を遼は心配そうに見つめる。
「これでいいだろ。リョウ、頼む」
 出血部位に負担がかからないようにと、遼が思い出したのは、以前バラエティ番組でレスキュー体験をした際に教えてもらった方法だった。
「岸さん、ちょっと離れてください」
 遼の言葉に、岸は王輝から手を離し、立ち上がった。後退り、王輝から距離を取る。
 遼は手に持っていたスマホをパーカーのポケットにいれた。王輝の前にしゃがみこみ、王輝の脇の下から自分の首を差し入れた。そして、勢いをつけて肩の上に担ぎ上げる。ファイヤーマンズキャリーと呼ばれ、意識がない人間の搬送方法だった。遼はバランスをとるために王輝の身体の位置を調節した。
「俺が道案内する。そこの大通りを真っ直ぐ行って、二つ目の交差点で左折だ。交差点を曲がったら、教えてくれ」
 岸は遼のポケットからスマホを取り出し、まだ通話が続いていることを確認した。通話をスピーカーに変更し、スマホを遼のポケットに戻す。岸は遼にパーカーのフードを被せた
「気をつけろよ」
「はい」
 遼は岸に向かって頷き、走りだした。遼がビルの角を曲がり、その背中が見えなくなると、岸は自分のスマホの地図をじっと見つめた。遼から連絡が来たら、次の指示を出さなければならない。もう片方の手に持った王輝のスマホから聞こえる音を聞き逃すまいと集中した。

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