83 / 116
3-1.夜に走る
8
しおりを挟む岸の運転する車は他の車に何度かクラクションを鳴らされつつ、繁華街の近くまでたどり着いた。煌びやかなネオンが周囲を明るく照らし、夜が遅いにも関わらず人の往来は多い。夜と思えないほど賑やかだ。
タクシーや高級車でごった返す路肩の狭いスペースに、岸は車を停める。岸がエンジンを切ってシートベルトを外している間に、遼が車から飛びだした。
「待て、リョウ」
岸の制止を聞かず、遼は勢いよくと走っていった。遼の背中はあっという間に小さくなり、人混みの中に消えた。
今追いかけたところで遼に追いつくはずがないので、岸はその背中を見送るしかなかった。遼から転送してもらった王輝の位置情報を確認した岸は、そこまでの道順を地図で確認した。位置情報についてはある程度ズレは予想されるので、王輝を探すのは人数が多いほうがいい。岸は車から降りて、遼の後を追うように繫華街へと足を踏み入れた。
岸は走りながら、最悪の事態を想定していた。すでに王輝が場所を移動しているということ、王輝の命の危険があるということ、素人では対応できない状況であること。警察に世話になるのは極力避けたいが、万が一のことを想定して覚悟は決めていた。すでに王輝が警察に連絡している可能性もある。それならば、王輝の安全はすでに確保されていることも考えられたし、そうであって欲しいと岸は願った。
岸は先ほど運転中に須川に連絡をし、簡単に状況を説明した。電話越しの聞く須川の声は焦っており、王輝の状況を初めて知った様子だった。位置情報を須川に転送すると、「私も行きます」と力強く言い放った。いくらマネージャーとは言え、夜の繁華街に女性一人で来ることには若干の不安があった岸は「無理はしないでください」と念押しして電話を切った。
もう一人連絡を取ったのは、三門という医者だった。繫華街の近くで個人病院を開業しており、岸の高校の同級生で、かつ友人だ。BloomDreamのツアーに同行したり、事務所の嘱託の産業医としても働いたりしている。病院の立地もあり、あらゆる患者を診ることに長け、ファーストドクターとしても活躍していた。念のため王輝が怪我をしている可能性を考えて、病院に連れていってもいいことを三門に承諾してもらった。
だんだん息が切れてきた岸は、一旦足を止め、呼吸を整えた。岸は体力や体形維持のためある程度は鍛えているが、普段ここまで走ることはない。もう少しちゃんと鍛えようと心に決め、額に浮かぶ汗を拭った。その時ちょうど内ポケットでスマホが震えた。須川からの着信だったので、岸は通話ボタンを押す。
「須川です。お伝えしたいことがあって、今大丈夫ですか?」
岸が名乗る前に、須川は口火を切った。岸は息を整えながら「大丈夫です」と答える。
「うちの事務所の矢内に確認したら、さっきまで一緒にいたとのことでした」
須川があげた名前に、岸は記憶を探り出す。数秒で、ドラマに出演していた漠の顔に思い当たった。
「場所は?」
「位置情報とはズレますが、カラオケ○○の××店です」
岸は思わず上を見上げ、ビル群の奥にそのカラオケ店の看板を捉えた。
「それで、矢内が言うには、今ヶ瀬が怪我をしていると……」
「怪我?」
「はい、今ヶ瀬が自分で刺したって言うんです」
「え?」
訳が分からず、岸は思考がばらけていくのを感じた。そもそも須川はなぜ漠に確認したのかも疑問だったが、今はそれを考えている場合ではない。
「矢内は気が動転してるみたいで、私も状況が掴めなくて、すいません」
「いや、それは後から確認すればいいですし、とりあえず俺はカラオケのほうへ行ってみます。リョウが位置情報のところに行ってくれてるので」
「すいません、ありがとうございます。私もタクシーでそちらに向かってますので」
「何かわかれば連絡ください」
岸は通話を終え、遼に電話をした。カラオケ店のことを伝えたかったが、通話中のメッセージが流れただけだった。王輝と通話を繋げたままなので当たり前だ。頭が回っていないと岸は自ら叱咤して、メッセージを送ることにした。カラオケ店の場所と王輝の怪我のことを簡潔に書き、遼へと送る。
地図でカラオケの場所を確認して、スマホをポケットに入れた。今日は長い夜になる。覚悟を決めた岸は、再び走り出した。
10
お気に入りに追加
305
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
おねしょ癖のせいで恋人のお泊まりを避け続けて不信感持たれて喧嘩しちゃう話
こじらせた処女
BL
網谷凛(あみやりん)には付き合って半年の恋人がいるにもかかわらず、一度もお泊まりをしたことがない。それは彼自身の悩み、おねしょをしてしまうことだった。
ある日の会社帰り、急な大雨で網谷の乗る電車が止まり、帰れなくなってしまう。どうしようかと悩んでいたところに、彼氏である市川由希(いちかわゆき)に鉢合わせる。泊まって行くことを強く勧められてしまい…?
総受け体質
田原摩耶
BL
二人の兄に毎晩犯されて可愛がられてきた一人称僕・敬語な少年が初めて兄離れをして全寮制学園に通うことになるけどモブおじさんにセクハラされたり色々されながらも友達をつくろうと肉体的に頑張るお話。
※近親相姦、セクハラ、世間知らず、挿入なしで全編エロ、乳首責め多め。なんでも許せる方向け。
なぜか俺は親友に監禁されている~夏休み最後の3日間~
ha-na-ko
BL
◆R-18 エロしかありません。
苦手な方は逃げてください。
表現が卑猥、かつリアルです。18歳未満の方は絶対に読まないでください。
----------------------
オレ、浜崎夏斗(はまさき なつと)は夏休みもあと少しで終わるという日の自分の誕生日を親友、谷垣隼人(たにがき はやと)の自宅で過ごしていた。
ハヤんちって居心地いいんだよな。
金持ちで、親はほとんど帰ってこないという高級マンションの最上階の部屋。
週に何度かハウスキーパーさんがやってくるだけで好き放題!!
かなりの頻度で入り浸っている一人ではあったがオレは平凡な高校生。
この夏休みはバイトや女の子遊びでなかなかあいつとは遊べなかった。
そんな時
「ナツ、明日誕生日だろ?もし一緒に祝う彼女でも居ないなら、俺んち来いよ。」
ハヤからのメール。
ひと夏の彼女と別れたばかりのオレは夏休み最後の3日間、ハヤんちで過ごすのも悪くないと軽く返事をした。
※こちらの作品、わたくしのただの妄想のはけ口です。
…ので稚拙な文章で表現も上手くありません。
話も辻褄が合わなかったり誤字脱字もあるかもしれません。
苦情などは一切お受けいたしませんのでご了承ください。
表紙は南ひろむ様に描いて頂きました♪
2019.5.20 完結
2020.4.23 番外編投稿開始
週末とろとろ流されせっくす
辻河
BL
・社会人カップルが週末にかこつけて金曜夜からいちゃいちゃとろとろセックスする話
・愛重めの後輩(廣瀬/ひろせ)×流されやすい先輩(出海/いずみ)
・♡喘ぎ、濁点喘ぎ、淫語、ローター責め、結腸責めの要素が含まれます。
少年ペット契約
眠りん
BL
※少年売買契約のスピンオフ作品です。
↑上記作品を知らなくても読めます。
小山内文和は貧乏な家庭に育ち、教育上よろしくない環境にいながらも、幸せな生活を送っていた。
趣味は布団でゴロゴロする事。
ある日学校から帰ってくると、部屋はもぬけの殻、両親はいなくなっており、借金取りにやってきたヤクザの組員に人身売買で売られる事になってしまった。
文和を購入したのは堂島雪夜。四十二歳の優しい雰囲気のおじさんだ。
文和は雪夜の養子となり、学校に通ったり、本当の子供のように愛された。
文和同様人身売買で買われて、堂島の元で育ったアラサー家政婦の金井栞も、サバサバした性格だが、文和に親切だ。
三年程を堂島の家で、呑気に雪夜や栞とゴロゴロした生活を送っていたのだが、ある日雪夜が人身売買の罪で逮捕されてしまった。
文和はゴロゴロ生活を守る為、雪夜が出所するまでの間、ペットにしてくれる人を探す事にした。
※前作と違い、エロは最初の頃少しだけで、あとはほぼないです。
※前作がシリアスで暗かったので、今回は明るめでやってます。
可愛い男の子が実はタチだった件について。
桜子あんこ
BL
イケメンで女にモテる男、裕也(ゆうや)と可愛くて男にモテる、凛(りん)が付き合い始め、裕也は自分が抱く側かと思っていた。
可愛いS攻め×快楽に弱い男前受け
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる