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3-1.夜に走る
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しおりを挟む『助けて』
今度ははっきりと遼の耳に届いた。全身の血がぶわっと駆け巡り、頭の中が熱くなる。助けて。確かに王輝が言ったその言葉に、遼はどうしていいかわからず、言葉がでなかった。
遼の様子から何かあったと察した岸は、車を急いで路肩に止めた。
「リョウ、どうした?」
遼の肩に、岸の手が優しく触れる。岸は自らも落ち着かせるように、遼にゆっくりと話しかけた。
「電話は今ヶ瀬さんからだな。何があった?何て言ってるんだ?」
鼓動がどくどくとうるさい。岸に説明しなければと、遼は息を吸って吐いて、心を落ち着かせる。「今ヶ瀬が」とようやく口から出た言葉は震えて、弱々しく、遼は口を閉じてしまう。岸は何も言わずに待った。遼はもう一度呼吸をして、言葉を紡いだ。
「今ヶ瀬が、助けてって」
「助けて?」
「助けてってそれだけ」
「電話は?まだ繋がってる?」
岸に尋ねられ、遼は画面を見る。通話中の画面のままだった。
「繋がってます」
「どこにいるか聞いて、何があったかわからないけど、とりあえず今ヶ瀬さんのところに行こう」
岸の的確な指示に、遼は幾分か落ち着く。今王輝が頼りにしているのは自分しかいない、大丈夫だ、しっかりしろ、と自らに言い聞かせ、腹に力をいれた。
「今ヶ瀬、 どこにいる?助けに行くから、場所教えてくれ」
『場所?』
「どのあたりにいる?近くの駅は?」
王輝からは言葉は返ってこず、荒い息遣いだけが聞こえる。遼は王輝の言葉を聞き逃すまいと、スマホを持つ手に力が入った。
ピロンと軽快な電子音が遼のスマホから鳴る。遼が画面を確認すると、王輝からの新着メッセージの通知がバナーで表示されていた。バナーをタップすると、メッセージ画面が開く。そこには位置情報が記されていて、タップするとさらに地図が展開された。言葉で説明するよりは確実な方法だ。
「これ、今ヶ瀬がいる場所です」
遼は岸に画面を見せた。岸は地図を読み、ここからどの道を行けばいいか考えながら、念のため車のカーナビに住所を入力する。カーナビが示した道は、岸の考えた道順とさほどズレはなかった。道の混み具合によるが、それほど時間はかからないだろうと予想した。
「出発するぞ。多分十分あれば着く」
岸は車を発進させ、アクセルを踏み込んだ。後続車にクラクションを鳴らされたが、今は気にしている場合ではない。
「今ヶ瀬?もしもし?」
遼は時間のことを伝えようとしたが、王輝からの反応はない。通話は続いており、微かにざわめきが聞こえる。
「岸さん、どうしよう。今ヶ瀬から反応がなくて…」
「とりあえず話しかけ続けろ」
岸はハンドルを握る手に、じんわりと汗をかいていた。話しかけることが正解なのか間違いなのかはわからない。何が起こったのだろう。なぜ遼に電話してきたのだろう。岸は頭を過る疑問を振り払い、運転に集中する。
「今ヶ瀬、聞こえるか?」
遼は王輝に声をかけ続ける。鼓動は速いままで、気を抜くと、またパニックになりそうだった。喉も口も乾き、息苦しさを感じる。王輝の状況が何もわからないのが、不安に拍車をかける。
遼の脳裏に嫌な想像ばかりが浮かんでは消えていく。どうしよう、大丈夫、もし何かあったら、落ち着け、と心の中が騒がしい。遼の瞳は揺れ、焦燥感や不安感が溢れだす。
「リョウ」
岸は遼の名前を優しく呼ぶ。それだけで遼は幾分か心が落ち着いた。
「繁華街の中だから、今ヶ瀬さんのところまで車で行くほうが時間がかかる。近くまで行くから、そこから車を降りたほうが早い」
遼には王輝のいる場所には馴染みがなかったので、岸の意見に頷くだけだった。
岸は王輝が場所を移動している可能性を考慮しながら、スーツの内ポケットからスマホを取り出した。顔認証でロックを解除し、遼に手渡す。
「位置情報を俺のスマホに転送してくれ。あと、三門(みかど)に電話をかける。その後須川マネージャーにも。俺が話す」
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