お隣さんはセックスフレンド

えつこ

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3-1.夜に走る

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「来週の金曜の夜って、王輝さん空いてます?」
 翌日、ドラマ撮影の休憩時間、楽屋で弁当を食べていた王輝に、漠が尋ねてきた。漠は弁当を半分ほど食べたが、残りは手をつけずに、スマホを操作していた。にこにこ顔の漠に、王輝は嫌な予感がして、顔をしかめる。
「空いてない」
「嘘でしょ」
 漠はけらけらと笑った。
 王輝は仕方なく箸を置き、スマホを取り出してスケジュールを確認する。仕事は入っておらず、特に予定はなかった。翌日の土曜が休みなので、遼の予定が空いていれば、セックスをするか、一緒にご飯を食べるかだろう。嘘をついても良かったが、漠が誘ってきた理由が気になるため、王輝は正直に答えることにした。
「空いてる」
「やった。実は、俺らの年代の共演者で飲み会やろうって話になって」
「パス」
「最後まで聞いてくださいよ。そこで王輝さんにサプライズで誕生日祝う予定なんで、絶対来てください」
「は?」
 王輝は思わず声が出た。せっかくのサプライズなのに、たった今漠がばらしてしまったので、サプライズの意味はなくなった。しかし誕生日を祝われると聞いてしまうと、主役である王輝は行かなければならない。それに漠だけなら行かないが、他の共演者もいるのなら話は別だ。
「みんなにはもう準備してもらってるんで、王輝さんが来なかったらがっかりするだろうなぁ」
 わざとらしい口調に、ここまでが漠の作戦なのだと王輝はようやく気付き、大きくため息をついた。王輝は交友関係を広げるいい機会だと自分に言い聞かせた。
「わかった、行く。でもすぐ帰るから」
「最初だけいてくれたらいいんで」
「わかったよ」
 王輝は渋々了承した。今から飲み会の様子を想像して、どっと疲れが襲う。所謂陽キャの集まりに、王輝は慣れていなかった。
 明らかに行きたくなさそうな顔をしている王輝を見て、漠は内心ほくそ笑んでいた。確かに誕生日は祝うが、それだけではない。思わず頬が緩みそうになった漠は、慌てて表情を取り繕った。


 一週間後の飲み会当日、王輝は撮影が終わった後に一度部マンションに戻った。飲み会までに時間があり、撮影で汗をかいたためシャワーを浴びたかったのだ。
 黒のジョガーパンツとベージュのコーチジャケットに着替え、それにボディバックを合わせる。ラフ過ぎる気がするが、同年代との飲み会なのだから問題ないと王輝は判断した。
 重い足取りで漠から指定された店へと向かう。店はスペインバルで、都心の繁華街の中にあった。最寄りの駅から店までの道程は、きらびやかな夜の店が並ぶ。道路ではタクシーが客待ちをし、歩道ではキャッチや派手な女性たちが通行人に声をかけていた。王輝も例外ではなく、声をかけられたが、全て無視して歩いた。
 スマホの地図を頼りに、薄暗く細い路地へと入ると、先程までの喧騒が嘘みたいに静かになった。路地には居酒屋や小料理屋などのこじんまりとした店がいくつか並び、バルはその中の一軒だった。待ち合わせの時間には十分ほど早い。王輝は深呼吸して気合いを入れた後、店のガラス戸を開けて、中に入った。
「あ、王輝さん、こっちです」
 奥行きのある店内の一番奥、広めのテーブルに座っていた漠が王輝を呼びかけた。テーブルには漠の他に、六人が座っていた。ドラマの共演者のため、もちろん王輝は全員知っている。しかし、プライベートで会うことはなかったので、王輝は緊張していた。「お疲れ様です」と堅苦しく挨拶した王輝は、一つだけ空いている席に座った。身バレ防止のマスクとキャップを外すと、視線が一斉に王輝に集まり、居心地の悪さを感じた。普段こういう場に来ないため、煙たがられるのではないかと王輝は心配が過った。
「今ヶ瀬さんが来てくれるの珍しいですね」
「いつか飲みたいって思ってたんですよ」
「諏訪監督のオーディションの話聞かせて下さい」
 俳優たちが口々に言い、勢いに圧される。みんなに表情が嬉しそうで、王輝は何がそんなに嬉しいのだろうと不思議に思い、笑顔で曖昧に頷いた。王輝はプライベートでの付き合いが少ないことで有名で、演技力も相まり、若手俳優の中では一目置かれる存在だった。それを王輝は知る由もなかった。
「とりあえず乾杯しようよ」
 漠がその場を仕切るように声をだした。周りがアルコールを頼むのに合わせ、王輝はビールを選んだ。メニューにはワインやカクテルが豊富に記載されていて、料理の合わせて注文しようと王輝は楽しくなったが、すぐに我に返る。いくら明日は休みだと言っても、疲れが溜まっているのは事実で、酔わない程度にしようと決めた。
 飲み物と同時に、オードブルの盛り合わせがテーブルに並んだ。生ハムやチーズ、オリーブなど酒に合いそうなつまみが、皿の上に盛りつけられている。
 漠はグラスに入ったビールを高く掲げ、乾杯の音頭を取った。
「今日も撮影お疲れ様でした。王輝さん今日は来てくれてありがとうございます!乾杯!」
 グラス同士が当たるかちんと軽快な音が鳴った。王輝は近くに座っていた俳優とグラスを交わし、ビールを一口飲む。さわやかな喉越しとアルコールが身体に染み入る感覚に、王輝はふぅっと一息ついた。
 オードブルの後は、スペイン風オムレツやチョリソー、アヒージョなどがテーブルに運ばれてきた。どの料理も美味しく、王輝は食も酒も進んだ。俳優たちと話すのは意外と楽しくて、たまにはこういう飲み会もいいと王輝は感じていた。
 飲み会終盤、店の電気がふいに消え、小さなケーキが運ばれてきた。サプライズのことを忘れて、食事を楽しんでいた王輝は普通に驚いた。ケーキの上には数字の2と3のろうそくが飾られ、小さく炎が揺れている。
「王輝さん、誕生日おめでとうございます」
 王輝の目の前にケーキが置かれる。漠や俳優たちに見守られるなか、王輝はろうそくの火を吹き消し、「ありがとう」と笑顔を見せた。相手が誰であろうと、他人に祝われるのは純粋に嬉しい。王輝は誘ってくれた漠に感謝の気持ちが湧いた。
 王輝に異変が起こったのは、その後だった。食後のコーヒーとケーキを楽しんでいた王輝は、急激な眠気に襲われたのだ。会話をしているのに、瞼が落ちてきて眠りそうになってしまう。それほど飲んだ記憶はなかったので、王輝は不思議に思いながらも、眠気を我慢していた。
「大丈夫ですか?」
 俳優の一人が王輝に声をかけた。王輝はなんとか笑顔を作り「大丈夫」と返すが、本音は今すぐにでも横になって眠りたかった。
「王輝さん、酔うと眠くなるタイプでしょ」
 笑い混じりの漠に、王輝は否定する気力もなく、ぼんやりと聞いていた。王輝の状態を鑑みて、飲み会はお開きとなった。
 王輝の介抱に名乗りを上げたのは漠だった。心配する俳優たちを先に帰らせ、テーブルには漠と王輝の二人だけが残る。漠が店員に水を頼むと、すぐにコップに入った水が運ばれてきた。
「飲みすぎですよ」
 漠は王輝にコップに入った水を差し出した。王輝は重い瞼を開け、コップを手に取る。一気に飲み干して、息を吐いた。水を飲めば目が覚めると思ったが、全く変わらなかった。
「どっかで休みます?」
「タクシーで帰るから」
「その状態だと、部屋までたどりつけないですって」
「大丈夫、帰れるから」
 部屋までたどり着けるかわからなかったが、このまま漠に世話になるよりはマシだと王輝は思った。
「とりあえずカラオケとかですかね。ちょっと寝たら帰れるでしょ」
 漠は王輝を立ちあがらせ、肩を貸す。店員にお礼を言い、店を出た。
 王輝は足元がふらつきながらも、どうにか歩く。漠から離れたかったが、身体が言うことをきかない。カラオケに行くなら、適当なホテルに入って眠りたかった。主張したくても、眠気に勝てず、言葉にならない。
「王輝さん、眠ってていいですよ。カラオケまでちゃんと連れていきますから」
 王輝の目に映ったのは、漠のにやにやとした笑みだった。嫌な予感がしたが、もう遅い。王輝は後悔しながら意識を手放した。

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